009 桜サイド 出会い
桜が小学二年生に上がる前の春休み。
その日、桜は朝の稽古と朝食を終えると、自分の部屋で当時お気に入りだった漫画を読んでいた。
架空の世界にある王国を舞台に、騎士がお姫様に恋をする。そんな、王道そのものの恋愛漫画だった。
今の桜が読み返せば、おそらく『子供向け』という感想になるだろう。だが、当時の桜はまさにその作品の対象年齢であり、当然のように夢中になっていた。
か弱いお姫様を守る騎士が次々と現れる悪者を倒し、最後には二人が結ばれて幸せになる。
単純明快な物語だったが、幼い桜は目を輝かせながらページをめくっていた。
最後のページまで読み終えると、桜は満足そうに息を吐く。
「はぁ……」
そして漫画を胸に抱きながら、ぽつりと呟いた。
「いつか私も……」
こんな物語に憧れるのも、この年頃の少女ならごく普通のことだろう。
◇ ◇ ◇
漫画を読み終え、桜の意識が現実へ戻ってくると、外が何やら騒がしいことに気づいた。
「なんだろう?」
二階にある自室の窓から外を覗くと、今まで空き家だった隣の家の前に、大きな引っ越し用のトラックが止まっている。何人もの作業員が、忙しそうに荷物を家の中へ運び込んでいた。
「誰か引っ越してきたんだ」
しばらく眺めていたものの、すぐに飽きた。
桜は部屋を出ると、一階へ降りていく。
「お母さん、お隣に誰か引っ越してきたみたいだよ」
「まあ、そうなの?」
母親は手を止め、桜へ微笑みかけた。
「仲良くできるといいわね」
桜の母、九条楓。
若くして桜を産み、まだ三十歳にもなっていない。近所でも美人と評判の女性で、躾にはかなり厳しい。
だが、桜はそんな母親が大好きだった。
「うん!」
母へ報告を終えると、桜は今度は居間でお茶を飲んでいた祖父の元へ向かった。
「お爺ちゃん、お隣に誰か引っ越してきたみたいだよ」
「そうか」
祖父は湯飲みを置くと、桜の頭を撫でる。
「ご近所とは仲良くするのだぞ」
「うん」
祖父の九条修蔵は九条家の当主であり、九条流剣術を受け継ぐ剣士でもある。
年齢は五十代後半。長い髪を後ろへ撫でつけ、細く鋭い目をしていた。
何も知らない者が見ても、
『この人、絶対に強い』
と思ってしまいそうな雰囲気を持っている。
ちなみに、婿養子である桜の父親は普通の会社員で、今日は平日なので朝から会社へ出掛けていた。
◇ ◇ ◇
昼になり、三人で昼食を食べ終えた。
楓は台所で後片付けをし、修蔵と桜は居間でのんびりお茶を飲んでいる。
すると突然、修蔵が玄関の方へ顔を向けた。
「ほう……これは」
そして、なぜかニヤリと笑う。
「?」
桜が首を傾げた、その直後。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「桜。お母さん、今は手が離せないから出てちょうだい」
「はーい」
桜は玄関へ向かった。
九条家は古くからこの地に建つ歴史ある家で、外観は『武家屋敷』という言葉がよく似合う。母屋から外門までは少し距離があり、インターホンはその外門に取りつけられていた。
桜は母屋の玄関を出ると庭を抜け、外門の木製扉を開いた。
「どちら様で――」
いつも通り来客へ挨拶しようとしたが、門の前に立っていた人物を見た瞬間、桜は言葉を失った。
「……でかい」
思わず本音が漏れる。
目の前に立つ男性は、とにかく大きかった。身長は二メートル近くあり、幼い桜から見れば、もはや人間というより壁に近い。
Tシャツにジーンズという、ごく普通の格好をしている。しかし、そのTシャツは身体にぴったりと張りつき、今にも弾けそうだった。
丸太のように太い腕に、分厚い胸板。
服の上からでも分かるほど、身体は鍛え上げられている。
「……」
桜は口を開けたまま、ただ見上げていた。
その大男は手に持っていた紙袋から菓子折りを取り出すと、幼い桜へ向かって非常に丁寧に両手で差し出した。
「お隣に越してきました、八神と申します。これはつまらないものですが」
「……」
見た目との落差がすごかった。
身体と同じく大きな両手に持たれた菓子折りが、妙に小さく見える。
桜は、
『テレビで見たサラリーマンが、名刺を渡してるところみたい』
などと、どうでもいいことを考えていた。
スパーン!
