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ワキヤクレイヴ -wakiya crave-  作者: いちどめし
第二章『竜血の巫女編』 第一話 -新規加入-

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scene3-1 灰色の朝

 目を覚ますと、既にキビシマさんの姿はなかった。


 隣のベッドのシーツには使用された形跡がないどころか、荷物を置いた跡すらも見当たらない。

 本当に、朝まで壁にもたれたままで過ごしていたのだろうか――そんな有り得そうで、冗談みたいな妄想が頭の中に浮かぶ。


 澄んだ空気の中に響く鳥の声が、覚醒しきっていない意識に心地良い。

 人の営みが始まりきっていない静かな朝は、休耕中のアルトチューリと似ていた。


 身を起こす。

 窓から見上げる空は、まだ少し薄暗い青を残している。

 はっと思い出して枕元の背嚢を広げると、刺繍入りの巾着袋が姿を見せた。


 現実だ。


 忍者も、案内役も、勇者も、亜人もこの場にはいないのに、実感する。


 今日は、朝からレイヴの部屋で打ち合わせがあるとのことだった。

 ほんの二、三秒、ベッドの柔らかさを全身で堪能してから起き上がり、身支度を始める。

 思えば、昨日も打ち合わせのようなことしかしていない。


――いや、違うか。


 打ち合わせどころか、自己紹介と、雑談くらいか。

 新入りを馴染ませるためにそうしてくれているのか、それとも普段からこうなのか。

 知る由もない。

 誰かに聞くようなものでも、ない気がする。


「おはようございます」


 部屋を出るなり、朝の静寂に溶け入るような声が僕を出迎えた。

 見ると、隣室の戸の前に夜の色をしたローブがもたれかかっている。


「あぁ、おはようございます」


 燃え尽きた灰のよう。

 差し込む朝日の中で、彼女の肌色に対する印象はより強固になった。

 村で培った尺度で見ると、どうしても病弱な印象を受けてしまう。

 だけど、挨拶の声は静かなりにどこか弾んでいたような気もするし、挨拶を返されて微笑むその表情は、儚げながらも気安さを感じさせる。


 その上で、声色からも表情からも漏れ出る妖しげな陰気さ。

 これは、沼エルフ特有のものなのだろうか。


「早いんですね」


 僕がその言葉の意味を考えるよりも前に、「朝」と付け加えるバルフさん。


「そうですか?」


「ええ」


「バルフさんも早いじゃないですか」


「言われてみれば」


 紫の髪を揺らし、亜人の女性はへらりと笑った。

 長い睫毛が朝日に濡れて、静かな朝が瞬きの間だけ音を失う。


 勇者伝説の中で、エルフはよく美形の種族として描かれていた。

 沼エルフは――どうだったっけ。


「キビシマさんの方が、その……たぶん、早いですし」


「あの人は変ですから」


 話題を繋げようと絞り出した言葉は、温度の低い返事を得る。

 一瞬すら考えもせずに放ったような速さだった。


「変、ですか?」


「変ですよ。寝てても、なんか起きてるみたいですから」


「へえ」


 気の利いた反応のできなかった僕に、バルフさんは「はい」と身のない返事を重ねた。


「バルフさんは、そんな所で何していたんですか?」


「誰かが出てくるのを待っていました」


「誰か、っていうと――」


 復唱しながら逡巡する。


「キビシマさんはもう部屋にいませんでしたよ」


「そうでしょうね」


「ゲイトさんは、まだ中に?」


「いますよ。寝相悪かったです」


 何の感情も抱いていなさそうな口ぶり。

 どう返せば良いのか分からなくて、「ねぞう」とまた復唱してしまう。


 鳥の声。

 窓の外の町には、人の動き始める気配があった。


「行きましょうか、打ち合わせ」


「一緒に、ですか?」


「行かないんですか?」


「行きますけど」


 ほんの少しずつ眉や目元を動かして、バルフさんは無表情のまま楽しそうにしたり、意外そうにしたりした。


 促されるままに連れ立って歩き出すけれど、どれだけゆっくり行ったところで一分もかからないような道のりだ。


「あの、ありがとうございます」


 紫の髪が揺れるのをなんだか幻想的な気分で視界に入れながら、彼女の行動の意図を考える。

 バルフさんは立ち止まって、淡く、不思議そうな顔をした。


「新入りを、その――慣れさせようと、してくれて」


 直後、整った顔がにやりと笑う。

 思わず漏れ出てしまった、というような笑みだ。


「はい、ですからこの恩返しとして、面倒見の良い先輩のこと、戦闘中はしっかり守ってください」


 表情も抑揚も乏しいなりに、これがバルフさんなりの冗談であることははっきりと理解できる。


「ええっ、なんか、違いましたか?」


「打ち合わせに、案内役のゲイトさんだけが遅れてきたら面白いじゃないですか」


「仲悪いんですか?」


 つい、反射的に口に出てしまう。

 失言だったかと後悔したのも束の間、バルフさんは無表情に戻って、


「性格悪いんですよ、私」


 歌うように言った。

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