022 桜サイド エミリーとの対面
しばらく桜側のお話がつづきます。
『この人が……朝雄のお母さん?』
桜と梅は、驚愕の表情で目の前の女性を見つめていた。
エミリーという名前は喜一郎から聞いている。銀髪のハーフエルフだということも。
それでも実際に会ってみると、想像していた以上に若い。美人というより、どう見ても美少女と言った方がしっくりくる。
『この人とおじ様が夫婦……』
桜は頭の中で二人が並んでいる姿を想像した。
巨大な筋肉の塊のような喜一郎。
目の前には、自分たちと同年代にしか見えない銀髪の少女。
『……知らない人が見たら通報されそう』
そんな失礼な感想が頭をよぎる。
一方のエミリーは、呆然としている二人を不思議そうに見つめていた。
「どうしたの?」
首を傾げる仕草まで若々しい。
「……」
「……」
二人はまだ言葉を返せない。
「エミリー様」
その様子を見かねたのか、メイド服の女性が口を開いた。
「ここでは落ち着いてお話もできないでしょう。お部屋を用意しておりますので、まずはそちらへ移動されてはいかがですか?」
「あ、そうね」
エミリーも周囲を見回す。
足を凍らされた騎士。
股間を押さえて倒れている騎士。
剣を収めたまま、まだ警戒を解き切れていない近衛たち。
確かに、ゆっくり話をする状況ではない。
「桜ちゃん、梅ちゃん。場所を変えようか」
「は、はい」
「お願いします」
二人はようやく返事をした。
エミリーが立ち上がりかけたところで、不意に倒れている二人の騎士へ目を向ける。
「あ、それとターニャ。治癒魔法を使える人を二人くらい――」
「すでに手配しております」
「……早いね」
「こうなる可能性も考えておりましたので」
「こうなる可能性って……」
桜と梅が微妙な表情になる。
ほどなくして、白いローブを着た若い女性が二人、部屋へ入ってきた。ボロンとセイラに指示され、それぞれ倒れている騎士へ駆け寄る。
足を凍らされた騎士は、氷がなかなか溶けないらしく治療に苦労していた。
一方。
「……」
梅に倒された騎士を担当した女性は、怪我の場所を確認すると何とも言えない顔になった。
「……」
梅はそっと視線を逸らした。
『ごめんなさい……』
今になって少しだけ罪悪感が湧いてきた。
「では、参りましょう」
ターニャに促され、四人は部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
薄暗い石造りの廊下を、ターニャを先頭に歩いていく。その後ろにエミリー、さらに桜と梅が続く。
『本当に異世界なんだ……』
桜は周囲を眺めながら、改めて実感していた。
壁には一定間隔で光を放つ器具が取り付けられている。蝋燭や電灯には見えない。
喜一郎から聞いた魔道具という物なのだろう。
しばらく歩くと、ターニャが一つの扉の前で立ち止まった。
「こちらです」
静かに扉を開ける。
「どうぞ、お入りください」
エミリーに続き、桜と梅も部屋へ入った。
「……広い」
梅が思わず呟く。
先ほどの石造りの部屋とはまるで雰囲気が違った。
天井には明るい照明。中央には大きなテーブルと複数の椅子。壁際には細かな装飾の施された戸棚や本棚が並んでいる。
そして部屋の奥には、大きな天蓋付きのベッドまで置かれていた。
『ホテルの高級な部屋みたい……』
桜も同じような印象を抱いた。少なくとも、普通の一般家庭の部屋ではない。
「こちらへどうぞ」
ターニャが椅子を引く。
「ありがとうございます」
桜と梅が並んで腰掛け、エミリーも向かい側へ座った。
そして。
「はぁぁぁぁ……」
二人が見ている前で、エミリーはそのままテーブルへ上半身を投げ出した。
「……」
「……」
「疲れたぁ~」
