scene2-3 金と役人
「鍵はかけておらぬよ」
壁の忍者が、顔すら向けずに呼びかける。
相手が誰なのかを分かっているようだった。
案内役の少女が、遠慮する素振りもなく扉を開けて入って来る。
「私たちの部屋とおんなじ感じですね!」
姿を見せるなり、男二人の部屋をぐるりと見渡すゲイト。
壁に這わせていた視線が黒装束にぶつかったらしく、彼女は狭い部屋の中でキビシマさんのもとへ駆け寄った。
「ベッドふかふかですよ! 寝るんじゃなかったんですか?」
まいった、という感じで苦笑するキビシマさんを尻目に、賑やかな少女は標的をこちらに定めたようだった。
「ワキヤさん」
ずかずかと歩を進め、僕の眼前で立ち止まる。
床よりもベッドの面積の方が大きいこの部屋では、近くに立とうとするだけでこの距離になるのは必然だった。
「な、なんでしょう」
反射的にのけ反って、動きの読めない少女から距離をとる。
彼女の顔からは無邪気さが急に抜けて、役人らしい薄い笑みが貼り付いていた。
「お渡しするタイミングを逃してしまっていましたので、遅くなりましたが、これを」
どこか恭しい所作で、ゲイトが腰のポーチから白い巾着袋を取り出す。
持ち上げられた際に聞こえたじゃりという音で、その中に詰められている物が硬貨であることを予想させた。
手のひらにちょうど載るサイズの、銭入れ。
触らずとも分かる重量感に、思わず目を見張る。
「どうぞ、受け取ってください」
「どうして」
心臓がわずかに暴れた。
縁遠かったはずの物が目の前に現れて、恐怖を感じないなどというのは不可能だった。
「アルトチューリで魔王軍を撃退したでしょう? その報奨金です。あと、ワキヤさんの加入祝いも入っています」
具体性を持ちはじめる大金。
そんなモノを、片手で差し出してくる幼い役人。
「ゲイト……さんが、僕に?」
訊きながら、生唾を飲み込む。
事務的な顔は一瞬だけ目を見開いた後、あっははぁと破顔した。
「王宮からですよ。私は受け渡し役っていうだけです。ワキヤさんにお小遣いあげられるほどお金持ちじゃありません、私」
ころころと笑う少女の前で、しかし僕の緊張が解けるはずもなかった。
出どころがどこであれ、役人から大金を手渡されるという構図が変わるわけでもない。
「良いんですか」
「当たり前です」
強引なゲイトの姿――あるいは僕の情けない姿を見てか、キビシマさんが軽い笑い声をあげた。
「ゲイト殿、珍しく説明が不足しておるぞ。ワキヤ殿が困惑しているではないか」
笑い交じりの言葉に、役人の少女の顔がはっとする。
「良いかなワキヤ殿。我々勇者パーティーが功績をあげると王宮から予算が降りて、こうして報奨金として手渡されるのだ。我々はこれを路銀や、軍資金として魔王討伐の旅に充てる。だから――」
「そういうわけなので、どうぞ!」
有無を言わさず押し付けられる巾着袋。
ずしりとした重みと、金属の生々しい感触。
よく見ると、王宮の紋章が刺繍されているようだ。
「きっ、キビシマさんは、もらったんですか」
「おう、昨夜、ワキヤ殿が加入する前にな。これで明日は豪遊するでござるよ」
大げさな抑揚で言って、キビシマさんは笑った。
「用はこれだけです。キビシマさんの言う通り、明日は出発まで時間がありますから――経済回しちゃってください!」
冗談っぽく言うゲイトの言葉は、しかしさっきレイヴの部屋で聞いた話と合わせて考えれば、紛れもない本心なのだろう。
ゲイトはくるりと背を向けて、そこで何かを思い出したように「あっ」と声を漏らすと、ぴょんと跳ねて僕のベッドに腰かけた。
「お伝えしたいこと、もう一点」
巾着袋を両手に乗せたまま、役人の言葉を待つ。
「昨日の戦いでお父上が亡くなって、勇者――レイヴさんは塞ぎ込んでいました」
隣に座って静かな口調で話すゲイトの表情は幼い少女の物ではなくて、それでいて無防備にも感じられる、初めて見る顔。
「キビシマさんもバルフさんも私も、気を遣ってしまって声もかけられませんでした。でも、レイヴさんは気を遣われるのを嫌がるタイプでしょうし、正直どうして良いか分からなかったんです」
ベッドがわずかに揺れる。
ゲイトが、小さく脚を揺らしているのだった。
「だけど、ワキヤさんが加入してくださったおかげで、今日はいつもの私たちでいられました。なので――」
ありがとうございます。
屈託のない笑顔でそう言って、ゲイトはベッドから跳び下りると小さな足音を残して部屋を出て行った。
なんだかよく分からない余韻と、
硬貨の重さだけを残して、
僕の勇者パーティーとしての一日目は穏やかに幕を下ろした。




