閑話 雪風
すみません、予約時間を間違えてしまいました。
私の名は雪風。
唐突ですが、私は人ではありません。
刀です。
自分が刀であることを自覚したのは、いつ頃だったでしょうか。
なぜ私は刀なのか。なぜ刀である私に自我があるのか。そして、私は何のために存在するのか。
昔はそんなことを考えたこともありましたが、随分と長い時が経ち、今ではほとんど気にしなくなりました。
私は私。
それでいいではないですか。
◇ ◇ ◇
昔は、様々な人が私を振るいました。
ある者は正義や大義のため。またある者は、自らの欲望のため。
私はその都度、使い手が望むままに力を発揮してきました。
そしていつの頃からか、私は『妖刀』と呼ばれるようになっていました。
さらに長い年月が過ぎると、私が実際に振るわれる機会は少なくなり、それと同時に私の力を引き出せる者もほとんどいなくなっていきます。
詳しい理由は分かりません。
ただ、昔と比べて空気が変わったというか、どうにも力を出しにくくなったのです。
これも時代の流れというものなのでしょうか。
もちろん、使い手の問題もあります。
刀を扱う技術だけなら、今の時代にも優れた者はいました。ですが、私の本当の力を使うには、それだけでは足りません。
もう一つ。
使い手自身が持つ『力』が必要なのです。
しかし、その力を持つ者は時代と共に少なくなっていきました。
『まあ……これでいいのかもしれませんね』
私という存在も、いつかは時の流れと共に朽ちていくのでしょう。
ただ、朽ちる前にもう一度くらいは、私を全力で振るってくれる人に出会いたいものです。
できれば、格好いい男性を希望します。
むさいおじさんとかはNGでお願いします。
◇ ◇ ◇
現在、私は九条家の道場にいます。
ここの道場主である修蔵は、なかなかの使い手です。いえ、刀の技量だけなら、私がこれまで出会ってきた使い手の中でも一、二を争うでしょう。
残念ながら、私の力を使うために必要なもう一つのものを持ってはいませんが。
また長い時間が過ぎ、修蔵は結婚しました。やがて、楓という娘も生まれます。
この楓という娘には、私も少し感じるものがありました。
『鍛えれば、もしかすると……』
修蔵にはなかった力を、僅かながら持っていたのです。
成長すれば、私の力を扱えるようになるかもしれない。
そう期待した時期もありました。
ですが、楓はやがて剣術をやめてしまいました。
『残念ですねぇ……』
その後しばらく姿を見ないと思っていたら、ある日、赤子を抱いて道場へやって来ます。
『……あれ?』
どうやら、私がぼんやりしている間にまた随分時間が経っていたようで、結婚して子供までできていました。
幸せそうで何よりです。
◇ ◇ ◇
楓の子供は、桜という名前の可愛らしい女の子でした。
ついこの前まで母親に抱かれていた赤子が、気づけば道場の中を走り回るほど大きくなっています。
『人間の成長って早いですねぇ』
まあ、私にとっては、という意味ですが。
ある日、桜は床の間に飾られている私へ興味を持ったようでした。
とことこと近づいてきて、恐る恐る小さな手を伸ばしてきます。
『駄目です、桜』
私は刀です。
子供にとって、大きな刃物が危険なのは当然でしょう。
なんとか遠ざける方法はないかと考えますが、こちらから自由に動けるわけでもありません。
そして、ついに桜の小さな手が私へ触れました。
『……!』
その瞬間、桜の身体から力が私へ流れ込んできます。
『これは……』
楓に触れられた時より、ずっと強い。
思わず驚きました。
ですが今は、それどころではありません。
桜が間違って鞘から私を抜いたりすれば大変です。
『仕方ありません!』
私は久しぶりに、自分の力をほんの少し解放しました。
すると刀身の温度が一気に下がります。
「つめたっ!」
驚いた桜はすぐに手を離し、そのまま泣きながら走っていってしまいました。
『ご、ごめんなさい……』
幼い子供を泣かせてしまいました。
しかし仕方ありません。
自分で言うのも何ですが、私は切れ味抜群なのです。
決して自慢ではありませんよ?
