043 桜サイド 冒険者ギルド②
四人組の冒険者についてギルドを出ていった桜を追い、梅は急いで後を追った。
幸いそれほど離れておらず、すぐに追いつくことができた。
「桜ちゃん……」
梅が何か言いたげに服の裾を引く。だが桜は振り返らず、前を歩く男たちだけを見ながら進み続けた。
男たちは大通りを外れ、徐々に人気のない細い道へ入っていく。
『やっぱり、そういうことだよね……』
梅は予想通りの展開になりそうだと判断し、背負っていた荷物から手甲を取り出して両手に装着した。
やがて辿り着いたのは、建物と建物の間にある空き地だった。人通りはなく、周囲からも見えにくい。
四人の男たちは足を止めると、薄ら笑いを浮かべながら桜と梅へ振り返った。
「朝雄はどこ?」
桜は表情を消したまま尋ねる。
「へへっ、そんな男は知らねえよ! 怪我したくなかったら、有り金全部出しな!」
リーダーらしき男がそう言うと、残りの三人も桜と梅を囲むように動いた。
「はぁ……」
あまりにも予想通りの展開に、梅は大きな溜息をついた。
「これも、朝雄ちゃんが言ってた『てんぷれ』っていうやつなのかな……」
そう呟きながら桜を見ると、その顔には僅かに悔しそうな表情が浮かんでいた。
「金さえ出せば命は助けてやるよ」
リーダー格の男はそう言いながら、桜の全身を舐め回すように見る。
「へへっ。金だけじゃもったいねえな。ちょっと俺たちの相手もしてもらおうか」
「俺はこっちのちっこいのでいいぜ!」
別の男が下卑た目を梅へ向けた。
「……」
梅の顔が引きつる。
全身が震えるほどの不快感を覚えたが、その一方で、男たちに対する同情も少しだけ芽生えていた。
『この人たち……本当に桜ちゃんに触る気なの?』
朝雄絡みで機嫌を損ねている今の桜へ、それはあまりにも危険な行為だった。
リーダー格の男が手を伸ばす。
その指先が桜へ触れる直前、俯いていた桜が口を開いた。
「私に触らないで」
まるで冷気を含んだような声だった。
男は思わず手を止める。
「私に触れていいのは、朝雄だけよ!」
桜が言い終わった瞬間、何かが男の腕を横切った。
「へ?」
男が間の抜けた声を漏らす。
伸ばしていた右腕が、不自然な角度で垂れ下がっていた。肘と手首の間で骨が折れたらしく、力なく揺れている。
「うがああああっ! 俺の腕がぁぁぁっ!」
一瞬遅れて男が悲鳴を上げた。
桜の右手には、いつの間にか雪風が握られている。ただし刀身は抜かれておらず、鞘に収まったままだった。
「この人数相手に、女二人で抵抗しようってのか! こうなりゃ力ずくだ!」
残った男たちが一斉に動き出す。
桜は目の前で喚いている男の横顔へ、鞘に収まったままの雪風を振り抜いた。
ドゴッ!
