042 桜サイド 冒険者ギルド①
ここから桜サイドのお話になります。
時間は少し遡る。
朝雄がまだ魔王国の王都を目指していた頃――。
夜明けと共に、桜たちはサザーラント王都を出発した。
これからは王都から南へ延びる街道を進み、ガルドール魔王国との国境を目指すことになる。
「無事に王都は出られたね。これから南へ進んで、夜になったら『朝雄れえだぁ』で朝雄のいる方向を確認する。途中で方角が変わったら、そっちへ進路を変えれば少しずつ朝雄に近づけるはずよ!」
馬車の荷室で、エミリーが今後の方針を説明する。
御者台にはオルフが座り、荷室には桜、梅、エミリー、ターニャ、スミレ、セイラの女性六人が乗っていた。
「ここから馬車で一週間ほど南へ進めば、魔王国との国境です。それまでに反応する方角が変わってくれればいいのですが……」
エミリーに続いてターニャが説明すると、桜は少し考えてから尋ねた。
「もし、国境まで行っても方角が変わらなかったら?」
「そうなると、朝雄は魔王国にいる可能性が高いわね」
エミリーの表情が少し曇る。
「魔王国へ入るには正式な入国申請が必要になるんだけど……」
「王都を出た時のように、身分を偽って入国するわけにはいきません。こんなのでも一国の王女ですから、他国で正体がばれれば国際問題になりますので」
ターニャが淡々と補足した。
王都を出る時は、都市間を移動する商人の一行に見えるよう偽装した。しかし国境を越えるとなれば、さすがに同じ方法は使えない。
「ちょっと待って。『こんなの』って酷くない?」
エミリーが不満そうにターニャを見る。
「酷くありませんよ? また私を置いて逃げようとしたことを、まだ怒っているわけでもありませんから。気にしないでくださいね、エミリー」
ターニャは満面の笑顔だった。
「……っ」
エミリーの顔が青ざめる。
長い付き合いだからこそ分かる。
これは、ターニャが本気で怒っている時の笑顔だ。
「ご、ごめんなさい……」
エミリーは素直に頭を下げた。
ここで余計な言い訳をすれば、火に油を注ぐことになる。それを誰よりよく知っているからだ。
そんな二人の関係にも慣れてきた桜と梅は、どこか微笑ましそうに眺めていた。
「そうですよ、お母様」
今度はスミレが頬を膨らませる。
「お母様と桜お姉さま、梅お姉さまだけでお兄様を探しに行こうとするなんてずるいです! 私だって、早くお兄様に会いたいんですから!」
「うっ……スミレまで……」
可愛らしく怒るスミレのおかげで、少し張り詰めていた空気が和らいだ。
「南へ向かうこの街道は、国内でも特に交通量の多い道です。途中には大きな街もありますし、アサオ様の情報を集めながら進みましょう」
ターニャが全員を見回す。
「国境まで着いても方角が変わらなければ、その時に改めて魔王国への入り方を考えればいいでしょう」
「そうね」
桜が頷き、他の者たちもそれに続いた。
◇ ◇ ◇
王都を出発して三日が過ぎた。
途中で立ち寄った街や宿場でも朝雄について聞き込みを続けたが、手掛かりは一つも得られていない。夜になればエミリーの『朝雄れえだぁ』で無事を確認しているものの、反応する方角は相変わらず南のままだった。
南へ進めば進むほど、朝雄がサザーラント王国内にいる可能性は低くなっていく。
そして王都を出て四日目。
桜たち一行は、サザーラント王国第二の都市――商業都市トロンへ到着した。
「大きな街ね……」
馬車の窓から外を眺め、桜が呟く。
トロンは王都と国境都市フレンダのほぼ中間に位置し、南北の主要街道だけでなく東西へ延びる街道も交わっている。そのため各地から商人や旅人が集まり、王都に次ぐ規模にまで発展していた。
「この街なら、何か情報が得られるかもしれません」
ターニャが外を眺めながら説明する。
「各地を回る商人が多いですし、魔王国から交易品を運んでくる者もいますから」
まだ日は高かったが、今日はトロンに宿を取って情報収集をすることになった。
ただし、王族として顔を知られている可能性が高いエミリーとスミレは、人の多い街中を自由に歩くわけにはいかない。
そのためターニャとオルフ、桜と梅の二組に分かれて聞き込みへ出ることになり、セイラはエミリーとスミレの護衛として宿に残った。
◇ ◇ ◇
ターニャとオルフは商業地区へ向かい、商人を中心に情報を集める。
一方、桜と梅は宿で教えてもらった大きな市場へ向かった。
「すごい人だね」
梅は辺りを見回しながら歩いている。
「これだけ人がいるなら、朝雄ちゃんを見た人がいるかもしれないね」
「そうね。王都を出てから四日も経つのに、まだ何の手掛かりもないもの……」
桜の声には隠しきれない焦りが混じっていた。
