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異世界に転移しても、姉からは逃げられない!【改訂版】  作者: yoko


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040 サーシャの正体

 朝雄たちが王都の巨大な防壁へ近づくにつれ、正門の様子もはっきりと見えてきた。


 門の前には人や馬車が長い列を作っており、どうやらチュカンと同じように、街へ入る前に身分や荷物の確認を受けているらしい。


「街に入るまで、かなり時間がかかりそうですね……」


 朝雄が列を眺めながら呟くと、サーシャは首を横へ振った。


「いや、私たちはこっちから入る。ついてきてくれ」


「こっち?」


 サーシャは長い列には並ばず、その横を当然のように歩き始めた。朝雄たちも後についていくと、正門の脇にもう一つ小さな入口があることに気づく。


 サーシャとガズリーがそこへ近づくと、詰所から二人の衛兵が出てきた。二言三言話しただけで衛兵は姿勢を正し、揃って敬礼する。


「どうぞ、お通りください!」


「うむ。ご苦労」


 そのまま朝雄たちまで、一切の確認を受けずに門を通された。


 朝雄が通り過ぎる際にちらりと見ると、衛兵たちは緊張した様子で直立不動のままだった。


『やっぱりサーシャって、かなり身分の高い貴族なんだ……』


 チュカンの時にも似たような反応をされていた。


 疑問は感じたものの、サーシャが貴族だと聞いていた朝雄は、それ以上深く考えなかった。


     ◇ ◇ ◇


 王都の街並みはチュカンと似た雰囲気ではあったが、その規模は比較にならなかった。


 道幅は広く、大きな建物が並び、人や馬車の数も遥かに多い。遠くには外側の防壁とは別に白い内壁が見え、その向こうには巨大な城がそびえていた。


『あれが魔王の住んでる城なのかな?』


 魔王城と聞けば、朝雄の頭にはファンタジーRPGに登場する暗く禍々しい城が浮かぶ。


 しかし実際に見える城は白を基調とした明るく美しい建物で、朝雄が想像していた『魔王城』とはまるで違っていた。


「こっちだ、アサオ」


 ガズリーが先頭に立ち、街の中心へ向かって歩き始める。


 その後ろを朝雄、アリア、ルリアが続き、最後尾には何故か少し俯いたサーシャが歩いていた。


「サーシャ、具合でも悪いの?」


「い、いや! そんなことはないぞ」


「でも、さっきから元気がないみたいだけど……」


「本当に大丈夫だ。心配するな」


「そっか……」


 朝雄はまだ少し心配そうだったが、それ以上は聞かなかった。


 サーシャ自身も、体調が悪いわけではない。


『王都に着いちゃった……』


 これから城へ戻れば、朝雄には自分の正体を隠しておけなくなる。


 旅の間、自分から進んで嘘をついたわけではない。だが、貴族だと勘違いしている朝雄を訂正しなかったのも事実だった。


『アサオ、怒るかな……』


     ◇ ◇ ◇


 やがて一行は、街の中心部にある大きな円形広場へ到着した。


 中央には立派な噴水があり、その周囲を宿や商店らしい建物が囲んでいる。ガズリーはその中でも特に大きな四階建ての建物の前で足を止めた。


「俺たちは城へ報告に行かなければならない。アサオたち三人は、それまでここに泊まって連絡を待っていてくれ」


「ここに……ですか?」


 アリアが建物を見上げる。


 どう見ても高級宿だった。


 入口だけでも立派な装飾が施され、これまで利用してきた宿とは明らかに格が違う。


「だ、大丈夫なんですか? もっと普通の宿でも……」


「心配するな。話は俺たちがつける」


 気後れしている三人をよそに、ガズリーとサーシャはさっさと中へ入っていった。


     ◇ ◇ ◇


「これはこれは、サーシャ様。ようこそおいでくださいました」


 宿へ入ると、広いロビーで初老の男性と数人の従業員が出迎えた。


 執事を思わせる服装をした初老の男性は、ガズリーではなくサーシャへ深く頭を下げる。


「うむ。この三人が宿泊する。世話を頼む」


「承知いたしました。精一杯おもてなしさせていただきます」


 サーシャは完全に仕事中の雰囲気へ戻り、朝雄、アリア、ルリアを示した。


 三人は豪華なロビーを落ち着きなく見回していた。


 長旅のせいで服には多少の汚れもあり、いかにも辺境の村から旅をしてきたといった姿である。この宿の雰囲気から見れば、かなり浮いていた。


「くすっ……」


 従業員の中から、小さな笑い声が漏れた。


 その瞬間、サーシャの眉がぴくりと動いた。


「言っておく」


 低い声に、従業員たちが一斉に姿勢を正す。


「この三人は私の大切な客人だ。もし私の客人が、この宿で不愉快な思いをするようなことがあれば――」


 サーシャが鋭い視線を向ける。


「その時は、覚悟してもらおう」


 笑い声は完全に消えた。


「大変申し訳ございません」


 初老の男性がすぐに深く頭を下げる。


「従業員への教育が不十分でございました。どうかお許しください」


「分かればいい」


 サーシャは表情を緩め、今度は朝雄たちへ向き直った。


「アサオ。私たちは城で、村の魔物や野盗について報告してくる。それと、アサオたちへの恩賞や謁見の準備も必要になる」


「謁見……魔王様と?」


「あ、ああ……」


 サーシャの返事が一瞬だけ不自然になる。


「準備ができたら使いを寄越す。それまでここでゆっくり休んでいてくれ」


「分かった。サーシャも気をつけてね」


「う、うむ!」


 朝雄の言葉に妙に嬉しそうな顔をすると、サーシャはガズリーと共に宿を後にした。


     ◇ ◇ ◇


「お部屋までご案内いたします。どうぞこちらへ」


 初老の男性に案内され、朝雄たちは用意された部屋へ向かった。


 案内されたのは寝室が二つに居間、さらには専用の風呂まで備えた大部屋で、下手をすればスロウ村にあるアリアの家より広い。調度品も、一目で高価だと分かる物ばかりだった。