男の身体が横へ吹き飛び、空き地の端に積まれていた木材へ頭から突っ込む。
そのまま振り返ることなく、桜は雪風を背後へ突き出した。
「ぐっ……!」
背後から近づいていた男の腹へ、鞘の先端が深くめり込む。
男は白目を剥き、その場へ崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
梅も、桜とほぼ同時に動き出していた。
姿勢を低くし、一番近くにいた男の懐へ飛び込む。
「なっ――」
男が梅の姿を捉えた時には、すでに右腕が振りかぶられていた。
体格のいい男と梅では身長差が大きく、梅が低い姿勢になると、ちょうど目の前に人体の急所が来る。
「せいっ!」
拳が真っ直ぐ突き上げられた。
「――っ!?」
男は声すら出せず、股間を押さえたまま白目を剥いて崩れ落ちる。
その直後、梅は身体を回転させ、背後から迫っていた最後の男へ回し蹴りを放った。
「ぐぇっ!?」
今度も足が、ほぼ同じ場所へ直撃した。
男は先ほどの仲間と同じように股間を押さえ、その場へ沈んだ。
ちなみに、梅は意図的に男の股間ばかり狙っているわけではない。
単純に身長差が大きすぎるため、梅から見ると非常に狙いやすい高さに、男性限定の急所が存在しているだけだった。
◇ ◇ ◇
戦闘が始まってから、ほんの僅かな時間しか経っていない。
四人の男たちは全員地面に倒れ、立っているのは桜と梅だけだった。
「……」
桜は雪風を握ったまま俯いている。
梅は倒れた男たちに意識がないことを確認すると、桜の傍へ歩み寄った。
「桜ちゃん……」
今回の桜の行動は、あまりにも軽率だった。
男たちが朝雄の情報を持っている可能性が低いことくらい、桜にも分かっていたはずだ。それでもついてきた。
梅は、きちんとそのことを話さなければと思った。
しかし、先に桜が口を開いた。
「あいつらが朝雄のことを知っているなんて、私だって思ってなかった……」
俯いたまま、力のない声で呟く。
梅は「それならどうして」と言いかけたが、その言葉を飲み込んで続きを待った。
「でも……もしかしたらって思ったの。この世界に来てから、初めて見つかる朝雄の情報かもしれないって思ったら、じっとしていられなかった……」
「……」
「やっと朝雄を探しに出られたのに、何も見つからない。毎晩、無事だって確認できていても……明日も無事だとは限らない」
桜の手が、雪風の鞘を強く握り締める。
「そう考えたら……怖くなって……」
「桜ちゃん……」
桜が顔を上げる。
その表情は苦しそうに歪み、瞳には今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。
「梅ちゃん……ごめんなさい……」
そこまでが限界だった。
桜は崩れ落ちるように膝をつき、梅は慌てて駆け寄ると、その頭を胸へ抱き寄せるように支えた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
桜は何度も謝り続ける。
梅は手甲を付けたままの手で、そっと桜の頭を撫でた。
「大丈夫だよ。朝雄ちゃんは、私たちを置いていなくなったりしないから。大丈夫だよ、桜ちゃん」
何度も優しく頭を撫でながら、梅は思い出していた。
桜は普段、とても強い。
剣の腕だけではなく、精神的にも梅よりずっとしっかりしていて、いつも自分たちを引っ張ってくれる。
けれど、それは朝雄が傍にいる時の桜だった。
朝雄がいなくなれば、桜だって普通の十六歳の少女だ。いつも隣にいた大切な人が突然いなくなり、今どこにいるのかすら分からないのだから、不安に押し潰されそうになるのは当たり前だった。
異世界へ来てから最初に不安に負けてしまったのは、梅の方だった。
王都でカルリスと戦った時、ずっと押し殺していた恐怖を刺激され、涙を止められなくなった。
あの時は桜が支えてくれた。
だから今度は、自分の番だ。
「ごめんね、桜ちゃん。私も……気づいてあげられなくてごめんね」
梅はそう言って、桜をさらに強く抱きしめた。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、桜も少しずつ落ち着きを取り戻した。
梅から身体を離し、涙を拭いて立ち上がる。
「ごめんなさい、梅ちゃん。心配かけて……」
「ううん。前は私が桜ちゃんに慰めてもらったんだから、今度は私の番だよ」
梅は自分の胸を軽く叩く。
「また辛くなったら、ちゃんと言ってね」
「……ええ」
一人なら、不安に押し潰されていたかもしれない。
けれど二人なら、片方が弱った時はもう片方が支えればいい。
二人は顔を見合わせ、ほんの少しだけ笑った。
