039 王都へ
朝雄が気づいた頃には、野盗の後始末もほとんど終わっていた。
襲ってきた野盗は全部で二十一人。そのうち降伏した者や、負傷して戦闘不能になった者など、生き残ったのは六人だったらしい。
生き残りを尋問した結果、ライラが倒した禿頭の大男が、もともとこの辺りで旅人を狙っていた少人数の追い剥ぎやコソ泥をまとめ上げ、野盗集団にしたことが分かった。
頭領を含む主だった者たちは倒されており、他に大きな一味が残っている可能性も低い。
そう判断した商人のノリスは、この先の危険はかなり減ったとして、予定通り旅を続けることにした。
ただし、生き残った野盗をそのまま放置するわけにはいかない。
ノリスが雇った四人の冒険者のうち二人が、捕らえた野盗をチュカンの街まで連行することになった。
「ライラさんにお願いできないでしょうか? もちろん、フレンダまでの護衛依頼については成功扱いにしますし、報酬も全額お支払いします」
ノリスは最初、最も実力のあるライラに野盗の連行を頼んだ。
しかし。
「私が受けた依頼は、あなたたちをフレンダの街まで護衛することだ。途中で投げ出すわけにはいかない!」
ライラは迷うことなく断った。
「……」
宣言そのものは立派だった。
だが、その視線はノリスではなく、少し離れたところにいる朝雄へ向いている。
「……なるほど」
ノリスはすべてを察したような顔で頷いた。
「では、他のお二人にお願いしましょう」
「ああ! それがいい!」
ライラは満面の笑顔だった。
◇ ◇ ◇
「あの……ライラさん」
「なんだい、アサオくん?」
「前の馬車に乗ってなくていいんですか?」
旅を再開すると、ライラは当然のように朝雄たちの荷馬車へ乗り込んでいた。
野盗に襲われる前は、二台の馬車に戦力を分散させるため、自分は先頭の馬車へ乗ると言っていたはずだ。
しかし今、前の馬車にいる護衛は冒険者が一人だけになっている。
「ああ。この辺りにいた大きな野盗集団は、さっきのでほぼ壊滅したと考えていい。それに今は、護衛より大事なことがあるからね!」
「大事なこと?」
「もちろん、アサオくんと親睦を深めることだ!」
「……」
ライラは言い切ると、さらに朝雄との距離を詰めた。
朝雄は反射的に少し身体を引く。
笑顔ではあるのだが、その目だけは妙に真剣で、獲物を見つけた肉食獣のようにも見えた。
その変化を敏感に察知したアリアとルリアは、揃って警戒するようにライラを見つめている。
もちろん、本当にライラが朝雄へ襲いかかるとは思っていない。
それでも。
『何かあったらアサオさんを守らないと……』
『お兄ちゃんは渡さないんだから……』
二人とも、似たようなことを考えていた。
一方のサーシャは、少し離れた場所から何度も朝雄を見ていた。
朝雄と目が合えば顔を真っ赤にして俯き、少しするとまた朝雄を見る。
そして再び目が合い、また俯く。
それを何度も繰り返していた。
「……」
朝雄はだんだん不安になってきた。
自分が何か、サーシャを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。
「ガズリーさん」
「ん?」
「僕、サーシャに嫌われるようなことしちゃいましたか?」
「……」
ガズリーはサーシャを見た後、今度は朝雄を見る。
「まったく心配しなくていい。アレはしばらく放っておけ」
「でも……」
「大丈夫だ」
「……そうですか」
ガズリーがあまりにも断言するので、朝雄はひとまず納得することにした。
そんな朝雄を挟んで、右側ではライラが楽しそうに話しかけ、左側ではアリアとルリアが警戒し、少し離れたところからはサーシャが顔を赤くして見つめている。
アリアは、その状況に大きな溜息をついた。
◇ ◇ ◇
野盗の襲撃という大きな事件はあったものの、その後は何事もなく予定していた野営地へ到着した。