「痛っ!」
突然、頭に軽い衝撃が走った。
「いつまでも呆けているのではありません。失礼ですよ」
「お、お母さん……」
いつの間にか、楓と修蔵が後ろに立っていた。
「ご丁寧にどうも」
楓が菓子折りを受け取る。
そこでようやく我に返った桜も、
「どうも……」
ぺこりと頭を下げた。
続いて、修蔵が口を開く。
「私はこの家の主、九条修蔵と申します。こちらが娘の楓、そして孫の桜です」
「楓と申します」
「桜……です」
母親を真似て、桜ももう一度頭を下げた。
「これはご丁寧に」
大男も頭を下げる。
「私は八神喜一郎と申します。それから、こちらが息子の朝雄です」
『……息子?』
桜は首を傾げた。
最初からずっと、喜一郎という名の巨大な筋肉しか見えていなかった。他に誰かいるようには見えない。
「ほら、お前も挨拶しなさい」
喜一郎が自分の後ろへ声を掛ける。
「……?」
すると太い足の陰から、小さな男の子がおずおずと姿を現した。
「や、やがみ……あさ、お……です」
そして少し恥ずかしそうに、にこっと笑った。
「――っ!」
桜に、本日二度目の衝撃が走った。
『なに、この子!?』
小さい。
細い。
華奢。
髪はさらさらとしていて、黒髪なのだろうが、色が薄いためグレーにも見える。声も高く、服装を変えれば女の子と言われても、そのまま信じてしまいそうだった。
「……」
桜は再び口を開けたまま固まった。
スパーン!
「痛っ!」
二度目だった。
「何度言えば分かるのですか」
「ご、ごめんなさい……」
楓に頭を叩かれ、ようやく正気へ戻る。
喜一郎は苦笑しながら言った。
「この子は今年から小学校に上がるんだ。仲良くしてやってほしい」
「えっ?」
今度は桜だけでなく、楓まで驚いた。
どう見ても今年小学校へ入学すると言われるより、
『今年から幼稚園です』
と言われた方が納得できる。
それくらい、朝雄は小さかった。
二人の反応を見て、喜一郎はさらに苦笑する。
「この子は母親似で……」
「なるほど……」
桜は喜一郎と朝雄を見比べた。
今のところ、似ているところはまったく見当たらない。
『このまま似ないで育ってほしい……』
幼いながら、かなり失礼なことを考えていた。
そんな中、修蔵が口を開く。
「我が家では古くから剣術を教えておりましてな」
修蔵は喜一郎の身体を上から下まで眺めると、ニヤリと笑った。
「よろしければ、道場を見学していかれませんかな? お子さんは客間でお茶でもいかがでしょう」
それを聞いた喜一郎も、ニヤリと笑う。
「それは楽しそうですね。ぜひお願いします」
「……」
楓は二人を見て、やれやれという顔をした。
そして、朝雄の前へしゃがむ。
「朝雄ちゃん。家で一緒にお菓子を食べましょうか」
「!」
朝雄の顔がぱっと明るくなった。
だが、すぐに父親を振り返る。どうやら、勝手について行っていいのか確認しているらしい。
喜一郎が頷いた。
「ご馳走になりなさい」
「!」
朝雄の顔が、さらに輝いた。
「あ、ありが、とう……ござ、います」
はにかみながら、たどたどしくお礼を言う。
「さあ、朝雄ちゃん。こっちですよ」
楓は普段、桜にもあまり見せたことのないほど上機嫌になり、朝雄の手を握った。
「あ!」
桜もすぐに追いかけると、空いている方の手を握る。
「こっちだよ、朝雄ちゃん!」
「う、うん」
三人は母屋へ、修蔵と喜一郎は道場へ、それぞれ歩いていった。
◇ ◇ ◇
「今、お茶とお菓子を用意するから少し待っていてね」
楓は台所へ向かう前に、桜へ声を掛けた。
