045 桜サイド フレンダの街
トロンの街を出発してから三日後の夕方。
桜たちは予定通り、国境都市フレンダへ到着した。
フレンダはサザーラント王国とガルドール魔王国の国境に位置し、両国間の交易の中心となっている大きな街だ。
北側がサザーラント王国、南側がガルドール魔王国へと続いているため、街へ入る商人や旅人の数も多い。
「桜ちゃん、見て! あの人、頭に耳が生えてるよ。獣人族かな?」
「ええ、たぶんそうね。朝雄が見たら喜びそう」
馬車が街へ入って間もなく、梅が通りを歩く獣人族らしき男性を見つけ、嬉しそうに声を上げた。
今まで人族が大半を占めるサザーラント王国内を旅してきた桜と梅にとって、フレンダの街並みはかなり新鮮だった。
人族だけではなく、獣人族やエルフ、角を持つ魔族など、様々な種族が当たり前のように同じ通りを行き交っている。
「朝雄は、こういうファンタジーに出てくる種族が好きだったものね」
「うん。特にエルフとか獣人族が好きだったよね」
朝雄は昔からファンタジー作品が好きだった。
中でも尖った耳を持つエルフや、猫や犬のような耳や尻尾を持つ獣人族がお気に入りだった。
「へえ、朝雄はエルフが好きだったの?」
エミリーが興味津々で会話へ入ってくる。
「はい。特にエルフや獣人族のキャラクターが好きみたいでしたよ」
梅が答えると、エミリーの表情が一気に明るくなった。
「朝雄はエルフが好き……ということは、ハーフエルフの私も大好きってことよね。ふふふ……」
「……」
「……」
桜と梅は顔を見合わせた。
朝雄は、自分にエルフの血が流れていることすら知らない。
ましてや母親がハーフエルフだとも知らないのだから、エルフ好きと母親への愛情はまったく別の話である。
しかし。
あまりにも幸せそうなので、二人とも何も言わないことにした。
「あっ、あの親子は頭に角があるね。魔族かな?」
今度は梅が別の方向を指差す。
そこには、頭に小さな角を生やした優しそうな女性が、同じように角のある幼い女の子の手を引いて歩いていた。
「そのようですね。この街には、魔族も大勢暮らしているんですよ」
ターニャが笑顔で答えた。
大通りは活気に溢れ、様々な種族の住人や旅人が行き交っている。
桜と梅だけでなく、王都からほとんど出たことのなかったスミレも、馬車の中から目を輝かせて街を眺めていた。
◇ ◇ ◇
桜たちの馬車は北門から街へ入り、そのまま南側へ向かった。
できるだけ南門に近い場所で宿を取ることにしていたのだ。
国境に近い場所で『朝雄れえだぁ』を使い、それでも反応が南を示せば、朝雄がガルドール魔王国にいる可能性はほぼ確実になる。
夜になってから、その確認をするつもりだった。
やがて南門を遠くに望める宿へ到着すると、一行は部屋を取り、今後の予定を相談するためエミリーの部屋へ集まった。
「今夜、『朝雄れえだぁ』で朝雄のいる方向を確認するわ」
エミリーが全員を見回す。
「ここまで南へ来ても反応がまだ南なら、朝雄がガルドール魔王国にいるのは確実だと思う」
桜と梅が真剣な表情で頷いた。
「もしそうだった場合に備えて、魔王国へ正式に入国できるよう、お母様には王都から手続きをお願いしてあるわ」
「返事が届くまでは、しばらくこの街に滞在することになるでしょう」
ターニャが続ける。
「その間も、街で情報収集を続けましょう。ここは魔王国から来る商人や冒険者も多いので、今までより情報を得られる可能性は高いと思います」
「分かりました」
桜が答える。
朝雄がいる場所まで、あとどれほど離れているのかは分からない。
それでも。
少なくとも、進んでいる方向は間違っていない。
それだけでも、桜と梅には十分だった。
◇ ◇ ◇
到着した時にはすでに日が落ち始めていたため、この日は外へ出ず、宿で食事を取って旅の疲れを癒やすことになった。
そして夜遅く。
再び全員がエミリーの部屋へ集まった。
「じゃあ、始めるね」
エミリーが『朝雄れえだぁ』を発動する。
床へ浮かび上がった魔法陣が淡い光を放ち、朝雄の魔力を探していく。
