↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に転移しても、姉からは逃げられない!【改訂版】  作者: yoko


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/58

002 日常の終わり

 学校の玄関に入ると、一年生と二年生では下駄箱の場所が違うため、四人はいったん別れることになった。朝雄と卓也は左側、桜と梅は右側に並ぶ下駄箱へと向かう。


 上履きに履き替えた朝雄が廊下へ出ると、何気なく二年生の下駄箱がある方を覗き込んだ。


 ちょうど桜が、自分の下駄箱から何通かの封筒を取り出しているところだった。


「またか……」


 女子生徒の下駄箱に入っている手紙といえば、だいたい相場は決まっている。少なくとも、果たし状ではないだろう。


 桜は手にした封筒を一瞥し、いかにも嫌そうな顔をすると、そのまま近くのゴミ箱へ放り込んだ。


「あぁ……」


「今日も駄目だったか……」


「読んですらもらえないのかよ……」


 廊下のあちこちから男子生徒たちのうめき声が聞こえてくるが、桜はまったく気にした様子を見せない。


 一方の梅も、下駄箱から何通かの手紙を取り出していた。こちらは少し困ったような顔をしたものの、捨てずに鞄へ入れる。


 その様子を遠巻きに見ていた何人かの男子生徒から、


「よし!」


 という小さな声が上がった。


「……」


「……」


 朝雄と卓也は顔を見合わせ、二人揃ってなんとも言えない表情になる。


 桜がこの手の手紙を読まずに捨てることは、同じ中学校の出身者なら知らない者はいない。高校へ進学してからも変わっていないと聞いている。


 それでも挑戦したということは、おそらく今年、別の中学校から入学してきた一年生なのだろう。


「知らなかったんだな……」


「知らないって幸せだよな……」


 卓也が遠い目をする。


 ちなみに梅は、その場で捨てたりはせず、きちんと家まで持ち帰る。ただし、家に帰ってから読まずに捨てるので、結果としては桜とほとんど変わらなかった。


 もっとも、梅も最初からそうだったわけではない。


 以前は手紙をきちんと読み、返事をしたり、直接会って断ったりしていた。だが中には、丁寧に断ったことを好意があると勘違いする者や逆上する者、その場で泣き出す者、何度断ってもしつこく付きまとう者までいた。


