↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に転移しても、姉からは逃げられない!【改訂版】  作者: yoko


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/58

036 チュカンの街

 スロウ村を出てから、ひたすら街道を西へ歩き続けること七日。


 ようやく朝雄たちの視界に、目的地であるチュカンの街が見えてきた。


「あれが、チュカンの街……」


 朝雄は思わず足を止め、目の前に広がる光景を見つめた。


 道中にも小さな村や集落はいくつかあったが、どこもスロウ村より小さいか、せいぜい同程度の規模だった。


 だが、チュカンはまったく違う。


 五メートルほどの高さがある防壁が街全体を囲み、大きな入口には立派な門が設けられている。その前には、槍を持った衛兵らしき者まで立っていた。


『すごい……本当に異世界の街だ』


 朝雄の好きな異世界もののWEB小説に登場する街を、そのまま現実にしたような光景だった。


 朝雄が目を輝かせていると、その隣でもルリアがまったく同じ顔をしている。


「お姉ちゃん、早く行こう!」


「アリア、行こう!」


「はいはい。二人とも、そんなに引っ張らないでください」


 朝雄とルリアに両側から手を引かれ、アリアが苦笑しながら歩き出す。


 その姿は、興奮する二人の子供に振り回される母親のようだった。


 サーシャも思わず笑みを浮かべながら、三人の後を追う。


 だが。


 最後尾にいたガズリーだけは、少し考え込むように朝雄の背中を見ていた。


『ルリアがあの反応なのは分かるが……アサオまでか?』


 村から外へ出た経験のないルリアが、大きな街を見て興奮するのは理解できる。


 しかし朝雄まで、まるで街そのものを見るのが初めてのような反応をしている。


 もし朝雄がサザーラント王国から普通に街道を通ってスロウ村へ来たのなら、このチュカンを通らずに辿り着くのは不自然だった。


 少なくとも、一度は似た規模の街を見たことがあるはずだ。


『やっぱり、こいつの話には分からねえことが多すぎるな……』


「ガズリーさんも、早く行きましょう!」


 少し先から朝雄が振り返り、笑顔で手を振っている。


「……」


 ガズリーは一瞬呆れたような顔をした後、小さく笑った。


『まあ、悪意があるようには見えねえんだよな』


 王都で騎士をしていれば、腹に何かを抱えている人間と接する機会も多い。だからこそ、人を見る目にはそれなりの自信があった。


 朝雄には謎が多い。


 だが少なくとも、こちらへ害をなそうとしているようには感じない。


「ま、そのうち分かるだろ」


 ガズリーはそう呟くと、少し急ぎ足で四人の後を追った。


     ◇ ◇ ◇


 五人が門へ到着すると、衛兵は少し怪訝そうな表情で一行を見た。


「三人はちょっとここで待っていてくれ」


 ガズリーに言われ、朝雄、アリア、ルリアは少し離れた場所で待つことになった。


 サーシャとガズリーが衛兵のところへ向かう。


 その瞬間、朝雄はサーシャの雰囲気が変わったことに気づいた。


 この七日間ですっかり見慣れた、少し子供っぽいところもある普段のサーシャではない。


 スロウ村で最初に会った時と同じ、騎士団の隊長としての顔になっていた。


「何を話してるんだろ?」


「街に入るための手続きだと思いますよ」


 アリアが答える。


 しばらく話していると、ガズリーが懐から何かを取り出し、衛兵へ見せた。


「……え?」


 次の瞬間。


 衛兵が飛び上がるように姿勢を正したかと思うと、ほとんど土下座する勢いで頭を下げた。


 しかも。


 朝雄には、その相手がガズリーではなくサーシャのように見えた。


「……?」


 サーシャは明らかに慌てている。


 急いで衛兵を立たせると、何か言い含めるように話しかけた。衛兵は首が折れるのではないかと心配になるほど、何度も勢いよく頷いている。


 少しして。


「これで街に入れるぞ。行こう」


 戻ってきたサーシャは、何故か少し疲れた顔をしていた。