朝雄が生きていることは毎晩確認できている。それでも、どこにいて何をしているのかは分からない。
無事だと分かっていても、心配がなくなるわけではなかった。
二人は市場を歩きながら露店の店主や行商人へ朝雄の特徴を伝え、心当たりがないか尋ねて回った。
しかし数時間歩いても、それらしい情報は一つも見つからなかった。
◇ ◇ ◇
「何のお肉か分からないけど、結構おいしいね」
「そうね……」
休憩のため市場の端にあるベンチへ座り、二人は先ほどの露店で買った肉串を食べていた。
この大きな街で一人の人間を探しているのだ。数時間聞き込みをした程度で見つからないことくらい、二人にも分かっている。
それでも、異世界へ来てからずっと朝雄を追い続け、ようやく自分たちの足で捜索に出られたというのに、何一つ手掛かりがない。
気落ちするなという方が無理だった。
「……」
梅は肉串を頬張りながら、ぼんやり街並みを眺めていた。
すると、通りの向こうにある建物へ目が止まる。
「桜ちゃん、あれ見て!」
「何?」
梅が指差したのは、三階建ての大きな建物だった。
正面には大きな扉があり、人の出入りも多い。何より、そこへ入っていく者たちの多くが剣や槍、弓、杖といった武器を持っていた。
「あれ、もしかして冒険者ギルドじゃないかな?」
「冒険者ギルド?」
「ほら、朝雄ちゃんがよく見てた異世界物のラノベとかアニメによく出てくるやつ」
「……ああ」
言われてみれば、建物へ出入りしている者たちは、いかにも『冒険者』という格好をしている。少々堅気ではない雰囲気の者も混じっていた。
「朝雄ちゃん、前に言ってたんだよ」
梅が少し嬉しそうに続ける。
「異世界に転移したら、まず冒険者ギルドへ行って冒険者になるのが『てんぷれ』なんだって!」
「それじゃ……」
桜の表情が変わる。
「朝雄がこの世界へ来た後、冒険者になろうとした可能性もあるってこと?」
「うん。それに冒険者って、依頼で色々な街や国を行き来するんでしょ? 魔王国へ行ったことのある人だっているかもしれないよ」
梅が言い終わるより早く、桜は立ち上がっていた。
「行きましょう、梅ちゃん!」
「うん!」
久しぶりに桜の目へ力が戻った。
梅はそんな親友を見上げ、嬉しそうに頷いた。
◇ ◇ ◇
カラン――。
桜が扉を開けると、取り付けられたベルが少し鈍い音を立てた。
建物の中には丸いテーブルがいくつも並び、食事や酒を楽しんでいる者も多い。一見すると食堂や酒場のようにも見えるが、右奥には制服姿の女性たちが座る長いカウンターがあり、反対側には大量の紙が貼られた掲示板があった。
その前では、武装した男たちが真剣な顔で依頼書らしき紙を眺めている。
『本当に冒険者ギルドみたい……』
梅が周囲を見回している間にも、女性二人だけで入ってきた桜たちへ視線が集まっていた。
しかし桜はまったく気にせず、真っ直ぐカウンターへ向かう。梅も周囲の視線を気にしつつ、その後を追った。
「ここは、冒険者ギルドで間違いないかしら?」
「え、ええ。冒険者ギルド、トロン支部ですが……」
受付の女性は、桜の迫力に少し押されながらも答えた。
「そう。ここに、背が低くて黒髪黒目の、とても可愛い男の子が来なかったかしら?」
「かわいい……男の子ですか?」
「ええ」
受付嬢は一瞬首を傾げかけたものの、すぐに記憶を探るような表情になった。
しばらく考えてから首を横へ振る。
「いいえ。少なくとも私は見たことがありませんね」
「……そうですか」
桜の肩が落ちる。
後ろにいる梅も同じように落胆した。
すると、受付嬢が少し考えてから声を掛けてきた。
「あの、探し人でしたら、ギルドへ正式に捜索依頼を出されてはいかがですか?」
「捜索依頼?」
「はい。冒険者ギルドは国内各地に支部がありますし、魔王国にも支部があります。捜索依頼を出していただければ、他の支部にも順次情報を回せます」
受付嬢は一度言葉を区切る。
「ただ、書類や伝令を使って情報を送りますので、遠い支部まで届くにはどうしても時間がかかります。それでも、どこかで目撃情報が得られる可能性はありますよ」
「「ぜひお願いします!」」
二人の声が綺麗に重なった。
受付嬢はその勢いに驚いた後、くすりと笑う。
「では、特徴を教えてください」
二人から話を聞きながら、受付嬢は依頼書へ書き込んでいった。
「名前はアサオさん。黒髪、黒い瞳。身長は百五十五センチくらいで……とても可愛らしい容姿。年齢は十五歳?」
「はい」
「間違いありません」
「……十五歳なんですよね?」
「十五歳よ」
桜が即答する。
日本であれば、童顔で実年齢より幼く見える十五歳も珍しくはない。
しかし西洋風の顔立ちが多いこの国では、十五歳でそこまで幼く見える少年というのは珍しいらしく、受付嬢は少し不思議そうだった。
