046 桜サイド スミレの一日
宿を出た桜、梅、スミレの三人は、街の中心へ向かって歩いていた。
フレンダの冒険者ギルドは、街の中心近くにある大通り沿いに建っていると宿で聞いている。
「わぁ……!」
宿を出てからというもの、スミレは嬉しさを隠すことなく、周囲の建物や行き交う人々を楽しそうに見回していた。
「スミレちゃん、嬉しそうだね」
梅が微笑む。
「普段は落ち着いて見えるけど、やっぱりまだ子供なんだよね」
「ええ。小学生の頃の朝雄を思い出すわ」
桜も穏やかな表情で頷いた。
二人は、どうしてもスミレに幼い頃の朝雄を重ねてしまう。
特に笑顔になった時の表情がよく似ているというのが、二人の共通した印象だった。
「桜お姉さま! 梅お姉さま!」
少し先を歩いていたスミレが振り返り、大きく手を振る。
「はいはい、そんなに先へ行ったら危ないよ」
梅が笑いながら足を速める。
桜も一緒に追いつくと、二人は自然にスミレの両側へ並んだ。
桜が右手を、梅が左手を握る。
突然両手を取られたスミレは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに嬉しそうな笑顔になった。
「えへへ……」
三人はそのまま並んで歩き始める。
スミレは握られた両手を大きく振りながら、先ほど以上に楽しそうに歩いていた。
◇ ◇ ◇
大通りをしばらく進むと、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
白い壁の大きな建物で、入口からは武器を携えた冒険者らしい者たちが次々と出入りしている。
扉の前に立っているだけでも、中から賑やかな声が聞こえてきた。
「ここみたいね」
桜が建物を見上げる。
そして、少し考えてから梅へ顔を向けた。
「梅ちゃん。スミレちゃんと一緒に、ここで待っていてもらえる?」
「うん。その方がいいかも」
トロンの冒険者ギルドで起きたことを思い出す。
もちろん全ての冒険者が危険な人物というわけではない。
それでも、酒を飲んでいる者や荒っぽい者が大勢集まる場所であることに変わりはなかった。
「私も冒険者ギルドを見てみたかったですけど……仕方ありません」
スミレは残念そうではあったものの、素直に頷いた。
「ここで待っています」
「ごめんね。すぐ戻るから」
「はい!」
「じゃあ、スミレちゃんは私に任せて」
梅も笑顔で頷く。
桜が大きな扉へ手を掛けた。
カラン――。
扉に取り付けられたベルが鈍い音を立てる。
トロンのギルドにも同じようなベルが付いていたので、どうやら冒険者ギルドではよく使われている物らしい。
桜は特に気にすることなく、中へ入っていった。
◇ ◇ ◇
「桜お姉さま、大丈夫でしょうか……」
扉が閉じると、スミレが少し心配そうに呟いた。
「大丈夫だよ」
梅は即答する。
「桜ちゃんは強いから、心配しなくても平気」
「そうなんですか?」
「うん。たぶん中で何かあっても――」
ガシャーン!
「ひゃっ!?」
まるで家具か何かが壊れたような大きな音が、ギルドの中から響いた。
スミレはびくりと身体を震わせ、梅の顔を見る。
「……」
「……」
しかし梅は、まったく表情を変えていなかった。
「梅お姉さま?」
「大丈夫、大丈夫」
「本当にですか……?」
スミレが不安そうに扉を見る。
その直後。
カラン――。
ベルが鳴り、桜が何事もなかったような顔で外へ出てきた。
「まだトロンで出した捜索依頼は、この街のギルドまで届いてないみたい」
「そっか。依頼を出してからまだ四日だし、しょうがないね」
「ええ」
二人は平然と会話を始める。
「あ、あの……」
スミレが恐る恐る口を挟んだ。
「さっき、中からすごい音が聞こえましたけど……」
「ああ」
桜は何でもないことのように答える。
「酔っ払いが暴れていたのよ。すぐ大人しくなったから大丈夫」
「……そうなんですか?」
「ええ」
桜はにっこり笑っている。
その笑顔には一点の曇りもない。
『……本当に何もなかったのでしょうか?』
スミレには少しだけ疑問が残った。
「じゃあ、この辺りでも朝雄ちゃんの情報を聞いてみようか」
梅が明るく言う。
「この先に大きな広場があるそうよ。露店も多いらしいから、行ってみましょう」
「はい!」
桜が再びスミレの手を握る。
反対側から梅も手を取り、三人はそのまま大通りを歩き始めた。
◇ ◇ ◇
街の中心近くにある広場は、多くの人で賑わっていた。
親子連れが芝生の上でくつろぎ、恋人らしい男女がベンチで肩を寄せ合い、その周囲では子供たちが楽しそうに走り回っている。
広場というより、大きな公園に近い場所だった。
十分な広さがあるため、人が多くても窮屈には感じない。
その一角には、食べ物や小物を売る露店もいくつも並んでいた。
「わぁ……!」
スミレの瞳が一気に輝く。