 五人が門をくぐる間、先ほどの衛兵は直立不動のまま一言も発しなかった。


「ねえ、サーシャ」


「な、なんだ?」


「あの衛兵の人と何を話してたの?」


「……!」


 サーシャが分かりやすく身体を強張らせる。


「あー、それはだな」


 すかさずガズリーが会話へ割り込んだ。


「こういう大きな街に入る時は、身分を証明する物が必要になることが多いんだ。アサオは何も持ってないだろ?」


「あ……はい」


「アリアとルリアはスロウ村の住人だと証明できる物を持ってるが、お前にはない。だから俺と隊長が身元を保証するって話をしてたんだよ」


「そうだったんですね」


 朝雄は旅の途中で、自分にはこちらの世界で使える身分証がないことを聞いていた。


 どうやら二人が保証人のような役目をしてくれたらしい。


「僕のせいで面倒をかけて、すみません」


 朝雄が素直に頭を下げる。


「気にするな!」


 サーシャは何故か少し居心地悪そうに答えた。


「でも、あの衛兵の人、ものすごく緊張してたみたいだけど……」


「……!」


 再びサーシャが固まる。


「あー……実はな」


 またもガズリーが助け船を出した。


「三人には話してなかったが、隊長は貴族の出なんだよ。それで衛兵が必要以上に緊張したんだろう」


「ああ、そうなんですね」


 朝雄はあっさり納得した。


 最初に会った時から、サーシャの立ち振る舞いや話し方を見て、平民ではないだろうとは何となく感じていた。


「貴族って、やっぱり偉いんだね」


「あ、ああ……そうだな」


 ガズリーは何とも歯切れの悪い返事をする。


 一方のサーシャは、露骨にほっとした顔をしていた。


『……また一つ謎が増えたな』


 朝雄を人族の貴族か、それに近い身分ではないかと疑っているガズリーとしては、今の反応にも引っかかるものがあった。


 だが、このままでは余計な話に発展しかねない。


 今は話題を変える方を優先することにした。


「今日はこのまま宿を取る。明日は王都までに必要な食料や道具を買い足して、出発は明後日の予定だ」


「分かりました」


「買い出しは俺と隊長で済ませるから、アサオたちは街を見て回ってこい」


「え?」


 朝雄は少し驚く。


「買い出しを二人に任せて遊んでるなんて悪いですよ。僕たちも手伝います」


「いや、買い出しなんて二人いれば十分だ」


 ガズリーは首を横へ振った。


「慣れない旅を七日も続けたんだ。身体だけじゃなく、精神的にも疲れが溜まってるだろうから、ここで少し羽を伸ばしておけ」


「でも……」


「これは命令だ」


「……はい」


 言葉こそ命令だったが、三人を気遣ってくれているのは明らかだった。


 朝雄は素直に頭を下げる。


「ありがとうございます、ガズリーさん」


「おう。しっかり楽しんでこい」


     ◇ ◇ ◇


 その日は、高級すぎず貧相でもない、ごく普通の宿を取ることになった。


 久しぶりに椅子へ座って食堂で温かい食事を取り、柔らかいベッドで眠れたおかげか、翌朝は驚くほど目覚めが良かった。


 相変わらず、眠るとあの銀髪の女性が現れる白い夢を見る。


 だが特に大きな変化もなく、毎晩のように見るせいで、朝雄自身も以前ほど深く考えなくなっていた。


     ◇ ◇ ◇


 朝食を済ませると、宿の前でサーシャとガズリーの二人と別れた。


「夕方までには宿へ戻れよ」


「はい!」


「危ない場所には近づかないこと!」


「分かってるよ、サーシャ」


「本当だろうな……」


 サーシャは妙に心配そうだったが、ガズリーに連れられて買い出しへ向かっていった。


 朝雄たち三人は、アリアの案内で街を見て回ることになった。


 初めて見る大きな街に、朝雄とルリアは朝から少し興奮気味だ。


 朝雄の腰には一本の木剣が下げられている。


 これは旅の途中、ガズリーから借りた片手剣を壊してしまった後、護身用として渡してもらった物だった。


 何故、真剣ではなく木剣なのか。


 理由は単純である。


 身体強化の次の段階として、武器に魔力を流して強化する練習をした際、朝雄はガズリーから借りた片手剣を一本壊してしまったのだ。


