014 魔法適正
朝雄側のお話に戻ります。
瞼に朝日を感じて、朝雄は目を覚ました。
身体を起こし、昨夜の夢を思い返す。
「なんだか、随分疲れてるみたいだったな……」
白い空間に現れた銀髪のエルフ。
以前より明らかに顔色が悪く、疲れているように見えた。夢の中で会っているだけの相手なのに、なぜか放っておけないほど気になる。
「なんでこんなに気になるんだろう……」
考えてみても答えは出ない。
朝雄はひとまず考えるのをやめ、ベッドから降りた。
◇ ◇ ◇
部屋を出ると、居間にはすでにアリアとルリアがいた。
「おはよう、アリア、ルリア」
「おはようございます、アサオさん」
「おはよー! お兄ちゃん!」
二人から元気な挨拶が返ってくる。
「朝食の支度ができていますよ。どうぞ」
アリアに勧められ、朝雄はテーブルへ着いた。
三人で朝食を食べ始めると、アリアが思い出したように口を開く。
「アサオさん。朝食を食べたら、村長の家へ行きましょう」
「魔法適正を調べてもらうんだよね?」
「はい。それと、村長へのご挨拶もしておきましょう」
「うん、分かった」
昨日から聞いていた話だ。
自分に魔法を使う才能があるのか。
異世界へ来た以上、一度くらいは魔法を使ってみたい。そう思わないわけがない。
『異世界で魔法……』
少しだけ期待してしまう。
「はいはい! 私も行く!」
ルリアが勢いよく手を挙げた。
「いいよね、お姉ちゃん?」
「ええ。一緒に行きましょう」
「やった!」
許可をもらったルリアは、急に朝食を食べる速度を上げる。
「そんなに急いで食べたら危ないですよ」
「だいじょーぶ!」
頬を膨らませたまま答えるルリアを見て、朝雄とアリアは顔を見合わせて笑った。
◇ ◇ ◇
朝食を終えると、三人で家を出た。
「……そういえば」
外へ出たところで、朝雄は足を止める。
「どうしました?」
「この家からちゃんと外に出るの、初めてだなって」
森で倒れてから目を覚ました後は、ずっとアリアの家で過ごしている。この世界の村を歩くのも、もちろん初めてだった。
少し緊張しながら周囲を見る朝雄に、アリアが小さく笑う。
「大丈夫ですよ」
そう言って、自然に朝雄の手を取った。
「行きましょう」
「う、うん」
アリアに手を引かれながら歩き始める。少し前では、ルリアが楽しそうに先を歩いていた。
道の両側には畑が広がり、その間に木造の家がまばらに建っている。
「昨日もお話ししましたが、ここが私たちの住んでいるスロウ村です」
アリアが周囲を指しながら説明する。
「住んでいるのは八十人くらいですから、本当に小さな村なんですよ」
「八十人か……」
日本なら、村というより小さな集落に近い。
朝雄は珍しそうに辺りを見回した。
畑で作業をしている人。
家の前で洗濯物を干している人。
走り回る子供たち。
『なんか、のどかだな』
少なくとも、朝雄が想像していた『魔王国』という名前から受ける印象とは大きく違っていた。
しばらく歩くと、畑を耕していた男がこちらへ気づいた。
「よう、アリアちゃん!」
「おはようございます」
男は作業の手を止め、朝雄へ視線を向ける。
「そいつが例の人族の男かい?」
「はい」
「ルリアちゃんを助けてくれたんだってな。ありがとな!」
突然感謝され、朝雄は少し戸惑った。
するとルリアが胸を張る。
「そうだよ! お兄ちゃんが助けてくれたんだから!」
「ほう」
「こう、バビュンって来て!」
ルリアが両手を大きく広げる。
「それからドカンって狼を倒したの!」
「……」
「……」
朝雄とアリアが黙る。
男は一瞬だけ考えた後、大きく笑った。
「ははは! よく分からんが、すごかったんだな!」
「そうなの!」
ルリアだけは満足そうだった。
「とにかく、村の子供を助けてくれてありがとな」
男が改めて頭を下げる。
「いえ……助けられて、本当に良かったです」
朝雄も頭を下げた。
それは心からの言葉だった。
男と別れた後も、村人とすれ違うたびに同じような言葉を掛けられた。
「みんな、アサオさんに感謝しているんですよ」
アリアが微笑む。
「小さな村ですから、子供は村のみんなで大切にしています」
