034 桜サイド 捜索に出発
「では、そろそろ部屋へ戻って休みましょう」
ようやく全員が落ち着いた頃、ターニャがそう促した。
研究室を出ると、窓の外はすでに薄明るくなっている。朝雄を助けるための術式を準備してから、ずいぶん長い時間が経っていたらしい。
「桜ちゃんと梅ちゃんは、今日は訓練を休んでゆっくりしていてね。たぶん、自分たちで思っている以上に疲れてるはずだから」
エミリーに言われ、桜と梅は素直に頷いた。
確かに身体が少し重い。
眠気だけではなく、朝雄の意識へ接触した魔法の影響も残っているのだろう。
「エミリー、それはあなたも同じです。今日は一日ゆっくり休みなさい」
「分かってるよ。さすがに今日は、もう何もできそうにないしねぇ……」
珍しく、エミリーも反論せずに頷く。
スミレも初めての徹夜が相当堪えたらしく、半分目を閉じたまま、今にも寝落ちしそうな様子でふらふらしていた。
桜たちの部屋の前で一旦別れると、二人はそのままベッドへ向かい、着替えるのもそこそこに布団へ潜り込んだ。
「朝雄ちゃんを助けることができて、本当に良かったね」
「ええ、そうね……でも……」
桜は途中まで言いかけ、そこで言葉を止めた。
梅も何も聞かなかった。
二人とも。
同じことを考えていたからだ。
今回は助けることができた。
では。
次も間に合うとは限らない。
そんな不安を抱えたまま、それでも限界だった二人は、すぐに眠りへ落ちていった。
◇ ◇ ◇
ターニャに付き添われて自室へ戻ったエミリーは、眠そうなスミレを先にベッドへ寝かせると、自分もその隣へ身体を滑り込ませた。
「今日はちゃんと休むのですよ。起きたら食事を用意しますから、何かありましたらベルを鳴らしてください」
ターニャはテーブルの上に置かれた小さなベルへ視線を向ける。
彼女の部屋はエミリー親子の隣にあり、用事がある時はそのベルで知らせることになっていた。
「分かってるよ。ターニャも疲れたでしょ? ちゃんと休んでね」
「そうさせていただきます」
ターニャが一礼して部屋を出ていく。
扉が閉まると、エミリーはベッドに横になったまま難しい表情を浮かべた。
「今回は朝雄を助けることができた……でも……」
独り言のように呟き、そのまま考え込む。
しかし、頭の中で何かを整理するより先に、瞼がどんどん重くなっていった。
「もう限界……起きてから考えよ……」
最後まで言い切ることもできず。
エミリーも深い眠りへ落ちた。
◇ ◇ ◇
桜が目を覚ました時には、すでに昼を過ぎていた。
身体を起こし、まだ眠っている梅を起こさないよう、そっとベッドから抜け出す。近くのテーブルまで移動すると椅子へ腰掛け、そのまま何かを考え込んでいた。
少し遅れて梅も目を覚ます。
隣に桜がいないことに気づき、横になったまま部屋を見回すと、すぐにテーブルで難しい顔をしている桜を見つけた。
しばらく見つめていると、視線に気づいた桜が顔を上げる。
「おはよう、梅ちゃん」
「おはよう、桜ちゃん」
梅もベッドから起き出し、桜の隣へ座った。
「なんだか難しい顔してたね。朝雄ちゃんのこと?」
「……やっぱり分かる?」
「桜ちゃんがそんな顔する時って、大体朝雄ちゃんのことだからね」
「……」
否定できない。
桜は小さく息を吐いた。
「昨日は朝雄を助けることができた。でも、また同じことが起こらないとは限らないでしょう?」
「うん」
梅の表情からも笑みが消える。
「私も、それは考えてた」
「朝雄は、もう魔法を使っていると思うの」
「私もそう思う」
梅は迷わず頷いた。
「あの事故の時も、たぶん朝雄ちゃんは何かの力を使ってた。それに、こっちの世界は日本より魔法が使いやすいんだよね」