夕食では、朝雄の世話を焼こうとするライラとアリアの間で静かな攻防が起こったり、少し離れた木陰からサーシャが朝雄をじっと見つめ続けていたりしたものの、それ以外には特に問題もない。
夜も更け、全員がそれぞれのテントへ入り、就寝する時間となった。
朝雄はすでにガズリーと同じテントで眠っている。
一方、女性たちのテントでは。
『明日にはアサオくんと一度お別れになってしまう』
ライラは目を開けたまま、じっと天井を見つめていた。
明日到着する街道の分岐地点から、朝雄たちは王都へ向かって西へ、ライラとノリスたち商隊は国境都市フレンダへ向かって北へ進む。
これで永遠の別れになるつもりなど、ライラには毛頭ない。
フレンダで依頼を終え、用事を済ませれば、自分も王都へ向かうつもりだった。
だが。
『その前に、もう少し確かな繋がりを作っておきたい……!』
何をもって『確かな繋がり』とするのか、その基準はかなり怪しかった。
ライラは周囲が眠っているのを確認すると、音を立てないよう静かにテントを抜け出し、そのまま迷うことなく朝雄のテントへ向かう。
『少しだけ……本当に少しだけ添い寝を……』
朝雄のテントの入口へ手を掛けた。
「法は犯さないんじゃなかったのか?」
「……!」
背後から聞こえた声に、ライラの身体が固まった。
ゆっくり振り返ると、そこには呆れ切った顔をしたガズリーが立っていた。
「ガズリーか……」
「何してるんだ」
「心外だな。法を犯すような真似はしない」
「じゃあ、その手は何だ」
「添い寝をして、一晩中アサオくんを堪能したいだけだ!」
「……」
あまりにも力強く、あまりにもしょうもないことを言い切った。
ガズリーは深い溜息をついた。
◇ ◇ ◇
しばらくして、朝雄のテントから強制的に引き離されたライラは、焚き火を挟んでガズリーと向かい合って座っていた。
「ライラには、アサオのことで頼みたいことがある」
「頼み?」
朝雄との添い寝を阻止されたせいか、ライラの機嫌はあまり良くない。
だが、朝雄の話と聞いて、すぐに聞く姿勢へ変わった。
「ああ。国境都市フレンダには、サザーラント王国の人間も多い」
「そうだな」
「そこで、アサオに関する情報がないか調べてほしい」
フレンダはガルドール魔王国とサザーラント王国の国境にある街で、三百年前の戦争が終結した後、両国の交流を促す目的で造られた。
現在では交易の拠点として大きく発展しており、街そのものには両国の住人が比較的自由に出入りできる。
ただし、そこから相手国の領内へ進むには、当然ながら正式な入国許可が必要になる。
「確かに……」
ライラは顎へ手を当てる。
「アサオくんがサザーラント王国の出身なら、家族が捜している可能性はあるな」
「ああ」
「冒険者ギルドへ捜索依頼が出ているかもしれないし、貴族の家の子なら噂くらいはあるかもしれない」
「そういうことだ」
ライラは少し考えた後、すぐに頷いた。
「分かった。フレンダに着いたら調べてみよう」
「助かる」
「何か分かったら、魔王国王都の冒険者ギルドを通して連絡するよ」
「ああ。よろしく頼む」
ガズリーが頭を下げる。
その一方で、ライラの頭の中では別の計算も始まっていた。
『もしアサオくんの家族が見つかって、それがサザーラント王国の貴族だったら……』
自分も元は貴族の娘だ。
実家へ戻り、必要なら再び貴族籍へ戻ることも不可能ではない。家格も低くない。
『正式に婚約を申し込める……!』
今のところ最大のライバルは、魔王国の貴族らしいサーシャ。
そして平民ではあるものの、朝雄と非常に親しいアリア。
こういうことは早く動いた者が有利になる。
貴族社会で育ったライラは、それをよく知っていた。
下心は満載だったが、朝雄の身元を全力で調べるという点だけは、ガズリーにとって非常に頼もしい協力者となった。
◇ ◇ ◇
翌日。
道中では特に問題も起こらず、予定より少し早く街道の分岐地点へ到着した。
