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異世界に転移しても、姉からは逃げられない!【改訂版】  作者: yoko


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041 謁見

 朝雄、アリア、ルリアの三人が豪華すぎる部屋で落ち着かない夜を過ごした翌朝。


 まだ朝食を終えて間もない時間に、ガズリーが訪ねてきた。


「アサオ、アリア。今日の昼から城で謁見が行われることになった」


「「え?」」


 二人は揃って驚き、口をぽかんと開けた。事情のよく分かっていないルリアだけが、不思議そうに首を傾げている。


「あの……随分急なんですね」


 アリアが戸惑いながら尋ねても、ガズリーは苦笑するだけだった。


「あの、ガズリーさん。僕たち、城での作法なんて全然知りませんよ? それに服もこれしか持ってないですし……」


 朝雄は自分の服を見下ろした。


 旅の間ずっと着ていた物なので、洗ってはいるものの多少くたびれている。アリアも同じことが気になったらしく、自分の服装を確認していた。


「ああ、服装も作法も気にしなくていい。二人の事情は伝えてあるし、魔王様はそういうことには寛容な方だからな」


「そうなんですか……」


 ガズリーが気楽そうに手を振るのを見て、朝雄とアリアは少しだけ表情を緩めた。


「それにしても、ガズリーさん。その格好……」


「ああ……これか」


 今のガズリーは、旅の間に着ていた実用本位の鎧ではなく、白く輝く立派な鎧に身を包んでいた。背中には赤いマントまで付いており、朝雄が知っている普段の姿とはかなり印象が違う。