「ええ。それに朝雄はエミリーさんの息子なんだから、少なくとも私たちより魔法の素質が高い可能性はあるわ」
桜はそこで一度言葉を切る。
「私たちには、ターニャさんやセイラさんみたいに魔法の危険性を教えてくれる人がいる。でも朝雄の傍に、同じような人がいるとは限らないでしょう?」
「魔法使い自体、そんなに多くないって言ってたもんね」
「そうなの」
桜の眉間に再び皺が寄る。
「今回だって、何が原因であんな状態になったのか私たちには分からない。もし朝雄が魔法の危険性を知らないまま使ってるんだとしたら……」
その先は言葉にできなかった。
梅はそんな桜をしばらく見つめた後、少しだけ笑う。
「それで、桜ちゃんはどうしたいの?」
「……」
桜は目を閉じた。
答えは。
とっくに決まっている。
「もう、じっと待ってるなんて無理」
目を開ける。
「私は朝雄を探しに行くわ」
その言葉を聞いた梅の笑みが深くなった。
「うん。桜ちゃんなら、そう言うと思ってた」
「梅ちゃん……」
「もちろん、私も一緒に行くよ」
梅は桜の手を握る。
「私だって、もう待ってるだけなんて無理だから」
「……ありがとう」
「お礼なんていらないよ。私も朝雄ちゃんに会いたいだけだから」
二人は顔を見合わせて笑った。
その時。
コンコン。
部屋の扉を叩く音が響いた。
二人がそちらへ顔を向けると、返事をするより早く扉が開く。
「話は聞かせてもらったわ!」
「……」
「……」
桜と梅は揃って、入ってきたエミリーへ冷たい視線を向けた。
「な、なに?」
「いえ……」
「最近、その登場の仕方をどこかで見た気がして」
「あはは……偶然じゃないかな?」
どう考えても、少し前から扉の外で聞いていて、入るタイミングを計っていた顔だった。
エミリーは二人からの視線に耐えきれなくなったのか、誤魔化すように向かいの席へ座る。
「それじゃ、具体的な計画を立てようか!」
「……え?」
あまりに当然のように話へ加わったため、今度は桜と梅が困惑した。
「あの」
梅が恐る恐る尋ねる。
「もしかしてエミリーさんも、一緒に行くつもりですか?」
「当たり前じゃない」
エミリーは不思議そうに首を傾げる。
「私がいなかったら、朝雄の方角を調べられないでしょう? 距離まで測る術式は完成にもう少しかかりそうだけど、方角さえ分かれば毎日確認しながら近づいていけるからね」
「それはそうですけど……」
桜は複雑そうな顔をする。
「エミリーさん、この国の第一王女ですよね。そんなに気軽に国外へ出られる立場ではないと思うんですけど」
「ん? 大丈夫だよ?」
エミリーは自信満々に胸を張った。
「前にも一人で世界を越えて逃げた実績があるから!」
「……」
「……」
『それは実績ではなく前科なのでは?』
二人の頭に同じ言葉が浮かんだ。
おそらくターニャが聞けば、笑顔のまま怒るだろう。
ただ、エミリーが同行する利点が大きいのも事実だった。
今分かっているのは、朝雄が南にいるということだけ。彼女がいれば、移動しながら毎晩方角を確認し、確実に距離を縮めることができる。
「それに」
それまで明るく話していたエミリーの声が、少しだけ小さくなる。
「私も二人と同じなんだよ」
「……」
「昨日、朝雄が危ないって分かった時、本当に怖かった」
エミリーは俯く。
膝の上に置いた手が、僅かに震えていた。
「もう、じっと待ってるなんてできない」
その姿を見て、桜はしばらく黙っていた。
やがて手を差し出す。
「分かりました」
エミリーが顔を上げる。
「一緒に朝雄を探しに行きましょう」
「……うん!」
エミリーは嬉しそうに、その手を握った。
「私も」
梅も上から手を重ねる。
