025 桜サイド ハリボテ騎士団
翌朝。
朝食を終えた桜と梅は、部屋を訪ねてきたセイラとターニャに案内され、城内を歩いていた。
今日から二人は騎士団の訓練へ参加することになっている。目的は魔法の使い方を学ぶことと、朝雄の居場所が判明した際に捜索へ参加する予定の騎士たちとの顔合わせだった。
「アサオ様の捜索には、近衛騎士団を中心に編成した部隊を出す予定です」
廊下を歩きながら、ターニャが説明する。
「他の騎士団は普段の任務がありますので、大人数を捜索へ回すことができません。それに、アサオ様については少々事情も複雑ですから」
「騎士団って、いくつあるんですか?」
梅が尋ねる。
「全部で六つです。第一から第五騎士団までの五つと、王族の警護を担当する近衛騎士団ですね」
通常の騎士団は、王都や各地の警備、犯罪者の捕縛、魔物や危険な野生動物への対処など、様々な仕事を担当している。
全員が常に王都にいるわけではなく、地方へ派遣されている者も多い。そのため、訓練や警備、休養などを組み合わせた勤務体制が組まれているらしい。
「日本でいうと、警察と自衛隊を合わせたような組織に近いのかしら」
桜が呟く。
「完全に同じではありませんが、イメージとしては近いと思います」
一方、近衛騎士団は王族の警護や国の式典への参加が主な仕事となる。城や王都そのものの警備は通常の騎士団が担当しているため、王族が城外へ出る時や大きな式典でもない限り、近衛騎士団が城を離れることはほとんどないという。
ちなみに、二人の護衛を務めているセイラも近衛騎士団の一員だった。
「お二人には捜索隊を編成する都合上、一時的に近衛騎士団へ所属していただくことになります」
「私たちが騎士団に?」
「形式上だけです。アサオ様が無事に保護されるまでの期間限定ですよ」
ターニャは続ける。
「それから、お二人が異世界から来たことを知っている者はごく一部です。余計な混乱を避けるため、表向きはセイラの親戚ということにします」
「私の……親戚ですか?」
なぜかセイラ本人が一番驚いていた。
「何か問題でも?」
「い、いえ! ありません!」
「では、お願いしますね」
「はい!」
桜と梅も顔を見合わせた後、素直に頷いた。
◇ ◇ ◇
やがて四人は、城の裏手にある広い訓練場へ出た。
「わぁ……」
梅が思わず声を漏らす。
かなりの広さがあり、感覚的には野球場がいくつか入ってしまいそうだった。
そこでは多くの騎士が、それぞれの訓練に励んでいる。
剣を振る者。一対一で模擬戦を行う者。槍を構える者。離れた的へ弓を射る者。中には武器を持たず、素手で組み合っている者までいた。
誰もが真剣で、剣を振る音や掛け声が響き、遠くから見ているだけでも迫力が伝わってくる。
「……いいわね」
桜がぽつりと呟いた。
「うん」
梅も少し嬉しそうに頷く。
朝雄が消えてから、二人ともまともな稽古をしていない。朝雄が生きていることは分かり、まだ居場所こそ判明していないものの、以前よりは少し気持ちにも余裕ができていた。
目の前の訓練を見ているうちに、久しぶりに思い切り身体を動かしたいという気持ちが湧いてくる。
ところが、前を歩くターニャとセイラは訓練場へ向かわず、そのまま横を通り過ぎていった。
「あの」
桜が声を掛ける。
「ここが訓練場ではないんですか?」
「あ、はい。ここは通常の騎士団が使用している訓練場です」
セイラが少し気まずそうに答える。
「近衛騎士団の訓練場所は、もう少し先にありますので……」
「……そうなんですか」
わざわざ別になっているらしい。
少し疑問に思いながらも、二人はそのままついていった。
◇ ◇ ◇
しばらく歩くと、訓練場の端にある建物の陰に、先ほどとは違う一団が見えてきた。
全員が白い鎧を身につけており、セイラと同じ装備をしている。
「こちらが近衛騎士団の訓練場所です」
ターニャが立ち止まった。
「……」
桜と梅は、しばらく無言でその光景を眺めた。
装備は綺麗だった。鎧は白で統一され、持っている剣にも派手な装飾が施されている。
何人かが素振りをしており、別の者たちは剣を使った型のような動きを繰り返していた。
ただ。
先ほど見てきた騎士たちとは、何かが違う。
『綺麗だけど……軽い』
桜は剣を振っている騎士を見る。
型そのものは整っており、姿勢も美しい。だが、実際に誰かと戦うことを想定した動きには見えなかった。
梅も同じ印象を受けたらしく、困惑した顔で周囲を眺めている。
槍や弓を使っている者も、模擬戦を行っている者もいなかった。
「ええと……」
