第百三話 次なる一手(炎王)
その報告がもたらされた時、俺達の部屋は騒然となった。
「おい、てめえ……、間違いないんだろうな?」
部下の一人がノックもせずにいきなり部屋に入ってきたと思ったら、とんでもねえことを口にしやがった。
確認のために今一度息切れをしている部下に問いただす。その報告が本当なら……早急に対処しなければならねえ。
「ま、間違いありません……! ビャクラ様……及びその部下四名がクラクス郊外の森の中で……死亡していおりましたッ!」
「そんな……ビャクラ様が!?」
「嘘だろ!? 全員死んだって事か!?」
「て、手紙には対象を捕獲したって書いてありましたよね!? なのにどうして……」
ああ、クソ……ざわついてやがる。
だがこいつの報告は多分マジなんだろうな。こいつは新人だが……真面目で仕事には熱心で素直な野郎だ。しかも数人で応援に行かせたんだ。真っ先に確かめてとんぼ返りしてきたんだろう。
「炎王様!! これはどうすれば……」
「うるせえ。とりあえず、全員黙れ。……殺すぞ」
「「ッ……!?」」
脅すような真似はしたくねえが、今は落ち着いて次の手を考えなくちゃならねえんだ。
しかし……まさかビャクラがやられるとはな。アイツの腕は信用していたし、敵は鉄級の冒険者だと聞いていたから問題ないと考えていたが……こうなった以上、手段は選んじゃいられねえな。
「おい、対象は何処に行った?」
「そ、それが……分からないのです……」
「…………ほう。面白い冗談を言うな、お前」
「い、いえ。冗談、などではなく……」
「分からないだと? それなのに失敗しましたって事だけは律義に伝えに帰って来たのか? 偉いなあ……。まるで、そう……ドーナツみたいじゃねえか」
「え、えと……それは、どういう……」
失態を犯した部下には体で分からせてやる必要がある。
喉を鷲掴みにして……壁に放り投げた。ぶち当たった時に想像以上に大きな音が鳴り、折角積み上げた書類がパラパラと床に舞い散ってしまった。
「中心部分……つまり重要な部分が抜け落ちてるってこったよ!! ああ!? どこに行ったのか分かりません!? そこを調べて帰ってくんのがてめえらの仕事だろうが!!」
ドーナツなんてもんは認めねえ。なんで中央に穴が空いてやがるのかさっぱり分からねえ。
壁に飛ばされた部下は大きく咳き込みながらひたすら俺に詫びの言葉を述べている。ああ……そうじゃねえ。お前が……いや、お前らがやるべき事は、謝る事じゃねえんだよ。
倒れた部下を引き上げて椅子に座らせてから……俺は全員が聞こえるように声を張り上げて命令を下した。
「いいかてめえら!! 俺が信頼していた奴らは対象か……或いはその協力者に殺されたに違いねえ。ビャクラにルドルフ、エリーズ、カイマン、ポウ。全員殺されちまったんだ。これがどういう事かわかるか!?」
机を叩き、全員の注目を集める。
全員さっきまでの混乱していた時の目はしていねえ。じっと俺の言葉を待ってくれていた。
「仇打ちだ! 対象はどうやら想像以上の強さらしいじゃねえか……あのビャクラがやられたぐらいだからな。だがな、このままで終わっていい筈がねえ!! 俺達のケツは俺達自身で拭かなきゃならねえ!! 全力で奴らを捕らえろ! 今俺はこの領内から動けねえ。領主の留守を守らなけりゃいけねえからな。だから……頼む。お前らしかいねえんだ!! お前たちしか……ビャクラ達の仇は打てねえんだ! お前たちが果たすんだ!!」
全員を指さしてから……椅子に座っていた部下に手を伸ばした。
「立てクリス。お前の仕事はまだ終わっちゃいねえ」
「……!? 俺の名前……覚えていてくれたんですか!?」
「当たり前じゃねえか。全員知っている。……上司の仕事だからな」
「炎王様ッ……!!」
「いいなてめえら……気合入れてかかれ!! 敵を侮るな!!」
「「はッ!!」」
「は……はいッ!!」
よし。全員目にギラついた俺好みの火が燃え盛っているな。
俺の部下を……いや違う、俺達の仲間を殺した奴だけは……絶対に許せねえ。
「それで奴ら、どこへ向かったんでしょう……?」