両腕を前へ伸ばし、頬をテーブルへ押しつける。
「王族っぽく偉そうにするの、ほんと疲れる……。日本で普通に主婦してた頃に戻りたいよぉ……」
「エミリー様」
ターニャの声が一段低くなる。
「お客様の前ですよ」
「いいじゃない。もうここには身内しかいないし」
「桜様と梅様は、今初めてお会いしたばかりでしょう」
「でも朝雄の大切な人たちなら、私にとっても身内みたいなものだよ」
「そういう問題ではありません」
冷ややかな視線。
エミリーは数秒耐えた後、渋々身体を起こした。
「もう……ターニャもいつも通りでいいんだよ」
「……」
ターニャは桜と梅をちらりと見る。そして深い溜息をついた。
「エミリー」
「うん」
「せめてお客様の前くらい、きちんと椅子に座りなさい」
「はい……」
「背筋も伸ばす」
「はい……」
素直に姿勢を正すエミリー。
「……」
「……」
桜と梅は、少し不思議そうに二人を見ていた。
「私とターニャは幼馴染なんだよ」
その視線に気づいたエミリーが説明する。
「同じ日に生まれて、子供の頃からずっと一緒。だから姉妹みたいなものかな」
「同じ日に……?」
梅がターニャを見る。
三十代半ばくらいに見える。
次にエミリーを見る。
どう頑張っても、自分たちと大差ない年齢にしか見えない。
「ああ」
ターニャが納得したように頷く。
「エミリーが若く見えるので驚いていらっしゃるのですね」
「……はい」
「見た目はこの通りですが、私たちは同じ歳です。もう立派なおばさんですよ」
「むぅ!」
エミリーが口を尖らせる。
「おばさんは酷いよ! 私はまだまだ若いんだからね!」
「その反応が子供っぽいと言っているのです」
「ターニャだって昔から全然変わってないじゃん!」
「外見は十分変わりました」
「中身の話だよ!」
二人のやり取りを見て、桜と梅の緊張が少しだけほぐれた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、その辺から説明するね」
エミリーは改めて二人へ向き直った。
「私のお父さんは人族で、お母さんがエルフなの。だから私はハーフエルフ」
自分の長い耳を摘まんでみせる。
「ハーフエルフは、人族とエルフのどちらの特徴が強く出るかでかなり個人差があるんだけど、私はお母さんの方が強く出たみたい」
「それで、その耳と……」
「この見た目」
エミリーが笑う。
「身体の成長もエルフ寄りだからね。ターニャと同じくらいの見た目になるには、まだ十年以上掛かると思うよ」
「……」
桜と梅は改めてエミリーを見る。
二人とも、朝雄に付き合ってファンタジー系の漫画やアニメを見ることはあった。
エルフといえば若い外見と長寿。
まさに定番そのものだ。
どうやらこの世界でも、似た特徴を持つらしい。
「朝雄は見た目こそ人族に近いけど、成長には少しエルフの特徴が出てたんだよね」
エミリーの表情が、少しだけ寂しそうになる。
「三歳までしか一緒にいられなかったけど、その頃から同じ歳の子よりかなり小さかった」
「今も背は低いですね」
桜が答える。
「十五歳で百五十五センチくらいです。顔も幼いので、実際より若く見られることは多いと思います」
「やっぱり」
「ただ、学校生活に支障が出るほど異常というわけではありません」
「そっか……」
エミリーはほっとしたように微笑んだ。
「あの子、ちゃんと大きくなったんだね」
「はい」
「会うの、楽しみだな……」
その表情は、見た目こそ少女でも。
間違いなく息子を想う母親のものだった。
桜と梅は顔を見合わせる。
そして。
二人同時に席を立った。
「エミリーさん」
「ん?」
「私たち……謝らなければいけないことがあります」
桜の声に、エミリーが首を傾げる。