 その時のことを思い出し、朝雄は少し遠い目になる。


『あれは本当に悪いことしたな……』


 ガズリー曰く、


『お前の腕なら、街のチンピラくらい木剣でも十分だ』


 とのことだった。


「では、行きましょうか」


「はい!」


「行こう、お姉ちゃん!」


 アリアを先頭に、三人は街へ繰り出した。


     ◇ ◇ ◇


 チュカンの街は、朝雄が想像していたファンタジー世界の街そのものだった。


 石を敷き詰めて均した道を何台もの馬車が行き交い、左右には石や木で造られた建物が並んでいる。


 朝雄の知識にある中世ヨーロッパの街並みによく似ており、大通りには多くの人が行き交い、そこかしこから商人たちの威勢のいい声が聞こえてきた。


「すごい……」


「人がいっぱい!」


 朝雄とルリアは忙しなく左右を見回す。


 アリアはそんな二人を見ながら、苦笑して注意した。


「この街は比較的治安がいい方ですけど、大通りから外れて細い道へ入ると物騒な場所もあります。絶対に一人で勝手に歩いてはいけませんよ」


「「はーい」」


 二人は辺りを見回したまま、ぴったり声を揃えて返事をした。


「……ちゃんと聞いていますか?」


「聞いてるよ」


「聞いてるー!」


 返事だけはいい。


 アリアは思わず笑ってしまった。


     ◇ ◇ ◇


 大通り沿いに店を覗きながら歩き、街の中心部近くまで来た頃。


「ねえ、アリア。あの建物は何?」


 朝雄が指さしたのは、白い壁をした三階建ての大きな建物だった。


 入口には様々な装備を身につけた男女が出入りしている。


「あれは確か、冒険者ギルドですね」


「冒険者ギルド!」


「えっ?」


 朝雄が突然、目を輝かせながらアリアへ詰め寄った。


「冒険者ギルドって、本当にあるんだ!」


「え、ええ……」


 あまりの勢いに、アリアが僅かに身を引く。


「冒険者というのは、野生動物や魔物の討伐、素材の採集、商人の護衛など、様々な依頼を報酬と引き換えに請け負う職業です」


「やっぱりそうなんだ……」


 朝雄は再び建物へ視線を戻し、感動したように呟いている。


「アサオさんは、冒険者に興味があるんですか?」


「うん。興味っていうより、憧れに近いかも」


「憧れ……ですか?」


「話には聞いてたけど、本物を見るのは初めてだから」


 異世界ものの物語に頻繁に登場する冒険者と、その活動拠点となる冒険者ギルド。


 朝雄にとっては、まさに憧れの存在だった。


「ちょっと中を見てみたいんだけど……駄目かな?」


 朝雄がそう頼むと、アリアは僅かに表情を曇らせた。


「……」


 アリアは以前、この街の学校へ通っていた。魔法の才能があると分かり、その勉強をするためだ。


 卒業が近づいた頃、同じ時期に学んでいた者の何割かは冒険者になったという。だが、その多くが一年もしないうちに死亡したか、行方不明になったという噂を後から耳にした。


 世間一般でも、冒険者は危険な職業だと認識されている。


 それは決して間違いではない。


『もしアサオさんが冒険者になりたいなんて言ったら、絶対に止めます』


 そう心に決めながらも。


 見るだけなら、朝雄の希望を叶えてあげたい気持ちもあった。


「見るだけなら……」


「ありがとう!」


「うわー、私も見てみたい!」


 ルリアまで楽しそうに声を上げる。


 アリアは。


 早くも少し嫌な予感がしていた。


     ◇ ◇ ◇


 朝雄は少し緊張した面持ちで、冒険者ギルド入口の大きな扉へ手を掛けた。


 ギィッ。


 扉を押し開けると、取り付けられたベルがカランと鳴る。


「……おお」


 中へ入った瞬間、朝雄は感動したように足を止めた。


 奥には長いカウンターがあり、制服らしき服を着た女性職員が何人か座っている。


 左奥には大きな掲示板があり、その前では数人の冒険者が、貼り出された紙を真剣な表情で眺めていた。


 入口近くには丸いテーブルがいくつも並べられており、まだ昼前だというのに木製のジョッキを片手に酒を飲み、大声で笑っている冒険者らしき男たちもいる。


