038 襲撃
翌朝。
朝雄たちは商隊と共に、早朝から街道を進んでいた。
二台ある荷馬車のうち、先頭には商人のノリスと護衛の冒険者たちが乗り、二台目には朝雄たち五人と荷物が載せられている。朝雄たちが連れてきた馬も、今は二台目の馬車を引いていた。
ただし、本来なら先頭の馬車へ乗るはずのライラだけは、当然のような顔をして朝雄たちの馬車へ乗り込んでいる。
「アサオくんと旅ができるなんて嬉しいよ!」
馬車へ乗り込む際には、一流の冒険者として培った俊敏さを無駄に発揮し、誰よりも早く朝雄の右隣を確保していた。
左隣にはルリアが座り、その向かいにはガズリー、サーシャ、アリアの三人。
朝雄の隣を取れなかったアリアとサーシャは分かりやすく落ち込んでおり、その様子を見たガズリーは朝から小さな溜息をついていた。
予定では、明日の夕方までには街道の分岐点にある小さな街へ到着する。
そこから西へ進めばガルドール魔王国の王都、北へ進めば国境都市フレンダへ続いているため、ノリスたち商隊やライラとはそこで一旦別れることになっていた。
「ライラさんは、前の馬車に乗らなくていいんですか?」
「ああ。何かあった時の動きは昨夜のうちに打ち合わせてあるし、戦える人間も前と後ろに三人ずついる。むしろ、この方がバランスがいいくらいさ」
「なるほど……」
もっとも、ライラの中で朝雄、アリア、ルリアの三人は、完全に『守る側』へ分類されている。
二台目の馬車の戦力として数えているのは、自分、ガズリー、サーシャの三人なのだろう。
◇ ◇ ◇
馬車に揺られながら、朝雄はライラの冒険者としての経験談を聞いていた。
駆け出しだった頃の失敗や、初めて魔物を討伐した時の話。仲間と何日も山を歩き回り、ようやく依頼の薬草を見つけたこと。
護衛した商人に騙されかけた挙句、その商人まで盗賊に騙され、結局全員まとめて助ける羽目になったことなど、話題は尽きない。
「そんなことまであるんですか?」
「ああ。冒険者を長くやっていると、本当にいろんな奴に会うよ」
「面白い……」
朝雄は完全に聞き入っていた。
WEB小説で読んでいた『冒険者』という存在が、実際にどんな生活をしているのか。その本人から話を聞けるのだから、楽しくないはずがない。
最初は、朝雄と楽しそうに話すライラを面白くなさそうに見ていたサーシャ、アリア、ルリアの三人だったが、話が進むにつれ、いつの間にか全員が聞き入ってしまった。
気づけば三人までライラの冒険談へ質問を始めている。
「それで、その大きな魔物はどうしたんですか?」
「もちろん倒したさ。ただ、あの時はかなり苦戦して――」
そんな穏やかな時間が、昼を少し過ぎるまで続いた。
◇ ◇ ◇
それまで楽しそうに話していたライラの表情が、突然変わった。
会話を止め、鋭い視線を馬車の前方へ向ける。
ほぼ同時にガズリーも顔を上げ、周囲を窺うように視線を動かした。
「どうしたんですか?」
朝雄が尋ねるより早く、前を走っていた馬車が速度を落とし、二台とも街道の上で停止した。
「アサオたちは馬車の中にいろ! 絶対に外へ出るな!」
「え……」
答えを待たず、ガズリー、ライラ、サーシャの三人は馬車から飛び降りた。
前方を見ると、先頭の馬車からも護衛の冒険者たちが次々と降りている。
「お姉ちゃん……」
ルリアが不安そうにアリアの服を掴む。
「大丈夫よ。サーシャさんもガズリーさんも、ライラさんもいますから」
アリアは安心させるように微笑んだが、その表情にも緊張が滲んでいた。
その直後。
街道右手に広がる森から、次々と人影が現れた。
「命が惜しけりゃ、荷物と女を置いていきな!」
姿を現したのは、二十人ほどの男たちだった。
粗末な防具を身につけ、剣や斧、槍など、それぞれ違った武器を手にしている。
その中でも一際大きな男が前へ出た。剃り上げた頭に毛はなく、肩には大剣を担いでいる。
『……本当に野盗だ』
朝雄は馬車の中から、その光景を緊張した面持ちで見つめた。
