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『鬼灯堂奇譚』呪月の巻  作者: あべせつ
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〈みそかの月 戌の刻 その後・ 鬼灯堂〉

〈みそかの月 戌の刻 その後・ 鬼灯堂〉


「こんばんは」

「あら洋子さん」

格子戸を開けると、上がりかまちに腰掛けて作業中の輝夜に話しかけていたらしい青炎こと加代が驚いて立ち上がった。


「心配してたんやで。 その後どうなったんかな思うて」

「ええ、それが、あの」

 輝夜は黙々と作業を続けたままで顔を上げる様子がない。前回会ったときの輝夜の冷たい態度を思い出し、話そうかどうしようかとと少しひるんだが、青炎の親身な言葉に勇気づけられやはり相談することにした。


「お姑さんは、どないなん。何か変わったことはあったん」

「それがよくわからなくて。あれから二週間、毎晩灯し続けてるんですけど、なんだか変なんです。最近よく寝るようになって、食欲も少し出てきたようで。今日なんかはパジャマまで着替えると言い出して」

「それって元気になってきてはるんやないの」

「ええ、でも、小言や愚痴が減って妙におとなしいんです。以前は何か少し気に入らない事があれば、ここぞとばかり文句を言って突っかかってきていたんですが、このところはふさぎこみがちになって、一日中気が抜けたみたいにぼんやりしてるんです」


「わかった。それっていよいよ毒が効いてきたせいやないの。ほら、神経毒ってあるやん。満腹中枢とかなんかそんな神経系が麻痺してきて食欲が狂いだしたんとちがうんかな。よく寝るようになったり口数が少なくなってきたんも弱ってきたからやと思うわ。そうなんちゃうの?輝さん」

呼びかけられた輝夜はようやく顔を上げて洋子を見た。


「洋子さん。大丈夫です。心配なくお続けなさい」

「はい、あ、でも」

「あっ、もうそろそろお店出さなあかん時間やわ。輝さん、今夜の御代、ここに置いとくね。洋子さん、帰るりはるんやったら途中まで一緒に行かへん?」

「あ、はい、ではご一緒に。鬼灯さん、それでは失礼します」

輝夜はそれにこたえるように無言で頭を下げるとまた作業に取りかかった。


店を出ると月のない夜を二人で歩き始めた。

「あの、青炎さん、鬼灯さんって、どんな方なんですか」

「輝さん? あの人はほんまに信用できる人やで」

「青炎さんの古くからのお知り合いなんですか」


「わたしが輝さんに会ったのは、そう去年の今頃やったから、ちょうど一年くらいのお付き合いかな。一年前のわたしはほんまにもう不幸のどん底やったんやけど、たまたま輝さんに出会って救われてん」

「救われた?」

「そうやで、そやから輝さんの言わはることに間違いはないねん。洋子さんもきっと救ってもらえるから、心配せんとき」


「ええ、でもあのろうそくに、そんな力があるのでしようか」

「ある。輝さんの造るろうそくは、普通に売ってるろうそくとは違うねん。洋子さんさ、月読って知ってる?」

「月読ですか。いいえ、それは何ですか」


「なんでも古来からある技法でね。月の光の不思議な力を、物に封じ込めるという技なんやて。それができるのは月読という一派だけで、一族それぞれにその物は違うらしいんやけど、輝さんはろうそくに封じ込めるという月読の蝋燭師やねん」

「なにか、おまじないみたいですね」

「そんな子供だましみたいなもんとは違うんやで。ちゃんと効き目があるんよ。特別なろうそくやから輝さんとこのお客さんは、古くからあるお寺とか神社とか老舗の占い師さんたちやねん。一般の人相手の商売やないから、あんな人通りのないとこでも続けてられんねんよ。実際わたしはそれに救われたし、今も輝さんのろうそくを使って占いしてるから百発百中当たるねん。まあわたしは恋占いが専門なんやけどね。その占いの仕方も輝さんに教えてもらってんよ」


「青炎さんは、どうしてわたしを鬼灯さんに連れて行ってくれたのですか」

「そやなあ、洋子さんの必死さが伝わったからかな。どう見ても悪い人には思えなかったし、よほど切羽詰ってるんやなと思ってん。それにね、占いしてて恋占いの時以外は断るか、自分のところに連れて来なさいと輝さんから言われてたんもあるねんけどね。でもやっぱり紹介してよかったと思ってるんよ。

 

話を聞けば洋子さん、わたしと似てるわ。わたしもバツイチで天涯孤独やねん。子供は一人おるんやけどな。生活に困って夜の仕事もしたことあるし。そやから身につまされたよ。輝さんが引き受けた以上、悪いようにはしはらへんわ。信じてやってみいな。ほなわたしはここで。お互いがんばろうな」

 そう言うと青炎はトンネルへと入って行った。


(まあやるだけやってみよう。今はそれしか頼るものはないんですもの)

洋子はその後ろ姿を見送ると、半信半疑のまま家路についた。


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