「あの……もう少し小さなお部屋でも構わないのですが……」


 さすがに落ち着かなくなったアリアが申し出る。


 しかし初老の男性は、笑顔で首を横へ振った。


「サーシャ様の大切なお客人を、狭い部屋へお通しするわけには参りません」


「ですが……」


「そのようなことをすれば、私の首が飛んでしまいますので」


「えっ!?」


「冗談でございます」


「……」


 アリアの顔が引きつった。


 朝雄は笑った。


「やっぱりサーシャって、本当に身分の高い貴族なんだね」


「……そうですね」


 アリアは何か考えるような顔で答えた。


 王都の衛兵。


 宿の支配人。


 そして、この扱い。


 貴族というだけで、ここまでされるものなのだろうか。


     ◇ ◇ ◇


 一方、朝雄たちを宿へ残したサーシャとガズリーが外へ出ると、建物の前にはすでに豪華な馬車が止まっていた。


 その前には、執事服を着た年老いた魔族の男性が待っている。


「サーシャ様、お迎えに上がりました」


「爺(じい)か。随分早かったのだな」


「はい。東門よりサーシャ様がご到着されたとの知らせが入りましたので、急ぎ準備をいたしました」


 サーシャは特に驚くこともなく、ガズリーと共に馬車へ乗り込んだ。


 馬車は街の中心にある白い内壁へ向かい、検問でも一度も止められることなく、そのまま王城の正門を通過する。


 城の入口前で馬車が止まると、爺が扉を開けて深く頭を下げた。先にガズリーが降り、その横へ移動して同じように頭を下げる。


 最後にサーシャが馬車から降りた。


「サーシャ様。陛下にお会いになる前に、まずはお着替えを」


 ガズリーの口調は、旅の間とはまるで違っていた。


 サーシャは小さく頷くと、入口で待っていた数人のメイドを連れ、城の奥へ消えていく。


 ガズリーは深く頭を下げて見送った後、反対方向へ歩き始めた。


     ◇ ◇ ◇


 大きな両開きの扉の前まで来ると、ガズリーは足を止め、一度大きく深呼吸した。


 そして扉をノックする。


「入れ」


 中から、低い男の声が返ってきた。


「失礼いたします」


 部屋へ入ると、そこは広い執務室だった。


 大量の書類が積まれた机の向こうで、一人の大柄な男が仕事をしている。ガズリーに気づくと、男はペンを置いて立ち上がった。


「よく戻ったな、ガズリー。報告を聞こう」


「はい」


 男は二メートル近い長身で、鍛えられた大きな身体を持っていた。


 深い青色の髪に、細く鋭い瞳。頭にはサーシャとよく似た二本の角が、耳の後ろから額へ向かって巻きつくように生えている。見た目だけなら、かなりの威圧感だった。


 二人は部屋の隅に置かれたテーブルへ向かい合って座る。


 メイドがお茶を用意して退室すると、部屋には二人だけとなった。


「サーシャは、無事に初任務を終えられたか?」


「はい。サーシャ様は六つの村と一つの街で、徴税任務を滞りなく終えられました」


「そうか」


 男は満足そうに笑った。


 本人としては優しい笑顔なのだろうが、元々の顔立ちが怖いため、知らない者が見れば別の意味で怯えそうな表情だった。