「本当は、喜一郎おじ様がここへ来るはずだったのに……」
「私たちが勝手に来ちゃって……」
二人は深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
「本当に、ごめんなさい」
十年以上会えなかった夫。
ようやく再会できるはずだった。
その機会を自分たちが奪った。
覚悟して来たとはいえ、ずっと胸に引っ掛かっていたことだった。
「……」
エミリーは二人を見つめる。
そして。
「顔を上げて」
優しい声だった。
二人がゆっくり顔を上げる。
「そのことなら、気にしなくていいよ」
「でも……」
「キーくんから事情は聞いたから」
「キー……くん?」
一瞬。
桜と梅の思考が止まる。
脳裏に浮かぶのは。
二メートル近い巨体。
岩のような筋肉。
熊と素手で戦いそうな男。
『キーくん……』
『おじ様が……キーくん……』
普段なら確実に笑うところだった。
だが今は、何とか耐えた。
「二人が転移してきた時はさすがに驚いたけどね」
エミリーが苦笑する。
「でも、少ししてキーくんから手紙が届いたの」
「手紙……?」
桜が驚く。
『お母さんの薬で、朝まで眠ってるはずじゃ……』
そんな考えが顔に出ていたのだろう。
エミリーがクスクス笑った。
「桜ちゃんのお母さんも、キーくんも最初から分かってたみたいだよ」
「……」
「二人が自分たちで行くって決められるように、一芝居打ったんだって」
「……お母さん」
桜が額へ手を当てる。
完全に騙されていた。
「キーくんからの手紙にはね」
エミリーは少しだけ表情を柔らかくした。
「『朝雄のことは二人に任せる。よろしく頼む』って書いてあったよ」
「……!」
二人の表情が変わる。
自分たちの想いを優先して、ここまで来た。
喜一郎やエミリー。
そして朝雄自身から。
勝手なことをするなと言われても仕方がないと思っていた。
それでも来た。
「キーくんとは、八年くらい前から少しずつ手紙のやり取りができるようになったの」
エミリーが続ける。
「回数は年に何度かだけだけど、そのたびに朝雄のことを教えてもらってた」
「……」
「桜ちゃんと梅ちゃんの名前も、ずっと前から知ってるよ」
二人が顔を上げる。
「最初に名前を見たのは、八年くらい前だったかな。それからキーくんの手紙に、二人の名前が出てこなかったことなんてほとんどなかった」
「……」
「朝雄のそばに、いつも二人がいてくれたんだよね」
エミリーは二人へ向かって、深く頭を下げた。
「今まで朝雄と一緒にいてくれて、本当にありがとう」
「……っ」
「私も、二人に会えて嬉しい」
桜の目から涙が零れた。
梅も唇を噛んだが、堪えることができなかった。
「……良かった」
梅が小さく呟く。
「嫌われるんじゃないかって……ちょっと怖かったです」
「嫌うわけないよ」
エミリーは笑った。
「朝雄を心配して、異世界まで追いかけて来てくれたんでしょう?」
「……はい」
「だったら、むしろお礼を言いたいくらい」
その言葉に。
二人はしばらく涙を止めることができなかった。
◇ ◇ ◇
「お二人とも、少し落ち着かれましたか?」
ターニャが紅茶の入ったカップを、二人の前へ置いた。
「……はい」
「すみません」
桜と梅は、少し赤くなった目元を拭う。二人が泣き止むまで、エミリーもターニャも何も言わず待っていてくれた。
「じゃあ」
エミリーが表情を改めた。
「今度は、朝雄について現時点で分かっていることを説明するね」
「お願いします」
桜と梅も姿勢を正す。
「朝雄がこの世界へ来たのは、もう日付が変わってるから……三日前になるね」
エミリーがテーブルの上へ何かを置く。
「これ」
「……!」