「地図を貸せ。クラクスに近い町は……サウスハットと……モンテビオラ、か」
「どちらに向かってもおかしくはありませんね。サウスハットは治安がよろしいと聞く街ですし、モンテビオラは商人の町……何か手に入れようと考えているかも……」
「両方に人をやる余裕はあるか? 五人ずつで……」
「いや、敵はビャクラを倒した奴らだ。生半可な数では返り討ちに合う。ちッ……どっちだ……?」
どちらにすべきなのか悩んでいると……最悪な奴が部屋に入ってきやがった。
「あらァ~ん♡ 炎王ちゃ~ん、何かお悩みかしらァ~ん?」
「「ッ……!?」」
「メ、メルザム様!?」
「もおッ!! そんなに驚かないでよぉん♡ 可愛い炎王ちゃんがナニやら逞しい演説をしていたからァ……気になって覗いちゃったのよん♡」
「そ。そうですか……」
「まあ、アタシにそんな敬語なんて使わなくたっていいのよ? ほら、アタシと炎王ちゃんはアツい夜を過ごした仲じゃない♡」
「え、炎王様!? 本当なんですか!?」
「馬鹿野郎!? んなワケねえだろ!?」
ダメだ。思考が全て吹き飛んでしまった。
まさかメルザム……《処刑人》がこんな時に来るとは思ってもいなかった。
てっきり領主に付いて行ったとばかり思っていたのに……。
「うふふ♡ そうね。でもぉ、今回領主様はアタシには残っててくれって言ってくれたのよぉん♡」
こいつ……俺の心を読んできやがった。
寒気がする。まずい、こんばオカマがいたら話が進まねえ。
案の定、部下は全員見知らぬ屈強な漢女がくねくね動いているのを気味悪がっているし……。
「メルザム様? あのですね、我々は……そうです、今大事な話をしている最中でして……ええ、出て行っていただけると、嬉しいなと……!!」
「あらァん? 笑顔なのにどうして青筋が顔中に立っているのからね、炎王ちゃん? うふふ、まあいいわ♡ あ、でも領主様の御命令だけは……死ぬ気で果たしなさいよ」
「ッ……勿論、です」
「そ。それじゃいいわ。また会いましょ、炎王ちゃん♡」
こいつ……最後にとんでもない”圧”カマしてきやがった。
心の底から拒否したい投げキッスまでしやがり……ようやく出て行ってくれた。
「え、炎王様……」
「騒ぐな。あのお方の事は……とりあえず頭から消し去れ」
「む、無理です。あんなインパクトの強い人……」
「黙れ。命令だ」
本当は俺だって忘れてえ。だが無理だろ、あいつに出会ったらまず真っ先にケツの心配をしなくちゃならねえんだ。
どういう訳かあのオカマは俺と師匠を見る目が他の野郎とは違う。それはもう……ねっとりした視線で舐めまわすように見てくる。師匠はよくあんな奴と酒を飲む仲になれたな……。
「ちッ……!! ああクソ!! 面倒くせえ!! てめえら、考えたってラチが開かねえんだ! 俺が決める!!」
メルザムのせいで、さっきまでの空気が台無しにじゃねえか。
部下はさっきまでやる気に満ち溢れていた目をしていたのに、今じゃ俺とメルザムの関係を疑っていやがる。
「え、炎王様!? まさか……それで決めるおつもりですか!?」
「うるせえ!! どうせ悩んだって確率は二分の一かそこらだろ! だったらこれでも構いやしねえよ!」
「し、しかし他の場所に向かっている可能性も……」
「そ、それにクラクスの馬車利用記録を見れば奴らの行き先は……」
「それの確認にどれだけ時間がかかると思ってやがる!? 今はこれに賭けるしかねえんだよ!!」
知った事か。全部メルザムのせいにしてりゃいいんだよ。
そう心の中で吐き捨てて……俺は花瓶に差してあった花を一本取り出した。
「サウスハット、モンテビオラ、それ以外、サウスハット、モンテビオラ、それ以外……」
「あ、あの……本気でやっておられますか?」
「超本気。大丈夫だ、責任は俺が持つ。これで決まった場所にピートを派遣しろ」
「は、はあ……」
大丈夫。俺の今月の運勢は最高潮。新たな自分に出会えるとあった。
だったらこの占いは対象のいる位置を示してくれる筈だ。
そして……最後の花びらをちぎり終えた。
「モンテビオラ。おい、ここに対象がいる」
そう命令したが、部下は誰一人として納得したような顔はしていなかった。




