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異世界に転移しても、姉からは逃げられない!【改訂版】  作者: yoko


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019 魔物との対峙

 村の入口から逃げてくる人たちとすれ違いながら、朝雄は村の中へ駆け込んだ。


 人の流れとは逆方向へ走っていると、前方に見知った姿を見つける。


「ジニス様!」


「おお、アサオかい!」


 ジニスは朝雄の姿を見ると一瞬だけ安心した顔をしたが、すぐに厳しい表情へ戻った。


「無事で良かった。魔物がもう村の中まで入ってきてる。すぐに外へ逃げるんだ!」


「アリアを見ませんでしたか?」


「アリア?」


 ジニスは周囲を見回した。


「見てないよ。一緒じゃないのかい?」


「……!」


 朝雄はすぐにアリアの家へ向かおうとした。


「待ちな!」


 ジニスが慌てて呼び止める。


「魔物はアリアの家がある方から村へ入ってきたんだよ。そっちへ行くのは危険だ!」


「でも!」


「さっき騎士様も向かった。アサオも早く村の外へ逃げるんだ!」


「……」


 さっき向かった騎士。


 恐らくサーシャだろう。


 アリアもいるかもしれない。


『そんなの……置いていけるわけない』


 朝雄はジニスへ頭を下げた。


「ごめんなさい!」


「あっ、アサオ!」


 制止を振り切り、アリアの家へ向かって走り出す。


 不安が大きくなるにつれ、身体の中の魔力も激しく動き始めていた。


『落ち着け……』


 今朝、アリアから言われたばかりだ。


 むやみに魔力を使ってはいけない。


 だが。


『アリア……サーシャ……』


 焦りを抑えることができなかった。


     ◇ ◇ ◇


 やがて、アリアの家が見えてきた。


『家はまだ無事だ』


 そう思った直後。


「GAAAAAAA!!」


 村中へ響き渡るような咆哮。


「……!」


 朝雄は足を止め、声のした方を見る。


 そこには。


「……あれが、魔物……」


 巨大な獣が立っていた。


 姿そのものは熊に似ている。だが二本足で立ったその身体は、軽く三メートルを超えていた。


 牙は異常なほど長く、両手から伸びる爪も普通の熊とは比べものにならない。


 そして。


 赤く染まった両目。


『熊というより……別の生き物だ』


 周囲には三人の騎士が散開し、巨大な魔物を囲んでいる。その中にサーシャの姿もあった。


「……!」


 さらに少し離れた場所。


 一人の騎士が地面に倒れ、その傍らにアリアがいる。


「アリア!」


 朝雄はそちらへ駆け寄った。


「アサオさん!?」


 アリアも朝雄に気づく。


 だが、その場を離れる様子はない。


 近づいて理由が分かった。


 地面へ倒れている騎士から、大量の血が流れている。アリアは両手を傷口へ当て、顔を真っ青にしながら必死に治癒魔法を使っていた。


「アリア……!」


「アサオさん、どうしてここに!」