「貴様らが最近、この辺りを騒がせている野盗だな!」
護衛側から前へ出たのはライラだった。
「お前たちにくれてやる物などない。今すぐ武器を捨てて投降しろ!」
先ほどまで朝雄に冒険談を語っていた時の優しげな雰囲気は消え、そこにいるのは歴戦の冒険者だった。
「ちっ、冒険者の護衛がいやがったか。だが、こっちの方が数は多い! やっちまえ!」
禿頭の男の声と同時に野盗たちが動き出し、街道に激しい剣戟の音が響き始めた。
◇ ◇ ◇
ライラや先頭の馬車を守る冒険者たちが野盗を迎え撃つ一方、ガズリーとサーシャは朝雄たちの馬車から離れず、周囲を警戒していた。
「隊長、俺も前へ加勢してきます」
「私も行くぞ!」
ガズリーの言葉にサーシャが大剣を構えるが、すぐに首を横へ振られた。
「相手の数が多すぎます。何人かが戦線を抜けて、こっちへ回ってくる可能性がある」
「だが……」
「その時、ここに誰もいなかったらどうなります?」
サーシャが馬車を見る。
そこには、不安そうな表情をした朝雄、アリア、ルリアがいる。
「分かった。アサオたちは私が守る」
「お願いします」
ガズリーは頷くと、剣を構えて戦場へ走っていった。
野盗は二十人ほど。
ガズリーが加わっても護衛側の戦力は五人しかいないため、数だけを見れば圧倒的に不利だった。
しかし、実力では護衛側が遥かに上だ。
特にライラとガズリーは、一人、また一人と野盗を戦闘不能にしていく。
それでも、ライラが禿頭の大男と戦い始めたことで戦線が崩れ、その隙を突いて三人の野盗が後方へ走り出した。
「後ろの護衛は小娘一人だ! あいつを殺して荷物を奪え!」
三人はサーシャしか見えていないらしく、下卑た笑いを浮かべている。
「……」
サーシャが静かに大剣を構えた。
「アサオたちは――私が守る!」
全身へ魔力を巡らせ、身体強化された脚で一気に踏み込む。
そのまま巨大な剣を振り下ろした。
ドンッ!
刃が地面を叩き、土と小石が弾け飛ぶ。
その凄まじい威力に三人の野盗が思わず足を止めると、サーシャはその一瞬を見逃さなかった。
最も近くにいた男との距離を瞬時に詰め、相手が剣を振り上げるより早く、大剣の柄を腹へ叩き込む。
「ぐぼっ!」
男が腹を押さえて崩れ落ちる。
残った二人が左右から同時に迫るが、サーシャは自分の背丈ほどもある大剣を軽々と振り回し、二本の武器をまとめて弾き返した。
◇ ◇ ◇
「すごい……」
朝雄は馬車から、サーシャの戦いを見つめていた。
村での模擬戦では、朝雄はサーシャやガズリーに勝っている。
だが今なら分かる。
あの時の二人は、朝雄が魔法を使えない条件に合わせ、身体強化を使わず戦っていたのだ。
魔力で身体能力を高め、大剣の重さすら感じさせない速度で戦う今のサーシャこそ、本来の姿なのだろう。
『今の僕じゃ、まだ勝てないな……』
身体強化の制御を覚え始めたとはいえ、まだ少し出力を間違えただけで川へ突っ込んだり、木を倒したりする程度の技量しかない。
制御された身体強化を自在に使うサーシャとの間には、明確な差があった。
そんなことを考えている間にも、二人目の野盗が倒された。
残る一人は明らかに動揺しているが、サーシャにはまだ十分な余裕がある。
勝負はもう決まった。
朝雄も、そう思った。
だからこそ。
それが目に入ったのは、本当に偶然だった。
「……え?」
サーシャから斜め後方、十メートルほど離れた木々の間に、一人の男が弓を構えている。
その矢の先には。
サーシャがいた。
「サーシャ!」
朝雄が馬車から飛び出したのと、矢が放たれたのはほとんど同時だった。
◇ ◇ ◇
考える時間などなかった。
身体の中にある魔力を脚へ流し、一気に地面を蹴る。
身体強化の出力など考えていない。
ただ、間に合わなければサーシャに矢が当たる。
それだけだった。
「――っ!」
一瞬で距離を詰め、サーシャと矢の間へ自分の身体を滑り込ませる。
ドスッ。
