第百二話 気を取り直して
翌日も俺達は馬車に揺られてモンテビオラを目指していた。
代わり映えのしない平原と、遠くに見える山々、そして木々。
穏やかな旅の中で、昨日の事が気になった俺はちらりと玲香の方に目を向けた。
「何? 正真君?」
「!?」
「あれ、もしかして気付かれないと思っていたの? ふふ、バレバレだよ」
昨日の夜、俺と話した後の玲香は凄かった。吹っ切れたように鍋の中に残っていた汁を平らげ、追加の分まで要求して俺とシャドウを困らせた。
けれどその時の玲香が見せていたのは……いつもの笑顔だった。
そこには若干ぎこちなさも感じたが、それでも凹んでいられるよりは数万倍マシだった。
「んだよ……バレてたのか。それで玲香……もう大丈夫なのか?」
「……うん。まだ落ち着かない所はあるけど……大分スッキリ出来たよ。……本当にありがとう、正真君」
そう言って昨日のように頭を下げた玲香を俺は慌てて止めた。
礼は昨日受け取ったんだ、もう必要ないぞと言っても玲香は頑として譲らなかった。
「これは、私の気持ちだから……お願い、何度でも言わせて」
「いや、もう十分で……」
「ううん、私はまだまだ満足していないから」
どうも妙な方向に元気を出してしまったらしい。
玲香に感謝されることは凄く嬉しいのだが……こう何度もお礼を言われると逆に恥ずかしいというか、もうお腹いっぱいというか……。
「と、とりあえずもういいから! 分かった! その話はもうお終いにしようぜ、な? いいだろ玲香!?」
「え? でも……?」
このままモンテビオラに着くまで延々と玲香に頭を下げさせる訳にはいかない。
そう考えて……玲香との話は切り上げ、外ばかりを見て玲香を止めに入らなかったシャドウと今後の話をすることにした。
「おい、シャドウ……」
「む? 夫婦の話はそこまでで良いので御座るか?」
「いや、俺達はだな、夫婦じゃなくて……ああ、まあいいや。とりあえず、真面目な話をしてもいいか?」
シャドウに要らぬ勘違いをさせてしまっていたが、何故か玲香が憎らし気に俺を見ていたのはスルーする事にした。
「シャドウ。モンテビオラでこの薬の出所を確かめる……そんな事出来るのか?」
「ふむ。確かに問題はそこで御座る。仮にその商品の情報が秘匿されている場合……拙者らは一気に窮地に陥る可能性があるので御座る」
「……それは、何でだ?」
「いいで御座るか? 敵はお主ら二人を狙っておる。その敵は貴族や領主だけでなく、当然それを扱っている商会という事も考えられるので御座る。拙者らの身なりを見てどうしてそんな高価な薬を持っているのかと疑われれば……逆算的にお主ら二人の事に気付く事は十分に考えられるで御座る」
この薬を探っていると、敵に知られる可能性がある。それはすなわち、俺達の居所や正体を敵に教えているようなものだとシャドウは言いたいようだ。
「だったら調べられないじゃないですか」
「うむ……。いずれにしろ正真殿と玲香殿は変装してモンテビオラに入る必要があるで御座る。敵は何処にいるか分からないで御座るからな」
「だが、町に入る時はどうするんだ? 確か冒険者証が必要だろ?」
俺は懐から冒険者証を出して二人に見せた。
鉄級冒険者(文字は読めないが、色で判別は出来る)……新米、駆け出しを意味する俺の冒険者としてのランクと、名前(読めないが、多分俺の名前が書いてあると思う)が書いてある証明書。
この世界における身分証明書の一種で、冒険者ならば常に携帯している代物だ。ちなみに一般庶民であっても、申請すればギルドから期限付き証明書が発行されるらしい。
これを門衛に見せることで、俺達は町へと入ることが出来る。だが逆に言えば、見せた段階で俺達がモンテビオラにいることが敵に知られてしまう可能性があった。
「それについては心配ないで御座る。お主ら二人は拙者の弟子という事で通してもらうで御座るから」
「ん? そんな事出来んのか?」