「ただし、任務中にいくつか想定外の事態が起きました。そのご報告がございます」


 ガズリーがそう言うと、男の表情が引き締まる。


「お前たちが二人だけで戻ったことにも関係しているのだな。聞こう」


 ガズリーは、スロウ村で大型の魔物が出現したことから説明を始めた。


 騎士団だけでは倒せなかったこと。村が壊滅しかけたこと。そして、たまたま村にいた人族の少年が魔物を倒し、村人だけでなくサーシャたちの命まで救ったこと。


「うむ……」


 男は腕を組み、難しい顔になる。


「お前でも歯が立たなかったというのなら、その少年がいなければ村が全滅していた可能性は高いな」


「はい」


「我が国の民を救い、さらにサーシャの命まで救ってくれたのだ。十分な恩賞を用意しよう」


「ありがとうございます」


 続けて、帰り道で野盗の襲撃を受けたことも報告する。


「二十人を超える野盗集団か……まだそのような規模の一味が残っていたとは」


 男が眉間に皺を寄せる。


「街道の巡回を強化する必要があるな」


「ですが、すべての街道を騎士団だけで常時巡回するのは人数的に難しいでしょう。今回のように、冒険者ギルドへ協力を求めるのも一つの方法かと」


「なるほど。巡回や調査を依頼として出すわけか」


「はい」


「検討しよう」


 話が一段落したところで、ガズリーは少し言いにくそうに続けた。


「その野盗の襲撃の際ですが……先ほどの人族の少年が、サーシャ様を庇って矢を受けました」


「なんだと!?」


 男が勢いよく立ち上がる。


「その少年は無事なのか!」


「はい。冒険者による適切な処置と、同行している獣人族の治癒魔法使いのおかげで、傷はすぐに治療されました。失血も少なく、大事には至っておりません」


「……そうか」


 男は心底安心したように息を吐き、椅子へ座り直す。


「これで、その少年には二度もサーシャの命を救ってもらったことになるのか」


「そうなります」


「国王として恩賞を与えるのは当然だが、父親としても直接礼を言いたい。王都まで来ているのなら、すぐに謁見の準備を進めよう」


「承知いたしました」


 ガズリーが深く頭を下げる。


「それと……サーシャ様について、もう一つご報告が」


「む?」


 男がガズリーを見る。


「何だ。その顔は」


「顔?」


「笑っておるぞ」


「……失礼しました」


 そう言いながらも、ガズリーの口元は緩んだままだった。


「実は、二度も命を救われまして……どうやらサーシャ様は、その少年に惚れてしまったようです」


「ブフォッ!」


 男が口にしていた紅茶を盛大に吹き出した。


「な、なんだと!? あのサーシャが!?」


「はい」


「本当なのだな?」


「間違いないかと」


 ガズリーは真顔で頷いた。


 男――サーシャの父親には、すぐには信じられなかった。


 娘が少々……いや、かなり変わっていることは、十五年間育ててきた父親として十分理解している。


 幼い頃から可愛らしい服や人形にはほとんど興味を示さず、年頃になっても綺麗なドレスやアクセサリーより武器や防具を欲しがった。ダンスや礼儀作法の稽古を抜け出しては剣を振り、成人してからも異性にはまるで興味を示さない。