「ここが……夢にまで見た冒険者ギルド……」


 異世界ものが大好きな朝雄は、完全に目を奪われていた。


 一方。


 アリアとルリアは、想像以上の喧騒と少々荒っぽい雰囲気に軽く引いている。


 だからだろう。


 ふらふらと吸い寄せられるように、朝雄が一人で奥へ歩いていくのをアリアは一瞬見逃してしまった。


「なんでこんなところにガキがいるんだ!」


 突然。


 野太い怒鳴り声が響いた。


 朝雄が振り返る。


 そこにいたのは、大柄な冒険者風の男だった。


 頭は剃っているのか髪はなく、背中には身体に似合う大きな剣を背負っている。顔は赤く、少し酔っているようだった。


「……!」


 朝雄の目が輝いた。


『来た!』


 異世界へ転移した主人公が。


 冒険者ギルドへ行き。


 荒くれ者に絡まれる。


『お約束のイベントだ!』


 朝雄は妙に感動していた。


 一方。


 アリアの顔からは一気に血の気が引いた。


「ア、アサオさん!」


 絡まれているにもかかわらず、何故か目を輝かせている朝雄の態度が気に入らなかったのだろう。


 男の顔が険しくなり、背中の大剣へ手を掛ける。


「すみません! すぐに連れ出しますから!」


 アリアは慌てて走り寄り、朝雄と男の間へ割って入った。


 すると。


 先ほどまで怒りを露わにしていた男の表情が、分かりやすいほど緩んだ。


「へえ……随分綺麗な姉ちゃんじゃねえか」


「……」


「姉ちゃんが代わりに詫び入れてくれるってんなら、許してやってもいいぜぇ」


 男は下卑た笑みを浮かべ、アリアの身体を舐め回すように眺めた。


「……っ」


 アリアの顔が青ざめ、身体が僅かに震え始める。


 男が嫌らしい笑みを浮かべながら、アリアへ手を伸ばした。


 その手の前に。


 すっと。


 一本の木剣が突き出された。


「アリアに触るな」


「……」


 先ほどまで目を輝かせていた朝雄の表情は消えていた。


 木剣を抜き、真剣な目で男を睨んでいる。


「けっ、ガキが」


 男は鼻で笑った。


「そんなオモチャで、何言ってやがる!」


 背中の大剣を引き抜き、朝雄へ向ける。


 朝雄はアリアの前へ出ると、木剣を両手で持ち、身体の正面に構えた。


 その瞬間。


 木剣が僅かに青白い光を帯びる。


「アサオさん、駄目です!」


「……っ!」


 アリアの叫びで、朝雄は我に返った。


『まずい!』


 無意識のうちに、木剣へ魔力を流していた。


     ◇ ◇ ◇


 それは旅の途中、身体強化の次の訓練として、武器へ魔力を流して強化する練習をした時のことだった。


 ガズリーから片手剣を借り、魔力を流した状態で細い木を試し斬りした。


 スパンッ。


 剣は何の抵抗もなく木を両断した。


「おお!」


 朝雄が感動した直後。


 ズズズズズ……。


「……ん?」


 切った木の後ろにあった。


 遥かに太い大木まで。


 綺麗に真っ二つになっていた。


「アサオォォォ!」


「サーシャ、逃げて!」


 倒れてきた大木の下敷きになりかけたサーシャに、その後ひどく怒られた。


 さらに。


 魔力を止めた直後。


 パキン。


「……あ」


 ガズリーから借りていた片手剣まで。


 朝雄の魔力に耐えきれなかったのか、粉々に砕けてしまった。


「……」


「……」


「……」


「ごめんなさい」


 それ以降。


 武器強化の魔法も、勝手に使用することは禁止された。


『人に向けて使ったら、その大木みたいになるぞ』


 ガズリーには真顔でそう言われている。


     ◇ ◇ ◇


『危なかった……』


 朝雄は慌てて魔力を止める。


 だが今度は別の問題がある。


 自分が持っているのはただの木剣。


 相手は鉄製らしき大剣だ。


『普通に打ち合ったら、絶対に折れるよね……』


 かといって。


 アリアを見捨てるという選択肢はない。


 朝雄がどうすべきか迷った、その時だった。


「いい加減にしろ。見苦しいぞ」