二人の反応に気づいたセイラが、気まずそうに口を開く。
「私たち近衛騎士団は、王族の警護が主な仕事なんですけど……」
「はい」
「この国は長い間、大きな戦争もありませんし、国内もかなり安定しているので……その……武力よりも、見栄えの方が重視されるようになったといいますか……」
セイラの声が徐々に小さくなっていく。
言いにくそうな彼女に代わり、ターニャが説明を引き継いだ。
長い平和の中で通常の騎士団は徐々に規模を縮小したが、その分、一人ひとりに実戦能力を求められるようになり、結果として少数精鋭化が進んだ。
一方、王族が直接危険に晒される機会が減った近衛騎士団は、式典などで人前へ出る機会の方が増え、現在では実戦能力よりも礼儀作法や立ち居振る舞い、見栄えの良い剣技などを重視する傾向が強くなっているらしい。
『つまり……ハリボテみたいな騎士団ってこと?』
桜と梅はほぼ同時に思った。
もちろん、口には出さない。
「なので……」
セイラが乾いた笑いを浮かべる。
「他の騎士団からは『ハリボテ騎士団』とか、『余りもの貴族の就職先』とか言われることもあります……」
「……」
『やっぱり言われてるんだ』
二人とも同じことを考えたが、なんとか口に出すのを堪えた。
◇ ◇ ◇
「それでは、お二人の魔法訓練はセイラに任せます」
「私ですか!?」
「これでもセイラは魔法の素質が高く、魔力の扱いも上手ですから」
「これでもって……」
「何か?」
「い、いえ!」
ターニャは満足そうに頷く。
「私は仕事がありますので、後はお願いしますね」
それだけ言い残し、城の方へ戻っていった。
残されたセイラは、その背中を見送る。
『逃げたわけじゃないですよね……?』
少しだけ疑ったが、きっと気のせいだと思うことにした。
「では、始めましょうか」
気を取り直して桜と梅へ向き直る。
「まずは基本的なところから説明しますね」
◇ ◇ ◇
訓練は、自分の身体の中にある魔力を意識するところから始まった。
「魔法を使う時に一番大切なのは、自分の魔力をきちんと制御することです」
セイラは二人の前に立ち、自分の腕へ軽く魔力を巡らせてみせる。
「昨日も少しお話ししましたが、魔力を感情のまま動かしたり、無意識に大量に使ったりしてはいけません。制御を失えば、最悪の場合は魔力暴走を起こします」
優しい口調ではあるが、その表情は真剣だった。
前日まで朝雄がアリアやサーシャから受けていた注意と、ほぼ同じ内容である。
「まずは自分の中にある魔力を感じて、それをゆっくり全身へ巡らせてみてください」
「分かりました」
「やってみます」
二人は目を閉じ、自分の身体へ意識を向けた。
昨日、適正検査で魔力があることは確認しているうえ、桜はすでに雪風へ無意識に魔力を流していた。その経験もあったのだろう。
「あ……」
桜が先に反応する。
「何か感じますか?」
「身体の中を、少し温かいものが流れているような……」
「それです」
「これが魔力……」
梅も少し遅れて、自分の中にある同じ感覚を掴んだ。
そこからは、その魔力を腕や脚へ意識的に移す訓練へ進み、ある程度感覚を掴んだところで、セイラは身体強化について説明を始めた。
「お二人は武器や格闘を中心に戦うようですので、まずは身体強化を覚えた方が役に立つと思います」
身体強化とは、魔力を身体へ巡らせ、筋力や瞬発力、耐久力などを一時的に高める魔法らしい。
「例えば速く走りたい場合は、脚へ魔力を流して強化します」
「脚を……」
桜が自分の脚を見る。
「ただし、大量に流せばいいというものではありません。必要な場所へ必要な量だけ、というのを意識してください」
「分かりました」
二人は言われた通り、実際に身体を動かしながら魔力を調整していった。
◇ ◇ ◇
それから約五時間後。
「……」
セイラは呆然としていた。
「どうしました?」
桜が首を傾げる。
「何か間違っていますか?」
「いえ……むしろ逆です」
「逆?」
「もう普通に身体強化を使って戦っても、大きな問題はないと思います……」
「本当ですか?」
「はい……」
もちろん、魔力量の調整や細かな制御にはまだ甘い部分がある。
それでも基礎だけを見るなら十分すぎるほどで、通常ならここまで使えるようになるだけでも数か月は掛かるらしい。
セイラが三か月で実戦に使える程度まで身体強化を身につけた時でさえ、周囲からは早いと言われていた。
それを二人は、半日も掛からず形にしてしまった。
「うう……」
セイラが肩を落とす。
「私、身体強化でまともに戦えるようになるまで三か月も掛かったのに……」
