049 桜サイド セイラの姉
朝雄の婚約について話を聞いてから、四日が経った。
桜たちはその間もフレンダの街で朝雄の情報を探し続けていたが、残念ながら新しい手掛かりは何も得られていない。
毎晩行っている『朝雄れえだぁ』も変わらず南を示しており、こうなるとガルドール魔王国へ入らなければ、これ以上の情報は得られないだろうと思われた。
そんな日の朝、エミリーのもとへ待ち望んでいた知らせが届いた。
サザーラント王都を通して進めていた、ガルドール魔王国への正式な入国手続きが整ったという連絡だった。
「よし! これで魔王国へ行けるね!」
手紙を読み終えたエミリーが、嬉しそうに立ち上がる。
「今日は出発の準備に使って、明日の朝、王都へ向けて出発するよ!」
「はい!」
「やっとですね!」
桜と梅も笑顔で頷いた。
王族であるエミリーとスミレが他国へ入る以上、本来ならもっと時間をかけて日程を調整するところだが、今回は事情が事情である。
最低限必要な手続きが整ったことで、ようやく正式に国境を越えられることになった。
◇ ◇ ◇
短い旅ではないため、食料をはじめ必要な物を買い足しておかなければならない。
話し合いの結果、ターニャとオルフは商業地区へ向かい、桜、梅、セイラの三人は市場で買い出しをすることになった。
「ようやく魔王国へ行けるね」
市場へ向かう途中、梅が嬉しそうに言う。
「この街では朝雄ちゃんの情報、結局見つからなかったもんね」
「ええ。でも朝雄が魔王国にいるのは確実だし、向こうへ行けば何か分かる可能性は高いわ」
「うん!」
二人の会話を少し後ろから聞きながら、セイラは微笑んでいた。
桜と梅が朝雄をどれほど大切に思っているのかは、ここまで一緒に旅をしてきて十分すぎるほど伝わっている。
しかも二人は、騎士団長のオルフや副団長のカルリスにも勝つほどの実力者だ。
そんな二人がここまで想いを寄せている少年。
さらにエミリーの息子であり、場合によっては将来自分が仕えることになるかもしれない人物なのだから、興味を持つなという方が難しかった。
『アサオ様って、どんな方なんだろう……』
年齢は十五歳。
桜たちの話では、実年齢よりかなり幼く見えるらしい。
妹であるスミレとよく似ているとも聞いているので、きっと可愛らしい顔立ちなのだろう。
そこまで考えたところで、セイラの頭に一人の女性が浮かんだ。
『お姉ちゃんが見たら、すごく気に入りそう……』
セイラには一つ年上の姉がいる。
数年前に家を出て冒険者となり、それ以来、一度も実家へ帰ってきていない。
そしてその姉は昔から、年齢そのものよりも、成人していても童顔だったり、小柄で可愛らしい雰囲気の男性を好む傾向があった。
『もしお姉ちゃんがアサオ様を気に入って、結婚するとか言い出したら……』
セイラは桜と梅を見る。
楽しそうに朝雄の話をしている二人。
『……やめよう。怖い想像は』
セイラはぶるりと身体を震わせ、頭を振った。
『そんな偶然、あるわけないよね』
そう思いながら顔を上げた――その瞬間。
セイラの足が止まった。
「……え?」
視線の先。
広場のベンチに、一人の女性が座っていた。
軽くウェーブのかかった明るい金髪を肩の辺りで切り揃え、瞳は緑色。
背が高く、整った顔立ちの女性だが、身体は動きやすそうな鎧に包まれ、腰には剣を下げている。
一目で冒険者だと分かる格好だった。
そして今は、何やら難しい顔をしながら露店で買った肉串を食べている。
「お姉ちゃん?」
思わず口から出た言葉に、女性が顔を上げる。
「……」
数秒間。
互いに顔を見つめる。
「セイラか?」
女性も驚いたように目を見開いた。
セイラは数年ぶりに、姉であるライラと再会した。
◇ ◇ ◇
「お姉ちゃん、こんなところで何してるの?」
「それはこっちの台詞だ。近衛騎士団のお前が、どうして国境の街にいる?」
言われてみればその通りだった。
冒険者であるライラがフレンダにいても、何も不思議ではない。
むしろ王族の護衛を務める近衛騎士団所属のセイラが、王都から遠く離れたこの街にいる方が珍しい。
「ちょっと、大事な任務で来てるの。内容は話せないんだけど……」
「任務の内容なら、家族相手でも軽々しく話すものじゃない。気にするな」
「うん」
ライラが笑う。
昔と変わらない姉の様子に、セイラも安心して笑顔を見せた。
「お姉ちゃんは、今この辺りで仕事してるの?」
「ああ。最近、活動拠点をサザーラントから魔王国側へ移したんだ。昨日まで魔王国方面の依頼を受けていて、終わったからフレンダへ来たところだ」
「そうだったんだ」
二人が話していると、後ろから声が掛かった。
「セイラさん、お知り合いですか?」
桜だった。
「あっ、すみません。話し込んじゃって」
セイラは桜と梅の存在を思い出し、二人へ向き直る。
「紹介しますね。姉のライラです」
「セイラの姉のライラです。妹がお世話になっています」
ライラが丁寧に頭を下げる。
「桜です。こちらこそ、セイラさんにはお世話になっています」
「梅です。初めまして」
「よろしく」
挨拶を終え、ライラは二人の顔を見た。
そして、少しだけ目を細める。