右肩に、今まで経験したことのない衝撃が走った。
「……っ!」
何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
それから。
「っ……あ……!」
焼けるような激痛が襲ってきた。
◇ ◇ ◇
目の前にいた最後の野盗を打ち倒したサーシャは、背後から聞こえた鈍い音に振り返った。
そこにいたのは、自分よりも小さな朝雄だった。
両手を広げ、まるで自分を守るように立っている。
その右肩から。
一本の矢が突き出していた。
矢は肩を完全に貫通し、背中側へ飛び出した鏃から血が滴り落ちている。
「……アサオ?」
サーシャは動けなかった。
「アサオさん!」
アリアの叫び声でようやく我に返り、朝雄の向こうへ視線を向ける。
弓を持った男が、すでに次の矢へ手を伸ばしていた。
「……っ!」
サーシャの表情が変わる。
全身へ限界まで魔力を流し込み、地面を蹴った瞬間、その姿が消えたようにすら見えた。
弓の男が顔を上げた時には、すでにサーシャが目の前にいる。
「貴様ぁぁぁぁぁっ!」
男が状況を理解するより早く、大剣が振り抜かれた。
◇ ◇ ◇
『ちっ……厄介だな』
ライラは野盗の頭領と剣を交えながら、内心で舌打ちしていた。
殺すだけなら難しい相手ではない。
だが、この男はできれば生かして捕らえたかった。
これまでどれだけの罪を犯したのか。他に仲間が残っていないか。どこかに奪った品を隠していないか。
可能な限り聞き出してから、法によって裁くべきだと考えていた。
とはいえ、自分を殺そうとしてくる相手を生かしたまま制圧するのは、実力差があっても手間がかかる。しかも、この頭領は野盗にしてはかなり腕が立った。
『三人、後ろへ抜けたな』
視界の端で、野盗が朝雄たちの馬車へ向かったのは確認している。
だが、向こうにはサーシャが残っていた。
まだ若いとはいえ、精鋭揃いと聞くガルドール魔王国の騎士団。その隊長を務める少女だ。
三人程度なら問題ない。
『……それでも心配だけどな』
早く朝雄の無事を確認したい。
いっそ目の前の男をさっさと倒して――。
そう考えた瞬間。
ライラの視界に、弓を構える男が映った。
狙っているのはサーシャ。
「避け――!」
叫ぶより先に矢が放たれ。
突然現れた小さな人影が、サーシャの前へ飛び込んだ。
「……」
矢が、その身体へ突き刺さる。
両手を広げてもまだ小さく。
華奢で。
見間違えるはずなどない。
「……アサオくん?」
その身体が、ゆっくり崩れ落ちた。
「殺し合いの最中によそ見とは、馬鹿な奴だぜ!」
好機と見た頭領が、大剣をライラへ叩きつける。
だが。
そこにライラはいなかった。
「……へ?」
男の口から間の抜けた声が漏れた次の瞬間。
その首が宙を舞った。
「アサオくん!」
ライラはもう、倒れる男など見ていなかった。
全力で身体強化を使い、朝雄のいる後方へ走り出す。
「邪魔だ!」
進路を塞いだ野盗へ容赦する余裕はなかった。
野盗の頭領が倒れたことで戦意を失った者たちは、次々と武器を捨てるか、ガズリーたちに倒されていった。
「こっちは何とかなりそうだな……」
ガズリーが剣についた血を払いながら後方を見ると、ものすごい勢いで走り去ったライラの姿が見えた。
「ライラのあの様子……後ろで何かあったのか?」
野盗の拘束を残った冒険者たちへ任せ、ガズリーも急いで後方へ向かった。
◇ ◇ ◇
「アサオさん!」
馬車から飛び降りたアリアが駆け寄った時、朝雄の身体がふらりと揺れ、そのまま力を失ったように地面へ崩れ落ちた。
「アサオさん!」
初めて経験する激痛とショックに、意識を失ったらしい。
アリアはすぐに朝雄の傍へ膝をつき、怪我の状態を確認する。
矢は右肩を貫通しており、背中側から鏃が完全に抜けていた。
「早く抜いて治療を――」
「待て! そのまま抜くな!」
焦った声が響く。
「ライラさん!」
息を切らしたライラが駆け寄ってきた。