「仕事用というか、まあ、そんなものだ。気にするな」


「でも、すごく格好いいですね!」


「そ、そうか?」


 無邪気に笑う朝雄に、ガズリーは少し照れ臭そうに頭を掻いた。


 その隣で、アリアだけが何かに気づき始めたような硬い表情をしている。


「じゃあ、昼前に迎えに来る。食事も城で用意されているから、腹は空けておけよ」


 そう言い残し、ガズリーは部屋を出ていった。


     ◇ ◇ ◇


「謁見がこんなに早く決まるなんて、びっくりしたね」


 朝雄は笑顔でアリアへ話しかけたが、返事がない。


「アリア?」


「……」


「具合でも悪いの?」


 心配になって顔を覗き込むと、アリアはようやく我に返った。


「あっ……いいえ、なんでもありません。少し考え事をしていただけです」


「本当に?」


「大丈夫ですよ」


 アリアは笑顔を作ったものの、朝雄にはどこか無理をしているように見えた。


「それより、謁見の前にお風呂へ入って、せめて身綺麗にしておきましょう。アサオさんも一緒に入りますか?」


「えっ?」


「お兄ちゃんとお風呂? ルリアも一緒に入る!」


「いや、僕は一人で入るから!」


 結局、アリアが何を考えていたのか聞く機会は、そのまま失われてしまった。


     ◇ ◇ ◇


 昼前。


 三人は湯を浴び、できるだけ服も綺麗に整えて宿のロビーで迎えを待っていた。


 もちろん、朝雄は一人で風呂に入った。


「待たせたな。馬車を用意してあるから乗ってくれ」


 ほどなくして現れたガズリーに連れられ、宿の外へ出る。


 待っていたのは、立派な装飾が施された大きな馬車だった。朝雄たち三人とガズリーが乗り込んでも、まだ十分な余裕がある。


「そういえば、サーシャはどうしたんですか?」


「ああ。隊長なら城でアサオたちを待ってるよ」


「そうなんだ」


 朝雄は素直に納得した。


 だが、隣に座るアリアはまた難しい顔をしていた。


 やがて馬車は白い内壁を抜け、王城の門へ近づいていく。どこでも止められることなく、そのまま城の敷地へ入り、大きな正面扉の前で停車した。


「着いたぞ。ここが王城だ」


 ガズリーに続いて馬車を降り、朝雄たちは城を見上げた。


 アリアとルリアは緊張からか表情が硬い。


 一方の朝雄は、初めて間近で見る本物の城に目を輝かせていた。


     ◇ ◇ ◇


 ガズリーを先頭に城内を歩き、朝雄たちは落ち着きなく辺りを見回しながら後をついていった。


 やがて、巨大な両開きの扉の前でガズリーが足を止める。


「ここが謁見の間だ。魔王様の質問には正直に答えていればいい。悪いが、ルリアは隣の控室で待っていてくれ」


「うん」


 さすがのルリアも場所の空気を感じ取ったらしく、文句を言うことなくメイドに連れられて控室へ入っていった。


 ガズリーが扉を開く。


 中は広く、天井も高い。


 真っ直ぐに赤い絨毯が伸び、その両側にはガズリーと同じ白い鎧を身につけた騎士たちが並んでいた。


 絨毯の先には数段高くなった場所があり、その中央の玉座に大柄な男性が座っている。すぐ隣には、美しい女性が寄り添うように立っていた。


『あれが……魔王様』


 朝雄は胸が高鳴るのを抑えられなかった。


 ゲームや小説の中でしか存在しなかった『魔王』という人物が、今、本当に目の前にいる。


 玉座の前まで進むとガズリーが跪き、朝雄とアリアも慌てて真似をした。


「魔王様。アサオとアリアをお連れいたしました」


「うむ。二人とも顔を上げよ」


 低く重い声に従い、朝雄とアリアが顔を上げる。


「……っ」


 アリアは、この国の王とこれほど近くで対面することになるなど考えたこともなかった。


 しかも魔王は二メートル近い大柄な体格で、顔立ちもかなり厳つい。本人は普通にしているだけなのだろうが、今にも怒り出しそうに見えてしまう。


 今すぐ逃げ出したいほど緊張していた。


 一方。


 朝雄は目を輝かせていた。


『ほう……』


 魔王も、その反応を興味深そうに眺める。


 初対面で自分を見て怯えない者は珍しい。


 しかし朝雄からすれば、父である喜一郎もかなり大柄で威圧感のある外見をしている。さらに日本育ちの朝雄には、王を前にした身分差への恐怖そのものが薄かった。


『なかなか肝が据わっているではないか』


 魔王が感心してニヤリと笑う。