「あの、もしかしてエルフの子供だったりは……?」
「ああ」
桜と梅が揃って納得したように声を上げた。
「母親がハーフエルフだから、少し幼く見えるのかもしれないわ」
「なるほど。そういうことでしたか」
受付嬢も納得したように頷き、依頼書へ最後の記入をする。
「承りました。各支部にも順次情報を回しておきます。遠方まで届くには時間がかかりますが、何か手掛かりが見つかれば、こちらでも確認できるようにしておきますね」
「ありがとうございます!」
依頼料を支払おうと、桜はエミリーからお小遣いとして渡されていた金貨を取り出した。
「これでお願いします」
「……え?」
受付嬢が固まった。
「多すぎます!」
「そうなの?」
「人探しなら銀貨五枚で十分です!」
「……」
結局、桜は銀貨五枚を支払うことになった。
この国では、一般的な平民の月収が銀貨二枚ほど。つまり銀貨五枚でも、普通の家庭にとってはかなりの大金になる。
そして金貨一枚は銀貨百枚分。
『エミリーさん……これを普通にお小遣いで渡したのね』
桜と梅は、改めてエミリーの金銭感覚に若干の不安を覚えた。
◇ ◇ ◇
無事に人探しの依頼を出し終え、二人がギルドを出ようとした時だった。
「嬢ちゃんたち、人探しかい?」
背後から声を掛けられる。
振り返ると、四人の冒険者風の男たちが薄ら笑いを浮かべて立っていた。
「俺、その男を知ってるぜ」
「……!」
桜の表情が変わる。
一方、梅は四人の男を見た瞬間、嫌な予感がしていた。
『女の子二人だけで、しかも受付で金貨なんて出したところを見られてるんだよね……』
声を掛けてくる理由など、あまりにも分かりやすい。
どうやって穏便にやり過ごそうか。
梅が考えているうちに、桜が先に反応してしまった。
「本当? どこで朝雄を見たの?」
「へへ、そういやアサオって名乗ってたな。俺たちが案内してやってもいいぜ」
「分かったわ」
「えっ」
桜は何の迷いもなく男たちについて歩き始めた。
「桜ちゃん……」
梅の肩ががくりと落ちる。
『知らない人について行っちゃ駄目って、子供の頃に教わらなかった?』
もちろん、桜も本気で男たちを信用しているわけではないのだろう。
それでも『朝雄を知っている』という言葉を無視できなかった。
梅は小さく溜息をつき、桜の後を追おうとする。
「あの……大丈夫ですか?」
受付嬢が心配そうに声を掛けてきた。
ギルド内での会話なので、一部始終を聞いていたのだろう。
「えっと……」
梅は少し考えた。
「もしかしたら、怪我人が出るかもしれません」
「え?」
「念のため、お医者さん……じゃなくて、治療のできる人を呼んでおいてください」
「え、ええ……?」
困惑する受付嬢を残し、梅は桜を追ってギルドを出た。
背負った革袋から、カチャカチャと金属が触れ合う音がする。さすがに街中で最初から手甲を装着して歩くわけにはいかなかったため、中に入れて持ってきていたのだ。
もし男たちが本性を現して襲い掛かってきても、桜と梅なら問題なく倒せるだろう。
こんな露骨な手口を使う者たちが、凄腕の冒険者とも思えない。
だから梅が心配しているのは、桜の身ではなかった。
『あの人たちが、本当に朝雄ちゃんのことを知ってる可能性はほとんどないよね……』
それを知った時。
桜がどうなるのか。
以前にも、朝雄を利用して桜へ近づこうとした男はいた。
そして、その男たちがどうなったのかを梅はよく知っている。
『桜ちゃん、異世界に来てからずっと朝雄ちゃんに会えてないし……反動が怖いかも』
梅は四人の男たちの身を心配しながら、急いで桜の後を追った。
◇ ◇ ◇
「ギルド長、大変です!」
桜と梅が出ていった直後。
受付嬢は慌てて二階へ駆け上がり、ギルド長の部屋へ飛び込んだ。
「どうした?」
「先ほど人探しの依頼を出した女性二人が、あの四人について行ってしまって……!」
事情を聞いたギルド長は、すぐに渋い顔をした。
「あいつらか……」
普段から恐喝まがいの行為を繰り返し、何度も問題を起こしていた冒険者たちだった。
「今までも警告はしてきたが、女性にまで手を出すとは……もう許せん。今回の件が事実なら、冒険者資格を剥奪して警備隊へ突き出してやる!」
ギルド長はすぐ一階へ下りると、信頼できる冒険者を数名集め、念のため治癒魔法を使える魔法使いも一人同行させた。
桜と梅の顔を知っている受付嬢も連れ、急いでギルドを飛び出す。
「間に合ってくれよ!」
ギルド長たちは二人が向かったと思われる方向へ、全速力で走っていった。
宜しければ評価をいただけると励みになります。
次話は明日7:00に投稿します。
ストックが少なくなってきたので次から一日一回の更新になります。