「拙者は銅級の冒険者で御座る。少し頼めば向こうもそこまで追及はしない筈で御座る」
銀級。それは冒険者のランクでいえば上から二番目だ。一番上は金級だが、それはほんの一握りしかいないらしい。
シャドウが掲げて見せてくれた冒険者証は、確かにランクの部分が銅色に輝いていた。
というかシャドウ……お前、銅級だったのかよ。
「へえ……!! シャドウさん銅級なんですね!!」
「そんなに大したものではないで御座る。あまり冒険者の仕事はしてないで御座るからな」
「いえいえ、すごいですよ! あ、そう言えばあの人元気にしてるかなあ……」
「む……? 誰か知り合いがいるので御座るか?」
「ああ……。カーディさんっていってな。銀級の冒険者で……その人に色々を冒険者の基礎を教わったんだ。確かに元気に……してるんじゃねえか? あの人なら」
「何と……! まさかそれは《精霊使い》のカーディで御座るか!? 正真殿、その方は今どこに……!?」
「いや、二週間くらいで別の町へと……」
「ぐ……無念……!! 是非手合わせ願いたかったので御座るが……」
「そ、そんなに有名なんですか? カーディさんは……なんというかそんなに強そうな人には……」
「いやいや! 何を言うで御座る、玲香殿! 《精霊使い》のカーディと言えば風魔法に優れたエルフの女性で御座ろう? ”賢王戦乱”の時代から生き抜いている魔術士として高名な御仁で御座るぞ!!」
そんなにすごいひとだったのか? と玲香と首を傾げあった。
確かに俺達が知っているカーディさんはエルフだし風魔法を使っていたが……事ある毎に酒を飲み、暴れ散らかしているイメージしかなかった。
人違いじゃないか? と俺は思ったのだが、一方で玲香はシャドウの話の「賢王戦乱」という言葉に引っかかったようだ。
「あの……なんですか、その賢王戦乱って……」
「む? お主知らないので御座るか? とまあ、拙者も良く知るわけではないので御座るが……、数百年前、五色の賢者が引き起こした戦の事で御座るよ」
「「ッ……!?」」
五色の賢者。その言葉に、玲香も覚えがあったようだ。
セントラルが言っていた、あの空間を創り出した五人の賢者。たしか代々賢者が受け継がれているという話だったが……その賢者達が戦争を引き起こしただと? しかも……数百年前?
「どうしたので御座る? 随分と驚かれておるが……」
「シャドウ! その賢王戦乱……どうなったんだ!?」
「教えてください! お願いします!」
「む……むう? すごい食いつきようで御座るな。待たれよ……ふうーむ……」
その賢者達の事で、気にかかる事はあった。確かセントラルは……過去にそいつらに捕らえられたと言っていた。そして裁かれる段階になって、何故か賢者の一人が処刑に異を唱えだしたんだったな。
少し、気にはなっていたんだ。あの空間の事は。そもそも、あの空間はどうやってセントラルを封じ込めていたんだ? あいつの魂魔法及び時空魔法を以てしても脱出は出来なかった。
だがセントラルは俺達よりも遥かに魔法技術に優れていた筈だ。もしそんなセントラルですら突破が出来ない程の空間を作り上げたのだとしたら……その賢者たちは、魂魔法について何か知っている可能性があった。
だが、シャドウの口から伝えられた真実は、衝撃的なものだった。
「うーむ……その戦乱の事は実は良く分かっていないので御座るが……賢者達全員が死亡したという事だけは確かの筈で御座る」
「……は!?」
「全……員……!?」
「うむ。記録が殆ど残ってはおらぬで御座るが……。と言っても、賢者達と戦った”盲目の一族”や”龍族”もまた同様に壊滅したと伝えられておるが……。む? 二人とも、そろそろ見えてきたで御座るぞ……あれが、モンテビオラで御座る」
賢者達は死んだ。
数百年前に起こった賢王戦乱。そして同時期に封印されたセントラル。
新たに出現した謎を残して……俺達はモンテビオラへと辿り着いた。




