scene2-2 普通の人
ふかふかの布団で眠ると言っていたキビシマさんは、自身の宿部屋に入ってもレイヴの部屋でそうしていたように、立ったまま壁にもたれかかるだけだった。
僕が部屋の入り口で立ち止まっていると、彼は何かに気づいたようにぴくりと肩を揺らした後、柔和な顔をこちらに向けた。
「ワキヤ殿の部屋でござる。拙者に構わず休むと良い」
「キビシマさんは休まないんですか?」
問われて、キビシマさんは照れたようにはにかむと、小さく頭を掻いた。
「拙者はこうしている方が気の休まる性質でな。ワキヤ殿が気になってしまうのであれば、拙者は出ているが」
「いえ、そんなつもりじゃ――」
思わず、小さく叫んでしまう。
なんだか気まずくなってしまい、汚れのない浅黄色の絨毯を見下ろしながら手前のベッドへ向かう。
レイヴの泊まるものと同じくらいの広さのこの部屋は、しかしベッドが二台並べられているせいで少し手狭に見えた。
この部屋で、僕はキビシマさんと相部屋ということだった。
ゲイトとバルフさんは別の部屋で相部屋なのだということで、勇者であるレイヴ以外は男女で分かれて、という振り分けなのだろう。
「今のは、意地の悪い言い方になってしまっていたな。すまないでござるよ」
僕がベッドに背嚢を下ろすなり、謝罪。
なんだか僕は焦ってしまって、「今の」が何を指すのかを考えるよりも前に、「いえいえ!」と全身でそれを否定した。
「僕の方こそ、気を遣わせてしまって――」
焦る僕の姿を見て、キビシマさんは破顔すると「あっはっは」と笑い声をあげた。
気持ちの良い笑い声というものにお手本があるのだとしたら、きっとこんな笑い方なのだろう。
「いやあ、ワキヤ殿は反応が普通でござるな。他の仲間たちはどうにも癖が強いのでな、拙者も少し毒されていたようだ」
「ふ、普通、ですか?」
「おう、普通も普通。久方ぶりに人間に遭った気すらしたでござる。ほら、ゲイト殿もバルフ殿もあの調子でござろう。レイヴ殿は気の良い若者ではあるが、滅多なことでは物怖じしないところがあるからな、ワキヤ殿のような相手に対する話し方を失念していたかも知れん」
何と返せば良いのか分からなくて、僕は少しだけ無言になって背嚢の中を漁った。
一着だけ持ってきた着替えに、両親から持たされたナイフ、おばさんにもらった魔法の丸薬。
小袋に入っているのは少量の煎り豆と干し肉で、村の皆が非常食にと渡してくれたものだ。
今、用のあるものは無い。
開ける前から分かっていた。
背嚢を閉じようとして、ふと視界に入ったのは、麦わらを編んで作った短い鎖のようなもの。
旅のお守りにと、ジーナのくれたものだった。
なんだか既に懐かしい香りを感じながら、改めて背嚢を脇に置いた。
「普通で、良いんでしょうか」
「おかしなことを聞くでござるな」
話を続けようとして口をついた質問だった。
おかしなことを言ったという自覚が、指摘されてから湧き上がる。
だけどキビシマさんは、聞かれるまでもないという風に続けた。
「普通が良いに決まっている」
「どうして」
「普通だからこそ見えるものがある」
淀みのない回答に、なんだかたじろいでしまう。
初対面の相手を普通と評したことへのフォロー、詭弁――。
そう思わせないだけの雰囲気が、キビシマさんにはあった。
それが、彼の本心だからなのか、彼の話術が優れているからなのか、までは分からないけれど。
「普通って、何でしょう」
きっとこれも、沈黙を作らないための質問。
キビシマさんはそんな浅はかな問いかけに、しかし目を丸くして、少しだけ考えるような素振りを見せた。
おかしな質問をしたと僕が詫びるよりも、
「そうでござるな、ここで言う普通というのは――」
キビシマさんが笑顔を作る方が、わずかに早かった。
「人に悪く思われないように気を遣っていること、でござるよ」
「良いことなんですか、それ」
「もちろん」
釈然としない気持ちはあったけれど、キビシマさんの言葉に嘘があるようにも思えなかった。
返す言葉も思いつかないまま、眠るにはまだ少し早い時間が流れていく。
キビシマさんは壁にもたれたまま身じろぎすらせず、直前の話題を掘り返すのには長すぎる沈黙が積もった頃、軽く扉を叩く音がした。