「三か月でも早いんですよね?」
「普通は半年くらい掛かります」
「じゃあ、セイラさんも十分すごいじゃないですか」
梅が慰める。
「そうなんですけどぉ……」
目の前で五時間ほどで習得された後では、素直に喜べなかった。
◇ ◇ ◇
二人が身体強化を短時間で使えるようになったのには、それなりの理由があった。
例えば『速く走る』という結果を想像するとする。
この世界の人間なら、多くの場合は『脚を強くすれば速く走れる』と考える。もちろん、それでも身体強化は成立する。
だが桜と梅は、日本の学校教育や日頃の稽古を通じて、身体の構造をある程度知っている。
脚の筋肉だけではなく、膝や足首などの関節、走る時の腕の振り、身体の重心、上半身と下半身の連動など。
人体の専門家ほど詳しいわけではないにしても、単純に『脚を強くする』よりは遥かに具体的なイメージを持つことができた。
この世界の魔法は、術者が結果をどれだけ明確にイメージできるかによって、効果や効率が大きく変わる。
元々身体を使うことに慣れている二人にとって、身体強化は非常に相性のいい魔法だった。
「後は、使用する魔力量の調整ですね」
セイラは気を取り直して説明する。
「強くしすぎれば身体へ負担が掛かりますし、魔力もすぐになくなってしまいます。何より、常に自分で制御している意識を忘れないでください」
「はい」
「分かりました」
「これはさすがに一日では身につきません。毎日少しずつ練習してくださいね」
二人は素直に頷いた。
◇ ◇ ◇
訓練を続けているうちに、桜と梅は段々楽しくなってきていた。
いつもより身体が軽く、走れば速く、踏み込めば強い。
普段と同じ感覚で身体を動かしているのに、明らかに結果が違う。
『これなら……お爺様にも勝てるかもしれない』
桜の頭には祖父、修蔵の姿が浮かぶ。
隣では梅も、
『これならお父さんにも……』
健介との組手を想像していた。
そして、ほぼ同時に二人はセイラを見る。
「……」
「……」
「……え?」
二人とも笑顔だった。
純粋に、『誰かと試合して、どのくらい強くなったか確かめたい』と思っただけである。
しかし。
「ひっ……!」
セイラの顔が引きつる。
「あ、あわわわ……私は無理ですよ!」
「まだ何も言ってないですけど」
「絶対に試合しようとしてましたよね!?」
「……」
図星だった。
「無理です! 身体強化を覚える前のお二人にだって、勝てる気がしないんですから!」
「ちょっと試すだけですよ?」
「駄目です! 絶対に嫌です!」
セイラは全力で首を横へ振った。
どうやら交渉の余地はなさそうだった。
◇ ◇ ◇
「それなら……」
桜は周囲で訓練している近衛騎士たちを見る。
誰か相手をしてくれる者はいないだろうか。
すると、その中に見覚えのある赤い髪を見つけた。
『そうだわ』
異世界へ転移してきた日、桜へ剣を向け、そして雪風に片脚を凍らされた騎士だ。
あの日は突然のこととはいえ怪我をさせてしまったので、一度きちんと謝っておいた方がいい。ついでに、もし可能なら軽く試合もしてもらおう。
そう考え、桜は騎士へ向かって歩き始めた。
相手もこちらへ近づいてくる桜に気づき、目が合った。
その瞬間。
「……!」
騎士の顔が一気に真っ青になる。
「あの――」
桜が声を掛けようと手を上げる。
「うわああああっ!」
「……え?」
騎士は悲鳴を上げ、そのまま全速力で逃げ出した。
「……」
桜の上げかけた手が、行き場を失ったまま宙に残る。
「なにも、そこまで怖がらなくても……」
肩を落としたところで、頭の中に昨日セイラから言われた言葉が蘇る。
『目つきの怖い女剣士』
「……」
さらに落ち込んだ。
◇ ◇ ◇
その隣では、梅も同じく転移初日に戦った騎士を見つけていた。
「あ」
緑色の髪に高い背、顔立ちの整った若い騎士。
『私も謝っておかないと』
さすがに、あの攻撃は少しやりすぎた。本人が元気に訓練していることには安心したが、きちんと謝罪しておくべきだろう。
「あのー」
梅が声を掛ける。
「……!」
振り返った騎士の顔が固まる。
そして。
両手で股間を押さえた。
「……」
次の瞬間。
「ひいいいいっ!」
一目散に逃げていった。
「……」
梅もその場に取り残される。
「謝ろうと思っただけなのに……」
桜と梅は、並んでどんよりと肩を落とした。
◇ ◇ ◇
そんな二人を見ていたセイラは、思わず小さく笑った。
初めて会った時、セイラにとって二人は、突然魔法陣から現れ、近衛騎士を瞬く間に倒した恐ろしい相手だった。