「そうなんだ」
確かに、村全体が大きな家族のようだった。
知らない人から次々と感謝されるのは少し恥ずかしかったが、悪い気はしない。朝雄も自然と笑顔になっていた。
◇ ◇ ◇
村の中央近くまで来ると、周囲より少し大きな家が見えてきた。
「ここが村長の家です」
アリアが足を止める。
「今の村長はだいぶお歳ですが、まだまだお元気なんですよ」
そう言って扉をノックする。
「入りな」
中から、少し枯れた女性の声が返ってきた。
「失礼します」
アリアが扉を開け、三人で中へ入る。
部屋の奥には、一人の老婆が座っていた。背中は大きく曲がっているが、こちらを見る目には力がある。
頭には獣人族特有の耳があり、年齢のせいか毛並みはかなり白くなっていた。
「その子が、ルリアを助けてくれた人族の男だね?」
「はい」
アリアが答える。
老婆は朝雄を見ると、ゆっくり頭を下げた。
「村の子供を助けてくれて、感謝するよ」
「い、いえ。頭を上げてください」
年配の人から頭を下げられ、朝雄は慌てる。
「アサオさん。この方が村長のジニス様です」
「朝雄といいます。初めまして」
「アサオかい」
ジニスは皺だらけの顔に笑みを浮かべた。
「これはまた、随分かわいい子じゃないか」
「……」
朝雄の笑顔が少し固まった。
「こんな子が、あの狼を倒したとはねぇ。お前さん、歳はいくつだい?」
「十五歳です」
「十五?」
ジニスが少し目を見開く。
「人族は若く見える者も多いが、それにしても随分若く見えるねぇ」
「……よく言われます」
すでに昨日、アリアから十三歳くらいだと思われていたことを聞いている。
もう驚かない。
少し傷つくだけだ。
「まあ、いいさね」
ジニスは楽しそうに笑った。
「あんたは村の子供の恩人だ。大したもてなしもできないが、好きなだけゆっくりしていきな」
「ありがとうございます」
歓迎され、朝雄も笑顔を返した。
「ジニス様」
挨拶が一段落したところで、アリアが本題へ入る。
「アサオさんの魔法適正を鑑定していただきたいのですが」
「この子の?」
「はい」
ジニスは不思議そうな顔をした。
「あの狼を見たが、腹に大穴が開いていた。てっきりこの子が魔法を使ったんだと思っていたが」
「アサオさんは、魔法使いではないそうです」
「ほう?」
「それどころか、今まで一度も適正鑑定を受けたことがないそうで……」
ジニスの表情が変わった。
「十五になるまで、一度もかい?」
「はい」
「珍しいねぇ」
この世界では、魔法適正を持つ人間は貴重だ。そのため小さな村にも、国から適正を調べるための魔道具が置かれている。
子供のうちに一度は調べるのが普通で、それは魔王国だけでなく、北のサザーラント王国でも同じらしい。
十五歳まで一度も調べたことがないというのは、かなり珍しいことだった。
「……」
ジニスが朝雄を見る。
事情を知らない朝雄は、普通に笑顔を返した。
「まあ、調べてみれば分かるさね」
ジニスは横に置かれた棚の引き出しを開け、水晶玉のような物を取り出した。それをテーブルの上へ置く。
「アサオだったね」
「はい」
「これに手を載せな」
「分かりました」
朝雄は少し緊張しながら、水晶玉へ右手を置いた。
ジニスが小さく何かを呟く。
すると。
「おお……」
水晶玉が白く光り始めた。
「わあ……綺麗」
ルリアが目を輝かせる。
さらにジニスが何かを呟くと、白かった光が青へ変わった。
続いて。
赤。
「……?」
ジニスの表情が変わる。
そして――。
「え?」
水晶玉が金色に輝き始めた。
しかも、その光は少しずつ強くなっていく。
「……」
ジニスは何も言わず、水晶玉を見つめていた。
一方、朝雄は別のことに気づいていた。
『これ……』
身体の中で何かが動いている。
事故の時。
ルリアを助けた時。
何度か感じた、あの不思議な感覚。
『同じだ……』
自分の中にある何かが、水晶玉へ引っ張られているような気がする。
「もういいよ」
突然ジニスに言われ、朝雄は慌てて手を離した。
「ふぅ……」
大きく息を吐く。
水晶玉の光も、ゆっくり消えていった。
「どうでした?」
朝雄が期待した目でジニスを見る。
「……」
