053 朝雄の行方
朝雄が連れ去られた頃、アリアとルリアは不安に押しつぶされそうになりながら朝雄を待っていた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん大丈夫だよね」
そう言ってルリアはアリアとつないだ手に力を籠める。
「ええ、アサオさんは強いもの。絶対に大丈夫よ」
アリアも握られた手を握り返す。
こうして待っているだけの状況がひどくもどかしく感じる。
今すぐに追いかけたい気持ちを抑えながら二人はじっと朝雄が走っていった路地を見つめていた。
すると、路地から人影が現れた。一瞬朝雄かと思い二人の顔に笑顔が浮かびかけたが、路地から出てきたのは最初にさらわれた魔族の女の子だった。
魔族の女の子はアリアとルリアを見つけると泣きながら駆け寄ってきた。
「わ、私……行けって言われて……助けてくれたお兄さんが……怖い人が三人……」
女の子は泣きながらアリアに何か伝えようとするが、走ってきて息が切れている上に泣きながらなので要領を得ない。
「落ち着いて、ゆっくりと話してちょうだい。焦らなくていいから、あなたを助けてくれた男の人はどうしたの?」
アリアは自分の中の焦りをできるだけ表面に出さないように、女の子に話しかけると優しく微笑んだ。
その笑顔を見て女の子も少し安心したのか、涙をふくと息を整えた。
「お兄さんが私を助けてくれて、助けを呼んできてくれって、お兄さんは残って足止めするからって……」
その言葉を聞いてアリアは状況を察した。おそらく朝雄は女の子を逃がすために残ったのだろう。
アリアは周りを見渡す、今いる場所は歩いてきた大きな通りからはそんなに離れていない、通りには左右に露店が出ていて人の往来もある。
「ルリア、この子と通りに戻って助けを呼んできて」
「お姉ちゃんは?」
ルリアが不安そうに姉を見上げる。
「私はアサオさんの様子を見に行くわ、怪我をしているかも知れないし」
もし、そうであればすぐに行って治療してあげたい。
アリアはそう言って朝雄が走っていった路地のほうを見る。
「うん、わかった。お姉ちゃん気を付けてね」
ルリアはそう言って魔族の女の子の手を引いて通りのほうへ走っていく。
走っていく二人の小さな背中を見送ると、アリアも路地へ向かって走り出した。
アリアと別れ、ルリアと魔族の少女は通りへ戻った。周囲を見渡すと人々が行き交い、道の両側には色々なものを売る露店が並んでいた。
ルリアは近くで露店を出している老魔族の女性に助けを求めた。
「すみません、あっちでこの子が攫われそうになって」
「なんだって!最近噂に聞く人攫いかい。大丈夫だったのかい?」
露店の店主と思われる老魔族は驚きながらも心配そうに魔族の女の子に視線を向けた。
「は、はい、私は助けてもらったので大丈夫です。でも、助けてくれた男の人が残ってて」
「私のお兄ちゃんなんです。早く助けに行かないと!」
「すぐに騎士様に助けを求めないと……」
老魔族の女性がそういって動き出そうとしたとき、カチャリと金属が擦れるような音と同時に声が掛かった。
「騎士がどうしたんだ、何かあったのか?」
アリアたちが振り向くとそこには鎧を身に着け剣を腰に差した若い騎士が二人立っていた。
「ああ、騎士様ちょうどいい所へ。この子たちの話を聞いてやっておくれ」
若い騎士の一人がルリアを見ると優しそうな笑顔を浮かべてしゃがみ、ルリアと視線を合わせた。
「獣人のお嬢ちゃん、何があったか話せるかい。俺たちはこのあたりを巡回している騎士だ。困ったことがあれば力になるよ」
ルリアは若い騎士を見る。村に来たサーシャやガズリーと同じようなデザインの鎧を身に着けている。
おそらく、騎士団の物なのだろう。
「向こうでこの子が攫われかけたの、私のお兄ちゃんが助けたんだけど、お兄ちゃんはこの子を逃がすためにその場に残ってて」