安産祈願と書かれた、小さなお守り。
二人には見覚えがあった。
「朝雄のお守り……」
「うん」
幼い頃から、朝雄がずっと身につけていた物。
『お母さんにもらったお守りなんだ』
そう言う時だけ、朝雄は少し寂しそうな顔をしていた。
「三日前の夜、このお守りが向こうの魔法陣へ突然転移してきたの」
「お守りだけ?」
「そう」
エミリーがお守りの口を開き、中から折り畳まれた薄い紙を取り出す。
広げると、そこには細かな魔法陣が描かれていた。
「これは、私が朝雄のために作った魔道具なの」
「魔道具……」
「朝雄が本当に危険な状況になった時、この魔法陣が起動して、できる限り私のいる場所へ朝雄を転移させるように作ってある」
「……!」
桜と梅が息を呑む。
「ただ」
エミリーの表情が険しくなる。
「本来、このお守りだけで世界を越えるなんてできないの」
「え?」
「この中に込められる魔力なんて、たかが知れてるからね。日本の中で短い距離を転移するだけでも、本当なら足りないくらい」
「じゃあ、どうして……」
「分からない」
エミリーは首を横へ振った。
「私がこの世界にいたことで転移先がこっちになった。その可能性は高いと思う。でも、それだけでは世界を越えるための魔力を説明できない」
魔法陣を指先で軽く叩く。
「それに、本来なら朝雄本人も一緒に転移してくるはずだった」
「……」
「なのに、私のところへ届いたのはお守りだけ」
エミリーは僅かに眉を寄せた。
「朝雄本人はこの世界の別の場所へ飛ばされた」
「どうして、朝雄ちゃんもこの世界にいるって分かるんですか?」
梅が尋ねる。
「お守りを調べたら、起動した時に朝雄の魔力を大量に使った痕跡が残ってたから」
「朝雄の……魔力?」
「うん」
エミリーは頷く。
「多分だけど、足りなかった分を朝雄自身の魔力で補って転移したんだと思う」
「……」
「ただし、それだけじゃ説明できない部分もある」
桜が真剣な顔になる。
「どんな部分ですか?」
「人一人が世界を越えるのに必要な魔力は、普通の人が一生掛けても用意できないくらい多い」
「……」
「私が日本へ渡った時だって、国が何年も掛けて貯めた大量の魔石を使ったからね」
喜一郎から聞いていた話だ。
エミリーが日本へ渡るために、王城の魔石を大量に使ったこと。
「完全な転移じゃなかったにしても」
エミリーはお守りを見る。
「朝雄が世界を越えるための一部を、自分の魔力で補った可能性はかなり高い」
桜と梅には、その異常さがまだ完全には理解できなかった。
だが、エミリーの真剣な表情から、朝雄に何か普通ではないことが起きているということだけは伝わった。
「だから急いで保護しないと危険なの」
「危険?」
「こっちの世界は、日本より遥かに魔素が多いから」
エミリーが簡単に説明する。
「魔法は、周囲にある魔素を身体へ取り込んで、自分の魔力に変えて使うものなの」
昨日まで朝雄がアリアから教わっていた内容と、ほぼ同じ説明だった。
「日本にも魔素はあるんだけど、こっちと比べるとものすごく少ない。だから日本では魔法を使うのがとても難しいの」
「でも、こちらなら……」
「うん。発動しやすい」
エミリーが頷く。
「問題は、朝雄が魔法の使い方を何も知らないこと」
「……」
「力が大きい人ほど、制御できなかった時は危険になる」
「朝雄が……危ないんですか?」
梅の声が強張る。
「可能性はあるよ」
エミリーは誤魔化さなかった。
「だから一刻も早く見つけたい」
桜の手が、膝の上で強く握られた。
「朝雄が転移した場所は分からないんですか?」
「残念だけど、今はまだ」
エミリーが首を横へ振る。
「分かっているのは、この世界にいること。それと、今のところ命に別状はないってことだけ」