誰も口を開かない。
桜も梅も、祈るような気持ちで魔法陣を見つめていた。
やがて五分ほどが経ち、魔法陣から光が消える。
「……」
エミリーが小さく息を吐いた。
「反応は、まだ南」
「やっぱり……」
桜が呟く。
「ここはもう国境の街だからね。これでも南に反応するなら、朝雄はガルドール魔王国内にいると見てよさそうね」
驚く者はいなかった。
ここへ来るまでずっと反応は南を示していたのだ。
全員、心のどこかではすでに覚悟していた。
「魔王国……」
梅が小さく呟く。
知らない国。
知らない土地。
だが。
そこに朝雄がいる。
それなら、行くだけだった。
「今日はもう休みましょう」
エミリーが全員を見る。
「明日からまた情報を集めながら、入国許可の返事を待つことにするわ」
「はい」
今は何より、長旅の疲れを取ることが先だ。
全員がそれぞれの部屋へ戻り、桜と梅も自分たちの部屋へ戻った。
◇ ◇ ◇
「いよいよ魔王国まで行くことになりそうだね」
寝る準備をしながら、梅が少し緊張した様子で言う。
「魔族の国って聞くと、もっと怖いイメージだったんだけど……今日見た親子を見てると、そんな感じもしないね」
「そうね」
桜もベッドへ腰を下ろす。
「この世界では、魔族もエルフも獣人族も、それぞれ違う種族というだけみたいね。少なくとも、私たちが想像していた『魔族だから悪い』なんて世界じゃないみたい」
「うん」
梅も、昼間に見かけた魔族の親子を思い出していた。
母親らしい女性は幼い娘の手を引きながら、楽しそうに話していた。
どこにでもいる普通の親子にしか見えなかった。
「そういえば」
桜が思い出したように口を開く。
「夕食の時に宿の人へ聞いたんだけど、この街にも冒険者ギルドの支部があるそうよ」
「あっ、そうだった」
梅も思い出す。
「トロンのギルドで、朝雄ちゃんの捜索依頼を出してたんだよね」
「ええ。明日はギルドへ行って、何か情報が入っていないか確認してみようと思うの」
「もちろん私も一緒に行くよ」
梅はそこで、にやりと笑った。
「今度は知らない人に『朝雄ちゃんを知ってる』って言われても、ついて行っちゃ駄目だからね?」
「もうっ!」
桜の顔が一瞬で赤くなる。
「あの時の話はしないで! もう大丈夫だから!」
「ふふっ、ごめんごめん」
「梅ちゃん!」
からかわれた桜は、そのまま布団へ潜り込んでしまった。
梅は楽しそうに笑った後、隣のベッドへ横になる。
こうして冗談を言えるのなら、もう大丈夫だろう。
この前の桜を見ていた梅には、それが何より嬉しかった。
「おやすみ、桜ちゃん」
「……おやすみ、梅ちゃん」
布団の中から少し拗ねた返事が聞こえる。
梅は小さく笑い、目を閉じた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
朝食を終えた一行は、今日の予定を決めるため、再びエミリーの部屋へ集まった。
「それじゃあ、桜ちゃんと梅ちゃんは冒険者ギルドへ行って、その周辺でも情報を集めてきて」
「はい」
「ターニャとオルフは、商業地区で魔王国から来た商人を中心に聞き込みをお願い」
「分かりました」
「お任せください」
問題は、エミリー自身だった。
フレンダにはこれまで何度か訪れたことがあり、王族や商人の中には顔を知る者も多い。
下手に街へ出れば、第一王女が身分を隠して旅行していることが知られてしまう可能性がある。
そのためエミリーとスミレは宿に残り、セイラが護衛として同行する――はずだった。
「お母様!」
それまで黙っていたスミレが、突然声を上げた。
「私も街に出たいです!」
「え?」
全員の視線がスミレへ集まる。
トロンでは何も言わず留守番を受け入れていたため、スミレが自分から外出したいと言い出すとは誰も思っていなかった。
「スミレ」
エミリーは困ったように娘を見る。
「今日はお母さんと一緒に、宿でお留守番しよう?」
「でも……私も街を見て歩きたいです!」
「……」
「お願いします、お母様!」
スミレは今にも泣き出しそうな顔で母親を見つめた。