「桜お姉さま、梅お姉さま! あれは何でしょう? 食べ物ですか?」
指差した先を見ると、露店の前で子供たちがパンのような物を頬張っていた。
「お菓子みたいね。見に行ってみる?」
「はい!」
三人で店へ近づくと、中から人の良さそうな中年女性が元気よく声を掛けてきた。
「いらっしゃい! お嬢さんたち、一つどうだい? 甘くておいしいよ!」
並んでいたのは、パン生地を油で揚げ、表面に砂糖をまぶした素朴なお菓子だった。
スミレはその揚げパンをじっと見つめている。
王城ではクッキーやケーキなど、見た目にも華やかな菓子が紅茶と一緒に出される。
しかし、こうした庶民向けの素朴なお菓子を食べた経験はほとんどなかった。
周囲では、同じくらいの年頃の子供たちが美味しそうに頬張っている。
スミレの視線は完全に揚げパンへ釘付けになっていた。
「スミレちゃん、食べてみる?」
「えっ?」
桜に声を掛けられ、スミレは慌てて視線を逸らす。
「わ、私は別に……」
口ではそう答えながらも、目はまた揚げパンへ戻っている。
その様子を見て、桜は小さく笑った。
「三つください」
「あいよ!」
代金を払い、桜は受け取った一つをスミレへ差し出した。
「はい、どうぞ」
「でも……」
「今日はスミレちゃんも楽しむために来たんでしょう?」
「……はい」
スミレは嬉しそうに受け取った。
そして周囲の子供たちを真似するように、一口齧る。
「……!」
途端に表情が明るくなった。
「甘くて、とってもおいしいです!」
口の周りに砂糖を付けたまま無邪気に笑う。
その姿を見て、桜と梅も自然に笑顔になった。
「よーし!」
梅が自分の揚げパンを片手に拳を上げる。
「じゃあ、この広場の露店を回りながら、朝雄ちゃんの情報を集めよう!」
「はい!」
「ええ」
三人は、そのまま賑やかな広場の中へ歩き出した。
◇ ◇ ◇
それから三人は、広場や周辺の店を回りながら朝雄について聞き込みを続けた。
黒髪に黒い瞳。
身長は百五十五センチほどで、年齢は十五歳。
童顔で、実年齢より幼く見える少年。
だが残念ながら、朝雄を見たという人物は見つからなかった。
それでも、スミレにとっては楽しい一日だった。
「あっ、桜お姉さま! あっちにもお店があります!」
「スミレちゃん、走ったら危ないわよ」
「はーい!」
「……元気だねぇ」
梅が苦笑しながら後を追う。
聞き込みの合間に露店を覗き、珍しい物を見つければ三人で足を止める。
スミレは目に入る物のほとんどが珍しいらしく、次から次へと質問してきた。
桜と梅も、そんなスミレの姿を見ているうちに、朝雄の手掛かりが得られない焦りを少しだけ忘れることができた。
◇ ◇ ◇
夕方。
結局、朝雄について新しい情報を得ることはできなかった。
それでも三人は笑顔で宿へ戻ってきた。
「お母様! ターニャ!」
部屋へ入ったスミレは、両手いっぱいに荷物を抱えたまま、今日あった出来事を勢いよく話し始める。
「広場がとっても広くて、子供がたくさんいたんです! それから甘いパンも食べました! あと、すごく綺麗な飾りのお店があって――」
「うんうん」
エミリーは楽しそうに相槌を打つ。
ターニャも、その隣で優しい笑顔を浮かべながら話を聞いていた。
「楽しかった?」
「はい! とっても!」
スミレが満面の笑顔で答える。
エミリーも嬉しそうに笑った。
朝、街へ行かせることを迷っていたが、この顔を見れば、それだけで送り出して良かったと思えた。
◇ ◇ ◇
ただし。
その日の夕食後。
「うぅ……お腹が……」
スミレはベッドの上で、お腹を押さえて丸くなっていた。
「す、スミレちゃん、大丈夫?」
「ごめんなさい……梅お姉さま……」
原因は明白だった。
広場で揚げパンを食べ。
別の露店で焼き菓子を食べ。
さらに串焼きを食べ。
果物まで買って食べていた。
「……桜様、梅様」
背後から、静かな声が聞こえる。
「「はい……」」
二人がゆっくり振り返る。
そこには、にっこりと笑うターニャが立っていた。
「スミレ様に、今日はどれほど食べさせたのですか?」
「えっと……」
「その……いろいろと……」
ターニャの笑顔は崩れない。
「少し、お話をしましょうか」
「「……はい」」
二人は揃って肩を落とした。
そしてその瞬間、桜と梅の頭に同じ記憶が蘇った。
まだ朝雄が小学生だった頃。
近所の夏祭りへ三人で遊びに行き、朝雄が欲しがるままに焼きそば、たこ焼き、かき氷、綿あめと食べさせ続けた結果、その日の夜に盛大にお腹を壊したことがある。
『……同じことしてるわね、私たち』
『……うん』
桜と梅は顔を見合わせる。
目の前では、ターニャが笑顔のまま待っている。
二人は諦めたように、小さく溜息をついた。
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次話は明日20時に投稿します。




