054 魔王城の人々
レイウスは王城に向かう馬車の中にいた。
先ほどアリアたちから聞いた事件の調書を手にしている。
レイウスは魔王国第一騎士団に所属しており、担当は王都の警備である。
役職はなく一団員に過ぎないが、剣の腕と国への忠誠心が高く評価されており、同期の中では出世は早いだろうといわれていた。
本人はあまり出世に興味はなく、ただ、王都の民を守る仕事に誇りをもっており、任務を忠実にこなすのみと考えていた。
王都の警備という仕事上、王都で起きる事件に精通しており、最近王都の平民街で頻発している誘拐事件のことも当然知っていた。幼い子供を狙った卑劣な犯罪であり、自身も何度か捜査に協力していた。
最近、ポンタワ伯爵邸で行方不明の子供たちが何人か見つかったと聞き、子供たちの無事を喜んだ。だが、まだ見つかっていない子供もおり、誘拐事件の全容も明らかになっていない。
今日は自分の担当地域で誘拐事件が起きた。それも、攫われそうになった魔族の少女を救おうとした人族の少年が、身代わりのように攫われてしまったのだ。
レイウスは無意識に拳を握りしめた。
平民街での誘拐事件に対応するため平民街への警備に人員を振り向けた直後に中央近くの商業区で誘拐事件が起きた。
犯人は騎士団の動きを知っているかのように動いている節がある。
この王都内で十人以上の誘拐事件を起こしながらいまだに犯人を捕らえられないでいるとは、通常では考えられないことだった。
レイウスには騎士団でもかなりの上位にいる義理の兄がいる。
姉が結婚し義理の兄になったその人物とは非常に良好な関係であり、先日サーシャ王女の護衛として王都を離れていた義兄が王都に戻ってきたときには無事を祝って義兄の家で夕食を共にしていた。
その時に義兄が言っていた言葉が頭をよぎる。
『騎士団内部に誘拐犯の内通者がいる可能性がある。お前が緊急と思った場合は直接俺のところへ話を持ってこい』
義兄の言葉にレイウスはコクリと頷いたのだった。
レイウスの乗った馬車が王城の敷地に入り、入り口前で止まった。
馬車を降りるといつの間にか王都は夕焼けに赤く染まっていた。
レイウスは入り口に立っていた騎士団員と短く言葉を交わした後、王城に入っていった。
この時間なら義兄はまだ城内で仕事中のはず。
おそらくまだ執務室にいるだろうとそちらに足を向けた。
執務室の前には二人の騎士団員が警備についていた。
顔見知りの二人に声をかけ、義兄に面会できないか確認を取る。
扉をノックし、警備のひとりが部屋へ入っていく。少しして「入れ」と中から義兄の声がした。
「ガズリー義兄さん、緊急で知らせたい件が……」
そこまで言ってレイウスは驚きで目を剥いた。
ガズリーの後ろの執務机に魔王が座っているのが目に入ったからだ。
「こ、これは陛下、大変失礼いたしました」
そう言って跪こうとしたレイウスを魔王は手を挙げて留めた。
「よい、ここではそのような儀礼は不要だ。緊急の要件とはなんだ?」
魔王の言葉にレイウスは姿勢を正した。
「はっ、本日商業区にて誘拐事件が発生しました。誘拐されたのは人族の少年で行動を共にしていた獣人の少女に事情を聞いたところ、先日城で褒賞を受けた者と判明したため緊急の要件と判断し、直接報告に伺った次第です!」
「なにっ、アサオが誘拐?」
ガズリーが珍しく声を上げて狼狽している。
レイウスが差し出した調書に素早く目を通し、深いため息をついた後、調書を魔王に手渡す。
魔王は調書を読み進めるにつれ、怒りに顔を歪めていく。やがて、その体から目に見えるほどの魔力が溢れ出した。
「儂の目と鼻の先で誘拐とは、ふざけおって!」
魔王が調書を握りつぶし立ち上がった。
「ガズリー!」
「はっ、すぐに王都の四つの門に騎士団員を派遣し、王都を出る馬車を徹底的に調べます!」
ガズリーの言葉に魔王が頷く。
「この報告からも騎士団に内通者がいる可能性が高い、人選には十分に気をつけよ」
「はっ!」
魔王はレイウスに目をやる。
レイウスは直立したまま動けなくなった。
「この者は?」
「第一騎士団に所属する私の義理の弟でレイウスといいます。信用していただいて大丈夫です」
「うむ、レイウスよ、ご苦労であった仕事に戻るがよい」
魔王がそういってレイウスに声をかけた、だがレイウスは魔王をまっすぐに見据えて口を開いた。
「恐れながら申し上げます。私も誘拐犯の捜査に加えていただきたく存じます!」