「無事なんですか!?」
二人が同時に身を乗り出した。
「うん」
エミリーが笑う。
「何時間か前にも確認したけど、ちゃんと生きてるよ」
「……っ」
桜と梅は大きく息を吐いた。
数時間前。
その時、朝雄はまだスロウ村にいた。
二人には知る由もない。
「どうやって確認してるんですか?」
「お守りと朝雄の魔力のつながりを利用した魔法」
エミリーが答える。
「ただ、今の術式だと分かるのは生きているかどうかと、大まかな状態くらいなの」
「場所までは?」
「まだ分からない」
「……」
二人の表情が曇る。
この世界にいる。
生きている。
それだけでは探しようがない。
日本より狭い世界だとしても、どれほど広いのかすら二人には分からないのだ。
「でも」
エミリーが続ける。
「もう少し詳しい状態が分かるように、今魔法を改良してる」
「改良……」
「うん。順調にいけば、明日の夜には今より情報を増やせると思う」
「場所も?」
「そこまで分かるかは、まだ約束できない」
エミリーは申し訳なさそうな顔になる。
「それに、この魔法は朝雄が眠っている時じゃないと安定しないみたいなの」
「……」
「だから今すぐ何度も試すこともできない」
桜は今すぐにでも部屋を飛び出し、朝雄を探しに行きたい気持ちを抑えた。
何も知らないまま外へ出ても、見つけられる可能性などほとんどない。
「桜ちゃん」
隣から梅が声を掛けた。
「今は待とう」
「……」
「私たち、この世界のこと何も知らないよ」
「梅ちゃん……」
「朝雄ちゃんを見つけるためにも、まずちゃんと情報を集めた方がいい」
桜は少しの間黙った。
そして。
「……そうね」
頷いた。
「焦っても、朝雄を見つけられなければ意味がないものね」
「うん」
その様子を見て、エミリーが少し安心したように微笑む。
「今日は二人とも休もう」
「でも――」
「もう日付も変わってるしね」
エミリーが窓を見る。
「一晩で世界を越えて、いきなり近衛騎士と戦ったんだから。十分すぎるくらい頑張ったよ」
「……」
「明日、改めてこの世界のことも含めて話そう」
「分かりました」
「お願いします」
二人は素直に頷いた。
◇ ◇ ◇
「申し訳ありませんが、今夜はこのお部屋をお二人でご使用ください」
ターニャがベッドへ目を向ける。
「明日には、もう一部屋ご用意いたしますので」
「いえ」
桜が首を横へ振った。
「このまま二人一緒で大丈夫です」
「私も平気です。ベッドもすごく大きいですし」
梅も頷く。
「そうですか。それでは、何かございましたら廊下にいる者へお申し付けください」
「ありがとうございます」
「じゃあ二人とも、おやすみ」
「おやすみなさい」
エミリーとターニャが部屋を出ていった。
扉が閉まる。
「はぁぁ……」
「ふぅ……」
桜と梅は、ほぼ同時に大きな息を吐いた。
「思ってたより、分かってることが少なかったわね」
桜が椅子の背もたれへ身体を預ける。
「このままじゃ、いつ朝雄を探しに行けるか分からない」
「でも、闇雲に探しに出るのはもっと駄目だよ」
梅が答える。
「私たち、この世界のことを何も知らないんだから」
「……そうね」
「それに……」
梅は部屋を見回した。
「エミリーさんのことも、まだほとんど分かってないよ」
「……」
桜も改めて周囲を見る。
自分たちを迎えた武装した騎士。
エミリーへ跪いた近衛。
専属のようについているメイド。
豪華な部屋。
そして。
『エミリー・サザーラント』
この国の名前と同じ姓。
「普通の人ではなさそうね」
「だよね」
「おじ様も、王立の魔法研究所にいたとは言っていたけれど……」
それだけで、この待遇になるだろうか。
「明日、その辺も聞いてみよう」
「うん」