「……っ!」


 その一見邪悪にも見える笑顔に、アリアはさらに顔を青ざめさせた。


 朝雄は。


 普通に笑顔を返した。


     ◇ ◇ ◇


 続いて文官が、朝雄とアリアの功績を読み上げた。


 朝雄にはスロウ村を襲った大型の魔物を討伐し、村人と騎士団を救った功績。


 アリアには負傷した騎士たちを治癒魔法で救った功績。


 さらに帰路で遭遇した野盗集団についても、討伐への貢献があったとして追加の恩賞が与えられた。


『野盗を倒したのは、ほとんどライラさんたちとサーシャたちなのに……』


 朝雄とアリアは顔を見合わせた後、ガズリーを見る。


 ガズリーは「貰っておけ」と言いたげに頷いた。


「二人とも、大義であった」


 魔王の労いの言葉で、正式な謁見は終了した。


     ◇ ◇ ◇


 謁見の間を出た途端、アリアが大きく息を吐いた。


「はぁぁ……」


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です……」


 完全に緊張が抜けたらしい。


 一方の朝雄は、本物の魔王と対面できたことにまだ興奮していた。


 ただ一つ気になったのは、謁見の間で魔王の隣にいた美しい女性が、何故かずっと自分を見ていたことだった。


「そういえば……サーシャはいなかったね。城で待ってるってガズリーさんは言ってたのに」


 その言葉にアリアもサーシャを思い出し、深い溜息をついた。


「アサオさん。サーシャ様(・)は、多分――」


「お姉ちゃん、えっけんは終わったの?」


 アリアが答えようとしたところで、控室から出てきたルリアが駆け寄ってきた。


「ええ。終わったわ」


 アリアは少し疲れた笑顔を見せる。


「アサオさん、戻りましょうか」


「うん」


 朝雄は先ほどの言葉の続きが気になったものの、アリアの疲れた様子を見て聞き返すのをやめた。


 そこへ再び謁見の間の扉が開く。


「お前たち、昼飯は食べてこなかっただろうな?」


 出てきたガズリーが笑う。


「食事の用意がある。食堂へ行くぞ。ルリアも一緒にな」


「お城のご飯!」


 ルリアの目が輝く。


 朝雄も興味津々だった。


 アリアだけは。


「……」


 これから会うことになる人物を予想し、胃の辺りを押さえていた。


     ◇ ◇ ◇


 ガズリーについて城の奥へ進み、やがて一つの扉の前で立ち止まる。


 朝雄は、


『食堂って、こんな奥にあるんだ。働いてる人は不便じゃないのかな?』


 などと考えていた。


 だが、大きな勘違いだった。


 朝雄が想像していたのは、城で働く者たちが食事をする食堂。


 これから案内されるのは、王族が家族やごく親しい者と食事をするための私的な食堂だった。


「ここでは、いつも通り話して構わないぞ。限られた人間しかいないし、言葉遣いや作法で怒る奴もいない」


 ガズリーが扉を開いた。


 中には二十人以上が座れそうな長いテーブルがあり、周囲には給仕のメイドが数人控えている。


 そして。


 すでに二人の人物が席についていた。


「……え?」


 先ほど会ったばかりなので、見間違えるはずもない。


 魔王。


 そして謁見の間でその隣にいた、美しい女性だった。


 朝雄は驚き。


 ルリアは「誰?」と言いたそうに首を傾げ。


 アリアは予想していたのか、驚きこそしないものの顔色が悪い。


 扉が閉められると、魔王が立ち上がった。


「先ほどは公式の場だったからな。今度は個人的に話をしたくて、この席を用意させてもらった。ここでは緊張する必要はないぞ」


 謁見の間とは違う、少しくだけた口調だった。


 メイドに案内され、朝雄たちも席へ着く。


 朝雄の左右にはアリアとルリア。


 正面に魔王。


 その右には先ほどの女性。


 左側にも一人分の席が用意されていた。


「娘が少し準備に手間取っているようだ。すまんが、もう少し待ってやってくれ」


「娘さん?」


 朝雄が首を傾げた直後、部屋の反対側にある扉の向こうから声が聞こえてきた。


「やっぱり私はいつもの鎧でいい! こんなの恥ずかしすぎる!」


「姫様、今さら何を言っているのです! お客様を待たせているのですよ!」


「……サーシャ?」


 聞き覚えがありすぎる声だった。


「ええい、とっとと入ってください!」


 バタン!


