015 徴税部隊
ルリアに手を引かれ、朝雄は村の入口までやってきた。
村から伸びる一本道の先に、馬車と馬に乗った騎士の一団が見える。
「来たよ、お兄ちゃん!」
「うん」
馬車は二台。その周囲を守るように、七人の騎士が馬を並べていた。
左右に三人ずつ配置され、その先頭を白い馬に乗った一人の騎士が進んでいる。
『あの人が隊長かな』
徴税部隊と聞いた時は、もっと怖そうな集団を想像していた。だが実際には、徴税を担当する役人を乗せた馬車と、その護衛をする騎士団という構成らしい。
一団が近づいてくるにつれ、先頭の騎士の姿がはっきり見えてきた。
『女の人だ』
真っ赤な長い髪に、少し気の強そうな赤い瞳。
身体は全身鎧に包まれているため体格まではよく分からないが、周囲の男性騎士よりは小柄だった。それでも、百五十五センチほどしかない朝雄よりは明らかに背が高い。
そして何より目を引くのは。
「角……」
頭の左右、耳の少し上辺りから、大きな角が前へ巻き込むように伸びている。
「あれが魔族なんだ……」
朝雄は少し興奮しながら呟いた。
よく見ると、他の騎士たちにも角がある。長さや太さ、形はそれぞれ違うようだが、先頭の女性騎士の角が一番立派に見えた。
『ちょっと触ってみたい……』
そんな考えが頭をよぎる。
だが。
『……いや、やめよう』
アリアの耳の件を思い出した。
この世界では、朝雄の知らない常識がまだまだ多い。魔族にとって角を触ることが、どういう意味を持つのかも分からない。
『危ない危ない……』
朝雄は余計な好奇心を、そっと心の奥へ押し込めた。
◇ ◇ ◇
一団が村の入口まで到着すると、先頭の女性騎士が馬を止めた。続いて後ろの馬車と騎士たちも停止する。
馬車からは、鎧を着ていない数人の男女が降りてきた。
『あの人たちが役人かな』
女性騎士が馬から降りると、他の騎士たちも続いて下馬し、その後ろへ整列した。
村人たちの前へ出た女性騎士が、姿勢を正す。
「私は今回の徴税部隊を預かる、サーシャ・ガ……」
「……」
一瞬、言葉が止まった。
「サーシャだ」
何事もなかったように続ける。
「数日間世話になる。よろしく頼む」
そう言って丁寧に頭を下げると、後ろに並んでいた騎士と役人たちも、それに続いて頭を下げた。
『今、何か言いかけたよね?』
家名を名乗ろうとして、途中でやめたように聞こえた。
アリアの話では、この世界で家名を持つのは基本的に貴族だけだ。自分がアリアへ初めて名乗った時、名字があるだけで貴族と勘違いされたことを思い出す。
『じゃあ、この人は貴族なのかな』
『失礼なことをしないように気をつけよう』
朝雄は密かにそう決めた。
「王都から来た騎士で、隊長はたぶん貴族なのに……随分丁寧なんだな」
思わず独り言のように呟く。
「昔は、もっと横柄な人もいたそうですよ」
「うわっ」
いつの間にか後ろに立っていたアリアに、朝雄は少し驚いた。
「アリア、いつ来たの?」
「今です」
アリアは小さく笑う。
「以前の徴税部隊は、王都から来た役人だからと、村人に横柄な態度を取る者もいたそうです。でも今の魔王様になってから、騎士団や役人の意識改革が進められました」
「そうなんだ」
「今では、平民に対して横柄な態度を取る人はほとんどいないそうですよ」
「へえ……」
昨日聞いた『国民に優しい魔王』という話。
どうやら本当らしい。
『魔王って聞くと、どうしても悪役を想像しちゃうけど……』
やはり、自分が知っている物語の常識をこの世界へ当てはめるのは危険なのだろう。
「これはこれは。遠いところをご苦労様でした」
いつの間にか追いついていたジニスが、サーシャの前へ進み出た。
「何もない村ですが、どうぞゆっくりしていってください。宿泊場所へご案内いたします」
「感謝する」
サーシャの表情が少し柔らかくなる。
「長旅で多少疲れている。すまないが、徴税業務と周辺の討伐は明日からにさせてもらいたい」
「もちろんですとも」
ジニスは笑顔で頷く。
「今夜はささやかですが、歓迎の宴も用意しております。どうか旅の疲れを癒やしてください」
「それはありがたい」
サーシャは礼を言うと、ジニスの案内で歩き始めた。
ちょうど朝雄たちの前を通り過ぎる。
「……」
その途中。
サーシャが朝雄を見た。
「……?」