普段、スミレが我儘を言うことは少ない。
幼いながら自分が王族であることを理解し、周囲へ迷惑を掛けないようにしているからだ。
しかし、それは我儘がないわけではない。
我慢しているだけだった。
今回が、スミレにとって初めての王都の外への旅だった。
トロンでも本当は街を歩いてみたかったはずなのに、文句一つ言わず宿で待っていた。
『私……朝雄のことばかり考えて、スミレのことをちゃんと見てあげられてなかったのかな……』
エミリーの表情が曇る。
それを見たスミレが、はっとした。
『お母様を困らせちゃった……』
朝雄の捜索で母親が大変なのは、スミレにも分かっている。
自分の我儘でさらに困らせてしまったと思い、慌てて謝ろうと口を開いた。
「エミリーさん」
その前に、梅が声を掛けた。
「私たちがスミレちゃんと一緒に行きますから、街へ出ることを許してあげてもらえませんか?」
「梅ちゃん……」
エミリーが顔を上げる。
「私には弟がいるんですけど、このくらいの歳の頃なんて我儘ばっかりでした」
梅はスミレへ優しい視線を向ける。
「それに比べたら、スミレちゃんはすごくしっかりしてます。みんなに迷惑を掛けないように、ずっと我慢してるように見えました」
「……」
「大人の都合で、子供に何でも我慢させるのは良くないと思うんです。もちろん、度を越した我儘なら叱る必要もありますけど……スミレちゃんは、そんな子じゃないですから」
桜も隣で頷いた。
「エミリーさん。私からもお願いします」
「桜ちゃん……」
「朝雄の妹なら、私たちにとっても妹みたいなものです。絶対に危険な目には遭わせませんから」
エミリーは二人を見てから、スミレへ視線を戻した。
「お、お母様……私……」
スミレが何か言おうとする。
しかしエミリーは、先に桜と梅へ向き直って頭を下げた。
「桜ちゃん、梅ちゃん。娘が面倒を掛けるけど、よろしくね」
「はい!」
「任せてください」
「お母様……」
スミレの瞳に涙が浮かぶ。
エミリーは娘の前へしゃがむと、優しくその頭を撫でた。
「ごめんね、スミレ。ずっと我慢させちゃってたね」
「お母様……!」
スミレはそのままエミリーへ抱きつき、泣き出してしまった。
エミリーは何も言わず、泣き止むまで娘の頭を優しく撫で続けた。
◇ ◇ ◇
「それでは、行ってきます、お母様!」
「はい。気をつけてね」
しばらくして泣き止んだスミレは、桜と梅に手を引かれながら宿を出ていった。
先ほどまで泣いていたとは思えないほどの満面の笑顔で、何度も母親へ手を振っている。
エミリーも、笑顔で手を振り返した。
三人の姿が見えなくなったところで、隣に立っていたターニャが口を開く。
「エミリー。この街は治安もいいですし、桜様と梅様が一緒なら大丈夫ですよ」
「うん……」
エミリーは少し寂しそうに笑った。
「私、駄目なお母さんだね。スミレが我慢してるの、何となく分かってたのに……『あの子なら分かってくれる』なんて思ってた」
「スミレ様は、あなたが自分のことを大切に思っているとちゃんと分かっていますよ」
「……」
「だからこそ、ずっと我慢していたのでしょう。きっと、あなたの想いも伝わっています」
エミリーが顔を上げる。
先ほどまでの沈んだ表情は、少しずつ消えていった。
「うん」
そして、いつもの笑顔を見せる。
「スミレのためにも、早く朝雄を見つけなきゃね。あの子もずっと、お兄ちゃんに会いたがってたんだから!」
「ええ」
ターニャも安心したように微笑んだ。
『本当に親子ですね……』
つい先ほどまで泣いていたスミレ。
そして、自分を責めて落ち込んでいたエミリー。
それでも、きっかけさえあればすぐ前を向ける。
その立ち直りの早さは、よく似ている。
『もちろん、これは二人のいいところですけどね』
ターニャは楽しそうに街へ出ていったスミレの姿を思い浮かべながら、小さく笑った。
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次話は明日20時に投稿します。