 少々乱暴に扉が開き、一人の少女が押し出されるように姿を現した。


「……」


 白いドレスに、上品な装飾品。


 長い髪は丁寧に梳かれ、背中へ美しく広がっている。


 薄く化粧まで施され、どこから見ても『お姫様』としか表現できない美しい少女だった。


 少女はすぐ扉の向こうへ戻ろうとしたが、その前に扉を閉められてしまった。


 しばらくその場で固まった後、何かを決意したように振り返り、こちらへ歩いてくる。


『あれ……?』


 その歩き方に見覚えがある。


 背格好も。


 そして何より、耳の後ろから額へ巻きつくように生えた二本の角。


 少女は真っ直ぐ朝雄の前まで来て立ち止まった。


「ア、アサオ……その……」


「サーシャなの?」


「わ、私以外に誰だと思ったんだ。失礼な奴だな……」


 俯きながら、顔を真っ赤にしている。


「すごい……」


「……?」


「まるでお姫様みたいだね。すごく綺麗だよ、サーシャ!」


「――っ!?」


 朝雄は満面の笑顔だった。


 サーシャは数秒間、完全に停止した。


 そして一気に顔を赤くする。


「な、何を……! アサオ、お前という奴は、どうしてそういうことを平気で面と向かって……!」


 その場から動けなくなったサーシャを見て、魔王の隣の女性がメイドへ目配せする。


 メイドは小さく頷き、サーシャの耳元で何かを囁いた。


「……っ!」


 サーシャはすぐ我に返った。


 女性へ怯えたような目を向けた後、慌てて魔王の左隣に用意されていた席へ座り、何度も深呼吸している。


     ◇ ◇ ◇


「では、改めて紹介しよう」


 全員が席についたところで、魔王が口を開いた。


「こちらは私の妻、王妃エルザだ」


「エルザです。よろしくお願いしますね」


 エルザが優雅に微笑む。


『王妃様なんだ……やっぱり綺麗な人だな』


 どことなくサーシャに似ている。


 そう思いながら見ていると、エルザと目が合った。


 笑顔を向けられたのだが。


『……なんだろう。ちょっと怖い』


 口元は笑っているのに、何故か目が自分を観察しているように感じる。


「そして――」


 魔王が隣を見る。


「私の娘。ガルドール魔王国第一王女、サーシャ・ガルドールだ」


「……」


 朝雄の思考が止まった。


「サーシャ……ガルドール?」


 小さく呟く。


 ガルドール。


 この国の名前。


 そして、目の前にいる魔王の家名。


「……え?」


 朝雄がゆっくりサーシャを見る。


「サーシャって……魔王様の娘なの?」


「……うむ」


「じゃあ、本当に王女様?」


「……うむ」


 サーシャは顔を赤くして俯いた。


「……本物のお姫様だったんだ」


 先ほど自分が口にした言葉を思い出し、朝雄も少し恥ずかしくなった。


 一方、隣に座るアリアは。


「はぁ……」


 何かを諦めたように、小さく溜息をついていた。


     ◇ ◇ ◇


 家族の紹介が終わると、食事が始まった。


 最初はアリアもルリアも緊張してなかなか手が進まなかったが、魔王から「ここでは遠慮も作法も気にする必要はない」と言われ、少しずつ普段の調子を取り戻していった。


 朝雄も食事を楽しんでいたものの、時折目が合うたびに顔を赤くして俯くサーシャと、さりげなくこちらを観察し続けるエルザの視線が気になり、完全には落ち着けない。


 食事が終わり、全員が食後のお茶を飲み始めた頃。


 魔王が改めて朝雄へ向き直った。


「アサオ。娘の命を救ってもらったこと、父親として改めて礼を言わせてほしい」


 そう言って頭を下げる。


 隣ではエルザも同じように頭を下げた。


「えっ!? そ、そんな! 頭を上げてください!」


 朝雄は慌てて両手を振る。


「僕なんかに王様が頭を下げるなんて……」


「これは王としてではない。一人の父親としての感謝だ。公の場では、このようなことはできぬからな」


 その言葉で、朝雄はようやくこの食事の意味を理解した。


 そして目の前の魔王に対する印象も変わっていく。


 もう『RPGのボス』ではない。


 サーシャを大切に思う父親だった。


     ◇ ◇ ◇


「ガズリーから聞いたのだが、アサオはこの王都で魔法を学びたいそうだな?」


「はい」


「ならば、王都の魔法学校へ通えるよう手配しよう」


「本当ですか!?」


「ああ。それと――」


 魔王はアリアとルリアにも視線を向ける。


「聞けば、スロウ村で三人が暮らしていた家は魔物に焼かれてしまったそうだな。学校へ通う間の住居もこちらで用意しよう。三人で暮らせばいい」


「家まで……」


 朝雄は驚いた。


 学校へ通えるだけでも十分すぎる話なのに、住む家まで用意してくれるという。


 だが。


 すぐには返事をできなかった。


「アリアたちは……村に帰りたいよね……」


 朝雄が二人を見る。


 一緒にいてほしい。


 けれど、それは自分の都合だ。


 故郷であるスロウ村へ戻りたい二人を、自分のためだけに王都へ残すわけにはいかない。


 その気持ちは、表情を見ただけでアリアにもルリアにも伝わった。


 アリアも本音を言えば、村へ戻り、以前のようにのんびり暮らしたい気持ちはあった。


 ただし。


 それは『三人で』なら、だ。


 朝雄だけを王都へ残して、ルリアと二人で村へ戻る。


 そんな選択肢は最初からなかった。


 アリアは向かい側のサーシャへ一度だけ目を向けると、何かを決意したように朝雄へ向き直った。


「いいえ。アサオさんが王都に残るなら、私たちも残ります」


「え?」


「そうよね、ルリア?」


「もちろん!」


 ルリアは当然のように頷く。


「家族は一緒にいなきゃ駄目なんだよ!」


「……」


 朝雄は一瞬驚いた後、嬉しそうに笑った。


「ありがとう、アリア。ルリア」


 三人が顔を見合わせて笑う。


 その姿は、本当の家族のようだった。


 向かい側の三人も、それぞれ違う反応を見せている。


 エルザは興味深そうに三人を観察し、魔王は微笑ましそうに頷いている。


 そしてサーシャだけは。


 どうしようもなく羨ましそうな顔で、三人を見つめていた。


     ◇ ◇ ◇


 食事を終えた後、朝雄たちは王城を後にすることになった。


 住居の準備には一週間ほど必要なため、それまでは現在の宿をそのまま利用してほしいと言われている。


 魔法学校についても、今すぐ途中編入するのは難しいため、次の受け入れ時期となる約一か月後から通う予定になった。それまでは予習を兼ね、城で魔法の基礎を教えてもらえるらしい。