◇ ◇ ◇
『これは……どういう状況なんだ?』
少し離れた場所で、冒険者ギルド・トロン支部のギルド長ドランは、自分が見ている光景を理解できずにいた。
受付担当のセリーから、
『人探しの依頼を出した少女二人が、素行の悪い冒険者四人について行ってしまった』
と報告を受け、急いで追いかけてきたのだ。
信頼できる冒険者四人と、怪我人が出た場合に備えて治癒魔法を使える魔法使いを一人連れている。そこへ二人の顔を知るセリーを加えた七人で、聞き込みをしながらここまで辿り着いた。
しかし空き地に立っている少女は二人だけで、その足元には男が三人倒れ、少し離れた木材の山にも一人突っ込んでいる。
『まさか……この二人が倒したのか?』
ドランが戸惑っていると、こちらへ気づいた桜が雪風へ手を掛ける。その隣では、梅も手甲を構えた。
「待て! 俺は冒険者ギルド、トロン支部のギルド長をしているドランだ! お前たちが冒険者に連れていかれたと聞いて、助けに来た!」
ドランが慌てて声を上げる。
警戒していた桜と梅だったが、梅が七人の中にセリーを見つけ、すぐに構えを解いた。
「桜ちゃん、この人たちギルドの人みたいだよ。私、ギルドを出る時に治療できる人を呼んでもらうようにお願いしたの」
「……そう」
もちろん梅が心配していたのは、桜たちではない。
桜に叩きのめされるであろう男たちの方だったのだが、そこまでは説明しなかった。
「良かった……無事だったんですね……?」
セリーが安堵しながら近づいてくる。
しかし地面に倒れ、ぴくりとも動かない四人を見ると、その笑顔が引きつった。
「まさか……あなたたちがやったんですか?」
「お嬢ちゃんたち、本当に大丈夫なのか? こいつら……生きてるのか?」
ドランも、思わず心配する相手を間違えた。
「手加減したので生きていますよ」
梅が平然と答える。
「治療のできる方はいますか?」
「て、手加減して……これか……」
ドランは改めて二人を見る。
桜は雪風を抜いてすらいない。
梅も、少なくとも男たちが今後男として生きられなくなるほどの攻撃はしていないらしい。
確かに二人にとっては、これでも手加減だったのだろう。
「と、とにかく、すぐに治療してくれ。それから目を覚ます前に縛り上げろ!」
ドランの指示で、同行してきた冒険者たちが動き始める。
四人の男を並べ、女性の魔法使いが順番に治療していった。
途中、二人の負傷箇所を確認した女性魔法使いが、ものすごく嫌そうな顔をする。
梅は、そっと目を逸らした。
◇ ◇ ◇
治療が終わると、男たちは全員ロープで縛られ、そのまま地面へ転がされた。
「私たちは、もう帰ってもいいかしら?」
一応治療が終わるまで立ち会っていた桜が、ドランへ尋ねる。
「そういうわけにはいかん。一応、事情を聞かなきゃならんからな。悪いが一緒にギルドまで来てくれ」
「……分かったわ」
ここまで騒ぎになってしまえば仕方ない。
桜と梅は素直に従い、ドランたちと一緒に冒険者ギルドへ戻った。
◇ ◇ ◇
ギルドへ着くと、桜と梅は二階にあるギルド長室へ通された。
事情を知るセリーも一緒だ。
応接用のソファーへ座り、テーブルを挟んだ向かい側へドランとセリーが腰を下ろす。
「さて、今更になったが自己紹介をしておこう。俺は冒険者ギルド・トロン支部のギルド長、ドランだ。こっちは受付担当のセリー」
「セリーです。先ほどは本当にご無事で良かったです……」
セリーが軽く頭を下げる。桜と梅もそれに応えた。
「私は桜。こっちは梅よ」
「梅です」
その後、二人は今日の出来事を順番に説明した。
人を探して旅をしていること。
情報を得るためギルドへ来たこと。
セリーの勧めで捜索依頼を出したこと。
そして『探している人物を知っている』と言って近づいてきた四人について行った結果、騙されていたこと。
「うむ。セリーから聞いた内容とも一致している。今回、お嬢ちゃんたちは被害者で間違いない」
ドランがそう断言し、桜と梅は安堵した。
ここで余計な問題が起きて足止めされることだけは避けたかった。
「うちの冒険者が迷惑をかけてすまなかった。ギルド長として謝罪する」
そう言って、ドランが深く頭を下げた。
「そんな……こちらも軽率でした。お顔を上げてください」
父親ほど年上の男性に突然頭を下げられ、桜は少し慌てる。
ドランは顔を上げると、厳しい表情で続けた。
「あいつらは普段から素行が悪く、度々問題を起こしていた。今回の件で冒険者資格を剥奪し、犯罪者として警備隊へ引き渡す」
「分かりました」
桜も梅も、すでに四人の男たちには興味がなかった。
静かに頷く。
◇ ◇ ◇
