052 誘拐
翌日
宿で朝食をとった後、朝雄、アリア、ルリアの三人は宿を出て西にある商業区に向かって歩いていた。
朝雄とルリアは嬉しそうにきょろきょろと周囲を見ながら歩いており、少々危なっかしい足取りだ。
「二人とも、よそ見しながら歩くと危ないですよ」
アリアが見かねて注意しても、
「わかってるよー」
「うん、気を付けるね」
返事はいいが、あまり効果は無いようだった。
今まで大きな街といえば王都に来る途中で立ち寄ったチュカンの街があったが、この王都は大きさの桁が違う。
さらにここは王都の中心部に近く、建物も人も多い。今回の旅で初めて村の外へ出たルリアにとっては、何を見ても珍しいのだろう。
朝雄にとって、人の多さだけなら日本のほうが上だ。それでも異世界の王国の王都ということで、自然と気分が高揚していた。
そうして、30分ほど歩くと昨日宿で聞いた商業区に到着した。
通りの両側には様々な店が並び、買い物客が大勢道を行き交っていた。
「まずは服を見に行きましょうか」
アリアがそう言うと二人は元気に返事をした。
「うん」
「はーい」
ふたりの返事を聞いてアリアも笑みをこぼすのだった。
◇ ◇ ◇
いくつかの店をめぐって3人分の服、下着、靴などを買いそろえた。
服を見に行った時にはアリアが真剣な表情で時間をかけて服を選んでいるのを見て朝雄は少し懐かしい気持ちになった。
『桜姉と梅姉もああして服を選ぶときは真剣に悩んでいたっけ』
まだこの世界に来てから一か月もたっていない、しかし、その間に色々なことがあったためずいぶんと時間が経ったような気になっていた。
桜姉と梅姉は今頃何をしているだろうかと朝雄が考えていた時、声がかかった。
「アサオさん、時間がかかってしまってすみません」
アリアがそういって申し訳なさそうにしている。
「いいよ、女の人の買い物は時間がかかるのは知ってるから」
そう言って笑顔を浮かべる朝雄を見てアリアも安心するが、同時に疑問も浮かぶ。
『そんなに女の人と買い物に行っていたんですか?』
思わず聞きそうになったが、その言葉が口から出ることはなかった。
朝雄は自分の名前や年齢はすぐに教えてくれたが、それ以外のことは話しにくそうにしていたのを思い出したのだ。
なにか自分の身の上を語りたくない理由があるのだとアリアにもわかっている。
そして、それが悪意からではないことも分かっている。
ならば、無理に聞かなくてもいい、朝雄ならいつか話してくれるだろうと信じていた。
アリアはすぐに気持ちを切り替えると笑顔を見せた。
「買い物は終わりましたし、少し遅くなっちゃいましたけど食事にしましょうか。この先に公園があってそこに露店が出てるそうなので何か買って食べましょう」
「うん」
そうして三人は公園へ向かって歩き始めた。店で買ったものは宿へ届けてもらうことにしたため、荷物もなく足取りは軽い。
しばらく歩き、商業区の外れに近づくにつれて、人通りは少しずつ減っていった。
また周囲を見ながら歩き始めた朝雄は一人の魔族の女の子が目に留まった。
年齢はルリアと同じくらいだろうか、大きな布袋を両手で抱えていた。
『お使いで買い物にでも来たのかな、でもあれじゃ前がよく見えないんじゃないかな』
朝雄がそう思った時、心配していた通りのことが起きた。
女の子が足元の段差に気づかず転んでしまったのだ。
「あっ」
思わず朝雄の口から出た声にアリアとルリアが気づいた。
「アサオさん、どうかしましたか?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
そして朝雄の視線の先を見ると、転んで涙目になっている女の子と転んだ拍子に布袋からこぼれたリンゴのような果実がいくつも転がりながら周囲に散らばっているのが見えた。
「ちょっと、助けてくるよ。二人はここで待ってて」
そう言って朝雄は女の子のほうに走り出した。
「私たちもいきます」
アリアとルリアも朝雄の後を追って走り出した。
「大丈夫? 立てるかな?」
朝雄はそう言って女の子に手を差し伸べた。
女の子は驚いたのか一瞬ビクリと体を震わせたが、朝雄が笑顔で手を差し出しているのを見ておずおずとその手を取った。
女の子の手を引いて立たせると、朝雄は服についた汚れを払ってあげながらケガが無いか確認した。
「うん、ケガはしてないみたいだけど、痛いところはない?」
そう言って優しく微笑む朝雄の顔をぼうっと見ていた女の子だったが、我に返ると焦り始める。
「あっ、リンカの実が」
そう言って周囲に散らばってしまった赤い木の実を見渡した。
リンゴに見た目が似ているものはリンカの実というらしい。
「手伝うよ、結構転がっていったのもあるから一人だと大変そうだし」