 帰りの馬車にはガズリーは同行せず、前日にサーシャを迎えに来ていた爺が案内役として乗っていた。


「それにしても、サーシャが王女様だったなんてびっくりしたね」


 朝雄が隣のアリアを見る。


「もしかして、アリアは知ってたの?」


「いいえ。私も王族の方にお会いしたのは今日が初めてですから」


 アリアは首を横へ振る。


「ただ、今までの周りの反応を見て、もしかしたら普通の貴族ではないのかも……とは思っていました」


「そっか」


 朝雄は素直に納得した。


 一方のアリアは、別のことを考えていた。


『ライバルが王女様なんて……冗談でしょう?』


 サーシャが朝雄へ特別な感情を抱いていることは、もう疑いようがない。


 王女。


 騎士団の隊長。


 美人。


 しかも朝雄とは旅の間にかなり親しくなっている。


『でも……』


 ちらりと朝雄を見る。


 すぐに目が合い、いつもの穏やかな笑顔を向けられた。


 アリアは小さく息を吸う。


「アサオさん」


「ん?」


「私、負けませんから」


「……何に?」


「何でもありません」


 アリアは笑顔を見せた。


 朝雄の頭には。


 大きな疑問符が浮かんでいた。


     ◇ ◇ ◇


 朝雄たちが城を辞した後。


 王族の私室では、魔王、エルザ、サーシャの三人が今日の食事について話していた。


 入口には護衛としてガズリーが立っている。


「あのアサオという少年は、なかなか面白いな」


 魔王が感心したように言う。


「ガズリーの話では、魔法の才能も相当なものらしいではないか」


「うん! アサオは凄いんだから!」


 朝雄を褒められ、サーシャは自分のことのように嬉しそうだった。


「……サーシャ」


「なに、お母様?」


「あなたが淑女として色々と問題なのは、もう十分承知しています。それについては後でゆっくりお説教するとして――」


「……っ」


 『お説教』という言葉にサーシャの顔が引きつる。


「アサオ君たちは王都で暮らすことになりましたが、あなたはこれからどうするつもりなのです?」


「どうするって……?」


 サーシャは不思議そうに首を傾げた。


「王都にいるなら、いつでも会えるから嬉しいな……とか?」


「甘い」


「え?」


「甘すぎます!」


 エルザが机へ手をついた。


「あのアリアという娘の目を見ましたか? あれは本気です」


「アリアが? 何に?」


「……」


 エルザは無言で娘を見る。


 そして深い溜息をついた。


「はぁ……本当に、この娘は……」


 何故そんな目で見られるのか、サーシャには分からない。


「分かりました。私が教えましょう」


「何を?」


「恋というものをです」


「……?」


「あなたが男性にここまで興味を持つなど、今後二度とないかもしれません。それに、私はアサオ君を気に入りました」


「本当か!?」


 朝雄を気に入ってもらえたことだけは理解できたらしく、サーシャの顔が明るくなる。


「ええ。ですから覚えておきなさい」


 エルザはにっこり笑った。


「恋は戦いなのですよ」


「……戦い?」


 別の意味でやる気を出しそうな娘を見て。


 エルザは一瞬、自分の言い方を間違えたかもしれないと思った。


     ◇ ◇ ◇


 そんな妻と娘のやり取りを見ていた魔王が、巨体に似合わず少し小さくなりながら口を挟んだ。


「その……サーシャの婚姻についてなのだが……」


「あら?」


 エルザが振り返る。


「以前の婚約者候補は、すべて破談になったのではありませんでしたか?」


「国内の候補についてはな……」


「国内の?」


 エルザの目が細くなる。


 サーシャには成人前、国内の有力貴族の子弟を中心に二十人以上の婚約者候補がいた。


 だが、


『私に剣で勝ったら婚約者として認める!』


 と言い出したサーシャに誰一人勝てず、最終的にはすべての話が消えていた。


「実は、一件だけ別の話が残っている」


「私、聞いていませんわよ。あなた?」


「……」


 エルザの声は穏やかだった。


 目はまったく穏やかではなかった。


「お、覚えているだろう? 十年以上前、サザーラント王国から大量の魔石を貸してほしいと申し入れがあったことを」


「ええ」


 エルザの表情が真面目になる。


「王国の年間消費量の三年分近い、とんでもない量でしたから覚えています。それが何か?」