「……!?」


 男が身体を硬直させる。


「女子供へ剣を向けるなど、冒険者の恥さらしめ」


 いつの間に現れたのか。


 男の背後には、一人の人物が立っていた。


 抜かれた剣の切っ先が。


 男の首筋へぴたりと当てられている。


「へ、へへ……じょ、冗談だって。本気にすんなよ……」


 男は青ざめ、額から大量の汗を流していた。


 だが。


 剣は下ろされない。


「私は、お前のような下品な男が嫌いだ」


 冷たい声と共に、僅かに剣へ力が入る。


 男の首筋から、一筋の血が流れた。


「お、俺が悪かった! 助けてくれ!」


 男が悲鳴を上げると、ようやく剣が下ろされた。


「失せろ」


「ひっ!」


 男は大剣を収める余裕すらない様子で、その場から逃げ出した。


 ギルドの扉が勢いよく開き。


 そのまま外へ消えていく。


「……」


 朝雄が呆然としていると。


 助けてくれた人物が、こちらへ歩いてきた。


「大丈夫かい? 怖い思いをさせてしまったね」


「……」


 相手は女性だった。


 軽くウェーブのかかったブロンドの髪を肩の辺りで切り揃え、瞳は鮮やかな緑色。


 背が高く、身体に沿うような曲線の多い鎧を身につけ、腰には先ほど使っていた剣を下げている。


『この人も冒険者なのかな?』


 朝雄がそんなことを考えながら黙って見ていると。


 女性の表情が曇った。


「もしかして……怖くて声が出なくなったのかな?」


「え?」


「かわいそうに……」


 女性は朝雄の前で少しかがむと、優しく頬へ手を添えた。


 そして。


「もう怖くないからね……」


「むぐっ!?」


 そのまま朝雄の頭を抱き寄せ。


 自分の胸へ押しつけた。


「……」


 頭まで撫でられて。


 朝雄もようやく我に返った。


「た、助けてくれてありがとうございます! もう大丈夫ですから!」


「そうかい?」


 女性は少し残念そうに朝雄を解放する。


「遠慮しなくてもいいんだよ?」


「だ、大丈夫です!」


 朝雄は一歩下がると、改めて深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


「あ、ありがとうございました」


 アリアも隣で一緒に頭を下げる。


 だが。


 何故か。


『……なんかアリア、怒ってない?』


 頭を下げているアリアから、妙な圧力を感じる。


 朝雄は理由が分からず、僅かに冷や汗を流した。


「私は冒険者のライラだ」


 女性――ライラが名乗る。


「冒険者も、あんな無頼者ばかりじゃないんだ。これで幻滅しないでほしい」


「はい」


 どうやらライラの目にも、朝雄は冒険者へ憧れる子供に見えたらしい。


「ライラさんみたいな立派な冒険者もいるって分かりましたから」


 朝雄が笑顔で答える。


「……!」


 今度はライラが一瞬固まった。


 頬が僅かに赤くなる。


「そ、そうか。それなら良かった」


 どこか満足そうに頷いた。


 その横では。


 アリアがじっとりとした目で朝雄を見ていた。


「僕はアサオといいます。こっちはアリアとルリアです」


 朝雄が自己紹介すると、アリアとルリアも軽く頭を下げる。


「アサオくん……か」


 ライラは何故か名前を確かめるように繰り返す。


「いい名前だ……」


「……」


 アリアは小さく溜息をついた。


「アサオさん。そろそろ戻りませんか?」


「あ、そうだね」


 朝雄はライラへ向き直る。


「ライラさん、僕たちはそろそろ行きます。助けてもらって、本当にありがとうございました」


「ああ。またな、アサオくん」


 朝雄は礼儀正しく一礼し、アリア、ルリアと一緒にギルドを出ていった。


 ライラは小さく手を振りながら三人を見送る。


 やがて入口の扉が閉じ。


 朝雄の姿が完全に見えなくなる。


「……可愛い」


 小さく零れた言葉は。


 先ほどの騒ぎから元の喧騒を取り戻したギルドの中で、誰にも聞かれることはなかった。


     ◇ ◇ ◇


 宿へ戻る途中。


 アリアは何度目か分からない大きな溜息をついた。