 候補として紹介した婚約者たちとは何故か剣で勝負し、その全員を打ち倒してしまい、最後には騎士団へ入った。


 そして今回、自ら徴税任務へ出ると言い出した。


『あの娘が……男に惚れた?』


 父親として、今日一番の衝撃だった。


「その少年……アサオと言ったな?」


「はい」


「よし」


 男は勢いよく立ち上がる。


「私も俄然興味が湧いてきたぞ! 明日にでも会う!」


「謁見の準備を進めます」


「頼む!」


 ガズリーは立ち上がり、改めて深く頭を下げた。


 自らの主君。


 そして、ガルドール魔王国を治める王――魔王に対して。


     ◇ ◇ ◇


 ガズリーが魔王へ報告をしていた頃。


 サーシャは自室で、数人のメイドに囲まれていた。


「サーシャ様。腕を上げてくださいませ」


「うむ……」


 旅装と鎧を脱がされ、湯浴みを済ませた後、三人のメイドが手際よくサーシャを着替えさせていく。


 少し離れた場所からその様子を見守っているのは、年老いた女性の魔族だった。


 サーシャが生まれた時から世話役を務め、本人からは『婆や(ばあや)』と呼ばれ慕われている。


 その婆やは、先ほどからサーシャの様子に強烈な違和感を覚えていた。


 サーシャは昔から、容姿だけなら誰もが認める美少女だった。


 幼い頃から、成長すればさぞ美しい姫君になるだろうと城中の者が期待し、実際その予想通り美しく成長した。


 問題は中身だった。


 本人はドレスより鎧。


 宝石より剣。


 舞踏会より騎士団の訓練。


 美しい姫君という周囲の期待とは正反対に、性格も行動もやんちゃな少年のように育ってしまった。


 婆やをはじめ、長年仕えてきたメイドたちが何度陰で溜息をついたか分からない。


 ところが今日は違った。


 いつもなら、


『動きづらい!』


『こんな服で戦えるか!』


 と必ず文句を言うはずのドレスへ、大人しく着替えている。


 それどころか、着替えを終えたサーシャは姿見の前へ立つと、くるりと一回転して自分の姿を確認した。


「なあ」


「はい?」


「……似合うかな?」


「……」


「……」


「……」


 部屋の時間が止まった。


 長年サーシャを知る者ほど、衝撃は大きい。


 いつもならドレスへ着替えた途端に不機嫌になる姫が、自分から『似合うか』などと聞いた。


 返事がないまま時間だけが過ぎ、サーシャの肩が少しずつ落ちていく。


「やっぱり……私には似合わないよな……」


「ち、違います!」


 婆やが誰より早く我に返った。


「とてもよくお似合いでございます!」


「本当か?」


「もちろんですとも!」


 それはお世辞ではなかった。


 サーシャは整った顔立ちをしており、ドレス姿も非常によく似合っている。黙って立っていれば、王女として申し分のない美少女だった。


「そうか……」


 婆やが力強く頷くと、サーシャの表情がぱっと明るくなった。


 もう一度姿見の前で回り、嬉しそうにスカートを眺める。


「これなら……アサオも似合うって言ってくれるかな……」


「……!」


 ぼそりと漏れた名前を、婆やは聞き逃さなかった。


「サーシャ様。そのアサオという方は――」


「な、なんでもない!」


 サーシャが凄まじい勢いで遮る。


「お父様とお母様は食堂だな! 先に行っているぞ!」


 顔を赤くしながら、足早に部屋を出ていった。


 慌てて数人のメイドが後を追う。


 婆やだけは、その場に残った。


 長年世話をしてきた姫の変化。


 突然、ドレス姿を気にするようになった。そして、男らしい名前。


『まさか……サーシャ様に、好きな殿方ができたのでは……?』


 数秒後、婆やも大急ぎで部屋を飛び出した。


     ◇ ◇ ◇


 王城にある王族専用の食堂。


 二十人以上が座れそうな長いテーブルに、今夜座っているのは三人だけだった。


 魔王、その妻である王妃、そして二人の娘であるサーシャ。


 久しぶりに戻った娘と食事をしたいと魔王が言い出し、家族だけでの夕食となったのだ。


 サーシャは大人しく席に座っている。


 その正面では、魔王が先ほどから妙に落ち着きなく娘を見ていた。


「……あなた?」


「なんだ?」


「先ほどから、どうかなさいました?」


「な、何もないぞ」