レイウスの言葉にガズリーも魔王も少し驚いたようにレイウスを見る。
「誘拐された人族の少年は我が国の少女を救おうとして、結果身代わりとなり誘拐されてしまいました。そのような者が今も誘拐犯に囚われているかと思うと、とてもじっとなどしていられません。どうかお願いいたします!」
そう言ってレイウスは深く頭を下げた。
ガズリーは正義感の強い自分の義弟を見ながら息をつく。
「魔王様、私も信用できる者が多いほうがやりやすい、どうかこの者を捜査に加えていただけますよう、お願いいたします」
そう言ってガズリーも魔王に頭を下げた。
「うむ、よかろう、レイウスを捜査に加えることを許可する」
「ありがとうございます」
顔を上げたレイウスを見て魔王は満足げに頷いた。
「ガズリー、わかっているとは思うが、この件はサーシャの耳に入れてはならん」
ガズリーはもちろんという顔で頷く。
この件をあのお転婆娘が知ったらすぐにでも城を飛び出していくだろうことは簡単に予想できる。
「しかし、魔王様、王妃様には話を通しておいたほうがよろしいかと」
ガズリーの言葉に魔王は気まずそうに顔をそらした。
「わかっておる!」
二人のやり取りをレイウスは不思議な顔をして聞いているだけだった。
◇ ◇ ◇
少し時間が経って夕食時になった。
魔王はなんとか王妃にアサオ誘拐の報告を済ませた。
その報告を聞いたエルザ王妃は静かに言った。
『絶対にアサオを王都の外へ連れ出させてはなりませんよ? わかっていますね?』
その時の王妃の表情を思い出し魔王は顔を青くした。
王妃があれほど感情を出すことは珍しい。
サーシャのこともあるが、エルザ自身もよほど朝雄のことを気に入っているのだろう。
『人族である以上、アサオはサザーラント王国の民でしょう、しかもエミリー王女が王都に向かっているこのタイミングは最悪と言えます。早急に解決しなければなりません。わかっていますよね?』
そのあとのエルザの言葉に魔王も頷くしかなかった。
魔王が直接統治する王都で他国の民が誘拐されたなど魔王の面子にかかわる。
そして、当事国の王族の来訪も重なればまさに状況は最悪だ。
魔王はその大きな肩を落とし溜息をついた。
これから家族だけで夕食をとる予定になっている。
朝雄の事をサーシャに知られるわけにはいかない。
魔王は気を引き締めて夕食に臨む決意をして食堂に入っていった。
食堂にはすでにサーシャとエルザが席についていた。
「待たせてしまってすまない。ちょっと仕事が立て込んでしまった」
そう言って魔王が席に着き食事が始まった。
食事中は特に会話もなく静かに進んでいった。
食後の紅茶に三人が口を付けたときに魔王がサーシャに声をかけた。
「サーシャは今日は何をしていたんだ?」
魔王は娘に当たり障りのない話題を振った、どこの世界でも年頃の娘の父親というものは同じであるらしい。
「今日は礼儀作法の授業とダンスの授業があったわ、すごく疲れたよ」
そう言ってサーシャは渋い顔を作る。
サーシャは王女なのだから当然それに見合った教育を受けている。
だが、今まではそういった授業から逃げ回っていた。
だが、朝雄に出会ってからサーシャの中で何かが確実に変わっていた。
身なりを気にし始め、マナーの授業にも逃げることなく取り組んでいた。
そして、その変化を敏感に感じ取ったサーシャの周囲の人間、特に生まれたときからサーシャのそばで教育係として仕えていた婆やとサーシャに呼ばれている老魔族は見逃さなかった。
『殿方に好かれる女性は慎みがあって、マナーのしっかりした方が多いようです』
『そうなのか!』
そう言ってサーシャが今まで逃げ回っていた教育に自分から向かうように仕向けていた。
「やっぱり、男の人はそういう女の子のほうが好きなのかな……」
そう言って肩を落とすサーシャに魔王の口が滑る。
「いや、男が全員そうとは限らないぞ!アサオだったら……」
そこまで言って魔王は自分の失言に気づき慌てて口を塞ぐ。
魔王の隣ではエルザが小さく舌打ちしたような気がした。
サーシャの後ろにいる婆やが笑顔で魔王に圧力をかけて来る。
魔王はダラダラと冷や汗を流した。
「今頃、アサオはなにをしてるかなぁ」
サーシャはそう言って顔を伏せる。
「ア、アサオも今頃は宿でうまい飯でも食っているんじゃないか?ほら、一緒にいたアリアや妹のルリアと言ったか、三人で楽しくやっているだろう」