「桜。朝雄ちゃんを客間に案内してあげて」
「うん!」
桜は朝雄の手を握る。
「こっちだよ、朝雄ちゃん」
そのまま客間へ案内した。
客間は綺麗な畳が敷かれた和室で、中央には重厚な座卓、床の間には武者鎧が飾られている。
「わぁ……」
朝雄は武者鎧を見ると、目を輝かせた。
「それ好きなの?」
「うん!」
その反応が可愛くて、桜はくすっと笑った。
朝雄用に座布団を一枚置くと、朝雄はその上へちょこんと座る。桜も自分の座布団を朝雄のすぐ横へ移動させ、その隣に座った。
なんとなく、もう少し近くで朝雄を見ていたかった。
しばらくすると、楓がお菓子とジュースを載せたトレイを持ってきた。
「さあ、どうぞ」
今日のお菓子は楓手作りのドーナツで、桜の大好物だった。
「いただきます」
「い、いただき……ます」
桜を真似して、朝雄も両手を合わせる。
そしてドーナツを両手で持つと、小さな口を大きく開けて、ぱくっとかじった。一口ずつ、一生懸命食べていく。
「……」
口が小さいせいで、普通の大きさのドーナツが妙に巨大に見える。両手でしっかり持ち、少しずつかじっては嬉しそうに笑う。
その姿を、桜と楓は無言で見つめていた。
『なんだ、この可愛い生き物は』
二人がまったく同じことを考えていたことを、朝雄だけは知らない。
本人は幸せそうに、ドーナツを食べ続けていた。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、道場の方から大きな物音が聞こえてきた。
ドタン!
バタン!
何かが倒れるような音だ。
それを聞いて、楓は微笑んだ。
「あんなに楽しそうなお父様を見るのは、久しぶりね」
「?」
桜には、何が楽しいのかよく分からない。朝雄に至ってはドーナツとの戦いに夢中で、まったく聞いていなかった。
しかし、道場から聞こえてくる音は少しずつ激しくなっていく。
ドガッ!
ベキッ!
ガシャーン!
「……」
楓の笑顔が消え、こめかみがぴくりと動いた。
そして静かに立ち上がる。
「桜」
「はい」
「朝雄ちゃんと遊んでいなさい」
「はい……」
なぜか、逆らってはいけない気がした。
楓は静かな足取りで、道場へ向かっていった。
◇ ◇ ◇
朝雄がドーナツを食べ終え、ジュースをちびちび飲んでいる間に、桜は自分の部屋からボールを持ってきた。
「朝雄ちゃん、これで遊ぼう?」
「うん!」
二人で庭へ出る。
ボールはサッカーボールより二回りほど小さな、柔らかいゴム製だった。
「朝雄ちゃん、いくよー」
「うん!」
桜はかなり手加減して、そっとボールを投げた。ボールは朝雄まで届かず、ぽん、ぽん、と地面を跳ねながら進んでいく。
朝雄は両手を前へ構え、ものすごく真剣な顔で待っていた。
だが。
「あっ」
ボールは朝雄の手の間を、するりと抜けていった。
「……」
朝雄は慌てて振り返ると、とてとてとボールを追いかけていく。
「……可愛すぎる」
桜は小声で呟いた。
やがて、ボールを抱えた朝雄が戻ってくる。
「い、いくよー」
朝雄は両手でボールを持った。
「えいっ!」
精いっぱい投げた。
ボールはぽとりとすぐ目の前へ落ち、そのままころころと桜の足元まで転がってきた。
「……」
桜はそれを拾い上げる。
「朝雄ちゃん、上手だねー! ちゃんと届いたよ!」
「ほんと?」
「うん!」
「えへへ」
朝雄は少し得意そうに笑った。
二人は、そんな単純なボール遊びをしばらく続ける。
そして朝雄が、後ろへ転がったボールを追いかけていた時。
「あっ」