「そうですか?」


 王妃が首を傾げる。


 そこへ婆やが食堂へ入ってくると、真っ直ぐ王妃の傍へ行き、耳元で何かを囁いた。


「まあ……!」


 王妃が驚いたような声を上げると、目を輝かせながらサーシャを見る。


「……?」


 父親は何故かそわそわしている。


 母親は何故か嬉しそうに自分を見ている。


 事情を知らないサーシャは、ただ首を傾げた。


     ◇ ◇ ◇


 食事が始まってしばらくすると、魔王が咳払いをした。


「んんっ。サーシャ」


「なに、お父様?」


「初めての任務は……どうであった?」


「どうって?」


「その……色々あったと聞いているが」


 あまりにも白々しい。


 だが、サーシャはまったく気づかなかった。


「任務自体はちゃんと終わったよ。でも徴税で行った村に大きな魔物が出て、危うく死にかけた」


「……」


 報告を聞いて知っていたとはいえ、娘本人の口から『死にかけた』などと言われれば、父親として平静ではいられない。


「ガズリーから聞いてはいたが……本当にそこまで危険だったのか」


「うん。アサオが助けてくれなかったら、絶対に死んでたと思う」


「……」


 アサオ。


 その名前が出た瞬間、王妃の目がさらに輝いた。


「そ、そうか」


 魔王が探るように尋ねる。


「そのアサオという少年は、どのような者なのだ?」


 すると、サーシャの表情が一気に明るくなった。


「アサオは人族で、私と同じ十五歳なんだけど――」


 そこから、長かった。


 朝雄がどれほど剣術に優れているか。どれほど魔力が多いか。大型の魔物を倒したこと、自分を助けてくれたこと、野盗の矢からも庇ってくれたこと。


 それ以外にも旅の途中での出来事を、それはもう嬉しそうに話した。


「それでアサオは――」


「……」


 魔王は、ガズリーの報告に間違いがなかったことを確信した。


 そして何とも言えない気分になった。


『娘が男の話を楽しそうに……』


 喜ぶべきなのか、警戒すべきなのか。


 十五年間、まったく経験したことのない状況だった。


     ◇ ◇ ◇


「――というわけなんだ!」


「そ、そうか……」


 ようやく朝雄自慢が終わった頃、魔王は少し疲れていた。


 すると、それまで黙って聞いていた王妃が、にこやかに口を開いた。


「つまりサーシャは、そのアサオ君のことが好きなのね?」


「――っ!?」


 サーシャの顔が一瞬で真っ赤になった。


「なっ……お、お母様!?」


「違うの?」


「そ、それは……」


 目を泳がせ、口を開いては閉じる。


 そして最後には。


「……うん」


 小さく頷いて、恥ずかしそうに俯いた。


「まあ!」


 王妃は満面の笑顔になる。


 一方の魔王は、分かってはいた。


 ガズリーからも聞いていた。


 だが、本人の口から認められると、父親として何とも複雑だった。


「あなた」


「……なんだ」


「アサオ君はサーシャと一緒に王都まで来ているのでしょう?」


「ああ」


「なら、私も会わせてくださいな」


 王妃は楽しそうに微笑む。


「娘を二度も助けてくださった恩人ですもの。母親として、きちんとお礼を申し上げたいわ」


「そうだな」


 魔王も頷いた。


「私も国王としてだけではなく、父親として礼を言いたい。明日、使いを出そう」


「明日?」


「ああ。すぐに謁見の準備を整えさせる」


「楽しみだわ」


 本来、魔王への謁見が決まったとしても、準備には数日ほど掛かる。


 ところが今回は魔王本人が強く望んでいる上、相手は王女サーシャと国民の命を救った恩人でもある。


 異例の速さで、翌日に謁見が行われることとなった。


「本当に楽しみね」


 王妃は悪戯っぽく笑う。


「なんといっても――可愛い娘の、初恋のお相手ですもの」


「お母様っ!」


 サーシャの顔が再び真っ赤になった。


 魔王はそんな妻と娘を眺めながら、明日会うことになる少年について、もう一度考え込んでいた。


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次話は19:00に投稿します。

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