「アリアを探してた」


「私は大丈夫です! だから早く逃げてください!」


「でも――」


「今、治療を止めたらこの方は死んでしまいます」


 アリアの声は震えていた。


「私はここから動けません。だからアサオさんだけでも――」


「アサオ!」


 サーシャの声が響いた。


 朝雄が振り向く。


 サーシャは大剣を魔物へ向けたまま、こちらを見ていた。


「アリアを連れて逃げろ!」


「でも!」


「その騎士は置いていって構わない!」


「……!」


 朝雄が言葉を失う。


 サーシャの表情は険しかった。


 怒っているようにも。


 悲しんでいるようにも見える。


「これ以上、村人を巻き込むわけにはいかない!」


「サーシャ……」


「私たちがこいつを止めている間に、アリアを連れて村から離れろ!」


「でも、その人は――」


「命令だ!」


 強い声だった。


 隊長として。


 国民を守る騎士として。


 サーシャは覚悟を決めている。


 そして魔物へ向き直った。


 朝雄の身体の中で、また魔力が動く。


 張り詰めた空気の中。


 サーシャの小さな呟きが、なぜかはっきりと耳へ届いた。


「……さようなら、アサオ。アリア」


「……!」


 サーシャの身体から、目に見えるほど強い魔力が立ち上る。


 次の瞬間。


「はああああっ!」


 地面を蹴り、一気に魔物との距離を詰めた。


 大剣を振り上げる。


「せやあっ!」


 斬撃が魔物の右腕へ食い込んだ。


 ズガッ!


「GAAAAAAA!!」


 魔物が絶叫する。


 だが。


「くっ……!」


 剣は太い腕の途中で止まった。


 切断には届いていない。


 魔物が怒り狂ったように腕を振り上げる。


「――っ!」


 剣を握ったままだったサーシャの身体も、まとめて宙へ持ち上げられた。


「サーシャ!」


 そのまま。


 地面へ叩きつけられる。


 ドンッ!


「ぐはっ!」


 サーシャの背中が地面へ激突した。


 苦しそうな声が漏れ、そのまま動かなくなる。


「サーシャ……!」


 朝雄が駆け出そうとした、その時。


「GYAOOOOOO!!」


 魔物が大きく口を開いた。


 その奥が赤く光り始める。


「……?」


 光は急速に膨らみ、炎へ変わっていった。


「まずい!」


 魔物と戦っていた騎士の一人が叫ぶ。


「魔法を使う! 坊主、嬢ちゃん、逃げろ!」


「……!」


 考えるより早く、朝雄の身体が動いた。


 身体の中の魔力が一気に膨れ上がる。


 朝雄はアリアの身体を片腕で抱き上げ、もう片方の腕で治療を受けていた騎士も抱えた。


「アサオさん!?」


「掴まって!」


 地面を蹴る。


 次の瞬間。


 ドンッ!


 魔物の口から巨大な火球が放たれた。


 朝雄たちが直前までいた場所を掠め、そのまま後方へ飛んでいく。


「……!」


 その先には。


 アリアの家があった。


「駄目――!」


 アリアの声。


 直後。


 ドォォォン!!