本当です。
それからも桜は時々私を見に来るようになりましたが、直接触れることはなくなりました。
◇ ◇ ◇
また少し時間が経ち、桜も随分大きくなりました。
まだまだ子供ではありますが、修蔵から本格的に剣術を教わっており、その腕前はめきめき上達しています。
『同じ年頃の修蔵より上ですね』
このまま育てば、きっと素晴らしい剣士になるでしょう。
そんなある日、桜がまた私のところへやって来ました。
ただし今日は一人ではなく、隣には小さな男の子がいます。
「ほら、朝雄。これが雪風だよ。綺麗な刀でしょう?」
「うん。本当に綺麗だね」
その子を見た瞬間。
『……え?』
私には存在しないはずの心臓が、大きく跳ねたような気がしました。
朝雄。
どうやら、この男の子はそういう名前らしい。
『なんでしょう、この感覚……』
朝雄から目が離せません。
刀に目はないだろう、というツッコミは置いておいてください。
そういう気分なのです。
さらに、同じく存在しないはずの心臓が、どんどん早く動いている気までします。
『これは……運命!』
そうに違いありません。
『私は朝雄に出会うために生まれてきたのですね!』
しかも今、私のことを綺麗と言いましたよね?
言いました。
間違いなく言いました。
『第一印象は完璧です!』
これはもう、二人は出会った瞬間から恋に落ちる運命だったとしか思えません。
そんなことを考えていたせいでしょう。
朝雄が私へ手を伸ばしていることに気づくのが遅れました。
「朝雄、駄目!」
桜が止めるより早く、朝雄の指先がほんの僅かに私へ触れます。
その瞬間。
『なに、これ!?』
凄まじい勢いで、朝雄の身体から力が流れ込んできました。
『ちょ、ちょっと待ってください! 多い、多すぎます!』
こんなもの、制御できません。
私自身の力が一瞬で膨れ上がります。
パキンッ。
硬い音と共に、私の刀身が一気に氷で覆われました。
「……!」
ほぼ同時に桜が朝雄を抱き寄せ、私から離します。
二人は目を見開いたまま、全身を氷に包まれた私を見つめていました。
『ああ……終わりました』
また子供を怖がらせてしまいました。
しかも、今度は朝雄です。
『もう会いに来てくれないかもしれません……』
泣けるものなら、私は確実に泣いていたでしょう。
ですが。
朝雄の反応は、私の予想とはまったく違いました。
「すごいね、雪風!」
『……え?』
「すごく綺麗だよ!」
全身を透明な氷に包まれ、白い冷気を漂わせている私を見て、朝雄は目を輝かせていました。
『……私、今なら感動で泣ける気がします』
朝雄は怖がるどころか、私を褒めてくれたのです。
『朝雄……!』
私はすぐに力を抑え、刀身を覆っていた氷を溶かしました。
◇ ◇ ◇
「私が前に雪風に触った時は、急に冷たくなったから……」
桜が少し寂しそうな顔をした。
「拒否されたのかと思って、泣いちゃったんだけど……」
『違います! あれは桜が怪我をしたら危ないと思ったからです!』
私は全力で否定しました。
もちろん、二人に私の声が聞こえるはずはありません。
ですが。
「違うって言ってるよ?」
「え?」
『え?』
思わず桜と同時に反応してしまいました。
「なんだか雪風が、そう言ってる気がするんだよ」
朝雄は私を見つめる。
「桜お姉ちゃんに怪我をさせたくなかったって、雪風が言ってるような気がする」
『……!』
私の声そのものが聞こえているわけではないようです。
ですが、思っていることが何となく伝わっている。
「そうなの? 雪風?」
桜が私を見る。
『そうです! その通りです!』
私は存在しない頭を全力で縦に振るつもりで念じました。
「うん」
朝雄が笑う。
「やっぱり、そうだって言ってる気がするよ」
「すごいね、朝雄。雪風の気持ちが分かるんだね」
「えへへ」
桜が朝雄へ笑顔を向ける。
もし私に顔があったなら、きっと同じように満面の笑顔を浮かべていたことでしょう。
◇ ◇ ◇
それから、桜と朝雄は時々私に会いに来てくれるようになりました。
私も学習します。
桜や朝雄に触れられるたびに力を暴走させるなど、同じ失敗を繰り返すわけにはいきません。