こうして三人は。
同じ目的を持つ仲間――。
というより。
城からこっそり抜け出す共犯者となった。
◇ ◇ ◇
「最大の問題は、どうやってターニャの目を誤魔化すかなんだよね……」
「そこなんですか?」
梅が思わず聞き返す。
かつてエミリーが突然異世界へ逃亡した後、最も苦労した一人がターニャだった。
現在、エミリーが転移関係の魔法を研究する際に必ず護衛が付くのは、彼女の安全を守るためだけではない。再び勝手にどこかへ逃亡しないよう、監視する意味も少なからず含まれているらしい。
「瞬間移動みたいな魔法ってないんですか?」
朝雄に付き合って異世界ものの小説を読んでいた梅は、ふと思いついて尋ねた。
だがエミリーは即座に首を横へ振る。
「そんな便利な魔法があったら、とっくに朝雄のところへ行ってるよ」
「あ……それもそうですね」
「やっぱりターニャが寝た後に抜け出すしかないかなぁ」
結局、出てきたのは非常に原始的な案だった。
ターニャはエミリーの専属侍女であり、日中はほとんど行動を共にしている。自由に動けるとすれば、彼女が自室へ戻った夜中くらいしかない。
「それなら、今夜いつも通り朝雄の状態を確認して、みんなと別れた後に準備をして、夜明け前に合流するのはどうですか?」
梅の提案に、エミリーが頷く。
「それでいこう」
そこから三人は、城を抜け出す経路や必要最低限の荷物、王都を出るための馬車などについて相談した。
幸いエミリーには、昔から城を抜け出す時に使っていた秘密の経路があるらしい。
桜と梅は、
『やっぱり前科が多い人なんじゃ……』
と思ったが、あえて口には出さなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
いつも通り桜たちの部屋へ集まり、全員で夕食を取った。
三人は計画を悟られないよう、できるだけ普段通りに振る舞っているつもりだった。
時々、エミリーがターニャの様子をこっそり窺う。
しかしターニャには特に変わった様子はなく、淡々と食事をしていた。
スミレがいつもより少し静かな気もしたが、昨夜ほとんど眠っていない疲れが残っているのだろうと、三人とも深く考えなかった。
◇ ◇ ◇
いつもの時間になると、全員で研究室へ移動した。
エミリー、桜、梅、ターニャ、スミレ。
そして護衛としてセイラも同行している。
部屋へ入ると、エミリーはいつものように魔法の準備を始めた。
その途中。
桜と目が合う。
『大丈夫。気づかれてないよ!』
表情がそう語っていた。
『顔に出しすぎです』
桜は心の中で返す。
隣にいる梅も同じことを考えているらしく、少し困った顔をしていた。
やがて準備が整い、エミリーが詠唱を始める。
今日は朝雄の状態を確認するだけのはずなのに、なぜか少し嬉しそうだった。
この後、朝雄を探しに出られることが顔に出てしまっている。
『本当に大丈夫なのかしら……』
桜の不安は増すばかりだった。
魔法陣が淡く輝く。
エミリーが朝雄へ意識を向けた。
その直後。
「うぎゃっ!」
「!?」
王女らしからぬ声を上げ、エミリーが魔法陣の中央から転がり出てきた。
「エミリーさん!」
「お母様!」
全員に緊張が走る。
だが。
当の本人はすぐに起き上がると、鼻のあたりを押さえていた。
「朝雄に蹴られた……」
「……はい?」
桜と梅が目を瞬かせる。
「でも元気だったよ!」
鼻を押さえたまま。
何故かエミリーはものすごく嬉しそうだった。
「朝雄ちゃんが……エミリーさんを蹴ったんですか?」
「うん」
「どういう状況なんですか、それ……」
「今回、ちょっと意識の方まで繋がりやすくなってたみたいでね。私の姿が向こうにもかなりはっきり見えたんだと思う」
