028 桜サイド 梅VSカルリス①
翌日。
桜と梅はセイラとターニャに案内され、騎士団の模擬戦用魔法陣が設置された建物へやって来た。
場所は各騎士団の訓練場に隣接した、大きな屋内施設だった。
「学校の体育館みたいね」
「うん。ちょっと懐かしいかも」
中央には、一辺三十メートルほどの四角い舞台が設けられている。
周囲には観覧用のスペースもあり、すでに百人近い騎士たちが集まっていた。第一騎士団と近衛騎士団の者が多いようだが、見慣れない鎧を身につけた者も混じっている。
他の騎士団からも、噂を聞きつけて見物に来たらしい。
舞台を挟んだ反対側には、オルフとカルリスがすでに待機していた。
「それでは、これより試合を開始します!」
舞台へ上がったエミリーが高らかに宣言すると、会場が大きな歓声に包まれた。
「……なんだか見世物みたいで嫌な感じね」
桜が眉を寄せる。
「まあ、仕方ないよ」
梅は苦笑しながら周囲を見る。
「試合の後で『そんな勝負は認めない』とか言われないためにも、見届ける人は多い方がいいと思う」
「……それもそうね」
「たぶんエミリーさんも、そう考えて人を集めたんじゃないかな」
今回の試合には、朝雄の捜索隊をどちらが担当するかまで懸かっている。
結果を公のものにしておいた方が、後々揉める可能性は少ない。
桜も納得したように、小さく頷いた。
「では、第一騎士団よりカルリス、近衛騎士団よりウメ。両者、舞台へ」
エミリーに呼ばれ、梅が一歩前へ出る。
「じゃあ、行ってくるね。桜ちゃん」
「梅ちゃんのことだから心配はしてないけど、頑張ってね」
「うん」
二人は笑顔を交わし、梅は小さく手を振りながら舞台へ上がった。
◇ ◇ ◇
舞台中央。
梅とカルリスが向かい合う。
カルリスは急所を守る程度の軽装の革鎧を身につけ、両手には厚手の革で作られた二つ指のグローブを装着していた。
対する梅は、白い道着に黒帯。
床が畳ではないため足元はスポーツシューズで、両腕には日本から持ってきたチタン製の手甲を装着している。
道着を荷物に入れるかどうかは、最後まで迷った。
いつ日本へ戻れるか分からないのだからと念のため持ってきたものだが、まさか異世界へ来て数日で着ることになるとは、梅自身も思っていなかった。
約百九十センチあるカルリスと、百五十センチほどの梅。
二人が並ぶと、体格差はかなり大きい。
第一騎士団の副団長が試合をすると聞いて見に来たものの、その相手が小柄な少女だとは知らなかったのだろう。
観客席がざわつき始めた。
「……」
その声が聞こえたのか、カルリスの眉間に僅かに皺が寄る。
エミリーは二人の間へ立ち、改めてルールを説明する。
「この舞台には模擬戦用の魔法陣が設置されています。致命傷になると判断された攻撃が発生した場合は、自動的に防御魔法が発動し、その時点で試合終了です」
二人が静かに聞く。
「また、どちらかが意識を失うなど戦闘不能になった場合、本人が降参した場合、あるいは立会人である私が続行不能と判断した場合にも試合を止めます」
さらに舞台の端を示す。
「武器と魔法の使用は自由。ただし、舞台の外での戦闘は禁止です。故意に場外へ逃げた場合は、反則負けとすることもあります」
「何か質問は?」
「ありません」
「ありません」
二人の返事が重なった。
「では、それぞれ開始位置へ」
梅とカルリスが距離を取ると、エミリーは舞台から降りる。
梅は一度大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせた。
そして、昨日覚えたばかりの身体強化を使う。
全身の筋肉や関節へ、自分の魔力を薄くまとわせるように意識する。
すると身体が少し軽くなり、感覚も研ぎ澄まされていく。
『うん。昨日より自然にできてる』
向かいに立つカルリスを見る。
セイラによれば、第一騎士団副団長のカルリスは、格闘術だけなら騎士団でも随一の強さを持つらしい。
朝雄を捜しに行く権利が懸かっている。
そのことを忘れているわけではない。
それでも。
『強い人と本気で戦えるんだ……』
胸の奥が少し高鳴る。
油断すれば笑ってしまいそうになる自分に気づき、梅は慌てて表情を引き締めた。
『こういうところ、お父さんに似ちゃったのかな……』
強敵を前にして嬉しくなる。