朝雄はそう言うと返事を待たずに周囲のリンカの実を拾い始めた。
「あ、あの、ありがとうございます」
女の子はお礼を言うと自分も周囲のリンカの実を拾い始める。
「アサオさん」
「お兄ちゃん」
アリアとルリアが二人に駆け寄った。
「あ、二人ともこの実を拾うのを手伝ってくれないかな?」
朝雄がそう言うと二人は周囲を見渡しすぐに事情を察したようだ。
「わかりました、もちろん手伝います」
「それじゃ私は向こうに転がっていったのを拾ってくるね」
二人もすぐにリンカの実を拾い始める。
「四人で拾えばすぐに全部集まるよ、がんばろう」
そう言って微笑む朝雄の顔を見て女の子は顔を赤くしながらコクリと頷いた。
女の子の様子にちょっと不思議そうにした朝雄だったが、すぐにまたリンカの実を拾い始める。
女の子も少し顔を赤くしながらも拾い始めた。
その様子を見ていたアリアは、二人に気づかれないように溜息をついたのだった。
◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん、向こうにあったのはこれで全部だよ」
「アサオさん、このあたりのも全部拾いましたよ」
そう言って二人は布袋にリンカの実を戻していく。
「うん、こっちも終わったよ、あとは向こうに転がった分を拾いに行った女の子が戻ったら終わりかな」
そう言って女の子が少し離れたところまで転がってしまったリンカの実を拾いに行ったほうに朝雄が視線を向けたとき、リンカの実を拾うために屈んでいる女の子と近くの建物の陰から出てきた数人の男たちが女の子の背後に近づいているのが見えた。
「危ない!」
男たちが女の子に手を伸ばしたのを見て朝雄が叫んだ。
女の子が驚いて顔を上げるのと同時に、男の一人がその口を塞いだ。もう一人が女の子の足を抱え上げると、二人はそのまま路地へ走り込んだ。
「アサオさん!」
「お兄ちゃん!」
「二人はここにいて!」
朝雄の声に驚いた二人にそう声をかけると、身体強化をかけて男たちの後を追って走り出した。
使用する魔力に気を付けながら朝雄は男たちを追って走る。
女の子を抱えている二人は足が遅いためすぐに朝雄はその視界に男たちを捉えた。
女の子をさらった男たちは全部で三人、女の子を運んでいる男が二人とその前を走っている男がひとりだ。
朝雄は慎重に身体強化に使う魔力を増やすと更にスピードを上げて女の子を抱えている二人組に追いついた。
「なんだ、このガキ!」
男達が朝雄に気が付き怒鳴ったときにはすでに朝雄は男の一人の懐に入り込んでいた。
朝雄は姿勢を低くして女の子の足を抱えている男の足を払った。
男が倒れこむと女の子の口をふさいでいた男もそれに引っ張られるように倒れこんだ。
倒れた拍子に男たちの手から投げ出された女の子を朝雄は抱き留め、男たちと少し距離をとったところで女の子を下ろした。
「大丈夫? さっきのところまで戻って、アリアたちに助けを呼んでもらって。ここは僕が食い止めるから」
「でも……」
女の子が躊躇しているのを見た朝雄は殊更大きな声で叫んだ。
「早く!」
「は、はい!」
女の子が背を向けて走っていくのを見送り朝雄は安心したように息をついた。
「このガキが! 仕事の邪魔しやがって!」
当然だが怒り心頭のようだ。
女の子を運んでいた二人が腰に差していた短剣を抜き朝雄に襲い掛かってきた。
刃物を持って本気で襲い掛かってくる男たちに朝雄は少し緊張で体が固まりそうになる。
だが、女の子を追わせる訳にはいかない。
朝雄は覚悟を決めると拳を握りしめ、腕を上げた。
相手は刃物を持った自分よりも大きな男二人。
だが、動きは雑で速さもない。
『桜姉との稽古に比べれば、どうってことない』
朝雄は自分にそう言い聞かせるように男たちに踏み込んでいく。
ただ雑にナイフを突き出してくる男の懐に入ると肘で男の腹を打った。
男は朝雄の動きに全くついていけずにナイフを突き出した姿勢のまま朝雄の肘をもろに腹に受けその場に倒れこんだ。
「てめぇ、よくもやりやがったな!」
完全にこれからやられる悪役らしいセリフを吐いてもう一人の男が突っ込んでくる。
朝雄は冷静に男の突き出したナイフを姿勢を低くしてかわし、そのまま男の足を払う。
男が仰向けに倒れこむと朝雄は男の腹に拳を落とす。
もう一人の男も動かなくなった。
『昔、梅姉から習った護身術がこんな所で役に立つとはなぁ』
中学生になったばかりの頃、梅が突然朝雄に護身術を教えると言い出した。
なぜ男の自分に護身術が必要なのか朝雄は首を傾げた。
『朝雄ちゃんには絶対に必要だから!』
梅のあまりにも真剣な表情に朝雄は黙って頷くしかなかった。
なぜか桜も梅の横で頷いていた。
それから、一か月ほど朝雄は梅から護身術を習うことになったのだが、道場での梅は普段の彼女からは信じられないくらい厳しかった。