「黒い髪……」
「お姉ちゃん?」
「ああ、いや。何でもない」
この世界では、黒髪は比較的珍しい。
少し前まで一緒にいた朝雄も黒髪で、目の前の二人も同じ色だったため、一瞬気になっただけだった。
『まあ、偶然だろう』
ライラはすぐにそう考え直した。
◇ ◇ ◇
「そうだ、セイラ」
「なに?」
「王都へ戻ったら、お父様とお母様に伝えておいてくれないか。近いうちに、一度家へ帰るつもりだと」
「え?」
セイラが目を丸くする。
「どうしたの? お姉ちゃん、冒険者になってから一度も帰ってなかったよね?」
ライラは家を出る際、父親とかなり強く言い争っている。
そのため手紙こそ送っていたものの、一度も実家へ戻ろうとはしなかった。
「じ、実は……」
ライラが急に頬を赤らめる。
「好きな人ができたんだ」
「えっ!?」
セイラが驚く。
そして。
『恋バナね!』
『恋バナだ!』
桜と梅が同時に身を乗り出した。
二人とも十代の少女。
他人の恋愛話に興味がないわけではない。
だがセイラは、二人とは違う意味で少し心配そうな顔をした。
「お姉ちゃん……相手はいくつなの?」
「年齢は、まだ聞いていない」
「……聞いてないの?」
「ああ。ただ、見た目は十二歳くらいに見える」
「お姉ちゃん……」
セイラの表情が一気に険しくなる。
「待て! 勘違いするな!」
ライラは慌てて両手を振った。
「私は法を犯すようなことをするつもりはない! 本人の年齢が分かるまでは、節度を守って接するつもりだ!」
「本当に?」
「本当だ!」
ライラが力強く頷く。
「それに、私が好きなのは年齢そのものじゃない。成人していても童顔だったり、小柄で可愛らしい雰囲気の男が好みなだけだ」
「……それならいいけど」
セイラはまだ少し疑わしそうに姉を見る。
そのやり取りを見ながら、桜と梅も事情を理解した。
『ライラさん、童顔で可愛い感じの人が好みなのね』
『そうみたいだね』
二人は特に気にする様子もなかった。
朝雄も実年齢よりかなり幼く見えるが、年齢差そのものは桜や梅とほとんどない。
好みという意味なら、むしろ少し共感できる部分すらあった。
「それで、近いうちにその人を家へ連れて帰りたいんだ」
ライラが照れながら続ける。
「できれば……まず婚約を申し込みたいと思ってる」
「婚約!?」
今度こそセイラが声を上げた。
「年齢も知らないのに!?」
「そこは、これからきちんと確認する!」
「順番が逆だよ……」
セイラは頭を抱えた。
「それで、その人も貴族なの?」
「それが……よく分からないんだ」
「分からない?」
ライラの表情が少し真剣になる。
「魔王国で出会った人族の少年なんだが、両親とは一緒にいなかった。獣人族の少女たちや魔王国の騎士と一緒に、王都へ向かって旅をしているところだった」
「……」
セイラが首を傾げる。
人族の少年が魔王国内にいて、両親もおらず、獣人族や騎士と一緒に旅をしている。
確かに少し変わった状況だった。
「本人にも分からないことが多いらしくてな。だから、この街で手掛かりがないか調べていたんだ」
「何か分かったの?」
「いや。冒険者ギルドや商業ギルド、それに知り合いの貴族にも聞いて回ったが、何も分からなかった」
ライラは残念そうに首を振る。
「だから、私は魔王国の王都へ向かうつもりだ。もう一度あの子を追いかけて、今度こそちゃんと気持ちを伝える。それから、一度実家へ戻ろうと思ってる」
「……」
セイラは姉の顔を見る。
冗談ではない。
いつになく真剣な表情だった。
「分かった」
セイラが笑う。
「お姉ちゃんがそこまで本気なら、私も応援するよ。ただし、年齢はちゃんと確認してね」
「もちろんだ」
「ライラさん、頑張ってくださいね」
梅も笑顔で続く。
「気持ちが伝わるといいですね」
桜も頷いた。
「セイラ、桜さん、梅さん……ありがとう」
ライラも嬉しそうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、私はそろそろ行くよ」
「もう行くの?」
「ああ。準備を整えて、できるだけ早く王都へ向かいたい」
ライラは立ち上がり、セイラへ笑いかける。
「セイラも任務、頑張るんだぞ」
「うん。お姉ちゃんもね」
「ああ」
ライラは力強く頷く。
「今度こそ、アサオくんにこの気持ちを伝えてくる!」
「……ん?」
セイラが小さく首を傾げた。
何か聞き覚えのある名前だったような気がする。
だが、その隣では。
桜と梅の動きが、完全に止まっていた。
「……」
「……」
ライラは気づかないまま踵を返す。
一歩。
二歩。
ガシッ!
「え?」
肩を掴まれた。
振り返ると、すぐ後ろに桜が立っている。
その表情はにこやかだった。
同時に、腰のベルトを梅の手がしっかり掴んでいた。
「ライラさん」
桜が微笑む。
「今、何て言いました?」
「え?」
笑顔。
間違いなく笑顔のはずなのに。
なぜかライラには、まったく笑っているようには見えなかった。
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次話は明日20時に投稿します。