足が地面の小さな段差に引っ掛かり、そのまま、ぽてっと転んだ。
「朝雄ちゃん!」
桜はすぐに駆け寄った。
転んだ朝雄は最初、何が起きたのか分からないような顔をしていたが、少しずつ目に涙が溜まっていく。
「あ……」
今にも泣き出しそうだった。
桜は慌てて朝雄を立たせると、服についた土を払い、手や膝、身体に怪我がないか確認した。
「……良かった」
どこにも怪我はない。
安心して息を吐く。
それでも、朝雄の目にはまだ涙が溜まっていた。
「朝雄ちゃん、大丈夫!」
桜は力強く言った。
「怪我もしてないよ! 私がついてるからね!」
「……」
朝雄は桜を見つめた。
少しして、ごしごしと目元を擦り、涙を拭く。
「あ、ありが……とう」
そこまで言って、止まった。
「?」
どうやら、桜の名前を呼ぼうとしているらしい。しかし、まだ名前を覚えていなかった。
「お……」
少し考えて。
「おねえちゃん」
そう呼んだ。
そして、にこっと桜へ笑いかけた。
「――!」
その瞬間、桜の胸の中で何かが弾けた。
『お姉ちゃん』
朝雄が、自分を『お姉ちゃん』と呼んだ。
「……」
嬉しい。
ものすごく嬉しかった。
『そうだ』
桜は決めた。
『私、この子のお姉ちゃんになる!』
「朝雄ちゃん!」
「?」
桜は朝雄の両肩へ手を置く。
「これからは桜お姉ちゃんがずっと一緒だからね!」
「……!」
朝雄の顔が、満面の笑顔になった。
「うん! さくらおねえちゃん!」
「――っ」
その笑顔を見て、桜は朝まで読んでいた漫画を思い出した。
か弱いお姫様と、その前に立ってどんな危険からも守る騎士。
そして、桜が憧れていたのは――。
『私、お姫様になりたかったんじゃない』
桜は朝雄を見る。
小さくて、華奢で、泣きそうになりながらも自分を見て笑っている男の子。
『私が騎士になるんだ』
そして。
『朝雄を守る!』
それが、漫画を読み終えた時、
『いつか私も……』
と願ったものだった。
桜は胸を張る。
漫画の中で、騎士がお姫様へ告げた台詞を思い出した。
『姫。私が必ずあなたを守ります』
「朝雄!」
「?」
「お姉ちゃんが、必ずあなたを守るわ!」
「うん!」
朝雄は何を宣言されたのか、ほとんど理解していなかっただろう。
それでも、嬉しそうに笑っていた。
この日、桜は朝雄の『お姉ちゃん』になった。
そして、ずっと憧れていた騎士にもなった。
自分だけのお姫様――朝雄を守る、騎士に。
◇ ◇ ◇
その後、桜と朝雄は手をつないで道場へ向かった。
そして、そこで見たものは。
「……」
「……」
壁や床に穴が開き、窓ガラスが割れ、見るも無惨な状態になった道場。
その中央で、二人の大男が並んで正座していた。
一人は修蔵。
もう一人は喜一郎。
二人は楓の前で正座し、説教を受けていた。
「お父様?」
「はい……」
「八神さん?」
「はい……」
「……」
桜は隣の朝雄を見る。
「……?」
朝雄も、よく分からないという顔で桜を見上げた。
二人は何も言わず、そっとその場を離れた。
◇ ◇ ◇
説教が終わる頃には、すでに夕方になっていた。
喜一郎が朝雄を連れて帰ろうとすると、楓が笑顔で引き留める。
「よろしければ、夕食を食べていってください」
「うん! 食べていって!」
桜も、ぶんぶんと音がしそうな勢いで頷く。
修蔵も「ぜひに」と勧めた。
「それでは、お言葉に甘えます」
喜一郎は頭を下げた。
◇ ◇ ◇
夕食が始まると、桜は当然のように朝雄の隣へ座った。
「朝雄、これ食べられる?」
「うん」
「お魚の骨、取ってあげるね」