だが、梅の真剣さに朝雄も真面目に取り組んだのだった。
「へぇ、中々やるじゃねぇか」
少し昔のことを思い出していた朝雄に男の声がかかる。
女の子をさらった男たちは三人いた。
この男が最後のひとりだ。朝雄は気を引き締めると両手を上げて構えた。
男は仲間が二人もやられているにもかかわらず、手を出してこなかった。
しかも、男は逃げていく少女には目もくれず、朝雄が仲間二人を倒す様子を値踏みするように眺めていた。
男は軽薄そうな笑みを浮かべて朝雄に近づいてくる。
身長は180センチくらい、年齢は三十代前半くらいでよく鍛えられているのが分かる体つきをしていて腰には剣を差している。
「お前、身体強化を使っているな、まさか魔法使いなのか?」
身体強化を見破られている。
朝雄は何も答えず警戒を強めた。
「ハッ、ハハハハハッ、やっと俺にも運が向いてきやがった! 魔法を使える人族のガキとなれば、ただのガキとは比べ物にならないくらい高く売れる! しばらく遊んで暮らせるぜ」
それに、と言って男は朝雄の体を舐めまわすように見た後、顔で目を止めた。
「見た目も悪くねぇ」
そう言って笑う男の言葉を聞いたとき、朝雄の全身に嫌悪感が走った。
思わず後ずさろうとしたとき、男の雰囲気が変わる。
「逃がさねえよ!」
男の姿が一瞬ぶれて見えた、とっさに横に飛ぶと先ほどまで朝雄がいた場所に男の剣が振り下ろされていた。
「ほう、今のをかわすか……」
男はゆっくりと朝雄に向き直り剣を構えた。
剣は鞘に収まったままで抜かれてはいない。
先ほどの男の言葉からも生きたまま攫うつもりなのだろう。
だが、先ほどの動き、おそらく身体強化を使っている。
「身体強化を使えるのは、おめぇだけじゃないんだぜ!」
そう言って朝雄に向かって突っ込んできた。
朝雄はまた横に飛んで躱そうとしたが、男はそれを読んでいたのか方向を変えてついてきた。
男の剣の鞘が朝雄の腹に迫ってくる。
朝雄はとっさに体をひねって剣をかわしたが、無理な態勢になりバランスを崩したところに男の蹴りが飛んできた。
反射的に腕を上げて体をかばったが、その腕ごと蹴り飛ばされ、路地の脇に積まれた木箱に突っ込んでしまう。
朝雄は倒れこみ腕の痛みに顔をしかめる、身体強化をかけていなければ両腕は折れていただろう。
容赦のない攻撃に朝雄の顔が青ざめる。
「これでも手加減してるんだぜぇ、その可愛い顔に傷がつかないようになぁ!」
そう言って笑う男に朝雄は悔しそうに顔をゆがめた。
剣もそうだが身体強化を使いこなしている、おそらくまともにやっては勝てない。
朝雄はそう判断していた。
逃げるにしても、この男には隙が無い、今も朝雄の逃げ道を塞ぐように位置取りしている。
やるしかない、朝雄はそう決意すると身体強化に使っている魔力を増やした。
予想以上のスピードで男の懐に入り、腹に一撃入れてそのまま逃げる。
おそらく、人の多いところに出れば男は追ってこないだろう。
朝雄はそう考えをまとめると起き上がり、両手を構えた。
朝雄の雰囲気が変わったのを感じ取った男は笑みを消し、朝雄を警戒しながら剣を構えた。
その直後、朝雄は増大した魔力による身体強化で一気に男の懐に入った。
「なにっ!」
驚く男は反応しきれていない、朝雄は男の腹に向けて拳を振りかぶった。
だが、朝雄の魔力制御がまだ未熟だったせいだろう、拳に魔力が集まっていくのを朝雄は感じた。
『不味い!』
このままではこの男を殺してしまう。
そう思った途端、朝雄の体が硬直し拳の勢いが落ちた。
だが、それは致命的な隙になる。
「甘いんだよ!」
男は朝雄の側頭部を剣の柄で殴り飛ばした。
朝雄は横に吹き飛び地面を転がった後、力なく地面に横たわり動かなくなった。
男は我に返ると慌てだした。
「やべぇ、手加減できなかったぜ。殺しちまったか?」
そう言って男は少し離れた所で力なく倒れている朝雄に近づくと足で朝雄を転がして仰向けにさせる。
朝雄の胸が上下に動き呼吸しているのを確認するとほっと胸をなでおろした。
「ふー、思ったより頑丈だな。助かったぜ」
朝雄が生きていて安心したように大きく息を吐いた。
だがそれはあくまで”商品”を壊さなくて良かったという安心であった。
「ちと傷がついちまったが、顔じゃねえし値段もそう変わらんだろう」
そう言って朝雄を軽々と肩に担いだ。
朝雄は剣の柄で強打された側頭部から出血しポタポタと血が流れていた。
「おい、いつまで寝てやがる! とっととずらかるぞ」
朝雄に倒された二人を乱暴に蹴飛ばして目を覚まさせると三人は路地奥の暗闇に消えていった。
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