「でも、早く治療しないと!」
「分かってる。だからこそ焦るな」
ライラは朝雄の肩を確認すると、腰からナイフを抜いた。
「鏃には返しがある。このまま入ってきた方向へ引き抜けば、傷口をさらに広げる可能性がある」
「……!」
「羽根側の矢柄を切って、鏃が出ている側へ抜く。抜いた瞬間に出血が増えるから、すぐ治癒魔法を使ってくれ」
「分かりました!」
アリアが大きく頷く。
ライラは矢が動かないよう慎重に押さえ、羽根側の矢柄をナイフで短く切り落とした。
「ごめんね、アサオくん。少し痛むぞ」
意識のない朝雄へ声を掛けると、残った矢を慎重に鏃側へ押し出して抜く。
「ん……っ」
朝雄が苦しそうに小さく呻いた。
矢が抜けると同時に、血が溢れ始める。
「アリア!」
「はい!」
すでに準備していたアリアが、両手を傷口へかざす。
淡い光が朝雄の肩を包み込み、開いていた傷が塞がっていった。
流れ出た血そのものを治癒魔法で戻すことはできないが、幸い処置が早かったため、失血量はそれほど多くない。
傷が完全に塞がった後も、アリアはしばらく魔法を使い続けた。
ほんの僅かな傷すら残したくない。
そんな気持ちが伝わってくるほど、真剣な表情だった。
◇ ◇ ◇
治療は終わり、朝雄の命に危険はない。
だが。
サーシャは少し離れた場所に立ち尽くしたまま、一言も発しなかった。
もし、あの矢が少しずれていたら。
肩ではなく、胸や首に当たっていたら。
どれだけ優れた治癒魔法でも、即死してしまえば助けることはできない。
朝雄が、自分の身代わりになって怪我をした。
その事実だけで、サーシャには耐え難かった。
◇ ◇ ◇
少し遅れて到着したガズリーは、地面に横たわる朝雄を見て表情を変えた。
だが、すでに治療は終わり、命にも別状がないと聞いて安堵する。
そして。
少し離れたところで立ち尽くしているサーシャへ目を向けた。
『……またアサオが隊長を庇って怪我をした、と』
状況を見ただけで、大体のことは察した。
ガズリーはサーシャの傍まで歩いていく。
どう声を掛けたものか考えているうちに、先にサーシャが口を開いた。
「アサオは……私を助けてくれた。でも、そのせいで矢を受けた。私が油断してたから……私のせいで怪我をしたんだ」
声が震えている。
「アサオが目を覚ましたら、私は……どんな顔をして会えばいいんだ……」
ガズリーは小さく息を吐いた。
サーシャとは長い付き合いになるが、ここまで取り乱している姿を見るのは初めてだった。
「どうしよう、ガズリー……ねえ……私はどうしたらいい?」
縋るように見上げるその姿は、いつも明るく振る舞うサーシャでも、騎士団の隊長として気を張るサーシャでもない。
ただの一人の十五歳の少女だった。
「隊長。アサオが目を覚ましたら、何て言うと思います?」
「……」
サーシャは少し考え込んだ。
「それは……『油断するな』とか……『サーシャのせいで怪我した』とか……『サーシャなんて嫌いだ』とか……」
「うぅ……」
自分で想像し、自分でさらに落ち込んだ。
「……」
ガズリーは無言で右手を上げた。
ゴンッ。
「へぶっ!?」
サーシャの頭へ、強めの手刀を落とした。
「な、何をするんだ!」
頭を押さえ、涙目で抗議する。
少なくとも先ほどよりは、いつものサーシャに近づいた。
「少しは元気が出ました?」
「うん?」
「アサオが目を覚ましたら、ちゃんと礼を言えばいいんですよ。『助けてくれてありがとう』って」
「でも……」
まだ不安は消えていないようだった。
だが。
朝雄が目覚めた時に何を言うかについてだけは、ガズリーにはかなりの自信があった。
「多分、アサオはこう言いますよ」
「……?」
「『サーシャが無事で良かった』ってね。あの人たらしな笑顔付きで」
「人たらし……」
「ええ。本人はまったく自覚してませんけど」
そこまで言われ、サーシャはほんの少しだけ笑った。
「本当に……そう言ってくれるだろうか」