ほんの一瞬、怪訝そうな表情を浮かべる。だが、すぐに何事もなかったように視線を戻し、そのまま宿泊場所へ向かっていった。
「今、僕を見てたよね?」
「たぶん、人族のアサオさんが珍しかったんだと思います」
アリアが答える。
「もっと大きな街なら、商売に来ている人族や住んでいる人族もいます。でも、ここは魔王国の中でもかなり辺境ですから」
「ああ、なるほど」
「ちなみに、この村へ人族が来たのは七年ぶりですよ」
「そんなに?」
「地図を作るために来た方だったそうです」
「……」
観光地があるわけでもない。
街道も、この村でほとんど行き止まり。
さらに周囲には野生動物や魔物もいる。
『確かに、普通は来ないか』
自分がここにいる方が不自然なのだろう。
朝雄は納得した。
◇ ◇ ◇
徴税部隊が宿泊所へ入るのを見届けると、三人はアリアの家へ戻った。
家に着くなり、アリアから、
「アサオさん。少しお話があります」
と言われ、三人で居間のテーブルへ座る。
「今日の適正鑑定で、アサオさんに魔法適正があることが分かりました」
「うん」
「でも」
アリアの表情が真剣になる。
「魔法は、きちんと手順を覚えてから使わないと危険なんです」
「……」
「ルリアを助けてくれた時、アサオさんは魔法を使った可能性が高いと思います」
朝雄は自分の右手を見る。
あの時、狼へ触れた瞬間、身体の中から何かが流れ出した。その直後、狼の腹には大きな穴が開いていた。
「強力な魔法ほど、扱うには訓練が必要です」
アリアは年上らしく、少し言い聞かせるような口調で続ける。
「基本的なことなら私も教えられます。でも、それまでは自分から魔法を使おうとしないでください」
「……分かった」
「本当にですよ?」
「うん。気をつけるよ」
朝雄が頷くと、アリアは安心したように微笑んだ。
『魔法か……』
これまで起きた不思議な出来事を思い返す。
トラックを止めた時。
森の中で、遠く離れた川の存在に気づいた時。
ルリアを助けた時。
どれも身体の中で『何か』が動く感覚があった。
『あれが魔力だったのかな』
そう考えれば、ある程度は説明できる。
だが。
『でも、トラックの時はまだ日本にいたんだよね……』
この世界へ来たから魔法を使えるようになったのなら分かる。しかし朝雄は、転移する前から力を使っている。
『やっぱり、まだ分からないことが多いな……』
疑問は残ったままだった。
「今日は村の広場で、徴税部隊の皆さんを歓迎する宴があります」
話を終えたアリアが、いつもの調子へ戻る。
「夕方になったら村のみんなが集まります。私たちも参加しますから、それまではゆっくりしていてください」
「はーい!」
ルリアが元気よく返事をすると、自分の部屋へ戻っていった。
「お茶を入れますね」
「ありがとう」
アリアがお茶を淹れ、朝雄の前へ置く。
一口飲んでから、朝雄は気になっていたことを尋ねた。
「アリア」
「はい?」
「手順を覚えずに魔法を使うと、具体的にはどうなるの?」
「一番危険なのは、魔力の暴走です」
「暴走?」
「自分の魔力を制御できなくなって、体内で魔力が暴れてしまうんです。最悪の場合は……命を落とすこともあります」
「……」
思っていた以上に危険だった。
「それ以外にも、使う魔力量を調整できず、身体が動かなくなったり、意識を失ったりすることがあります」
「意識を……」
「ルリアを助けてくれた時も、恐らく一気に魔力を使いすぎて、魔力がほとんど残っていない状態になったのだと思います」
『魔力枯渇……みたいなものかな』
朝雄は、事故の時を思い返す。
トラックを止めた後、急に身体が動かなくなった。そして転移した後も、長時間意識を失っていた。
狼を倒した時も同じだった。
『もしかして、あれも……』
確証はない。
だが、かなり危険なことをしていた可能性はある。
「結構危ないところだったのかも……」
「そうですよ」
「これからは本当に気をつけるよ」
「はい」
アリアはようやく安心したように笑った。
◇ ◇ ◇
夕方。
昼寝をしていたらしいルリアが起きてくると、三人で村の中央にある広場へ向かった。
着いた頃には、すでに宴が始まっていた。広場の中央では大きな焚き火が燃え、その周囲を囲むように村人や騎士たちが集まっている。
あちこちから笑い声や話し声が聞こえ、普段の静かな村とは思えないほど賑やかだった。