特に朝雄。
あの子が触れた時に流れ込んでくる力は、今まで私が経験したことがないほど強い。
ですが。
『今度こそ制御してみせます!』
何度か触れてもらううちに、どうにか力を抑えられるようになりました。
ただし、鞘から抜くのは禁止です。
『それは危ないですからね!』
そこだけは全力で抵抗し、桜や朝雄が子供の頃は、どう頑張っても鞘から抜けないようにしていたのです。
◇ ◇ ◇
また少し時間が経ちました。
季節は夏。
外からは花火の音と、楽しそうな人々の声が聞こえてきます。
道場の入口からも、子供たちの声が近づいてきました。
朝雄。
桜。
そして梅。
梅は後から二人の友人になった少女で、初めて私を紹介された時、随分驚いた顔をしていたのを覚えています。
「「「雪風、ただいまー!」」」
三人が揃って笑顔を向けてくれました。
『はい。おかえりなさい』
もちろん声は届きません。
それでも私は三人を迎えます。
三人は私の前へ座ると、お祭りの屋台で買ってきた物を次々と見せ始めました。
綿あめ。
りんご飴。
たこ焼き。
焼きそば。
『……食べ物ばっかりですね』
少し心配になります。
『食べ過ぎてお腹を壊さなければいいのですが……』
私の考えが伝わったのでしょうか。
朝雄が少しばつの悪そうな笑顔を浮かべました。
「雪風にもお土産があるよ」
『私に?』
朝雄が何かを取り出す。
「つけてあげるね」
私の鍔にある穴へ、赤い紐で結ばれた小さな鈴を括りつけてくれました。
チリン。
涼しげな音が鳴る。
「うん。すごく似合うよ!」
『……っ!』
朝雄の嬉しそうな笑顔を見て、私は心の底から自分に顔がなくて良かったと思いました。
もし顔があれば、間違いなく真っ赤になっていたでしょうから。
◇ ◇ ◇
その日から、私は新しい修行を始めました。
元々、自分自身である刀身にはある程度干渉することができますが、後から取り付けられた鈴は別物です。
『せっかく朝雄からもらった物です』
絶対に失くしたくありません。
それから数年。
少しずつ、鈴にも自分の力を伝える練習をしました。
とはいっても、元々自分の身体である刀にさえ、物理的な干渉はそれほどできません。
できるようになったことといえば、刀が振られている時には鈴が邪魔にならないよう鳴らさないこと。
そして、たまに自分の意思で――
チリン。
鈴を鳴らすこと。
それだけでした。
ですが、私には十分です。
朝雄からもらった鈴ですから。
◇ ◇ ◇
それからさらに数年が経ちました。
ここ数日、桜の様子がおかしい。
落ち込んでいるような、何かをずっと考え込んでいるような、そんな表情をしていました。
そして何より。
『朝雄を見ませんね……』
いつも桜たちと一緒にいる朝雄が、まったく道場へ来ない。
『二人に何かあったのでしょうか』
嫌な予感がしました。
◇ ◇ ◇
ある日の夜遅く、桜が一人で道場へやって来ました。
「雪風」
『桜……』
ここ数日のような落ち込んだ表情ではありません。
迷いもなく、真っ直ぐな目をしたいつもの桜でした。
「私、朝雄を助けに行くことにしたの」
『……!』
やはり、朝雄に何かあったのですね。
桜があそこまで落ち込む理由など、朝雄のこと以外には考えられません。
「力を貸してくれる?」
『何を言っているのですか』
私は全力で思いを込める。
『朝雄を助けるのは私です。誰にも譲るつもりはありません』
もちろん、桜にも力を貸しますけどね。
チリン。
私は鈴を鳴らした。
「……ありがとう、雪風」
どうやら、桜にも気持ちが伝わったようです。
桜は嬉しそうに笑うと、私を手に取りました。
『さあ、行きましょう』
朝雄を助ける。
そのためなら、邪魔するものは私が全部排除してみせます。
久しぶりに本気で力を振るえるかもしれない。
それも、大切な朝雄を助けるために。
『全力でいきますよ!』
私はそう決意し、桜と共に異世界へ旅立ったのでした。
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次話は明日7:00に投稿します。