「アリア……」


「はい?」


「ごめんね。僕のせいで、変な騒ぎに巻き込んじゃって」


「え?」


 朝雄は、先ほどの出来事でアリアが怖い思いをしたせいだと思ったらしい。


 心配そうにこちらを見ている。


「い、いえ! アサオさんが謝ることではありませんよ!」


「でも、なんだか元気がないみたいだから……」


「……」


 アリアは一瞬黙り。


 すぐに、いつもの笑顔を作った。


「心配を掛けてすみません。ちょっと考え事をしていただけですから」


「そうなんだ」


 朝雄は安心したように笑う。


「良かった」


「……っ」


 その笑顔を真正面から受けたアリアの頬が、少し赤くなる。


 そして。


 朝雄に聞こえないほどの小声で呟いた。


「アサオさんの笑顔……もはや凶器ですね。このままだとライバルが増え続けそうです……」


「ん? 何か言った?」


「何でもありません」


 アリアはにっこり笑った。


 その隣では。


 何故かルリアが。


 うんうん、と何度も頷いていた。


     ◇ ◇ ◇


 宿へ戻ると、サーシャとガズリーはすでに買い物を終えて帰ってきていた。


 夕食の時間になり、全員で食堂の席に着く。


 朝雄は食事をしながら、今日街で見たものを楽しそうに話し始めた。


 露店。


 大きな店。


 馬車。


 知らない食べ物。


 そして冒険者ギルド。


 サーシャは微笑ましそうに聞いていたのだが。


「それで、酔っぱらった冒険者の人が僕に剣を向けて――」


「待て」


 サーシャの笑顔が消えた。


「今、なんと言った?」


「え?」


「お前に剣を向けた?」


「……はい」


 朝雄がそこから先の出来事まで説明する。


 話を最後まで聞き終えたサーシャは。


 無言で立ち上がった。


「ちょっと冒険者ギルドに行ってくる」


 そのまま自分の剣へ手を伸ばす。


「待ってください、隊長」


 ガズリーが即座に止めた。


「冒険者ギルドじゃ、酔った奴同士の揉め事なんて珍しくもないでしょう。全員怪我もなく帰ってきたんですから、今回はいいじゃないですか」


「しかし!」


 サーシャは納得できない様子で顔をしかめる。


「アサオに剣を向けるなど、許せん奴だ……」


 ぶつぶつ文句を言い続けている。


 朝雄は。


 少しだけ嬉しかった。


 心配してくれていることが分かったからだ。


「ところで、アサオ」


「はい?」


 ガズリーが真面目な表情で口を開く。


「お前たちを助けた冒険者は、ライラと名乗る女性剣士だったんだな?」


「はい。そうです」


「やっぱりそうか……」


 ガズリーは少し考える。


「最近、サザーラント王国からガルドール魔王国へ活動拠点を移した、人族の高ランク冒険者がいるって話を聞いてたんだ」


「高ランク?」


「ああ。しかも美人の女剣士だと聞いてたから、恐らくそのライラって冒険者だろう」


「へえ……」


 朝雄は感心した。


 確かに。


 あの酔っぱらった男を、ほとんど何もさせずに制圧していた。


 相当強い人なのだろう。


「それと、アサオ」


「はい」


 ガズリーの表情が一段真剣になる。


「冒険者ってのは、誰でもなれる代わりに命懸けの仕事だ。気の荒い連中も珍しくない」


「……」


「今日みたいなこともある。今後は、興味本位で一人で冒険者ギルドへ近づいたりするなよ」


「はい……」


 朝雄は素直に頷く。


 自分が迂闊だったことは理解していた。


 もしライラが現れなかったら。


 そして。


 もしアリアに止められず、武器強化を使っていたら。


 どうなっていたのか分からない。


「分かりました。気をつけます」


「よし」


 ガズリーも表情を緩める。


「明日は夜明けと同時に出発するからな。今日は早めに寝ろよ」


「はい!」


     ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 夜が明けると同時に宿を引き払い、朝雄たちはチュカンの街を後にした。