「ありがと、さくらおねえちゃん」
「!」
その呼び方を聞くたび、桜は嬉しそうに笑った。
そんな娘の姿を、楓は楽しそうに眺めている。喜一郎も、すっかり桜と仲良くなった朝雄を見て、穏やかに目を細めていた。
◇ ◇ ◇
夕食を終え、皆で食後のお茶を飲んでいた時、喜一郎が楓と修蔵へ尋ねた。
「実は……少しご相談がありまして」
「なんでしょう?」
「妻は事情があって、今は家にいないんです」
「……」
「私も仕事で家を空けることが多いので、家政婦さんを頼もうと思っているのですが……この辺りで、そういった会社をご存じありませんか?」
その話を聞いた楓は、ほとんど考えることもなく答えた。
「それなら、我が家で朝雄ちゃんをお預かりします」
「え?」
「ぜひ、そうさせてください」
「!」
桜の目が、一瞬で輝いた。
「いや、しかし……」
喜一郎は困ったような顔をする。
「そこまでお世話になるわけには……」
「……」
桜の顔が、見る見るうちにしょんぼりしていく。
それを見た修蔵が、援護に入った。
「喜一郎殿。遠慮はいらん」
「しかし……」
「桜も朝雄君と一緒にいると楽しそうだ。朝雄君にとっても、年の近い桜がいた方が良いだろう」
「!」
桜の顔が上がった。
そして何かを期待するように、じっと喜一郎を見つめる。
一方の朝雄は、お腹がいっぱいになったせいか、こくこくと眠そうに頭を揺らしていた。
喜一郎は桜を見る。
次に、眠そうな息子を見る。
そして、深く頭を下げた。
「それでは……お言葉に甘えさせていただきます」
「!」
「息子をよろしくお願いします」
「やったー!」
桜は思わず飛び上がって喜んだ。
「桜。お行儀が悪いですよ」
「はい!」
叱られているのに、満面の笑顔だった。
楓と修蔵も、そんな桜を見て優しく笑っていた。
◇ ◇ ◇
その夜、喜一郎はすっかり眠ってしまった朝雄を抱き上げ、隣の家へ帰っていった。
「また明日ね、朝雄!」
「……」
眠っているので、当然返事はない。
それでも桜は、玄関から見えなくなるまでずっと手を振っていた。
その後、自分の部屋へ戻り、ベッドへ潜り込む。
「明日も朝雄と遊べる……」
今日出会ったばかりなのに、明日がとても楽しみだった。
ベッドの横にある本棚には、今日読んだお気に入りの漫画が並んでいる。
桜はその漫画を見ながら、もう一度決意した。
「朝雄は私が守るんだ」
姉として。
そして、騎士として。
「そして――」
今日読んだ物語の最後を思い出し、桜はにっこり笑った。
「最後はハッピーエンドだ!」
そう言って、目を閉じた。
◇ ◇ ◇
あの日のことを、桜は今でもはっきりと覚えている。
ベッドの脇にある本棚へ目を向けると、何度も読み返してすっかり古びた漫画が、今でも大切に置いてあった。
「あれから……もう随分経ったのね」
七歳だった自分。
小さくて、泣きそうになりながらも、
『おねえちゃん』
と呼んで笑ってくれた朝雄。
あの日、朝雄を守ると誓った。その気持ちは今も何一つ変わっていない。
いや、あの頃よりずっと強くなっている。
「……朝雄」
桜は古びた漫画を見つめながら、強い意志を込めて呟いた。
「バッドエンドなんて認めない」
朝雄は死んでいない。
必ず、どこかで生きている。
「朝雄を守るって……誓ったんだから!」
幼い日に憧れた騎士は、まだ物語の途中にいる。
だから、この物語をバッドエンドで終わらせるつもりなど、桜には最初からなかった。
宜しければ評価をいただけると励みになります。
次話は23日19:00に投稿します。