 爆発。


 木造の家が大きく崩れた。


 炎が一気に広がり、家全体を包み込んでいく。


「……」


 朝雄は言葉を失った。


 アリアも、ただ燃え上がる家を見つめている。


「家が……」


 小さな声。


「お父さんと……お母さんの家が……」


 アリアの目から。


 大粒の涙が零れた。


「……」


 朝雄はその顔を見た。


 この世界へ来て。


 何も分からなかった自分を助けてくれたアリア。


 怪我を治してくれた。


 家へ置いてくれた。


 食事を作ってくれた。


 魔法を教えてくれた。


 家族だと言ってくれた。


 視線を移す。


 少し離れた場所。


 サーシャが地面へ倒れたまま動かない。


 ルリアと自分を狼から助けてくれた。


 不用意に魔法を使うなと本気で怒ってくれた。


 また一緒に食事をしようと、楽しそうに笑っていた。


 そして。


 村の外では今もルリアが待っている。


 怖いはずなのに。


 朝雄を信じて。


 アリアを連れて戻ってくると信じて。


「……」


 燃えている。


 三人で食事をした家が。


 アリアに世話をされながら食事をした部屋。


 ルリアと笑ったテーブル。


 自分が眠っていたベッド。


 全部。


 炎に包まれている。


「……っ」


 胸の奥から、今まで感じたことのない感情が込み上げてきた。


 怒り。


 ただ、それだけだった。


「……許さない」


 身体の中で。


 魔力が。


 激しく蠢く。


「アサオさん……?」


 朝雄はアリアから離れ、ゆっくり立ち上がった。


 そして。


 魔物へ向かって歩き始める。


「アサオさん?」


 アリアが泣きながら顔を上げる。


「……!」


 息を呑んだ。


 いつも笑っている朝雄。


 何を言われても、困ったように笑う朝雄。


 その顔が。


 今は怒りに歪んでいる。


 それだけではない。


「魔力……?」


 朝雄の身体を、青く霞むような光が包んでいた。


「アサオさん、駄目です!」


 アリアの顔色が変わる。


「魔力を抑えてください!」


「……」


「それ以上は駄目です! 暴走します!」


 声が届いていない。


 朝雄は魔物だけを見ながら歩いていく。


「アサオさん!」


 アリアは立ち上がろうとした。


 だが。


「……っ」


 身体に力が入らない。


 先ほどまで負傷した騎士へ治癒魔法を使い続けていたため、魔力も体力もほとんど残っていない。


「アサ……オ……?」


 別の弱々しい声。


「……!」


 サーシャだった。


 地面に倒れたまま、苦しそうに首だけを動かし、朝雄を見ている。


「駄目……だ……」


 声を絞り出す。


「アサオ……そのままでは……」


 朝雄は、サーシャの少し手前で立ち止まった。


 右手を上げる。


 魔物へ向ける。


「……!」


 周囲の空気が震えた。


 青い光が、朝雄の右手へ集まっていく。


「なんだ……あの魔力は……」


 騎士の一人が呆然と呟いた。


 アリアも。


 サーシャも。


 言葉を失っている。


 光はさらに強くなる。


 そして。


「……え?」


 アリアの目が見開かれた。


 朝雄の髪。


 黒に近い髪色が。


 一瞬で。


 銀色へ変わった。


「アサオ……?」


 サーシャの瞳も大きく開く。


 次の瞬間。


 朝雄の右手から。


 膨大な魔力が放たれた。


 青い光。


 それは一直線に魔物へ走り。


「――GYA!?」


 直撃した。


 音すら。


 ほとんど聞こえなかった。


 巨大な魔物の上半身が。


 一瞬で消えた。


「……」


 残された下半身だけが。


 少し遅れて。


 ズシン。


 地面へ倒れた。


「……」


 誰も。


 動けなかった。


 アリア。


 サーシャ。


 騎士たち。


 全員が。


 ただ朝雄を見つめている。


 やがて、朝雄の右手がゆっくり下がった。


 同時に。


 銀色だった髪が、元の黒に近い色へ戻っていく。


「……」


 そして。


 糸が切れたように。


 朝雄の身体が、その場へ崩れ落ちた。


「アサオさん!」


 アリアの叫び。


「アサオ!」


 サーシャも声を上げる。


 騎士たちが我に返った。


 一人がサーシャへ。


 もう一人が朝雄へ駆け寄る。


「……」


 朝雄の側へ膝をついた騎士が、首筋へ手を当てる。


 次に胸元へ耳を寄せた。


 そして。


 サーシャたちへ向かって強く頷く。


「生きています!」


「……っ」


 アリアが大きく息を吐いた。


 サーシャも、騎士に身体を起こしてもらいながら目を閉じる。


「良かった……」


 アリアはよろめきながら朝雄の元へ歩いた。すぐ傍へ来ると、もう立っていられなかったのか、その場へ座り込む。


「アサオさん……」


 そして。


 再び涙を流した。


「本当に……もう……」


 サーシャも騎士に支えられながら近づく。


 朝雄の顔を覗き込み、静かに呼吸していることを確認すると、胸を撫で下ろした。


 だが。


 先ほど目にした光景が、頭から離れない。


 魔物を一撃で消し飛ばしたほどの魔力。


 身体を包んでいた青い光。


 そして。


 一瞬だけ銀色へ変わった髪。


「……」


 サーシャは眠る朝雄を見つめた。


「アサオ……」


 小さく呟く。


「お前は一体、何者なんだ……?」


宜しければ評価をいただけると励みになります。


次話は明日7:00に投稿します。

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