「ところで、お嬢ちゃんたちは人を探しているんだったな。これからどこへ向かう予定なんだ?」
「このまま南へ向かって、国境都市フレンダまで行くつもりです」
梅が答える。
「そこで見つからなければ、ガルドール魔王国へ入って捜すことも考えています」
「なるほど……」
ドランは少し考えた後、二人を見る。
「それなら、二人とも冒険者として登録してみないか?」
「冒険者に?」
桜と梅は顔を見合わせた。
朝雄に付き合って読んだ異世界小説では、主人公が冒険者になる話を何度も目にしてきた。
だが、まさか自分たちまで異世界へ来て、本当に冒険者になるとは思っていなかった。
「別に冒険者になりたいとは考えていないのだけれど……」
桜が断ろうとすると、ドランは手を上げた。
「まあ聞け。冒険者として登録しておけば、国境を越える時に使える」
「国境を?」
桜の表情が変わる。
「普通の旅人がガルドール魔王国へ入国する場合は、事前の申請と審査が必要だ。だが冒険者なら、ギルドカードで身元を確認できるから、通常より簡単な審査で入国できる」
「……」
桜は考え込んだ。
エミリーも、王族である自分たちが正式に魔王国へ入るとなれば手続きが必要になると言っていた。
もし何かの事情でエミリーたちが入国できなかったとしても、桜と梅だけなら、朝雄を追って国境を越えられる可能性がある。
「梅ちゃん、どう思う?」
「うん。悪い話じゃないと思うよ。最悪の場合、私たち二人だけでも魔王国へ行けるからね」
「そうね」
桜は決断した。
「ドランさん。私たち二人とも、冒険者として登録するわ」
「分かった」
◇ ◇ ◇
登録手続きは、その場ですぐに行われた。
ドランが用意したのは、透明なガラス板のような魔道具だった。
「順番に、この板へ手を置いてくれ」
まず桜が触れると、魔道具が青く光った。その直後、板の下部から一枚のカードが出てくる。
「これがギルドカードだ。この魔道具には犯罪歴の確認機能もあって、重大な犯罪歴がある者が触れると赤く光る。街の検問や国境でも似た魔道具が使われているから、覚えておくといい」
「便利なのね……」
続いて梅も手を置き、同じように青い光と共にカードを受け取った。
二人は渡されたカードを眺める。
何か文字が書かれているものの、この世界の文字はまだ読めない。
「……何て書いてあるのか分からないわ」
「私も」
「文字は読めないのか?」
「ええ。事情があって……」
「まあ、カードそのものは問題なく使える。必要なら受付で確認してもらえばいい」
ドランも深く追及はしなかった。
登録が終わると、セリーが冒険者ギルドについて簡単に説明してくれた。
登録したばかりの冒険者は全員Fランクから始まり、依頼を達成して実績を積むことでランクが上がる。
大きな街には大抵ギルド支部があり、登録した支部に関係なく依頼を受けられる。
ただし半年間一度も依頼を受けなければ登録が失効するため、資格を維持したいなら半年に一度程度は仕事をする必要があるらしい。
「これで二人とも正式なFランク冒険者だ。活躍を期待しているぞ」
「多分、冒険者として活躍する予定はないけれど……」
「まあ、そう言うな」
ドランが笑う。
桜と梅も軽く頭を下げ、ギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
外へ出る頃には日が沈み始め、街は薄暗くなっていた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
梅が空を見上げる。
「早く宿へ戻らないと、エミリーさんたちが心配してるかも」
「そうね。今日は色々あったものね」
二人は並んで宿へ向かって歩き出した。
今日は結局、朝雄の情報を見つけることはできなかった。
それどころか騙され、不安を抑えきれなくなり、桜は一度完全に心が折れかけた。
それでも今は、少しだけ気持ちが軽くなっている。
梅は隣を歩く桜を見る。表情は、いつもの落ち着いたものへ戻っていた。
朝雄がいなくなってから、二人とも本当はずっと怖かったのだ。
一人だけなら、とっくに不安へ押し潰されていたかもしれない。
けれど、片方が弱った時にはもう片方が支えればいい。
それならきっと、朝雄と再会するまで歩き続けられる。
「桜ちゃん」
「なに?」
「絶対、朝雄ちゃんを見つけようね」
「ええ。必ず」
どちらからともなく手を繋ぐ。
二人はそのまま、エミリーたちの待つ宿へ向かった。
朝、宿を出た時よりも、その足取りはほんの少し軽くなっていた。
宜しければ評価をいただけると励みになります。
次話は明日7:00に投稿します。