エミリーは鼻をさすりながら笑う。
「朝雄は私のこと覚えてないだろうから、いきなり知らない銀髪の女の人が出てきたと思ったんじゃないかな」
「それで蹴ったんですか……」
「たぶん」
桜と梅は顔を見合わせる。
何となく。
朝雄ならやりそうな気もした。
「でも、蹴れるくらい元気になったってことだよ」
「……」
その言葉で。
二人の表情が一気に和らいだ。
「良かった……」
梅が胸へ手を当てる。
桜も小さく息を吐いた。
昨夜、必死に手を伸ばした朝雄が。
今は見知らぬ相手を蹴れるくらいには回復している。
それだけで十分だった。
「それにしても、思ったよりはっきり私のことを認識してたね」
エミリーは少し得意そうに胸を張る。
「まあ朝雄からしたら、知らない美少女が現れたくらいにしか思ってないだろうけど」
「……」
「……」
「……」
「……」
室内に微妙な沈黙が流れた。
桜と梅。
ターニャ。
セイラ。
そして実の娘であるスミレまで。
全員が同じ表情をしている。
『自分で美少女って言った……』
「さて」
ターニャが何事もなかったように口を開く。
「外見詐欺のおばさんの戯言は聞き流して、アサオ様がお元気なのも確認できたことですし、片付けましょう」
「ターニャ!?」
「外見詐欺は少し言い過ぎだと思いますけど、とりあえず片付けましょう」
桜も冷静に同意した。
「桜ちゃんまで!?」
衝撃を受けて固まるエミリーを放置し、全員で片付けを始める。
すぐに作業は終わり、そのままいつものように部屋へ戻ることになった。
桜たちの部屋の前。
別れ際にエミリーが二人を見る。
「……」
小さく頷く。
桜と梅も同じように返した。
計画では、この後それぞれ部屋へ戻って休んだふりをし、夜明け前にエミリーがここへ迎えに来ることになっている。
◇ ◇ ◇
部屋へ入った桜と梅は、日本から持ってきた鞄へ必要な物を詰め始めた。
元々持ってきた荷物は多くない。
着替え。
最低限の日用品。
桜は雪風。
梅は手甲。
準備はすぐに終わった。
「いよいよだね」
梅が荷物を確認しながら呟く。
「うん」
「やっと朝雄ちゃんを探しに行ける」
「ええ」
桜はしっかりと頷く。
「絶対に朝雄を見つけましょう」
「うん。絶対に」
後は。
エミリーが来るのを待つだけだった。
◇ ◇ ◇
「それではエミリー様、お休みなさいませ」
「おやすみ、ターニャ」
ターニャはいつも通り一礼すると、隣の自室へ入っていった。
エミリーとスミレも二人の部屋へ戻る。
「スミレ、今日は随分静かだったけど、どうしたの?」
「……何でもありません」
「本当?」
「はい。少し眠いだけです」
「そっか」
体調が悪いようには見えない。
昨夜ほとんど眠っていなかったのだから、まだ疲れが残っているのだろう。
エミリーはそれ以上追及せず、自分もベッドへ入った。
◇ ◇ ◇
まだ夜が明ける前。
エミリーは静かに目を開けた。
隣のベッドを見る。
スミレは布団の中で、静かな寝息を立てている。
エミリーは少し寂しそうに笑った。
「スミレ」
起こさないよう、小さな声で呟く。
「必ずお兄ちゃんを連れて帰ってくるから、少しだけ待っててね」
そして静かに部屋を出た。
扉が閉じる。
「……」
しばらくして。
布団の中にいたスミレが。
ゆっくり目を開けた。
◇ ◇ ◇
桜たちの部屋で合流した三人は、夜明け前の薄暗い城内を静かに移動していた。
人目を避けながら騎士団の訓練場を抜け、城の裏手へ回る。
「こっちから城壁の外へ出られるよ。少し離れたところに馬車を用意してあるから、まずはそれで王都を出よう」
先導するエミリーの言葉に、桜と梅が頷く。
