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『鬼灯堂奇譚』呪月の巻  作者: あべせつ
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〈上限の月 戌の刻・洋子宅〉

〈上限の月 戌の刻・洋子宅〉


 あの初めて青炎と輝夜に会った満月の夜から二十と二日が過ぎた。このところ幸代の毒舌はまったく無くなり、むしろ遠い目をして何かふさぎこむようになってきていた。


(いよいよなのかしら)

洋子はマッサージしながら、幸代の様子を伺っていた。

「洋子さん、マッサージはもういいわ。カーテンを開けてくれないかしら」

「えっ。あ、はい、お義母さん」

この部屋のカーテンを開けるのは幸代が倒れて以来一年ぶりのことだ。


「ああ、きれいなお月様ねえ」

幸代は上半身を起こしてベッドに座って窓の外を見入っている。洋子もつられて覗いて見ると西の空に上限の月が明るく輝いていた。

「ええ、ほんとに」

短くなったろうそくが月の光に照らされたとたん、炎がひときわ大きく揺らめいた。

「武史とこうして一緒に月を見たことがあったかしら。いえ、きっと無かったわ。私は忙しく飛び回っていたから」


(急に昔話なんか初めていったいどうしたのかしら。弱気になってきたとか?)

洋子は何と言っていいかわからず、黙ってそばに座っていた


「武史の父親はあの子が7つの時に病で亡くなってね。私もまだ若かったから、親戚から再婚話が出たりもしたのだけれど、武史が新しい父親ができるのを嫌がってね。私も主人以外の人は考えられなかった。幸い資産はあるし、それで暮らしのほうは何とかなるから一人でがんばろうと思ったの。


でも私は世間体ばかり気にしすぎていたのよね。武史が片親だからと人に見下されないようにとそればかり考えていたわ。あの子には毎日のように塾や習い事をさせたし、私自身はPTAだの婦人会だので飛び回って、無駄に忙しくしていたの。武史のためと言いながら、自分が人に馬鹿にされまいとそればかり考えていたのかもしれないわ。そばにいてやらなくちゃいけない時に、私はいてあげなかった。それでも武史は淋しいとも言わず、私の期待に応えようと健気にがんばってくれていたのよ」


(どうして急にわたしにそんな話をするのかしら)

「でもね、いつの間にか私は武史の気持ちがわからなくなっていたの。気がつけば、あの子は私の手を離れていたわ。そうなって初めて私は武史が味わってきた孤独をようやく身を持って知ることができたの。私は武史の気持ちを取り戻そうとやっきになったわ。でももうその時は遅かったの。武史の前に貴女という人が現れて」


「えっ、わたしですか」

「私にはまったく甘えたことのない武史が、貴女にだけは心底気を許して甘えている。その姿を見たとき、愚かにも私は嫉妬してしまったの」


幸代は洋子を向き直りベットの上で居住まいをただした。

「洋子さん、今までひどいことばかり言ってごめんなさいね。お金のことも。あの時はああでも言わないと貴女がいなくなると思ってしまったの。私ね、入院していた時、お見舞いにきた人が私のことを『今までえらそうにしていたのが、あんなになって哀れよね』と陰口をたたいているのを聞いてしまったのよ。あれから私、今の自分を人に見られるのが怖くなってしまったの。今まで人からは妬まれたことはあっても蔑まれたことなんて一度もなかった。だからもう治らないなら死んだほうがいいと思ってしまったの。この部屋から一歩もでないで死んでやると。


そのくせ、いざ一人になるとあなた方に見捨てられるんじゃないかと怖くて寂しくて。不安になるとついつい時間もかまわずあなた方を呼びつけてしまっていたわ。夜中でも駆けつけてくれたあなたたちに、感謝するどころか泣き言や嫌味ばかり言ってしまって。そんな歪んだ私に愛想を尽かして武史は出て行ってしまった。私は息子にすら捨てられてしまった。わかっていたけれど、そう思いたくなかった。それでその怒りや悲しみをすべて貴女にぶつけてしまっていたのよ」


「お義母さん」

「それなのに貴女はこんなにも献身的に私に尽くしてくれて。貴女は菩薩様のような人だわ。武史が貴女を選んだ理由、今は痛いほどよくわかるの。武史が戻らないのは私のせいなのよ。私のわがままであなた方まで不幸にしてしまうところだった。洋子さん、今までのことは心からお詫びします。武史のことも私がなんとか改心させますから、どうか私たち親子にもう一度やり直すチャンスを与えてやってくださいな」

幸代は深々と頭を下げた。


(そうだったのね。お義母さんも苦しんでいらしたのだわ)

 幸代の誠心誠意のお詫びに胸打たれ熱いものがこみ上げると、怒りや恨みの澱がすっと消えていくのを感じた。


「お母さん、そんな、いいんですよ。どうか頭を上げてください」

そう言って幸代の丸い背中を優しくなでて慰めた。

しかし次の瞬間、はっと思い出した。

(あっ、ろうそく)

見ると5センチほどになったろうそくは最後の大きなゆらめきを見せたかと思うと、ふっと消えた。

(いけない。毒、毒をなんとかしなければ)


「お義母さん、ろうそくが無くなってしまいました。急いで買ってきますね」

(変に思われてもいい 。とにかく早く、早くなんとかしなくちゃ)

洋子は取るものもとりあえず家を飛び出した。



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