ジニスはしばらく朝雄を見つめた後、ようやく口を開いた。
「かなり高い魔法適正があるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。きちんと訓練すれば、魔法を使えるようになるだろうさ」
「……!」
朝雄の顔が一気に明るくなった。
異世界へ転移。
そして魔法。
『これは……かなり定番の展開なんじゃ?』
思わず期待が膨らむ。
だが。
「ただし」
ジニスの声が急に低くなった。
「はい?」
「きちんと習うまでは、絶対に自分で魔法を使おうとするんじゃないよ」
「……え?」
「できるだけ早く、魔法を教えてくれる学校へ行った方がいい」
先ほどまでの老婆とは思えないほど強い視線だった。
「いいね?」
「は、はい」
朝雄は反射的に頷いた。
それを確認すると、ジニスの表情が元へ戻る。
「この村から魔法適正のある者が出たのは、アリア以来だねぇ」
「そうなんですか?」
「ああ。二人も出るなんて、村の誇りさね」
いつもの柔らかな雰囲気へ戻ったジニスを見て、朝雄も少し力を抜いた。
「すごい!」
ルリアが朝雄へ抱きつく。
「さすがお兄ちゃん!」
「わっ」
「きっと、すっごい魔法使いになれるよ!」
「そうかな」
「なるよ!」
「ありがとう」
朝雄は笑いながら、ルリアの頭を撫でる。
「えへへ」
ルリアは気持ち良さそうに目を細めた。
その様子を見て、アリアとジニスも笑顔を浮かべる。
そんな時だった。
コンコン。
扉を叩く音がした。
「入りな」
ジニスが答える。
扉を開けて入ってきたのは、三十代くらいの男だった。
「村長」
「どうした?」
「王都から徴税部隊の方々が見えられました。もうすぐ村へ入られます」
「そうかい」
ジニスが頷く。
「出迎えの準備をしな。私もすぐ行く」
「分かりました」
男は頭を下げると、すぐに家を出ていった。
「ちょーぜい!」
ルリアの耳がぴんと立つ。
昨日話していた、村に税を集めに来る人たちだ。
「お兄ちゃん、見に行こうよ!」
「え?」
「王都の人たちが来るんだよ!」
ルリアが朝雄の手を取る。
「別に見世物じゃ――」
アリアが苦笑する。
「いいじゃないか」
ジニスが笑った。
「アサオにとっては珍しいだろうしね」
そしてアリアへ視線を向ける。
「アリア。あんたには少し話がある」
「……はい」
「アサオとルリアは先に行ってな」
「分かりました」
アリアが朝雄を見る。
「アサオさん、ルリアと先に行っていてください。私もすぐに追いかけますから」
「うん」
「早く行こう、お兄ちゃん!」
「分かった、分かったから引っ張らないで」
朝雄は苦笑しながらルリアに手を引かれ、村の入口へ向かった。
「アリア、先に行ってるね」
「はい」
アリアは手を振り、二人の背中を見送った。
◇ ◇ ◇
二人の姿が見えなくなり、扉が閉まる。
その瞬間、ジニスの表情から笑みが消えた。
「アリア」
「はい」
「あのアサオって子……何者だい?」
「……」
突然の問いに、アリアは少し戸惑った。
「ルリアの恩人です。遠い国から来たとは聞いていますが、それ以外のことは……」
「知らない?」
「はい」
「そうかい」
ジニスは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「さっきの適正鑑定だけどね」
「はい」
「魔法適正がなければ、水晶は光らない。それは知っているね?」
「はい」
アリアも十歳の頃、同じ鑑定を受けている。
「少しでも適正があれば、まず白く光る」
ジニスが水晶玉を見る。
「そこから適正の強さを調べていくと、一定以上なら青になる」
「私の時も、青でした」
「ああ」
ジニスが頷く。
「魔法使いとして十分な才能がある者は青だ。お前さんもそれで魔法学校へ行った」
「はい」
「その上が赤」
「……赤?」
アリアは僅かに目を見開く。
「私も実際に見たのは初めてだよ」
ジニスの声が少し低くなる。
「十年に一人と言われるほど高い適正らしい。王宮の魔法師団にだって、そう何人もいないと聞いている」
「そんなに……」
「でも、アサオはそこからさらに変わった」
「金色……」