やがて城壁まで到着した。
だが、周囲を見ても外へ出られそうな門はない。
「こっち」
エミリーは慣れた様子で城壁沿いを進み、草木が生い茂った一角へ入っていく。
「ここは昔から、私がこっそり街へ出る時に使ってた秘密の抜け道なの」
「……」
「……」
桜と梅は何とも言えない顔で、その背中を見る。
『やっぱり常習犯なんだ……』
エミリーが草を掻き分けると、その奥に人一人が通れそうな穴があった。
三人は一人ずつ身を屈めてくぐり、無事に城壁の外へ出る。
「馬車はもう少し先だよ」
再びエミリーを先頭に歩く。
しばらくすると、大きな木の下に二頭立ての馬車が見えてきた。
貴族が使う箱型の馬車ではなく、大きな荷台へ幌を被せた、商人が荷物を運ぶ時に使いそうな形をしている。
「……?」
だが。
馬車へ近づくにつれ。
三人は、その前に誰か立っていることに気づいた。
「随分遅かったですね、エミリー」
「……!」
聞き慣れた声。
薄闇の中から、一人の女性が歩いてくる。
いつものメイド服。
そして。
いつもの穏やかな笑顔。
「タ、ターニャ……なんでここに!?」
「あなたのすることくらい、お見通しです」
ターニャは笑顔を崩さない。
「今日は一日中、私を騙して異世界へ逃げた時と同じ顔をしていましたからね」
特に『騙して』の部分だけが。
妙にはっきり聞こえた。
「……」
笑っている。
間違いなく笑っているのに。
背後に何か黒いものが見える気がする。
桜と梅は、そっと一歩下がった。
◇ ◇ ◇
「お願い、行かせて!」
エミリーは逃げず、ターニャを真っ直ぐ見つめた。
「またいつ昨日みたいなことが起こるか分からないの。もう、城でじっと待ってるなんてできない!」
「……」
「朝雄を探しに行かせて」
ターニャはしばらく何も言わなかった。
やがて。
大きな溜息をつく。
「行くなとは言っていませんよ」
「……え?」
エミリーが目を瞬かせた。
「どうして、私に相談してくださらないのですか?」
ターニャは少しだけ寂しそうな顔になる。
「あの時だって、エミリーが相談してくれれば、一緒に逃げることだってできたのですよ」
「だ、だって……」
エミリーが慌てる。
「一緒に来てなんて言ったら、ターニャに迷惑が――」
「黙っていなくなられる方が、遥かに迷惑です」
「……」
即座に遮られた。
反論できない。
「あなたが突然消えた後、一体誰がどれだけ苦労したと思っているのですか?」
「……ごめんなさい」
「本当に分かっていますか?」
「……たぶん」
「エミリー」
「分かってます!」
桜と梅は。
完全に親に叱られている子供を見るような気持ちになっていた。
ターニャはもう一度溜息をつく。
「今回も、行くなとは言いません」
「じゃあ……」
「ただし、私も一緒に行きます」
「え?」
「もう残されて後始末を押しつけられるのは御免ですから」
そう言い切ると、ターニャは馬車の方へ視線を向けた。
「それに、私だけではありませんよ」
「……?」
馬車の幌が動く。
そこから二人の人影が降りてきた。
「お母様!」
「スミレ!?」
頬を膨らませたスミレが、エミリーを睨んでいる。
「私を置いていくなんて、あんまりですわ!」
「だ、だってスミレ。街の外は危ないんだよ?」
「お兄様を探しに行くのでしょう?」
「そうだけど……」
「でしたら、私も行きます!」
どうやら昨夜の時点で。
完全に計画を見抜いていたらしい。
そしてスミレの隣には、見慣れた白い鎧姿の女性が立っている。
「セイラさんまで……」
「お二人には必要ないかもしれませんが、スミレ様の護衛として同行させていただきます」
セイラはそう言って、桜と梅へ笑顔を向けた。
「でも……」
