第百四話 いざモンテビオラへ
「あれが、モンテビオラで御座るよ正真殿、玲香殿」
最初に感じたのは、磯の香り。海に面したモンテビオラを通り抜ける潮風が馬車まで届き、海鳥が高らかに鳴き声を上げて海を横断している。
商人の町、モンテビオラ。元々港町として発展したこの町は次第に交易の場として注目を浴び、海洋貿易の適した町としてこの何十年かの間に目覚ましい進歩を遂げたとシャドウが解説してくれた。
ちらほらとすれ違う馬車には大量の積み荷が乗せられており、陸路でも貿易が盛んであることが理解できた。
「すごい町だな。建物も豪華だし……」
「うむ。主要な商会の殆どはこの町を拠点としているで御座るからな。見た目の派手さで勝負しなければ激戦区のモンテビオラでは生き残れないので御座るよ」
「へえ……」
「それにこの町の統治は商会の代表で取り仕切られているで御座る。権力があるという事のアピール……そういう意味もあるので御座る」
「珍しいんだな、他の町は王や領主が統治してるのに」
「ここぐらいで御座るよ。商人のおかげで大きくなれた町で御座るから、商人の力が強いというのは道理で御座るよ、正真殿」
この世界にも「国」という単位は存在する。
俺達が今まで巡って来た町は全て「栄光国グローリア」と呼ばれる国の中の町だった。そしてモンテビオラもまた、グローリアの町の一つだ。
「都市マグナに面積では及ばぬが……その経済力から発言権は大きい町なので御座る。機会があればマグナにもよっていかぬか?」
「まあ……俺はいいけど。だけど先ずは……」
「この薬を売っている商会を探す事……だね」
玲香は鞄からビャクラの持っていた回復薬を取り出した。
名前の知らない赤い花が描かれた薬。その出所を探り、敵の正体を掴むことがこの町を訪れた目的だ。
「前に申したように、お主ら二人は拙者の弟子という事で町に入るで御座るぞ」
「ああ」
「はい、分かりました」
「それと、これは拙者の個人的な用なので御座るが……、町に入ったら花屋に寄っても良いで御座るか?」
シャドウはやけに神妙な顔をして、俺達二人に頭を下げた。
「別にいいけどさ……どうしてだ、シャドウ?」
「弟子たちに……花を手向けたいので御座る。拙者はあ奴らが何処で死んだのかも分からずにクラクスを飛び出してしまった……ならばせめてこの町で冥福を祈りたいので御座る」
強く、強くシャドウは願った。
表には出さないが……こいつはビャクラ達に弟子を殺されている。その辛さや苦しさを隠すのにどれ程の力を使っているのだろう。
仇を討ったとはいえ、シャドウの彼らを悼む気持ちは俺達も理解できた。
「……正真君」
「オーケイ。俺達も一緒に行くよ」
「……かたじけないで御座る」
あの空間から出た時を思い出した。
もう何年も誰も立ち入っていないことが分かるくらいに雑草や木々でごった返していて、それらを避けながら外に抜けるのに苦労した。
だがその道中で紫色の花――後から知ったのだが、その花はレクゥィエスカトと呼ばれる花で死者の平穏を願うための花だったらしい――を玲香が見つけた時、クラス皆の墓を作ろうと提案してきたんだったな。
「……俺達も買おう。あいつらのために」
「そう、だね。何回も……祈ろうか」
死体は消えてしまったが、せめて魂だけは……苦しむことが無いよう、俺達は花を扉の前に捧げた。
皆と戦った日々と皆が生きた証を忘れないように、俺達はあの時……再び帰ると誓った。
「む? お主らも誰かを……?」
「ああ……もう、随分前のように感じるがな」
「……そうで御座るか」
シャドウはそこで話を切り上げてくれた。
湿っぽい話が嫌いなのか、空気が読めるのかは分からないが……やはりシャドウの方が年上というだけあって、わきまえている感じがする。
俺達の複雑な事情には口を出さず、あくまで同行者という立場を守ってくれている。
俺はそこに一種のありがたさと……どこか寂しさを感じていた。
「皆さん、到着いたしました」
そんな会話をしていたら、いつの間にかモンテビオラの門の前に到着していた。
御者の男性に言われて俺達は馬車から降りると門兵が近付いてきて声をかけてきた。
「あなた達、見ない顔ですね……。少し、調べさせてもらいますよ。何か身分証は?」
「冒険者証で御座る。そしてこっちは……拙者の弟子で御座る。残念ながら身分証は持ってはいないで御座るが……」
「ふうむ……、君達、少し顔を見せてくれるかな?」
「は、はい」
やはり、駄目だったのだろうか。
シャドウは大丈夫だと言ってくれたが、いくら何でもそりゃ無茶だったんじゃ……。
「うん、逃亡犯とかじゃなさそうだね。それに銅級冒険者なら大丈夫でしょう、いいですよ」
「かたじけない」
なんと、セーフだったようだ。
成程、俺達の顔を見ていたのは指名手配犯とかと見比べるためだったのか。
全く……ヒヤヒヤしたぞ……。
「それじゃ、モンテビオラを楽しんでくださいね!!」
「あ、ありがとうございました!!」
「ははは。元気がいいね。さてと、次は……」
俺達を調べていた門衛の男性は俺達を調べ終えると、後ろに並んでいた青髪の少年の方へと向かっていった。
「ふぅ……何とか入れたようだな……」
「感じのいい人だったね。疑り深い人じゃなくて助かったよ」
「大抵の場合は上手くいくので御座るよ。戦時中でも御座らぬし、それほど警戒はされぬ」
「へえ。シャドウ、あんた戦争でも体験した事があるのか?」
「うむ。昔友と一緒に参戦したことがあったので御座る。そういえば彼奴は今何をしておるのか……連絡もそれから取っておらぬで御座るからな」
友人、か。シャドウにもそういう人がいたのか。
少しシャドウの事が知れた気がするな。
「何て名前なんだ? その友人ってのは?」
だから、軽い気持ちでそう聞いた。
「メルザムという男で御座る。とても強き男で御座ったよ」