 ここから王都までは、およそ一週間の予定だ。


 再び西へ向かって街道を進む。


 ただ。


 スロウ村からチュカンまでの道とは、大きく違うところがあった。


「結構、人の行き来があるんだね」


 朝雄はすれ違う馬車を見送りながら呟く。


 今歩いている街道は、人の往来がかなり多い。同じ方向へ歩く旅人を追い越すこともあれば、逆に馬車に追い抜かれることもある。


 チュカンへ向かう商人や旅人とも、およそ一時間に一度くらいの間隔ですれ違っていた。


「チュカンは大きな街ですから」


 アリアが説明する。


「王都やサザーラント王国との国境付近を行き来する商人も多いんです。それに、この先はスロウ村より大きな村もいくつかありますから」


「そうだな」


 ガズリーも補足する。


「歩いてきたから分かると思うが、スロウ村からチュカンまでの間には、大きな街はほとんどなかっただろ?」


「はい」


「行商人もチュカンを拠点にして、王都や他の街と往復して商売する奴が多い。だからこっちの街道は人が多いのさ」


「なるほど……」


 朝雄が感心している横で。


 サーシャだけは難しい顔をしていた。


「ただし、人の往来が増えれば、それを狙った犯罪も増える」


「……」


「昨日街で情報を集めたところ、最近この先の街道で野盗が出ているらしい」


 朝雄、アリア、ルリアの表情が少し引き締まった。


「魔王国も街道の見回りはしていますが、領土すべてを常時監視することはできませんからね」


 アリアが静かに呟く。


「そういうことだ」


 ガズリーが頷いた。


「食うに困って盗賊になる奴もいれば、犯罪を犯して街にいられなくなった奴が集まることもある。どれだけ取り締まっても、完全にいなくするのは難しい」


「……」


「とはいえ、街に近い場所にはまず出てこない。今日はまだ心配しなくていいさ」


 少し重くなった空気を和らげるように、ガズリーが笑った。


「本格的に警戒するのは明日からだ」


「分かりました」


 朝雄、アリア、ルリアは揃って頷いた。


     ◇ ◇ ◇


 その日は何事もなく、予定していた野営地へ到着した。


 そして翌朝。


「……すごい」


 朝雄は、サーシャとガズリーを見て思わず呟いた。


 昨日まで旅用の軽装だった二人が。


 今日は鎧を着込み、完全武装になっている。


「そんな格好で一日歩けるの?」


 朝雄が心配して尋ねる。


「身体強化を使うから問題ない」


 サーシャは平然と答えた。


「騎士ならこの程度で音を上げてられねえよ」


 ガズリーも笑う。


『騎士って大変なんだな……』


 朝雄は素直に感心した。


     ◇ ◇ ◇


 そのまま一日街道を進み。


 夕方。


 日が落ちる少し前になって、予定していた野営地が見えてきた。


「あれ?」


 すでに何人か人がいる。


 どうやら別の一行が、先にそこで野営の準備をしているようだった。


 テントがいくつも立ち、二台の荷馬車も止められている。


「商隊みたいだな」


 ガズリーが呟く。


 野営地そのものは広いため、二つの集団が利用しても問題はない。


 朝雄たちは先客から少し離れた場所へ荷馬車を止め、いつも通り野営の準備を始めた。


     ◇ ◇ ◇


 夕食を取っていると。


 向こうの商隊から、一人の男が歩いてきた。


「お食事中に失礼いたします」


 中年の男性は、愛想のいい笑顔で軽く頭を下げる。


「同じ場所で野営するのも何かの縁ですので、ご挨拶をと思いまして。私はフレンダの街で商いをしております、ノリスと申します」


 ガズリーが立ち上がり、挨拶を返した。


「私はガルドール魔王国の騎士団に所属しているガズリー。こちらは同じくサーシャだ」


