第百九話 傷だらけ
「ああ!! 傷だらけになりながらも、勝てないと感じていても戦おうとする姿! 姿勢! 勇気! そのどれもが素晴らしい!!」
「御託はいい。さっさと始めるぞ」
「是非とも私色に貴方を染め上げたい!! 私の声で貴方を服従させたい!! 貴方の意思を私で埋め尽くしたい!! しかし悲しいですね。それは叶わぬ事なのですから……」
ピートは俺を大層気に入ってくれたようだが、俺の方はこいつに従う事だけは御免だ。
奴が一人で舞い上がっている隙に俺は銃弾を装填し、再び動き出した。
「バレット・セカンド!!」
「うふふ。ですが無駄と分かっているのに何度も同じ手を繰り返すところだけは矯正しなくてはなりませんね」
「俺はお前のモノにもなるつもりは無えし、お前らに捕まる気も無え……!!」
「あらあら。本当に可愛いですね。ですが、やはり無駄ですよ?」
俺の弾丸はピートには届かない。
回転、叩きつけ、身体能力。それらを複合させたうえで全てを躱している。
「ふふふ、もう終わりですか? なら――」
「逃が……さねえ!! バレット・セカンド・フルバースト!!」
「ッ!?」
使える魔法は、全て使う。フルバースト。全ての弾倉をカラにして、ピートに撃ちまくる。
流石のピートも六発分の弾丸を対処するのは苦しかったらしく、何発かの弾丸が皮膚を浅く掠め、血を流させた。
「あらあら。危なかったですね。気を付けなければ。ですが、そんなものを隠していたのなら、こちらにも考えがありますよ? タカサキ・ショーマ」
ピートはやや傷を負った部分を庇いつつ、ハンマーに手をかけ、魔力を込め始めた。
それにより、先程まで鈍い銀色の光を乱反射させていたハンマーは黒色の光に包まれる。
薄く微笑むピート。その笑みが意味するものを……俺は瞬時に理解した。
「!?」
「うふふ、動きが止まりましたよ? 苦しそうですね」
「これ……は……クソッ!!」
「先ほど貴方を吹き飛ばした時に付けさせてもらいました。〈遅延の刻印〉。今、貴方は歩くのさえ難しいのでは?」
鉛の鎧を着こんだみたいに体が重い。
足に万力の力を込めて動いても、僅かな距離しか移動できない。
これが……付与魔法か!!
「ぐ……おぉ!! バレット……セカンド!!」
「あらあら、負けず嫌い。腕を上げるのもやっとでしょう? 今、楽にしてあげますからね」
ピートの言う通りだ。移動できないだけじゃない、攻撃のために腕を動かすのもままならない。
奴の顔面を狙おうとしても、胴体にすら届かず全てピートの足元の石のタイルを貫通するだけだった。
そして遂に俺は奴のハンマーの射程に入ってしまった。
「うふふ。ようやく近くで顔を見ることが出来ました」
「ぐ……!? バレット!!」
「おっと、まだ動けるのですか、危ない危ない」
俺は大きくのけ反る事で、なんとかバレットを放つことが出来た。
だがそんな悪あがきがピート程の実力者に通じる訳も無く、当たる寸前で後ろに跳んで回避されてしまった。
一方の俺は体勢を崩してしまった事で、大きな隙をピートに晒してしまう。
「あらっ、攻撃し放題、ですね」
「ぐ、おお……!!」
「無駄な抵抗は止めてください、タカサキ・ショーマ。諦めない姿勢は立派ですが、もう十分でしょう? 観念しておとなしく眠ってくださいな」
「はッ……ここで投げ出すようなら俺は最初の時点で一目散に逃げているさ。だが、だがなあ……」
ピートはハンマーを両手に構えて俺に近付いているが、俺のラッキーパンチを警戒しているのかその歩みは遅い。
しかし徐々に近づいてくるぴちゃり、ぴちゃりという音。ピートが踏みしめる度に、雨水が地面に押し込まれるその音。
奴は雨の中を歩けるが、俺は動けない。重い体はいう事を聞かず、いっそ諦めてしまえば楽になれるのだろう。
だが……そんな事は許さなかった。
「俺が、だけじゃねえ。俺の中にいる皆が許しちゃくれねえんだよ……!! あいつらの命のおかげで俺は今ここに居る……!! それを投げ出すような事は……許されねえんだよ!!」
腕が、足が、背中が何人もの人間に押さえつけられているような感覚。それによって感じる重力。
立ち上がれない。立ち上がれないと以前までの……地球でのんびりと毎日を過ごしていた俺なら、この時点でとっくに諦め、運命に抗うことなど考えなかっただろう。
無理なものは、無理。そう割り切って……楽をしただろう。
だが俺は……震える足で、上がらない腕で、張り詰めた背中で、立ち上がった。
「……嘘」
「だから、俺は絶対に諦めねえ……!! 例え魔法で動けなくなろうが……お前が何発俺にハンマーを打ち込んでこようが……だ」
しかし今の俺は、そうじゃない。
クラスの皆の願いを、思いを、悔しさを、希望を背負ってここまで生き残った。
東悟の考え、白川さんの統率、氷藤の頭脳、野田の奮起……皆きっと生きたかった筈だ。
そして何より、向こうでシャドウと共に必死になって俺を助けようと戦っている玲香にかっこ悪いところを見せる訳にはいかなかった。
「さあ来いよ。俺はまだ戦える!! 魔力は尽きてねえぞ!!」
「分かりませんね。何故、立ち上がるのでしょうか? 立ち上がれるのでしょうか? この戦い、どう考えても私の勝ちは揺るがない。それなのにタカサキ・ショーマ。何故貴方は……」
ピートはもはや理解できないようだ。
俺がどうして、ここまで必死になっているのかを。
だがそろそろ、俺の方も種明かしの時間が来たようだ。
「はッ……当然、勝つつもりだからに決まっているだろうが。それと二つ、ピート……お前に言いたい事がある」
「……何でしょうか、聞きたくは無いのですが」
「一つは、敵を前にしてベラベラと喋らねえ方が良いって事。そしてもう一つは――」
ここでピート俺の表情をどう受け取ったのだろう。
正確な事はピート自身に聞かなければ分からないだろうが、一つ確かなのは、奴が仰天しただろうって事だ。
「マンホールには気を付けた方が良いぜ。特にこんな雨の日は」
「ッ……!? これはッ……!?」
突如、ピートの足元のマンホールから大量の水が噴出し、俺の目の前に立っていた奴は空中に投げ出された。高く打ち上げられたピートは、思わず持っていたハンマーを手放してしまった。
それと同時に、俺の身体から重さが消えて行く。成程、アレを手放せば効果は無くなるのか。
「どうだい? いい手品だろ? ピート」
「何をッ……何をしたのですか!? タカサキ・ショーマ」
空中で困惑するピート。
だが、俺は答える気などさらさら無い。軽くなった体に……すぐさま魔力を込め、最大魔法の準備を整える。この一瞬に、全てを賭けるために。




