047 桜サイド 朝雄の婚約者①
夕食後。
腹痛を訴えたスミレにエミリーが治癒魔法を掛け、そのままベッドへ寝かせた。
原因は単純な食べ過ぎだったため、街で色々と食べさせてしまった桜と梅は申し訳なさそうに頭を下げたが、エミリーは「気にしなくていいよ」と笑っていた。
スミレを寝かせたエミリーが戻ってくると、スミレを除く全員が部屋へ集まった。
今日一日、それぞれが街で集めた情報を報告するためだ。
「冒険者ギルドと街の中心部で聞き込みをしましたが、朝雄に関する情報はありませんでした」
桜が報告すると、エミリーは予想していたというように頷いた。
フレンダまで来ても『朝雄れえだぁ』の反応はさらに南を示している。
朝雄がガルドール魔王国内にいることが確実になった以上、この街だけで本人の情報を得るのは難しいのかもしれない。
「私たちの方でも、アサオ様についての情報は得られませんでした。ただ、商人たちから少し気になる話を聞いています」
続いてターニャが口を開いた。
彼女はオルフと一緒に商業地区へ向かい、ガルドール魔王国と行き来している商人を中心に聞き込みをしていた。
「気になる話?」
「はい。この街から南へ出ると、ガルドール魔王国を東西に走る大きな街道に出ます。そこを西へ向かえば王都方面、東へ向かえばチュカンという大きな街へ続いているそうなのですが……最近、その東側の街道で盗賊団が出没しているという噂があるそうです」
「盗賊団……」
エミリーの表情が曇った。
街道を利用する商人や旅人を襲い、金品だけでなく命まで奪う犯罪者。
自国の出来事ではないとしても、気分のいい話ではない。
「噂では二十人を超える規模だそうです。被害も出ているらしく、近いうちに騎士団か冒険者ギルドへ討伐依頼が出されるのではないか、と商人たちは話していました」
ターニャはそこで報告を終えた。
「うーん……私たちが魔王国へ入った後は王都へ向かうつもりだから、西側へ進むことになるのよね」
エミリーは腕を組みながら考える。
「直接影響はなさそうだけど……なんとなく嫌な話だね」
サザーラント王国でも、時折盗賊が現れて討伐依頼が出ることはある。
街で罪を犯して逃亡した者や、貧困から盗賊へ身を落とす者など理由は様々だが、完全になくすのは難しい問題だった。
「エミリー様」
考え込んでいるエミリーを見て、オルフが真剣な顔になる。
「さすがにこの人数で、二十人以上の盗賊団を討伐しに行くのは危険かと……」
「え?」
エミリーが瞬きをする。
オルフには、彼女が被害に遭う商人や旅人を心配し、盗賊退治へ向かおうか悩んでいるように見えたらしい。
「う、うん。もちろん分かってるよ」
少しだけ間を置き、エミリーは慌てて頷いた。
実際には『魔王国にも盗賊っているんだなぁ』程度に考えていただけなのだが、それを今ここで言う必要はない。
「無理を言って、みんなを危険な目に遭わせるつもりはないから安心して。早く討伐されるといいね」
「はっ!」
エミリーが微笑むと、オルフは力強く頭を下げた。
『もっと強くならなければ……』
その心の中で、
『二十人程度の盗賊なら、一人でも片づけられるくらいに!』
と新たな目標を立てていたことを、エミリーはもちろん知らない。
◇ ◇ ◇
一通り報告が終わった後、エミリーはいつものように『朝雄れえだぁ』を使った。
朝雄が生きていることを確認し、その日の集まりは解散となる。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、エミリーさん」
「また明日ね」
桜と梅が部屋を出ていく。
扉が閉じるのを見届けたエミリーは、小さく息を吐いた。
「……そろそろ桜ちゃんと梅ちゃんには、話しておかないとなぁ」
小さな呟きだったが、すぐそばにいたターニャは聞き逃さなかった。
「アサオ様の婚約の話ですね?」