エミリーはまだ心配そうだった。
「スミレを連れて街の外へ出るのは……」
「大丈夫です」
ターニャは平然としている。
「少なくともサザーラント国内にいる間は、サクラ様とウメ様、それにセイラもいます。さらに、念のためもう一人護衛を用意していますから」
「もう一人?」
エミリーが首を傾げる。
桜と梅は。
馬車へ近づいた時から気づいていた。
御者台に。
もう一人誰かが座っている。
その人物が、ゆっくりと馬車から降りた。
薄暗くて顔はまだよく見えない。
だが。
やけに大きい。
「……まさか」
桜の表情が引きつる。
男がこちらへ近づいてくる。
その姿が、薄明かりの中にはっきりと現れた。
「……」
桜と梅が揃って固まる。
男はエミリーの前まで来ると、その場へ片膝をついた。
「オルフちゃん……」
「エミリー様」
オルフは頭を下げたまま口を開く。
「私はエミリー様に言われた通り、自分にとって大切な、譲れないものを守るためにここにおります」
「……」
「どうか、同行の許可を」
エミリーはしばらくオルフを見つめた。
やがて。
普段とは少し違う。
第一王女としての静かな表情を見せる。
「オルフ」
「はい」
「ここにいる皆を、守ってくれますか?」
「この命に代えましても、必ず」
迷いのない返事だった。
エミリーは少しだけ微笑む。
「分かりました。よろしくお願いしますね」
「はっ!」
オルフが顔を上げる。
まるで眩しいものを見るように、エミリーを見つめていた。
◇ ◇ ◇
「ねえ、桜ちゃん」
少し離れたところで、梅がこっそり耳打ちする。
「……何?」
「あれ、大丈夫なのかな?」
「何が?」
「旅の途中でエミリーさんの本性を知って、オルフさんが幻滅したりしない?」
「……」
桜は、王女らしい笑顔を浮かべるエミリーを見る。
確かに。
今だけ見れば。
昔夢中になって読んでいた少女漫画に出てくる、お姫様と忠実な騎士そのものだった。
「……そうね」
桜も小声で答える。
「実際のエミリーさんは、ちょっとアレなところがあるものね」
「でしょ?」
「大丈夫ですよ」
「「!?」」
突然、横からターニャの声がした。
「聞いてたんですか?」
「聞こえただけです」
ターニャは何でもないことのように答える。
「オルフ様はすでにエミリーをかなり神格化していますから、多少本性を知った程度では揺らがないでしょう」
「……」
「……」
桜と梅は。
何とも言えない目でオルフを見た。
◇ ◇ ◇
本来。
朝雄を探しに行くのは、桜、梅、エミリーの三人だけの予定だった。
それが最終的には。
桜。
梅。
エミリー。
ターニャ。
スミレ。
セイラ。
そしてオルフ。
七人になった。
城の外へ出たことすらない桜と梅。
魔法に関しては非常に頼りになるが、それ以外では少々不安の残るエミリー。
三人だけで旅に出ることを考えれば、人数が増えたことはむしろ心強い。
荷物を確認した後、オルフが御者台へ座って手綱を握る。
残りの六人は、幌の付いた荷台へ乗り込んだ。
空は少しずつ明るくなり始めている。
間もなく夜が明ける。
「それじゃあ」
エミリーが全員を見る。
「朝雄の捜索に出発だよ!」
オルフが手綱を動かす。
馬車がゆっくりと走り始めた。
桜は荷台から、明るくなり始めた空を見る。
朝雄がいるのは。
この先。
南。
まだ距離も。
正確な場所も分からない。
それでも。
「朝雄」
桜は小さく呟く。
「必ず見つけるから」
馬車は朝焼けの中。
王都を離れ、南へ向かって走り始めた。
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次話は明日7:00に投稿します。