ルリアがそう言うと笑顔を浮かべていた騎士の顔が真剣なものに変わった。
「その場所はここから遠いのかい?俺たちをそこまで連れて行ってくれないか」
「ううん、すぐ近くだよ。こっち!」
そう言ってルリアと魔族の少女は騎士二人を連れて駆け出した。
◇ ◇ ◇
その頃、アリアは朝雄を追って路地を走っていた。
『アサオさん、どうか無事でいてください』
そう願いながら路地を走る。
すると建物との隙間が広くなり少し開けた場所に出た。
あたりを見渡すと積まれた木箱が崩れており、地面には複数の人が動き回った痕跡があった。
『たぶん、ここで女の子を助けて戦闘になった?』
アリアはあたりを見渡す、朝雄の姿を探すが誰もおらず人の気配もなかった。
「アサオさん?どこですか……」
アリアは朝雄を探しながら弱々しく呟くように口にする。
そして、地面に赤黒い染みのようなものを見つけた。
「これは、血痕?」
まだ新しい血痕が、地面に赤黒く残されている。
アリアの顔が青ざめる。
「アサオさん!どこですか!」
アリアは大声をあげて朝雄を呼ぶ。だが、それに応える声が返ってくることはなかった。
アリアが呆然とその場に立ち尽くしていると、後ろから金属の擦れる音と数人の人が走ってくる足音が聞こえてくる。
姿を見せたのはルリアが助けを求めた二人の若い騎士だった。
「君は?こんなところで……」
騎士がそう問いかける声を遮って騎士の後ろから声が響いた。
「お姉ちゃん!」
騎士の後ろから姿を見せたルリアがアリアに駆け寄り抱き着いた。
「お兄ちゃんはどこ?」
ルリアの問いかけにアリアは何も答えられなかった。
ルリアの目に涙がたまっていく。
「そんな…、お兄ちゃん…」
若い騎士はそんな二人を痛ましそうに見ながら、周囲を調べる。
複数の人が争った痕跡が残されている。
もう一人は路地の奥の様子を見に行っている。
一通り周囲を調べると騎士はアリアに問いかけた。
「俺はこの国の騎士団に所属しているレイウスだ。君の名前を教えてもらえるかい?」
「…アリア…です」
「アリアか、状況を確認したい。説明してもらえるかな?」
レイウスと名乗った騎士はできるだけ優しくアリアに問う。
気を遣われていることがアリアにも伝わったのだろう。アリアは気持ちを立て直し、これまでの出来事をレイウスに説明した。
三人で商業区へ買い物に来たこと。公園へ向かう途中で魔族の少女と出会ったこと。その少女が攫われ、朝雄が助けるために後を追ったこと。そして、少女だけが戻ってきて朝雄がまだ戻っていないこと――。
一通りの説明を聞くとレイウスは難しい顔をして頷く。
「よく、話してくれたね、ありがとう。俺たちが必ずその少年を助けてみせる」
レイウスはアリアの目をまっすぐに見てそう言った。
路地の奥から様子を見に行った騎士が戻ってきた、だが何も見つからなかったようで何も言わず首を横に振った。
レイウスは首から下げた笛を掴むとその場で吹いた。
長く三回吹くと笛から口を離した。
「この笛は騎士団の連絡用の笛で緊急時に使うものなんだ」
急に笛を吹いたレイウスを見ていたアリアとルリア、それに後から追いついてきた魔族の女の子にそう説明した。
少しすると路地の入口のほうから複数の人が走る音と金属の擦れる音が近づいてくる。
姿を見せたのはレイウスたちと同じ鎧を身に着けた男たちが五人だった。
その中でも年配の魔族の男が前に出てくる。
「レイウス、状況を説明せよ」
「はっ、ここにいる魔族の少女が人攫いに攫われそうになり、そこに居合わせた人族の少年が助けに入り少女は逃げられたのですが、少年は行方不明です。獣人の二人は少年の連れで一緒に行動していたそうです」
レイウスは簡潔に上司と思われる男に報告する。