 そういった経験を何度かした結果、梅も真面目に取り合うことをやめてしまったのである。


 朝雄たちにとっては、それも珍しい出来事ではない。特に話題にすることもなく四人は再び合流し、階段へ向かった。


 一年生の教室は三階、二年生の教室は二階にある。


 二階へ着いたところで、桜と梅が足を止めた。


「それじゃあ、また後でね」


「うん」


 そのまま別れようとしたところで、桜が何かを思い出したように朝雄を呼び止める。


「朝雄」


「なに、桜姉?」


「今日は私も梅ちゃんも、授業が終わったらすぐに帰れるから、久しぶりに一緒に帰りましょう」


「あ、いいね」


 桜には生徒会の仕事があり、梅も委員会の仕事が入ることが多い。学年も違うため授業の時間割にも多少の差があり、四人揃って帰れる日は意外と少なかった。


「四人で帰るの久しぶりだね。じゃあ玄関で待ち合わせでいいかな?」


 朝雄がそう言った瞬間、桜と梅が同時にきょとんとした顔をした。


「「四人?」」


「おい!」


 卓也の声が廊下に響いた。


「ナチュラルに俺をハブにするな! 俺も一緒に帰るぞ!」


「ああ……」


 桜が納得したように頷く。


「卓也もいたわね」


「今、完全に忘れてたよな!?」


「そんなわけないでしょう」


 桜は涼しい顔だ。


「卓也を忘れるわけないわ。四人で帰りましょう?」


「今の間はなんだよ!」


 卓也が桜へ抗議すると、今度は梅が笑顔で口を開いた。


「もう、卓也ったら。お姉ちゃんが可愛い……弟を忘れるわけないじゃない」


「ねーちゃん」


「なに?」


「今の『可愛い』が疑問形だった気がする」


「気のせいだよ?」


「絶対気のせいじゃねえ……」


 卓也はジト目で実の姉を見る。


 桜と梅はそんな卓也を軽く流すと、


「それじゃあ、放課後に玄関ね」


「また後でね、朝雄ちゃん」


 そう言って二年生の教室へ向かっていった。


 朝雄と卓也も軽く手を上げ、三階へ続く階段を上っていく。


 朝雄にとっての一日は、今日もいつもと変わらず始まった。


     ◇ ◇ ◇


 放課後。


 朝雄と卓也は帰り支度を終えると、親しいクラスメイトたちに挨拶をして教室を出た。玄関へ向かうと、すでに桜と梅が待っている。


 四人で靴を履き替え、学校を出た。


 しばらく歩いたところで、朝雄は今朝、桜へ言い忘れていたことを思い出す。


「あ、そうだ。桜姉」


「なに?」


「言い忘れてたんだけど、今週末に父さんが帰ってくるんだ。土曜日にこっちに着くって言ってた」


「えっ、おじ様が?」


 桜は少し驚いた後、何かを考えるような表情になった。


「そうだ」


 やがて、ぱっと顔を明るくする。


「朝雄が高校に入学した時、おじ様は仕事で帰って来られなかったでしょう?」


「うん」


「だったら、改めて朝雄の入学祝いをしない?」


「え?」


「今度はおじ様も一緒に。せっかくだから、みんなでやりましょうよ」


 朝雄が高校へ入学した時、父親は仕事で海外にいて、帰国することができなかった。代わりに桜を筆頭に九条家の人たちが、かなり盛大な入学祝いを開いてくれている。


「でも、二回も入学祝いしてもらうわけには……」


「それ、いいね!」


 朝雄が遠慮しようとした言葉を、梅が遮った。


「私もお父さんとお母さんに話してみるよ! お父さんは絶対行くって言うと思う!」


「じゃあ決まりね」


「いや、僕まだ――」


「お料理、何にしようか?」


「お肉は絶対あった方がいいよね」


「おじ様も来るなら、かなり多めに用意しないと駄目ね」


「そうだね。普通の人の何人分だろう?」


「……」


 すでに朝雄の意見を聞く段階は終了していた。


 桜と梅は二人で楽しそうに、週末の相談を始めてしまう。


 最初は遠慮しようと思っていた朝雄だったが、二人が自分のために楽しそうに相談している姿を見て、それ以上は何も言わないことにした。


「ありがとう」


 小さく口にすると、桜と梅が同時に振り返る。


「何か言った?」


「ううん、なんでもない」


 朝雄は笑った。


 その少し後ろから、ぼそりと声が聞こえてくる。


「俺も一緒に高校へ入学したんですけど……」


 誰にも拾われなかった。


「俺の入学祝いは……?」


 やはり誰にも拾われない。


「……もういいよ」


 卓也は一人、静かに肩を落とした。


 桜と梅は、朝雄たちの少し前を歩いている。週末は何を作るか、誰を呼ぶか、買い物はいつ行くか。二人は楽しそうに話していた。


 その後ろ姿を眺めながら、朝雄は少し照れくさい気持ちになると同時に、胸の奥が温かくなるような幸福感を覚えた。


 母親はいないし、父親も仕事で家を空けることが多い。それでも、自分は決して一人ではなかった。


 桜がいる。


 梅がいる。


 卓也もいる。


 父親だって、もうすぐ帰ってくる。


 今週末は、きっと賑やかになるだろう。


 そんなことを考えながら、朝雄は前を歩く二人を見つめていた。


 だから、その異変に気づくのが一瞬遅れた。


 いつもなら、桜か梅のどちらかが先に気づいていただろう。だが今は、二人とも週末の話に夢中になっている。


 最初に異変を感じたのは朝雄だった。


「……え?」


 対向車線を走っていた青いトラックが、ゆっくりとセンターラインを越えてくる。


 最初は右折でもするのかと思った。


 だが、違う。


 速度を落とす気配がない。


 運転席が見えた。


 運転手は頭を下げたまま、前を見ていない。


 居眠りなのか、それとも何かの発作でも起こしたのか。


 そんなことを考えている暇はなかった。


 トラックはまっすぐ歩道へ向かっている。


 その先には――。


「っ!」


 桜と梅がいた。


「桜姉! 梅姉! 危ない!」


 朝雄が叫んだ。


「え?」


「朝雄ちゃん?」


 二人が振り返る。


 だが、遅い。


 すでにトラックは数メートル先まで迫っていた。


 このままでは間に合わない。


 間に合わない――はずだった。


『絶対に二人を助ける!』


 その瞬間、朝雄の頭からそれ以外のことがすべて消えた。


 自分が危ないとか、怖いとか、逃げなければとか。そんなことは一切考えなかった。


 ただ、桜と梅を助けなければ。


 その思いだけがあった。


 胸元が、突然熱を持った。


「っ……!」


 制服の下。


 今朝もいつものように首へ掛けたお守りが、一瞬だけ強い熱を放ったような気がした。


 同時に、身体の奥深くで何かが大きく動いた。


 次の瞬間。


「え……?」


 朝雄は、桜と梅の前に立っていた。


 どうやってそこまで移動したのか、自分でも分からない。


 目の前いっぱいに、青いトラックが迫っている。


 朝雄は反射的に両手を前へ突き出した。


 ドン!


