第百話 その夜共に語る人は
この場所からは、星がよく見えていた。
地球からは絶対に見えないであろう星空。色とりどりの銀河が手招きしてくれれば、喜んで俺は手を伸ばしただろう。
しかし気まぐれな夜は俺を迎え入れる事は無く、そのためむしろ俺の意識は地上にばかり向かっていた。
「よう」
「……」
初めて出会う人じゃない。それなのに何故こんなにも身構えてしまうのだろう。
返事もせずにこちらに背中を向けて座っている彼女にかけるその次の言葉を、俺は瞬時に用意できなかった。
話す事を決めてここに来た筈なのに、何と声をかければいいかを頭の中で整理していた筈なのに、いざ彼女を目の前にするとその計算が全て意味をなさなくなってしまった。
「……隣、座ってもいいか?」
何も浮かばない以上、近付くしかないと考えた。
彼女はただじっと夜空を見つめていたが、俺が隣に来たのを見て……まるで拒絶するかのように俺から目を背け、うつむいていた。
表情を伺い知ることは出来ない。けれど嫌とは言わなかったから……俺は彼女の隣にドサリと音を立てて座り込んだ。
「……あ。見ろよ、流れ星だぜ」
シュンと真っ暗な天球に線が引かれた。
ほんの僅かにしか残らない、流星が描き出す軌跡。一瞬しか見えないのに、三回願いを叶える暇など無いよなあとぼんやり頭に浮かんだ。
そんな軽口にも応えず、彼女は口を開かなかい。
だから……俺の方から踏み込むことに決めた。
「改めて礼を言うよ。……ありがとな、助けてくれて」
「……」
「お前とシャドウがいなかったら、今頃どっかに連れて行かれてたよ。それにシャドウの傷も治したんだろ? 大活躍だったな」
「……」
「それに俺が眠っている間に荷物を運び出してくれたんだろ? 宿に置いてあった荷物も全部。本ッ当……不甲斐無いよなあ、俺」
彼女は俺に目を向けていない。
けれど……右手で左手の親指を握る仕草、何か言いたいことがある時に彼女が見せる癖が話を聞いているという事を示していた。
「……それで、何があったんだ? 玲香」
「……!」
俺がそう切り出した時……初めて玲香がこちらを向いた。
大きな瞳には俺の姿が映りこみ、柔らかそうな桃色の唇はほんの僅かに震えている。
「何でお前はそんなに落ち込んでるんだ? ……俺に話せない訳でもあるのか?」
一瞬俺を捉えていた玲香は再び下を向き、拳をギュッと握り締めた。
今にも消えそうな玲香の姿は、最初の試練の後に見せた姿によく似ていた。
けれど俺は玲香を知るために、そして信頼を確認するためにここに来ている。何があったのか、どうして何も話してくれないのか……それらを玲香の口から聞き出すために、覚悟を決めてここに来ている。
だから何としても、玲香と話す必要があった。
「話してくれないか? ……俺を信じてくれ」
「……ムリ、だよ」
「……え?」
「絶対に……無理だよ……。だって話したら……正真君は……私を……」
その先の言葉は、小さくなって言って聞き取れなかった。
いずれにしろ、玲香は話す気はないようだった。
「……俺がそんなに信用できないのか? 玲香」
「……そうじゃ、ないんだ。信用……してるから話したくないの」
「どういう事だ?」
「正真君にだけは……知られたくないの。お願い……」
「……」
あくまでも、俺に話す気は無いようだ。
懇願するように俺に頭を下げ、退いてくれと訴えかける玲香。
あまりにも弱々しい玲香。これ以上の追及は本気で玲香を壊してしまいそうだった。
「……」
「お願い……どうか……」
ストンと、玲香の目元から落ちた。
体は小刻みに揺れ、屈むような姿勢になっている。
遂に玲香は顔を手で覆い隠して溢れ出るものを押し留めようとしていた。
「なあ、氷藤……覚えているだろ?」
「……え?」
俺は、玲香を傷つけたくはない。
いつも笑っていて、拗ねると頬が膨らむ玲香と話せる事が今の俺の幸せだ。
だから彼女が嫌と言った事はしたくないし、本気で願っていることには俺も全力で応えたいと思っている。
だが、今はそんな場合じゃなかった。
俺と玲香の信頼が揺らごうとしている瀬戸際。彼女が俺に何かを隠し、シャドウまで巻き込んだ。
玲香は俺に知られたくないと言って俺を拒絶している。だったら俺は……それを上回る信頼を提示する必要があった。
「あいつが何で……最後に俺達を残して死んだのか? この一か月ずっと考えていたんだ」
「正真君……? 何を……」
「まあ聞いてくれ。多分だけどあいつは……俺達を信頼しつつも、それを疑っていたんじゃないかと思うんだよ」
どうしてこの話をしているのか分からないといった様子で玲香は困惑している。
けれど、俺はそのまま話を続けた。
「氷藤は俺達に自分の事を明かさなかっただろ? それがずっと引っかかっていたんだ。皆で帰ってから何をやりたいのかって話した時も……あいつだけ何か隠している風だったからな」
「……」
「俺の推測でしかないけど……あいつは俺達が本当に自分を信じているのか? それを確かめる事が出来なくて悩んでいたんだと思うんだ。だから最後までセントラルと何があったのかも話さなかったし、一人で行動することがあったんだと思う」
「それが……なんなの?」
「でも、だ」
ここで俺は玲香の肩を掴んだ。
俺の突然の行動に驚いたのか、玲香は目を見開いて顔を上げた。
目元は腫れ、うっすらと水滴が頬を流れ落ちていた。
「!? 正真君……!?」
「そんなあいつが最後には笑ってくれたんだ。俺達を信じて……そして、礼を言ってくれたんだ」
最後に氷藤が走っていった時の呟き。それを俺は聞き逃さなかった。
「ありがとう」と、俺と玲香に対してあいつは伝えていた。
「遅かったんだ。あいつの気持ちに気付くのに……こんなに遅れてしまった。勿論間違ってるかもしれないけれど、それを訂正してくれる奴はもういないんだ」
だからな、と俺はその先を続けた。
この話の、真の意図。俺の本心を玲香に向けて伝えた。
「このままでいい筈が無いんだ。このまま終わってしまったら……俺とお前は永遠に分かり合えなく……信頼できなくなってしまうんだ。辛いかもしれない。怖いかもしれない。でもな、話してほしいんだ。一緒に帰るんだろ? 俺達は」
「……!」
「大変な分はお互い分け合おうぜ? 話してみれば意外と楽になっちまうかもしれねえぞ?」
「それって……」
あの時、教室で玲香が言ってくれた言葉。
この世界に来てからも、ずっと玲香と生きてきたんだ。俺以外にこの世界で玲香の事を信じている奴はいないんだ。
「俺も背負うよ。お前に何が起ころうと……この先もずっと俺が付いて行ってやる」
「正真……君……」
「はは……。泣くなって……。安心しろ、俺はお前を嫌いになったりなんか……」
突然、玲香が俺に抱き着いてきた。
胸の中に、強くて……でも柔らかい衝撃が飛び込んできた。
「! おと……」
「ヒック……正真……君……! 正真君! う……ああああん!!」
彼女の泣き声はこの夜空に響き渡った。
きっと星々も彼女の声を聴いたのだろう。涙を流すように……また星が何処かへと流れる。
流れ星、三回の願い。大切な人を抱きしめて……俺は彼女に寄り添うことを願った。