「おお! やはり騎士団の方でしたか!」


 ノリスの顔が一気に明るくなる。


「鎧を拝見して、もしやとは思っておりました。いや、私は運がいい!」


「……?」


 朝雄が首を傾げる。


 ノリスは少し困ったように笑った。


「実は私どもは、チュカンからフレンダの街へ向かっている途中なのですが、最近この辺りで野盗が出没しておりましてね」


「……」


「すでに、いくつかの商隊が被害に遭ったとも聞いています。そのため冒険者ギルドへ護衛を依頼したのですが……」


 ノリスはそこで大きく溜息をついた。


「六人募集したところ、集まったのは四人だけでして」


 朝雄が向こうを見る。


 荷馬車は二台。


 それを四人だけで守るとなると、確かに少し心細いように見えた。


「荷物の納期がありますので、これ以上待つこともできず、四人の護衛で出発したのですが……正直、この人数で守り切れるか不安だったのです」


「なるほど」


 ガズリーが腕を組む。


 ここまで聞けば。


 次に何を言われるのかは、朝雄にも何となく予想できた。


「そこでご相談なのですが」


 やはりノリスが続ける。


「よろしければ、この先の街まで我々と同行していただけませんでしょうか?」


「……」


「そちらにもお子さん方がおられるようですし、万が一野盗に襲われた場合、人数が多い方がお互いに安全かと思いまして」


 ガズリーはすぐには答えず、少し考え込んだ。


 朝雄は小声でサーシャへ尋ねる。


「この先の街って、どこ?」


「ここから二日ほど先にある街だ」


 サーシャも小声で答える。


「そこから北へ進めば、サザーラント王国との国境都市フレンダ。私たちが向かう王都は、その街からさらに西だ」


「じゃあ、途中までは同じ道なんだ」


「ああ。それに野盗が出ていると噂されているのも、ちょうど次の街までの区間だ」


 それなら、ノリスたちが同行を望む理由も理解できる。


 一方。


 朝雄たちにとっても悪い話ではない。


 実際に野盗と戦闘になった場合。


 確実な戦力として数えられるのは、サーシャとガズリーの二人だ。


 朝雄も剣術の腕だけなら、二人とある程度打ち合える。


 だが。


『相手は人間なんだよな……』


 狼や魔物とは違う。


 野盗とはいえ。


 同じ人間を相手に。


 命を奪う覚悟で戦えるのか。


「……」


 朝雄には、まだ分からなかった。


「分かった」


 しばらく考えていたガズリーが口を開いた。


「こっちにとっても悪い話じゃない。次の街まで一緒に行こう」


「おお! ありがとうございます!」


 ノリスは満面の笑みを浮かべ、ガズリーと握手を交わした。


     ◇ ◇ ◇


 食事を終えた後。


 顔合わせと、明日以降の打ち合わせをするため、五人で商隊側の野営場所へ向かった。


 向こうはノリス。


 二台の荷馬車に、それぞれ一人ずつ御者。


 そして護衛の冒険者が四人。


 合計七人だった。


 ガズリーが護衛の冒険者たちへ向かう。


 すると。


 向こうからも、リーダーらしき人物が歩いてきた。


「……あれ?」


 朝雄は首を傾げた。


 見覚えがある。


「あれ? ライラさん?」


 名前を呼ばれ。


 相手もこちらを見る。


「……!」


 そして。


 見る見るうちに表情が明るくなった。


「アサオくんじゃないか!」


 そこにいたのは。


 チュカンの冒険者ギルドで、朝雄たちを助けてくれた女性剣士。


 ライラだった。


宜しければ評価をいただけると励みになります。


次話は19:00に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。