三人で空いている場所へ座ると、料理を配っていた中年の女性が声を掛けてきた。
「アリア、ルリア。それにお客さんも、今日はたくさん食べていきなさい」
「ありがとうございます」
運ばれてきた料理を見た瞬間。
「お肉!」
ルリアの目が輝いた。
「お姉ちゃん、お肉だよ! ごちそうだね!」
「ふふっ、良かったですね」
皿には大きく切った肉の炙り焼きと焼いた芋、そして野菜の入ったスープが載っている。
『そういえば……』
アリアの家で食べた料理は野菜中心で、肉が出てきたことはなかった。
『この村では、肉は結構なごちそうなのかな』
ルリアは満面の笑顔で肉へかじりついている。
「おいしい!」
「そんなに慌てなくても、なくなりませんよ」
「だっておいしいもん!」
姉妹のやり取りを見ながら、朝雄も肉を口へ運んだ。
「……おいしい」
味付けは塩だけのようだが、それでも十分美味しい。牛とも豚とも少し違う、朝雄が今まで食べたことのない味だった。
大人たちには酒も振る舞われている。
木製のジョッキを掲げながら、村の男たちと騎士が楽しそうに飲んでいた。
『結構仲いいんだな』
騎士だからといって、村人たちも特別緊張している様子はない。
そんな光景を眺めていると、少し離れた場所にサーシャの姿を見つけた。
「……」
両手でジョッキを持ち、ちびちびと中身を飲んでいる。
『お酒苦手なのかな?』
そう思った直後。
「隊長!」
近くにいた騎士が慌ててサーシャのジョッキを取り上げた。
「むっ!」
代わりに果実水らしき物が入ったコップを渡される。
「……」
サーシャは不満そうに頬を膨らませた。
『なんだろう……』
朝雄は思わず笑いそうになった。
『偉い人っぽいのに、ちょっと子供みたいだな』
もちろん声には出さなかった。
◇ ◇ ◇
宴が進むにつれ、さらに賑やかになっていった。
やがて一人の騎士が木剣を持ち出す。
「誰か相手になる奴はいないか!」
「また始まったぞ!」
「やれやれ!」
どうやら宴の余興らしい。
焚き火の近くに少し空間が作られ、そこで木剣を使った試合が始まった。何人かが入れ替わりながら戦った後、一人の大柄な魔族の男が残った。
「次は誰だ!」
すでに何人もの騎士や村人を倒している。
『強いな……』
朝雄はじっと試合を見ていた。
体格がよく、力も強い。剣を振る速度も速かった。
ただ。
『隙が大きい……』
朝雄にはそう見えた。
剣を振るたびに肩が大きく動く。踏み込みも分かりやすく、力はあるが、どちらかというと勢い任せだ。
『桜姉なら……』
おそらく一瞬。
『いや、お爺さんなら……』
考えるまでもない。
朝雄は幼い頃から、桜と一緒に九条流剣術を習ってきた。
自分ではそれほど強いと思ったことはない。道場ではいつも桜に負け、修蔵にはまるで歯が立たなかったからだ。
そんなことを考えながら見ていると。
「おい!」
「?」
大柄な男が、朝雄へ木剣を向けた。
「そこの人族の男!」
「僕?」
「そうだ!」
男が豪快に笑う。
「俺が剣を教えてやろう!」
「……」
「男なら、いざという時に家族を守るため、剣を取って戦えなきゃならんぞ!」
どうやら朝雄が小柄なため、剣を知らない少年だと思われたらしい。悪気はまったくなさそうだった。
『どうしよう……』
少し迷う。
だが、考えてみれば異世界へ来てから一度も剣を握っていない。
『久しぶりに稽古したいな』
それに。
『この世界の騎士に、九条流がどこまで通用するのかも気になる』
朝雄は立ち上がった。
「アサオさん?」
アリアが驚いた顔をする。
「試合をするんですか?」
「実は僕、少し剣を習ってたんだ」
「剣も?」
「久しぶりに振ってみたくなったから、ちょっと稽古をつけてもらってくるよ」
「……」
アリアはまた新しい事実を知ったという顔をしている。
「お兄ちゃん!」
ルリアが両手を上げた。
「がんばって! あんなの叩きのめしちゃえ!」
「ルリア……」
「応援ありがとう。でも叩きのめさなくていいからね」
「えー?」
「えーじゃないよ」
朝雄は苦笑しながら、男の元へ向かった。
◇ ◇ ◇
「やる気になったか!」
「お願いします」
渡された木剣を両手で握る。
『結構重いな』
西洋剣を模した木剣らしく、日本の木刀よりも太い。重心も少し違う。
何度か軽く振り、感覚を確かめる。
「ほう」
男の表情が少し変わった。