「……うん」
エミリーは力なく頷く。
「王都へ送った手紙の返事が届くまで、まだ時間はあります。落ち着いて話せる今のうちに伝えておいた方がいいでしょうね」
「分かってるんだけど……気が重いよぉ」
エミリーは両手で胃の辺りを押さえる。
「朝雄に婚約の話がある原因が私だって知ったら、桜ちゃんと梅ちゃんがどんな反応するか……」
「そうですね」
ターニャは少し考え、真顔で答えた。
「まず梅様に殴られて、その後で桜様に斬られるかもしれませんね」
「ひぃっ!」
エミリーが小さな悲鳴を上げる。
「ターニャ! 怖いこと言わないでよ!」
「ですが、原因を作ったのがあなたなのは事実でしょう?」
「うぅ……」
「自分で蒔いた種です。きちんと自分で説明しなさい」
「ターニャが厳しい……でも言い返せない……」
がっくりと肩を落とすエミリー。
そんな彼女を見ていたターニャは、ふっと表情を緩めた。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「桜様と梅様なら、きちんと説明すれば分かってくださいます。それに今回、あなたはその話自体も何とかするつもりなのでしょう?」
「うん」
エミリーは少しだけ表情を引き締めた。
「魔王様にお願いして、朝雄とサーシャ様の婚約について改めて話し合うつもり。できることなら、解消してもらいたいと思ってる」
「……簡単ではないでしょうね」
「うん。一番の難関はエルザ様だと思ってる」
その名前を聞き、ターニャも真剣な表情になる。
「魔王妃エルザ様ですか……確かに、手強い相手ですね」
エルザは魔王の妻であり、公私ともに彼を支える良きパートナーとして知られている。
同時に、情に流されやすい魔王に代わって国益を優先し、時には厳しい決断を下すことのできる人物でもあった。
「でも、何とかしてみせるよ」
エミリーは拳を握る。
「朝雄のためにも、桜ちゃんと梅ちゃんのためにも」
「そうですね」
ターニャは小さく笑った。
「私にできることがあれば協力します。頑張りなさい」
「うん!」
先ほどまで青い顔をしていたエミリーは、ようやくいつもの調子を取り戻した。
◇ ◇ ◇
その頃。
桜と梅も自分たちの部屋へ戻り、ベッドへ入る準備を終えていた。
「盗賊かぁ……」
梅がベッドへ横になりながら、天井を見る。
「野生動物に魔物、それに盗賊までいるんだね。この世界って、やっぱり日本よりずっと危険なんだね」
「ええ」
桜も隣のベッドへ腰を下ろす。
「早く朝雄を見つけないと、安心できないわ」
街の中にいれば、それなりに安全に暮らすことができる。
だが一歩外へ出れば、野生動物や魔物だけではなく、人間に襲われる危険まである。
二人とも、どうしても朝雄のことを考えてしまう。
「朝雄ちゃん、大丈夫かな……」
「大丈夫よ」
桜は迷わず答えた。
「生きていることは毎日確認できているもの。それに朝雄なら、きっと今も頑張ってるわ」
「……うん」
梅も小さく頷く。
「絶対に見つけようね」
「ええ。必ず」
二人はそう言葉を交わし、やがて眠りについた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
桜と梅が朝食を取るため食堂へ向かうと、そこにはすっかり元気を取り戻したスミレの姿があった。
「桜お姉さま、梅お姉さま。昨日は心配を掛けてしまって、申し訳ありませんでした」
スミレが申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしなくていいよ」
梅が笑う。
「むしろ食べさせすぎた私たちの方が悪かったんだから」
「そうね。今日はもう大丈夫なの?」
「はい! もう全然痛くありません!」
元気いっぱいに答えるスミレを見て、二人も安心した。
「今日も街へ行きたい?」