「ここが街……?」
朝雄は周囲を見回した。
街と言っても、防壁や立派な門があるわけではない。
いくつかの街道が交わる場所に宿屋や食堂、商店などが集まり、それを中心に小さな集落ができている。
正式に領主が置かれている街ではないものの、旅人や商人たちからはすでに一つの街として扱われているらしい。
「ここから北へ進めばフレンダ。真っ直ぐ西へ進めば王都だ」
ガズリーが説明する。
ここで、ライラやノリスたちとは別れることになる。
「アサオくん!」
「はい」
ライラは朝雄の前まで来ると、両肩を掴みそうな勢いで身を乗り出した。
「しばしの別れだ!」
「は、はい」
「だが心配しなくていい。フレンダで依頼と用事を済ませたら、私もすぐ魔王国の王都へ向かう!」
「分かりました」
「だから、それまで私のことを忘れないでくれ!」
「数日くらいで忘れませんよ」
「……!」
朝雄が笑顔で答える。
「そ、そうか……」
ライラは一瞬で機嫌を良くした。
「では、また王都で!」
「はい。また会いましょう」
ライラはかなり名残惜しそうではあったが、それ以上朝雄へ抱きついたり、連れていこうとしたりすることはなく、ノリスたち商隊と共に北へ続く街道を進んでいった。
「……行っちゃったね」
ルリアが小さく呟く。
「ええ」
アリアはどこかほっとしたように答え、サーシャもライラの姿が見えなくなった瞬間、分かりやすいほど肩の力を抜いていた。
◇ ◇ ◇
ここからは再び、朝雄、アリア、ルリア、サーシャ、ガズリーの五人で王都を目指す。
「王都までは、あと二日くらいだ」
ガズリーの言葉に、朝雄が少し驚いた。
「もうそんなに近いんですね」
「ああ。ここまで来ればあと少しだ」
「そっか……」
スロウ村を出てから、かなりの日数が経った。
初めての長旅に野営、身体強化の練習、チュカンの街、冒険者ギルド、ライラとの出会い、そして野盗の襲撃。
色々なことがあったが、旅の目的地がようやく見えてきた。
「まだ日も高い。このまま進んで、次の野営地まで行くぞ」
「はい!」
朝雄たちは宿を取らず、そのまま西へ続く街道を進むことにした。
◇ ◇ ◇
ライラと別れた後、朝雄たちの一行は驚くほど平穏になった。
アリアとルリアは普段通りの様子へ戻り、サーシャも朝雄を見るたび顔を赤くして俯くような奇行は、少しずつ落ち着いていった。
朝雄は結局。
『やっぱりライラさんがいたから、サーシャは機嫌が悪かったのかな?』
程度にしか理解していなかった。
ガズリーは、もう何も説明する気にならなかった。
◇ ◇ ◇
それから二日後。
「見ろ! あれがガルドール魔王国の王都、ガルドールだ!」
サーシャが嬉しそうに前方を指さした。
「……すごい」
朝雄は思わず足を止める。
遠くに見える巨大な防壁は、チュカンのものより遥かに高く、左右へどこまでも続いているように見える。
端を確認することすらできず、その防壁だけでも内部にある王都の規模が桁違いだと分かった。
「あれが……魔王国の王都……」
朝雄が呟く。
アリアとルリアも王都を見るのは初めてらしく、朝雄と同じように目を大きく見開いていた。
「すごいね、お姉ちゃん!」
「ええ……想像していたより、ずっと大きいですね」
「だろう!」
何故かサーシャが自慢げに胸を張る。
「早く行こう!」
ルリアが楽しそうに走り出し、朝雄もその後を追って自然と歩く速度が上がっていった。
そんな二人の後ろを、アリア、ガズリー、そして妙に嬉しそうなサーシャが続く。
長かった旅も、もうすぐ終わる。
朝雄たちは、ついにガルドール魔王国の王都へ辿り着こうとしていた。
◇ ◇ ◇
一方、朝雄たちと別れた翌日。
ライラは予定通り、国境都市フレンダへ到着していた。
ノリスから護衛依頼完了の確認を受けると、真っ先に冒険者ギルドへ向かう。
『まずは捜索依頼からだな』