だが昨日から一緒に過ごし、今こうして逃げられただけで本気で落ち込んでいる姿を見ると。
『普通の女の子なんですね』
ようやくそう思える。
「サクラさん、ウメさん」
声を掛けようと近づいた。
その時。
「なんだぁ?」
背後から野太い声が響いた。
「『ハリボテ騎士団』がダンスの練習か?」
周囲の空気が変わった。
「騎士団の訓練の邪魔になるから、ダンスならダンスホールにでも行ってやってろや!」
大きな笑い声混じりの声に、セイラ、桜、梅、そして近くにいた近衛騎士たちが一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、巨大な男だった。
身長は二メートル近く。鍛え上げられた身体を黒い鎧で包み、肩には自分の身長に近いほど巨大な剣を担いでいる。
短く切った髪。
頬には大きな傷。
年齢は二十代後半ほどに見えた。
その厳つい外見とは裏腹に、男は悪戯でもしている子供のような笑みを浮かべている。
「……オルフ騎士団長」
セイラが小さく呟いた。
「ん?」
オルフと呼ばれた男は周囲を見る。
「今日はボロンの爺さんはいねえのか?」
「ボロン団長は、本日は城内の警護に当たっています」
セイラはできるだけ平静を装いながら答えた。
「それで、第一騎士団の団長様が、こちらに何のご用でしょうか?」
最初の失礼な物言いについては、完全に無視することにしたらしい。
「いやな」
オルフの表情が少し変わる。
「最近、妙な噂を聞いたんだよ」
「噂?」
「ああ」
探るような目でセイラを見る。
「近々、王族に所縁のある重要人物を捜索するため、騎士団が動くらしいじゃねえか。しかも、その任務を任されるのが近衛騎士団だって話だ」
『朝雄のことね』
桜と梅にもすぐ分かった。
朝雄の存在そのものは、できる限り秘密にする方針だった。だが、騎士団を動かす規模の話になれば、完全に情報を隠し通すのも難しいのだろう。
「な、何のことでしょうか?」
セイラが答える。
「……」
桜と梅はセイラを見た。
「わ、私は何も知りませんわ!」
急に口調までおかしくなり、視線も右へ左へ見事なまでに泳いでいる。
『下手すぎる』
二人は揃って肩を落とした。
「ふん」
オルフも当然気づいたらしい。
「その様子じゃ、本当みてえだな。しかし分からねえ」
今度は少し真剣な顔になる。
「なんで、そんな重要な任務をお前らに任せる?」
「……」
「王族に関係する重要人物の捜索と護衛だぞ。普通なら、第一騎士団に命令が下るのが当然だろうが」
セイラの顔から汗が流れる。
「まあいい。この件は直接、国王陛下に話す」
「え?」
「捜索任務は第一騎士団に任せてもらえるよう、俺から願い出るつもりだ」
「なっ……!」
セイラの顔色が一気に悪くなった。
第一騎士団は王国最精鋭の騎士団で、その団長であるオルフは、王国でも有力な軍閥貴族である侯爵家の次男だという。
そのオルフ自身が国王へ願い出るとなれば、簡単に無視できる話ではない。
セイラの様子を見て、オルフは小さく息を吐いた。
そして急に真剣な表情になる。
「そもそもだ。お前ら近衛騎士団は、まともな実戦訓練もしてねえだろうが」
「……」
「礼儀作法だの、儀礼の手順だの、綺麗に見える剣の振り方だの、そんなことばっかりやって」
周囲にいる近衛騎士たちへ視線を向ける。
「城の外で魔物と戦ったことのある奴が、この中に何人いる?」
誰も答えなかった。
「野盗は?」
沈黙。
「危険な野生動物は?」
やはり、誰も答えない。
「それで、どこにいるのかも分からねえ人間を捜して、国外へ出る可能性まである任務に行くってのか?」
「……」
「そんな状態じゃ、重要人物を捜すどころか――」
オルフはセイラを真っ直ぐ見る。
「お前ら全員、途中で死ぬぞ」
「……」
先ほどまでの馬鹿にしたような口調とは違う。
本気でそう警告しているのだと分かった。
セイラは何も言い返せず、悔しそうに唇を噛んで俯いた。
オルフもそれ以上何も言わず、背を向ける。
「じゃあな」
もう用はない。
そんな様子で立ち去ろうとする。
だが。
「待ちなさい」
背後から声が掛かった。
「ん?」
オルフが振り返る。
そこには、先ほどまで逃げられたことで落ち込んでいた少女の姿はなかった。
桜が無表情で立っている。
そして。
「そこの無礼な筋肉達磨」
「……」
周囲が、一瞬で静まり返った。
宜しければ評価をいただけると励みになります。
次話は19:00に投稿します。
申し訳ありません。
19:00の投稿は遅れそうです。
投稿可能になり次第上げます。