魔王がサーシャを励まそうと自ら墓穴に入っていく。
魔王の言葉にサーシャがますます落ち込んでいる。
「チッ」
魔王の隣からはっきりと舌打ちが聞こえた。
サーシャの後ろに控えている婆やはすでに笑みを消していた。
「そ、そういえば、まだ仕事が残っていてな。先に失礼するぞ」
そう言って、魔王はそそくさと食堂から姿を消した。
続いてエルザも立ち上がった。
「では私も今日は休みます、サーシャ、あなたも今日は疲れたでしょう?早めに休みなさい」
そう言って食堂から出て行った。
「うん、お休みなさい……」
食堂に残されたサーシャはなにか釈然としないものを感じていた。
明らかに態度がおかしかった魔王はもちろん、エルザもなんだか様子がおかしかった気がする。
「ねえ、なにかあったのかな?」
サーシャは後ろに控える婆やに聞いてみる。
「いいえ、何もありませんよ。さぁ姫様も今日はお疲れでしょう。部屋へ戻りましょう」
サーシャは両親の態度に釈然としないものを感じたまま自分の部屋に戻ってきた。
「それでは、おやすみなさいませ」
そう言って婆やは退出していった。
部屋で一人になったサーシャは倒れこむようにベッドに入った。
「絶対なんかおかしい。私に何か隠している?」
サーシャはベッドの中で食堂での両親とのやり取りを反芻する。
「お父様はいつもより挙動不審だったし、お母様もなんだか話をするのを避けていたような気がする」
婆やは何を言っても教えてはくれないだろう、お母様から口止めされている可能性もある。
ならば。
「リニア、居るわね」
「はっ、姫様ここに」
サーシャの言葉に誰もいなかったはずの部屋に一人のメイドが現れ膝をついていた。
ピンクのショートヘアに小柄な見た目でかわいらしい印象のメイドだが目つきは鋭い。
「お父様とお母様が私に何か隠しているようなの、それが何か調べてきてちょうだい」
「はっ、おおせのままに」
リニアと呼ばれたメイドの少女はそう言ってシュバッと消えていた。
また部屋にはサーシャひとりとなる。
これで、リニアが何があったのか調べてくれるだろう。
サーシャはベッドの上で転がり仰向けになった。
それにしても、リニアはいつからあんな感じになったんだっけ?と考える。
リニアはサーシャと同じ年齢の侍女で、サーシャが六歳の時に城へ上がって以来、ずっとサーシャ付きの侍女として傍にいる。
同じ年ということもあり、主従というより親友と言えるような付き合いだった。
公の場では王女と侍女として振舞っていたが、二人になると名前で呼び合い親友として接していた。
だが三年ほど前だろうか、彼女が急に変わったのだ。
『私は、姫様の陰……』
とか変なことを言い出して妙な鍛錬を始めたのだ。
その他にも。
『静まれ!私の中の獣よ!今はまだその時ではない!』
とか言っているのも見たことがある。
先ほどのやり取りもリニアにこうしてほしいと頼まれたのでやっているが、なんでそれが必要なのかサーシャにはわからなかった。
おかしくなり始めた頃、心配になって婆やに相談したことがあったが婆やは生暖かい笑顔で。
『あれは一過性の病のようなものなのです。時間が経てばもとに戻るでしょうから、放っておくのが一番ですよ』
と言っていた。
だがいつまでたっても直らずにいつの間にか気配を完全に消して動いたり、身体強化を使って先ほどの様にシュバッとしたりしだしたので、また婆やに相談したら。
『彼女には才能があるようです。臣下の才能を生かすのも姫様の務めですよ』
と、わけのわからないことを言われ現在に至っている。
実際彼女は非常に役に立っている。
婚約者のことを調べてもらったり、受けたくない授業から抜け出す手助けをしてもらったりと、いろいろだ。
それにたまに二人でお茶を飲んだりするときには昔の様に名前で呼び合い楽しく会話をしたりもできる。
なら、彼女の好きにさせようとサーシャは考えて先ほどのようなやり取りを時々しているのだ。
リニアの事を色々思い出しているうちに瞼が重くなってきた。
今日は慣れないマナーの授業とダンスの授業があって今までサボっていた分、確かに疲れを感じていた。
「明日はアサオに会いに行けるかな……」
そうしてサーシャは眠りに落ちたのだった。
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お話のストックが切れました。
今後は不定期投稿になります。