もし朝雄の家族が彼を捜しているのであれば、冒険者ギルドへ人探しの依頼を出している可能性がある。
受付で最近の捜索依頼を調べ、さらに人族の少年を捜す依頼がなかったか職員へ尋ねたが、朝雄らしい人物の捜索依頼は見つからなかった。
ギルドを通さず、特定の冒険者へ直接依頼している可能性も考え、知り合いの冒険者たちへも聞いて回る。
それでも手掛かりは得られず、結局その日は冒険者ギルドと冒険者仲間への聞き込みだけで一日が終わった。
◇ ◇ ◇
ライラが冒険者ギルドを後にしてから、しばらくして。
他支部から届いた書類の束が、受付へ運び込まれた。
新しい依頼や、他の街でも共有する必要がある情報などをまとめたものだ。
「また結構ありますね……」
受付嬢は小さく息を吐きながら、一枚ずつ内容を確認していく。
その中の一枚へ目を通した時。
「……人族の少年の捜索依頼?」
受付嬢の手が止まった。
依頼書には、捜索対象となる少年の特徴が記されている。
その内容を読みながら。
少し前まで受付にいた一人の冒険者を思い出した。
「これって……ライラさんが言っていた依頼かも」
もちろん、断定できるわけではない。
だが、ライラが言っていた年頃や特徴には重なる部分がある。
受付嬢は依頼書を他の書類とは別に脇へ分けた。
「今度ライラさんが来たら、伝えよう」
そう呟いて残りの書類の整理に取り掛かっていった。
◇ ◇ ◇
翌日。
ライラは朝から、フレンダに住む知り合いの貴族を訪ね歩いた。
実家を出て冒険者になってから、すでに五年ほど経っている。
それでも同年代の貴族たちの中には顔見知りも多く、いくつかの家へ話を聞くことができた。
朝雄の特徴を伝え、サザーラント王国の貴族にそのような子供がいなかったか尋ねてみたが、ここでも手掛かりは得られなかった。
「捜索依頼も出ていない。貴族にも心当たりがない……」
ライラは街を歩きながら考え込む。
「もしかしたら貴族ではなく、比較的裕福で教育を受けられる平民……大きな商会の子供という可能性もあるな」
次に向かったのは商業地区だった。
フレンダには大きな商業ギルドがあり、この街で商売をする者だけでなく、街を行き来する旅商人も登録している。
ライラは人探しの依頼を受けた冒険者を装い、朝雄の特徴に該当する商人や、その家族がいないか確認してみた。
だが、ここでも答えは同じだった。
少なくとも、フレンダを拠点としている商人とその家族に、朝雄らしい人物はいない。
◇ ◇ ◇
「……駄目か」
一通り調べ終えたライラは、街の中央広場にあるベンチへ座っていた。
朝から歩き回ったせいで少し空腹になり、近くの露店で買った肉串を食べながら、これからどうするべきか考える。
『この街では、アサオくんの情報を得られなかった』
サザーラント王国へ戻れば、もっと広く調べることはできる。
だが、そこで情報が見つかる保証はない。
そもそも朝雄が最初にいたのは魔王国の中であり、人族だからという理由だけでサザーラント出身だと思い込んでいただけだった。
「魔王国内に住んでいる人族もいる……」
数は多くないが、ガルドール魔王国にも人族は暮らしている。
その大半は、交易や仕事の都合から王都とその周辺へ住んでいるはずだ。
「なら……一度、王都へ行ってみるか」
どちらにしても朝雄たちは王都へ向かっている。
情報がなくても、また会える。
そう考えれば選択肢は一つしかなかった。
ライラは肉串を食べ終え、勢いよく立ち上がった。
その時。
「お姉ちゃん?」
「……?」
聞き覚えのある声がした。
ライラが振り返ると、そこには驚いた顔をしたブロンドの髪の女性が立っている。
その顔を、ライラはよく知っていた。
だが、妹の仕事を考えれば、こんな場所にいるはずがない。
「……セイラか?」
ライラも思わず、そう聞き返していた。
宜しければ評価をいただけると励みになります。
次話は明日7:00に投稿します。