「その際、魔石を貸し出す条件の一つとして、王家同士である取り決めを交わした」


「取り決め?」


「ああ」


 魔王は一度サーシャを見る。


「サザーラント王家の男子を、将来サーシャの婿として迎えるという非公開の合意だ」


「……え?」


 サーシャの表情が固まった。


 エルザも驚いたように目を見開く。


「あなた。そのような重要な話を、何故今まで黙っていたのです?」


「サーシャ本人が成人するまで公にしないという約束だったのだ。それに、相手側の事情も特殊でな……」


 サザーラント王国とガルドール魔王国は、三百年前の戦争終結後、長い時間をかけて関係を改善してきた。


 現在では両国の王家も友好的で、王族同士の婚姻によってさらに関係を深めようという話自体は、過去にも何度か持ち上がっている。


 しかし、年齢の近い王族がいなかったり、どちらの国へ嫁ぐか婿入りするかを巡って国内の貴族から反対が出たりと、これまで実現したことはなかった。


「ですが……」


 エルザが眉を寄せる。


「サザーラント王国の現国王のお子は、第一王女エミリー様だけではありませんか? そのエミリー様のお子も、公式にはスミレ様お一人のはずです」


「いや」


 魔王は首を横へ振る。


「エミリー様には、もう一人子供がいる」


「もう一人?」


「スミレ様の兄だ。そして、その男子はサーシャと同じ十五歳だと聞いている」


「……」


 エルザが考え込む。


 十五年間。


 サザーラント王家にそのような男子がいるという話を、一度も聞いたことがない。


 友好国とはいえ、互いに最低限の情報収集は行っている。その中にも、そのような王族の存在はなかった。


「本当なのですか? あなた、騙されているのではなくて?」


「それはない」


 普段は妻に押され気味の魔王が、珍しく強い口調で断言した。


「あいつは、そんなことで嘘をつく男ではない」


「……」


 サザーラント国王と魔王は、政治上だけでなく私的にも交流がある。


 会えば二人で酒を飲み、互いの妻の自慢と愚痴を言い合っているらしい。


 エルザ自身も、サザーラント国王がそのような嘘をつく人物ではないと思っていた。


「では、本当に存在するのですね……サザーラント王家の男子が」


「ああ」


 エルザは難しい表情で考え込む。


 今日会ったばかりだが、とても好感を持った少年。


 これまで異性へまったく興味を示さなかった娘が、初めて恋をした相手。


 そして。


 姿も人柄も分からないが、国家間の正式な合意によってサーシャの婿になる予定のサザーラント王家の男子。


「まずは、その方がどのような人物なのか確認しなければ、何とも言えませんね」


「お母様!」


 サーシャが思わず声を上げた。


「サーシャ」


 エルザは娘へ真っ直ぐ視線を向ける。


「あなたはガルドール魔王国の次期女王です。残念ですが、王族として私情だけでは決められないこともあります」


「……分かってる」


 サーシャは俯いた。


 馬鹿ではない。


 自分の立場も理解している。


 今まで剣を振り回し、好きなように騎士団へ入り、徴税任務へまで出ることを許されていたのも、周囲がある程度自由にさせてくれていただけだ。


 それでも。


 胸が痛かった。


     ◇ ◇ ◇


 その時。


 コンコン、と部屋の扉が叩かれた。


 入口に立っていたガズリーが扉越しに何事か話し、やがて扉を開ける。


 外にいた文官から報告を受けている途中で、ガズリーの表情が変わった。


「……?」


 文官が下がると、ガズリーは少し硬い顔で魔王の前へ進んだ。


「魔王様。急ぎ、ご報告したいことがございます」


「うむ。聞こう」


 ガズリーは一度息を整える。


「サザーラント王国より、正式な使者を通じて連絡が入りました」


「サザーラント王国から?」


「はい」


 ガズリーは頷いた。


「第一王女エミリー様ご本人が、すでにこちらへ向かわれているとのことです。あわせて、王都到着後に魔王様との面会を求めておられます」


「……」


 魔王。


 エルザ。


 そしてサーシャ。


 三人は同時に言葉を失った。


 たった今。


 そのエミリーの息子について話していたばかりだった。


宜しければ評価をいただけると励みになります。


次話は明日7:00に投稿します。


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