「賭けてもいいですよ」
ガズリーは笑う。
『そして多分、あれがトドメになるんだろうな……』
口には出さなかった。
◇ ◇ ◇
朝雄は荷馬車の中へ運ばれ、毛布の上に寝かされていた。
傍ではアリア、ルリア、サーシャの三人が心配そうに付き添っている。
馬車の中は狭いため、ライラとガズリーは外から朝雄の様子を見守っていた。
「昨日も話したが、アサオは誰かが危ないと、自分のことを後回しにする奴なんだ」
ガズリーは眠る朝雄を見ながら、静かに口を開いた。
「……今回も、か」
「ああ」
ライラは、先ほど朝雄がサーシャの前へ飛び込んだ瞬間を思い出す。
迷っている様子などなかった。
自分が矢を受けるかもしれないことも。
その矢が命に関わるかもしれないことも。
恐らく何も考えていなかった。
ただ、サーシャを助けることだけを考えていた。
「他人を大切にするのはいい」
ガズリーは小さく息を吐いた。
「でも、自分が死んだら悲しむ奴がいるってことも、そろそろ分かってもらわねえとな」
「……」
ライラは馬車の中へ目を向ける。
眠る朝雄の傍で。
サーシャ、アリア、ルリアの三人が、今も心配そうにその顔を覗き込んでいる。
「……なるほどな」
ライラは静かに頷いた。
「本当に、放っておけない奴だ」
「ああ」
ガズリーも苦笑した。
◇ ◇ ◇
「ん……」
小さな声が聞こえた。
朝雄が僅かに身動きし、ゆっくりと目を開ける。
「アサオさん!」
「お兄ちゃん!」
「アサオ!」
三人が一斉に朝雄へ詰め寄った。
「……あれ?」
朝雄は少しぼんやりした顔で周囲を見た後、自分の右肩へ手を当てる。
「確か……肩に矢が刺さったと思ったんだけど」
痛みはない。
傷もない。
「ああ。アリアが治してくれたんだね」
「はい……」
「ありがとう、アリア」
朝雄が笑う。
「……っ」
アリアは頬を赤くし、そっと顔を伏せた。
本当なら。
『危ないことはしないって言ったじゃないですか!』
そう叱るつもりだった。
だが、目を覚ました朝雄の笑顔を見た瞬間、全部どこかへ飛んでしまった。
「お兄ちゃん!」
今度はルリアが涙目で朝雄へ迫る。
「すっごく心配したんだよ!」
「ごめんね。もう大丈夫だから」
朝雄は素直に謝り、優しくルリアの頭を撫でた。
「……むぅ」
ルリアはまだ怒りたいようだったが。
頭を撫でられているうちに、だんだん嬉しそうな顔になってしまった。
最後に残ったサーシャは、なかなか声を掛けられない。
「ア、アサオ……」
「サーシャ?」
怯えるような声で呼ばれ、朝雄はサーシャを見る。
怪我はない。
そのことを確認すると。
満面の笑顔を浮かべた。
「サーシャが無事で良かった!」
「……」
少し離れた場所から見ていたガズリーが、額を押さえた。
『ほらな』
予想通りだった。
「……うん」
サーシャは目に涙を溜めながら、何とか笑顔を作った。
「アサオのおかげだ。助けてくれて……ありがとう、アサオ……」
そこまでが限界だった。
涙が、ぽろぽろと零れ始める。
「えっ!? サ、サーシャ!?」
突然泣き出したサーシャを見て、朝雄が慌て始めた。
「どこか痛いの!? やっぱり怪我して――」
「違う……違うんだ……」
「じゃあ、どうして!?」
どうすればいいのか分からず、ただオロオロする朝雄。
そんな二人を、アリアとルリア、ガズリー、そしてライラが、それぞれ優しい笑顔で眺めていた。
「まったく」
ガズリーが苦笑する。
「アサオは本当に放っておけないな。色んな意味で」
「ああ」
隣にいたライラも、大きく頷いた。
「本当に……放っておけないな」
「……」
声に妙に感情が籠もっていた。
ガズリーが横を見ると、そこには頬を赤く染め、少し潤んだ瞳で朝雄を見つめているライラがいる。
「……」
ガズリーは。
今日一番の大きな溜息を吐いた。
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