「剣を握るのは初めてじゃないようだな」
「一応、子供の頃から習ってます」
「そうか!」
男は楽しそうに笑った。
「変わった構えだが、悪くない」
「ありがとうございます」
朝雄は両手で剣を持ち、身体の正面へ構えた。
対する男は右手だけで木剣を握り、身体を斜めにする。
『左手は空いてる……』
実戦なら、盾を持つことを前提にした構えなのかもしれない。
「じゃあ、行くぞ!」
「はい」
朝雄は動かない。
ただ、相手を観察する。
右肩が僅かに上がった。
『上から』
次の瞬間。
男の木剣が上段から振り下ろされた。
「――っ!」
朝雄は自分の剣を僅かに持ち上げる。
正面から受けない。
振り下ろされる剣の腹を横から叩き、軌道だけをずらした。
「なっ!」
男が驚いた声を上げる。
だが朝雄は攻撃せず、一歩下がった。
再び構える。
「……驚いた」
男の口元が楽しそうに歪んだ。
「こうも簡単に読まれるとはな。お前、素人じゃねえな」
「一応、習ってましたから」
「面白い!」
再び剣が振られる。
横薙ぎ。
朝雄は身体を引いてかわす。
返す刃。
一歩踏み込み、剣の根元を叩いて逸らす。
突き。
身体を半歩ずらす。
「っ!」
男の表情から、少しずつ余裕が消えていった。
『速いけど……』
見える。
『桜姉より、ずっと分かりやすい』
朝雄にとって、剣術の基準は桜だった。
踏み込み。
目線。
肩。
腰。
何度も何度も騙され、打たれ、転がされた。
さらに、その桜を圧倒する修蔵とも稽古をしてきた。
朝雄自身は知らない。
その二人だけを相手に長年稽古してきたことが、どれほど異常なのかを。
「はぁ……はぁ……」
男の息が荒くなる。
対する朝雄は、ほとんど剣を振っていない。ただ避け、逸らし続けているだけだ。
『そろそろかな』
朝雄は木剣を頭上へ上げた。
上段。
「……!」
初めて攻撃する意思を見せた朝雄に、男の表情が引き締まる。
両足を開き、腰を落とした。
迎え撃つ構え。
「……」
朝雄は小さく息を吐く。
鋭く踏み込み、一気に間合いを詰める。
「なっ――」
男が反応するより早く。
朝雄の木剣が振り下ろされる。
「……」
剣先は。
男の額の、ほんの数センチ手前で止まっていた。
静寂。
「そこまでだ!」
よく通る声が響いた。
サーシャだった。
「見事な剣だ、少年!」
「……」
朝雄は木剣を下ろし、一歩後ろへ下がる。
そして対戦相手へ一礼した。
「ありがとうございました」
「お兄ちゃん、すごーい!」
ルリアの声が響く。
「かっこいい!」
その声をきっかけにしたように、周囲から大きな歓声が上がった。
「おお!」
「すげえな!」
「あの小さい身体で!」
「……」
朝雄は少し居心地が悪くなった。
『そんなにすごいことしたかな……』
本人にとっては、普段の稽古より遥かに楽だった。
一方。
「……」
アリアは頬を少し赤くしながら、朝雄を見つめていた。
「強いな、少年!」
対戦した男が笑いながら手を差し出す。
「名を聞いてもいいか?」
「朝雄です」
朝雄も笑顔でその手を握った。
「ありがとうございました」
「アサオか!」
男は豪快に笑う。
「身体強化も使わず、その剣か。見事だった!」
「身体強化?」
「おっと、知らないのか?」
「まだ魔法を習い始めたばかりなので」
「そうか」
男は納得したように頷く。
「俺もまだまだ鍛え直さなきゃならんな。また相手をしてくれるか?」
「はい。もちろんです」
「よし!」
満足そうに笑い、男は仲間の騎士たちの元へ戻っていった。
『身体強化か……』
アリアから、支援魔法の中に身体能力を高めるものがあるとは聞いている。
『この人は使ってなかったのかな。それとも僕だけ?』
その辺りは、まだ朝雄には分からない。
『あとでアリアに聞いてみよう』
そう考えながら、アリアたちのところへ戻ろうとした。
その時。
「アサオと言ったな!」
「?」
呼び止められる。
振り返ると。
いつの間にかサーシャが木剣を手にしていた。
「次は私が相手をしよう!」
「……え?」
楽しそうに笑っている。
ただし。
『なんだろう……』
その笑顔を見た瞬間。
朝雄はなぜか。
獲物を見つけた肉食獣を連想した。
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次話は明日7:00に投稿します。