認めたくはないが、間違いなく健介の娘だった。
一方のカルリスは、相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
昨日から一貫して、
『こんな試合はしたくない』
と顔に書いてあるようだった。
『ちょっと悪いことしちゃったかな』
梅もそれは分かっている。
『でも、ごめんなさい』
腰を落とし、構えを取る。
『朝雄ちゃんを探しに行くためだから、本気でやらせてもらうよ』
その直後。
「試合開始!」
エミリーの声が響いた。
◇ ◇ ◇
梅は開始と同時に地面を蹴った。
「……っ!?」
カルリスの目が僅かに見開かれる。
身体強化された脚力で、一気に距離を詰める。
元々小柄な梅がさらに重心を落とし、低い姿勢のままカルリスの懐へ飛び込んだ。
間合いに入る。
右腕を引く。
そして。
「はっ!」
腹部を狙い、一気に拳を振り抜いた。
「ぐっ!」
短い呻き声。
次の瞬間。
カルリスの大きな身体が、後方へ吹き飛んだ。
「……!」
十メートル近く飛ばされ、そのまま床へ倒れる。
会場が静まり返った。
誰も声を上げない。
あまりにも突然の出来事に、何が起きたのか理解できていないのだろう。
エミリーも目を丸くし、小さく口を開けている。ターニャとセイラも驚きを隠せない。
ただ一人。
桜だけは、少し難しそうな顔をしていた。
「……」
梅も拳を下ろしながら、倒れたカルリスを見つめる。
「これで決まってくれたら、楽だったんだけどなぁ」
残念そうに呟く。
「さすがに、そんなに簡単じゃないよね」
その言葉に応えるように。
カルリスの身体が動いた。
◇ ◇ ◇
第一騎士団副団長、カルリス。
彼は朝から機嫌が悪かった。
原因はもちろん、今日の模擬戦である。
本来、王族立会いの模擬戦は騎士にとって名誉なことだ。己の実力を王族へ直接示す機会など、そう何度もあるものではない。
対戦相手が相応の騎士であれば、カルリスも喜んで舞台へ上がっただろう。
だが。
今回の相手は少女だった。
『一体、何を証明しろというのですか……』
第一騎士団副団長である自分が、小柄な少女へ勝つ。
それのどこが名誉なのか。
むしろ本気で攻撃すれば、周囲から大人げないと思われかねない。
会場へ入り、実際に梅の姿を確認した時、その気持ちはさらに強くなった。
『……本当に小さいですね』
身長だけを見れば成人前と間違われても不思議ではなく、顔立ちにも幼さが残っている。
装備しているのも、見慣れない白い布製の服。
防具らしいものは、両腕に装着された金属製の手甲くらいだった。
『できるだけ怪我をさせず、抑え込んで終わらせるのが無難でしょう』
カルリスはそう考えた。
両手には厚手の革製グローブを装着している。
普段の実戦であれば、その上から金属製のナックルを取り付けて打撃力を高めるのだが、今日は最初から外していた。
本気で殴れば、体格差だけでも大怪我をさせかねない。
攻撃は最低限にし、掴んで動きを封じ、降参させる。
それで十分だと思っていた。
だからこそ。
「試合開始!」
開始直後は、相手の動きを見るつもりだった。
だが。
「……!?」
視界に捉えていたはずの梅が、一瞬で消えた。
いや。
消えたように見えただけだ。
気づいた時には、すでに目の前まで迫っている。
『速い!』
梅が右腕を引く。
カルリスは反射的に右腕を下ろし、腹部への打撃を受け止めた。
直後。
「ぐっ!」
想像を遥かに超える衝撃が襲った。
踏ん張る暇もない。
身体ごと後方へ吹き飛ばされる。
『なんという……!』
床へ叩きつけられながらも、すぐに身体の状態を確認した。
打撃を受け止めた右手には強い痺れがある。腹部にも衝撃が抜けており、少し息苦しい。
だが、骨や内臓へ深刻な損傷がある感覚はなかった。
『手加減……しましたか』
恐らく。
今の一撃は。
本気ではない。
カルリスはゆっくり身体を起こした。
『相手を年齢や見た目だけで判断するなど……』
自嘲するように小さく笑う。
『私も、まだまだですね』
立ち上がる。
そして先ほどまでとは違い、真剣な表情で梅を見据えた。
「大変失礼しました」
ゆっくり構えを取る。
「ここからは、本気で行かせてもらいます」
「……」
梅も構え直す。
その口元には。
ほんの少しだけ。
楽しそうな笑みが浮かんでいた。




