表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

五話 混沌の異能叙事詩

(……設定ノートに同じことを書いたっけ。あの頃の俺、なんだかんだ理に適ったことを考えていたな)


 一方。

 耳をふさいでいた佐藤こころは、あまりの轟音に思わず目を開けていた。

 目の前に広がっていたのは。

 八つの首を持つ漆黒の龍と、黄金の剣を振り回しながら技の名前を叫び続ける草薙駆だった。

「…………」

 こころは、しばらく瞬きを忘れた。


(何、これ)


「『紫電断空斬』ッ!!」


 駆の叫び声と共に、教室の天井にヒビが入った。

「……あ」

 落ちてくる天井のかけらを見上げながら、こころはつぶやいた。


「草薙くん、めちゃくちゃ楽しそう……!」


 胸が、少しだけ跳ねる。

(こういう顔、すぐ好きになっちゃうの悪い癖……)

 こころは、すぐに唇をきゅっと結んだ。



 残り五本の首が、同時に俺へ向かってきた。


「――『五龍封滅・終焉解放』ッ!!!」


(この技名、中学三年の冬に三時間かけて考えた最終奥義だ。まさか使う日が来るとは思わなかった。……恥ずかしさで死ぬかと思ったが、意外と、悪くない)


 聖剣が最大出力の青白い光を放つ。五本の首が、光の奔流に呑み込まれていく。

 過去の俺が、霧の中から俺を見た。


「……なあ」


 芝居がかった響きではない、素の声だった。


「お前、“普通”を装うのは楽しいか」


 俺は聖剣を構えたまま、少しだけ考えた。

「……どうかな」

 一拍。

「だが」

 踏み込む。最短距離。一ミリの誤差もなく。


「今日は、楽しかった」


 正拳が、過去の俺の胸を正確に捉えた。

 聖剣が光の粒子へと還り、八つの首が霧散していく。

 消えゆく霧の中で、眼帯の俺が最高に「仕上がった」笑みを浮かべた。


「……設定を書き換えたところで、貴様の魂に刻まれた刻印は消えぬ。また会おう、運命が交差する……断罪の……終焉フィナーレで……ッ!」


(うるせえええええ! その無駄に響くエコーをやめろ! 分子レベルで拡散してさっさと宇宙の塵になりやがれえええ!!)


 脳内の絶叫と共に、忌まわしき過去の残滓は光の中に消えた。


 そして。

 静まり返った教室の「ど真ん中」で、それは始まった。


 トトトトトトトッ……!


 何かが、床を軽快に叩く音。

 それは聖なる輝きを放つ「剣」が、物理法則の限界を超えて再構成される音だった。


(なんだその軽快なリズムは。再構築なら『ガキンッ』とか『ギュオオオン』とか、そういう重厚な効果音があるだろ!)


 だが音はどんどん大きく、速くなっていく。

 ダッ! ダダダダダッ!!

 剣は光の粒となり壁を駆け上がり、天井を一周し、カーテンを激しく揺らす。目に見えない何かが、狂ったように教室中を駆け回っていた。


「きゃあっ! こっちに来る!!」


 佐藤さんが俺の背中にしがみついた。震えが、伝わってくる。


「……下がってて、佐藤さん!」


 その時だった。

 俺の目の前を、光をまとった透明な何かが横切った。

 宙を舞うチョーク。弾け飛ぶプリント。そして――空中で、そいつが背中を丸めて横歩きに跳ねた。

 気がした。

 俺の思考が、止まった。


(……自分を制御できていないような、無意味で無軌道な動き。かと思えば急に静まる、あの独特の間)


 脳裏に、失踪したきり帰らなくなった相棒の姿が浮かぶ。


(……まさか。ありえない。特定の個体が再構成されるなどエントロピーの法則に反する。これは俺の記憶が、視神経のバグとして投射されているだけだ)


 だが、そいつは俺の足元へやってくると。

 見えない尻尾を、俺のスネに「ピシッ」と叩きつけた。


「……っ」


 光が収束し、床に着地したのは。

 一振りの剣では、なかった。

 黒く輝く体毛。雲が湧き立つような白い足元。耳とエラあたりの毛がキュッと張り出した、独特な四角い顔。

 その口元には、白いチョークが咥えられていた。


「……は?」

「……にゃ」


 俺はこいつを知っている。名前を呼んでも無視するのに、試験中だけは教科書の上を全力疾走した、ふてぶてしい相棒。


「ムラクモ……」


「草薙くん? ねえ、これ……妖怪? それとも……」

「……違う」

 俺は震える声を絞り出した。


「これは、低周波による共鳴現象だ」


「えっ?」

「去年の今頃、俺の部屋でよく起きていた。この振動は……そう、これは床板の特定の分子が、俺の『猫に会いたい』という微弱な脳波と共振し、あたかもそこに猫がいるかのような幻想を、再現しているに過ぎない。」


「……草薙くん」

 佐藤さんの声が、少し変わった。


「つまり、これは俺の脳が作り出した……最高に精巧な、ただの物理現象だ」


「今、自分で『猫』って言ったよね。猫に会いたいって、言ったよね」


 彼女の瞳に、涙が溜まっていた。

 震える指先が、四角い顔のエラの部分へ、吸い寄せられていく。

(――危ない! 下手に触れると古代の術式が――!)


「ゴロゴロゴロゴロ……」


 沈黙。


(喉、鳴らしたああああ! 完全なるリラックスモードだ! 聖剣としてのプライドを全部捨てて、全力で女子高生に媚びを売ってやがる……ッ!!)


 猫はエメラルド色の瞳を細め。

 ゆっくりと、俺に向き直った。


「――よ、満足したか?」


 低く、渋い声。

「ひっ!!? 猫が喋った……!?」

 佐藤さんが飛び上がる。だが、どこかで聞いた渋い声。


「せっかく近くにいるにちっともワシに気づかないから、演出を考えたんだ」


(いやいや、流石に猫は喋らねぇ!)


「音声の骨伝導による錯覚だ! 完璧に科学的に説明がつく!」


 そんな俺にはお構いなしに天叢雲は喉をゴロゴロと鳴らす。


「あっちの世界は静寂が過ぎてな。カケルの、あの賑やかな異能叙事詩が懐かしくなったのだ」


 その言葉が、封印していた「あの頃」の記憶を強制的に呼び戻した。


 それはまだ、俺が自分を「選ばれし存在」だと本気で信じられた頃。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