 鈍い衝撃音が響いた。


「……?」


 桜は梅を庇うように抱きしめ、固く目を閉じていた。だが、いつまで待っても身体に衝撃が来ない。


 恐る恐る目を開ける。


「……朝雄?」


 最初に目へ入ったのは、見慣れた背中だった。


 見間違えるはずがない。


 朝雄だ。


 朝雄が二人を庇うように立ち、両手を前へ突き出している。


 そして、その身体は――。


「なに……これ……」


 淡い青色の光に包まれていた。


 まるで朝雄が両手でトラックを押し止めているように見える。しかし実際には、朝雄の手はトラックへ触れていない。


 トラックは朝雄の手の一メートルほど手前、何もない空間で不自然に停止していた。


「桜姉! 梅姉!」


 朝雄が叫ぶ。


「離れて! 早く!」


「でも朝雄が――!」


「早く!!」


 その声に押されるように、桜と梅はトラックの進路から飛び退いた。


「朝雄もこっちに!」


 桜が手を伸ばす。


「……」


 だが、朝雄は動かなかった。


「朝雄!?」


 違う。


 動かないのではない。


 動けない。


『身体が……』


 指一本、動かすことができなかった。まるで全身が石にでも変わってしまったかのように、自分の意思を受け付けない。


 そしてもう一つ。


 身体の中から、何かが猛烈な勢いで抜けていく。


『なんだ……これ……』


 何が起きているのか分からない。だが不思議と、一つだけ理解できることがあった。


 今、身体から抜け続けている何か。


 それが全部なくなった時、この奇妙な現象は終わる。


 理由など分からない。


 それでも朝雄は、なぜかそう確信していた。


 青かった光が変化する。


「朝雄……?」


 赤。


 そして――白。


「なっ……」


 卓也が言葉を失う。


 真っ白な光に包まれた朝雄の髪が、根元から少しずつ色を変えていく。


 薄い黒。


 濃いグレー。


 そして――。


 鮮やかな銀色へ。


「朝雄ちゃん……髪が……」


 梅が呆然と呟いた。


 桜も何も言えない。ただ目を見開き、白い光に包まれた朝雄を見つめている。


『あ……』


 朝雄は感じた。


 身体の中にあった何かが、すべて抜けた。ひどく身体が重く、意識も遠くなっていく。


 それでも。


『二人とも……無事だ』


 桜が立っている。


 梅もいる。


 怪我はしていない。


 それが分かっただけで、朝雄は心から安心した。


『よかった……』


 そして、最後に二人へ何かを伝えなければと思った。


 何を言えばいいのか考える余裕などなかった。


 だから、口から出たのは一番素直な気持ちだった。


「桜姉、梅姉」


「朝雄?」


「朝雄ちゃん?」


「ありがとう」


 朝雄は笑っていた。


「……え?」


 次の瞬間。


「朝雄っ!!」


 白い光が弾けた。


 そして。


 朝雄の姿は――消えた。


「……朝雄?」


 桜の伸ばした手が、何もない空間を掴む。


 直後。


 ドガァァン!!


 それまで止まっていたトラックが再び動き出し、歩道を突っ切った。そのまま道路脇の壁へ激突し、大きな音を立てて停止する。


「きゃああっ!」


「事故だ!」


「救急車!」


「誰か警察に!」


 周囲は一瞬で騒然となった。人が集まり始め、叫び声、足音、スマートフォンで通報する声、クラクションと、いくつもの音が重なっていく。


 だが桜と梅には、それらの音がひどく遠く聞こえていた。


「……朝雄?」


 桜がもう一度名前を呼ぶ。


 返事はない。


「朝雄ちゃん……?」


 梅も震える声で呼びかける。


 やはり、返事はなかった。


 ついさっきまで、そこにいたはずなのに。


 今週末には、みんなで入学祝いをするはずだった。朝雄の父親も帰ってくる。


 料理を作って、みんなで笑って、いつものように過ごすはずだった。


 そんな当たり前の日常は。


 たった今。


 何の前触れもなく、終わった。


宜しければ評価をいただけると励みになります。


001のあとがきにキービジュアルを追加しました。

あくまで自分のイメージで読みたい方はスルーしてください。

次話投稿予定は明日の朝7時です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。