結局、今夜二人だけで考えても答えは出ない。
「もう寝よっか」
梅が大きなベッドへ歩いていく。
「二人で寝るの、久しぶりだね」
「そうね」
桜も後に続く。
大きなベッドは、二人で横になっても十分余裕があった。柔らかな布団へ身体を沈める。
「……」
「……」
二人とも、思っていた以上に疲れていたらしい。
「朝雄ちゃん……」
梅が小さく呟く。
「絶対、見つけようね」
「ええ」
桜も目を閉じる。
「必ず」
それからほどなくして、二人は静かな寝息を立て始めた。
◇ ◇ ◇
桜と梅の部屋を出たエミリーとターニャは、並んで廊下を歩いていた。
エミリーは、先ほどまでの真剣な表情が嘘のように上機嫌だった。
「……」
その横顔を、ターニャが少し不思議そうに見る。
「なあに、ターニャ」
「……気づいていたの?」
「さっきからずっと見てるでしょ」
エミリーが笑う。
「何か言いたいことあるんじゃない?」
ターニャは少し迷った。
やがて口を開く。
「本当に良かったの?」
「何が?」
「喜一郎様のことよ」
エミリーの足が僅かに止まる。
「ずっと会いたがっていたでしょう?」
「……うん」
「ようやく再会できると思っていたのに、来たのはあの二人だった」
「そうだね」
「残念ではないの?」
ターニャは幼い頃からエミリーを知っている。
だからこそ、夫と会える日をどれほど楽しみにしていたのかも知っていた。
「残念じゃないって言ったら嘘になるかな」
エミリーは正直に答えた。
「キーくんには会いたかったよ」
「……」
「すごくね」
少しだけ寂しそうに笑う。
だが。
「でも、それ以上に嬉しいの」
「嬉しい?」
「うん」
エミリーは歩きながら続けた。
「あの二人、日本で普通に暮らしてた女の子なんだよ」
「ええ」
「この世界がどんなところかも分からない。帰れる保証だってない。それでも朝雄を心配して、全部捨てて来た」
「……」
「そんなこと、簡単にできると思う?」
ターニャは答えなかった。
答える必要もなかった。
「それだけ朝雄を大事に思ってくれる子が、二人もいる」
エミリーは嬉しそうに笑う。
「母親として、それ以上嬉しいことってないと思うんだ」
「……そうね」
「キーくんとは、また方法を考えればいい」
「簡単に言うわね」
「簡単じゃないよ」
エミリーが苦笑する。
「また転移に必要な魔力を集めるなら、普通なら何年も掛かる」
そこで、少し表情を曇らせる。
「でも……朝雄があれだけの魔力を持ってるなら、状況が変わる可能性はある」
「エミリー」
「分かってるよ」
ターニャが何を言いたいのか察し、エミリーはすぐに答えた。
「朝雄の魔力を当てにするつもりなんてない」
「……」
「まず安全に保護する。それが最優先」
真っ直ぐ前を見る。
「今の私にできるのは、朝雄を見つけるための魔法を完成させること」
「ええ」
「それから」
振り返る。
桜と梅が眠っている部屋の方向へ。
「あの二人を、無事に朝雄へ会わせてあげること」
強い意志のこもった目だった。
「分かったわ」
ターニャも笑う。
「あなたがそう言うなら、私も全力で手伝う」
「ありがとう」
「必ず三人を会わせましょう」
「うん!」
エミリーが力強く頷いた。
二人は再び歩き始める。
そして。
数歩進んだところで。
「……あ」
エミリーが足を止めた。
「今度は何?」
「大事なこと言うの忘れてた」
「何を?」
エミリーは桜と梅の部屋を振り返る。
少し考え。
すぐに笑った。
『あの子のこと、言うの忘れてた』
「まあ、明日でいっか」
「エミリー?」
「なんでもないよ~」
「……」
ターニャは嫌な予感しかしなかった。
宜しければ評価をいただけると励みになります。
次話は19:00に投稿します。