「ああ」
ジニスはゆっくり首を横へ振った。
「私は、あんな色は聞いたことがない」
「……」
「この魔道具を引き継いだ時にも、金色になるなんて説明は受けていないよ」
アリアの表情が強張る。
「それでは、アサオさんの適正は……」
「分からない」
ジニスははっきり答えた。
「ただ、相当に高いのは間違いないだろうさ」
「……」
「だからこそ心配なんだよ」
「心配?」
ジニスがアリアを見る。
「アサオは、魔法の使い方を知らないんだろう?」
「はい」
「それなのに、すでに魔力を使っている可能性が高い」
「……!」
アリアが息を呑んだ。
「あの狼を倒した傷。あれは、どう考えても普通の攻撃じゃない」
「……はい」
アリア自身も、最初に狼の死体を見た時から同じ疑問を抱いていた。
「あれほどの大穴を一撃で開けるなら、かなり高位の魔法使いだと思っていました。でも、アサオさんは本当に魔法の使い方を知らないみたいで……」
「ああ。それだけじゃない」
「え?」
「ルリアの話だと、狼に襲われる直前、離れた場所にいたアサオが一瞬であの子の前まで来たそうじゃないか」
「……はい」
「普通の身体能力だけでできることとは思えない。本人も魔力を使っていることに気づいていない可能性がある」
「……」
アリアの表情が険しくなる。
「使い方も知らず、あれだけの力を動かした」
ジニスが静かに続けた。
「それがどれだけ危険か、学校で習ったね?」
アリアの顔から血の気が引いた。
「魔力の……暴走」
「そうだ」
魔法は、周囲にある魔素を取り込み、魔力へ変え、それを正しく制御して初めて安全に扱うことができる。
だが、制御の仕方も知らないまま大量の魔力を動かせば、体内で魔力そのものが暴走することがある。
最悪の場合。
命を落とす。
「アサオは、それを知らずにやっている可能性が高い」
「……」
「しかも、あれだけ高い適正を持っている」
ジニスは小さく息を吐く。
「どれほどの力を持っているのか分からない以上、暴走した時に何が起こるかも分からない」
「……!」
「ちゃんと見ててやりな」
「はい」
「学校で魔法を習うまでは、むやみに使わせるんじゃないよ」
「はい!」
アリアは真剣な表情で、強く頷いた。
それを確認すると、ジニスはふっと表情を緩める。
「それにしても」
「?」
「随分あの子を気に入ったみたいだねぇ」
「えっ?」
突然話が変わった。
「な、何を……」
「おや?」
ジニスがニヤリと笑う。
「これは本物かい?」
「ち、違います!」
「村の男どもに何度求婚されても、まるで相手にしなかったアリアがねぇ」
「ジ、ジニス様!」
「たった数日で、こんな顔するようになるとは」
「うぅ……」
アリアの顔が真っ赤になった。
そんな様子を見て、ジニスは楽しそうに笑う。
「まあ」
ひとしきり笑った後、ジニスが少しだけ真面目な顔になる。
「あの笑顔を見ていれば、気持ちは分からなくもないさね」
「……?」
「あの子の笑い方だよ」
「アサオさんの?」
「ああ」
ジニスは先ほど朝雄がいた場所を見る。
「十五にもなって、あんなに無邪気に笑える子は珍しい」
「……」
「きっと誰かが、あの子がそう笑っていられるように守ってきたんだろうさ」
アリアは少し驚いた顔をした。
「よほど大切にされて育ったんだろうねぇ」
「……」
「それだけは、覚えておきな」
ジニスが何を言いたいのか。
アリアには、まだ完全には分からなかった。
それでも。
「はい」
素直に頷いた。
「さて」
ジニスは椅子からゆっくり立ち上がる。
「あんたも二人のところへ行ってやんな」
「はい」
「ルリアがアサオを村中引き回してるかもしれないからね」
「ありそうですね……」
アリアは苦笑する。
「ありがとうございます、ジニス様」
頭を下げると、二人を追って家を出ていった。
その後ろ姿を、ジニスは目を細めながら見送る。
「……」
そして。
「私があと七十歳くらい若かったらねぇ」
一人呟く。
「ウヒョヒョ」
その言葉を聞く者は、誰もいなかった。
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