桜が尋ねる。
昨日あれほど楽しそうにしていたので、当然また行きたいと言うだろうと思っていた。
しかしスミレは少し考えた後、首を横へ振った。
「今日は宿で大人しくしています。昨日、少しはしゃぎすぎてしまいましたから……」
「ふふっ、そうね」
桜が微笑む。
「桜ちゃん、私たちは今日はどうしようか?」
「そうね……」
梅に尋ねられ、桜が考え込む。
その時だった。
「桜ちゃん、梅ちゃん」
正面の席から、エミリーが声を掛けてきた。
「食事が終わったら、私の部屋に来てもらっていいかな? 二人に大事な話があるの」
「……」
桜と梅は同時にエミリーを見る。
声の調子も、表情も、いつものエミリーとは違っていた。
冗談を言う様子はなく、明らかに緊張している。
「大事なお話なんですね」
「うん」
「分かりました」
桜が答える。
隣を見ると、梅もただならぬ雰囲気を感じ取ったらしく、真剣な表情で頷いていた。
◇ ◇ ◇
朝食を終えた桜と梅は、エミリーの部屋を訪れた。
中にはエミリーとターニャ、そしてスミレもいた。
「座って」
「はい」
促され、桜と梅がソファーへ腰を下ろす。
その隣にはスミレが座った。
テーブルを挟んだ正面にはエミリー、その傍らにはターニャが控えている。
『やっぱり、朝雄のことよね……』
ここまで真剣な顔で話をしたいと言われたのだ。
内容が朝雄に関することなのは、ほぼ間違いないだろう。
さらにスミレまで自分たちと一緒に聞く側に座っている。
つまり、この話はスミレもまだ知らない内容らしい。
「急にごめんね」
エミリーが口を開く。
「今のうちに、二人には話しておいた方がいいと思って。それに朝雄のことだから、スミレにも聞いてほしいの」
「分かりました」
「はい」
桜と梅が頷く。
「お兄様のこと……」
スミレも小さく呟き、母親を見つめた。
エミリーは一度目を閉じ、大きく息を吸う。
それからゆっくり目を開いた。
「話っていうのは朝雄のことなんだけど……」
ほんの一瞬、言葉に詰まる。
それでも覚悟を決め、続けた。
「実は、朝雄には婚約者がいるんだよ」
「……」
「……」
桜と梅は、すぐにはその言葉を理解できなかった。
ごく普通の家庭で育ち、ごく普通の学校へ通ってきた二人にとって、『婚約者』などという言葉は小説やテレビの中でしか聞かないものだった。
「……婚約者って」
最初に口を開いたのは梅だった。
「将来、結婚する約束をしている相手……っていう意味で合ってますか?」
「……うん」
エミリーが頷く。
「婚約……?」
桜が呆然と呟く。
「朝雄が……結婚……?」
まだ理解が追いついていないらしい。
梅も質問こそしたものの、表情は完全に固まっていた。
二人にとって、朝雄に婚約者がいるという事実は、それほど衝撃的だった。
そんな二人とは対照的に、スミレは比較的落ち着いていた。
「お兄様のお相手は、どちらの家の方なのですか?」
「スミレちゃん……?」
梅が思わず見る。
しかしスミレにとって、王族や貴族の子供に親同士が決めた婚約話があることは、決して珍しいことではない。
自分自身にもいくつか縁談の話があることを聞かされていたため、兄に婚約者がいること自体は、桜や梅ほど意外ではなかった。
桜と梅も、改めてエミリーへ視線を戻す。
エミリーはそんな三人を順番に見てから、とうとうその名前を告げた。
「ガルドール魔王国の第一王女――サーシャ様だよ」
「……え?」
「第一……王女?」
桜と梅の表情が、さらに固まる。
朝雄には婚約者がいる。
しかもその相手は、この先自分たちが向かおうとしている国の第一王女。
二人がその事実を受け止めるには、もう少し時間が必要だった。
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次話は明日20時に投稿します。