報告を受けた男は人攫いと聞いて一瞬顔を歪ませたがすぐに冷静な表情に戻る。
「わかった、付近の捜索は我々が引き継ぐ、お前はこの子たちと騎士団の詰め所まで同行し、調書を作成し城に報告するように」
「はっ」
男はそう言うと周囲の騎士たちに指示を出し始める。
「すまないが、騎士団の詰め所まで同行してくれないか、詳しい話を聞いて報告しなければならないんだ」
レイウスはアリアたちに向き直るとそう言った。
アリアは頷いて了承する。
ルリアと魔族の女の子もそれに続いた。
◇ ◇ ◇
レイウスに案内されて三人は騎士団の詰め所までやってきた。
場所は商業区の中心付近で二階建ての建物で入り口には騎士が立っていた。
詰め所の中に入ると応接室のような場所に案内された。六人が座れるくらいのテーブルとソファがある部屋だ。
レイウスに勧められアリアたち三人は並んでソファに腰を下ろした。
その向かいのソファにペンと紙を持ったレイウスが座った。
「ふたりの名前はアリアとルリアだったね、それと……」
レイウスはアリアとルリアを見た後、魔族の女の子に目を向けた。
「わ、私は商業区のレストランで働いているミミと言います」
魔族の少女ミミは緊張した様子でそう答えた。
その後はレイウスの質問に答える形で事情聴取が行われた。
三人はレイウスの質問に正直に答えていく。
アリア、ルリア、朝雄の三人は商業区に買い物に来て公園に向かう途中であったこと、その途中でミミを見かけ助けたこと。
ミミが三人組の男たちに攫われかけたのを朝雄が助けに向かったことを話していった。
「アリアとルリア、それにアサオという少年は王都に住んでいるのかい?」
事件の過程をおおよそ聞き終えた後、紙にペンで書き込みながらレイウスがアリアに問いかけた。
「いえ、私たちはスロウ村から一昨日王都に来て、今はここの近くの宿に宿泊しています」
アリアがそう答えるとレイウスは手を止めて顔を上げた。
「先日、辺境の村で功績のあった者を王城に招いて褒賞が贈られたと聞いているが、もしかして」
「はい、昨日私とアサオさんが魔王様に謁見して褒賞をいただきました」
アリアの言葉を聞いてレイウスの顔色が変わった。
「急いで王城に知らせなければならないな、三人とも協力ありがとう。騎士団の馬車で送らせようか?」
レイウスの言葉にミミは慌てて首を振った。
「いえ、店はすぐ近くですから!」
「そうか、では騎士団からひとりつけて店に事情を説明させよう。アリアとルリアはどうする?」
「宿までは歩いて戻れます」
アリアはそう答えるとレイウスは頷いた。
「わかった、念のため騎士団の人間に送らせよう。なにか事件に進展があれば知らせるから、できれば宿から出ないようにしてくれ」
「……わかりました」
アリアはうつむき気味にそう答えたのだった。
◇ ◇ ◇
その後、ミミは騎士団の人間に付き添われて店に戻っていった、去り際にアリアとルリアに何度も頭を下げてお礼を言っていた。
二人もすぐにやってきた騎士団の人間に付き添われて宿に戻った。
宿につくとロビーにいた初老の魔族の男性に騎士団の人間が事情を説明して帰っていった。
「騎士団から連絡があればすぐにお知らせしますから、部屋でお休みになってください」
老魔族にそう言われアリアとルリアは部屋に戻ってきた。
部屋に戻るとずっと俯いていたルリアが口を開いた。
「お兄ちゃん、大丈夫だよね?帰ってくるよね?」
ルリアの目から涙が溢れ、頬を伝っていく。
アリアはルリアを強く抱きしめた。
「大丈夫よ、アサオさんは強いんだから。絶対に大丈夫よ」
アリアは自分に言い聞かせるように言ってルリアを抱きしめ続けたのだった。
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次話は明日20時に投稿します。




