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ワキヤクレイヴ -wakiya crave-  作者: いちどめし
第二章『竜血の巫女編』 第一話 -新規加入-

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scene2-1 勇者と政治

「いやあ、今日は豪勢でしたね!」


 宿部屋に入るなり、ゲイトの無邪気な感想が僕らを脱力させた。

 この部屋を一人で使うことになっているレイヴは特に気疲れしていたのか、外套や荷物を放り投げるなり、大きなため息とともにベッドへ身を投げた。


「うわっ、なんだよこのベッド柔らけぇなあ!」


 まるで、不味いものでも食べたときのような反応。

 アルトチューリを出てから聞く、レイヴのいちばん大きな声だった。


「良いのかよゲイト。こんな良い部屋に泊まるなんて」


「良いんですよ。この町の人たちもそれを望んでいるはずです。良い宿に泊まるのも、勇者のお仕事のうちですから」


「そうなんですか」


 何の気もなしに言うと、それを質問と捉えたらしいゲイトが得意げな顔になった。


「思っていた勇者像と、隔たりがありますか?」


 返答に困っている数秒のうちに、ゲイトは続ける。


「ワキヤさんが新しく加入したことですし、勇者パーティーの行軍について改めてお話ししますね」


 子供らしい響きの中に、事務的な色が混ざる。

 これから話される内容の長さを知っているのか、バルフさんが無言のまま木製の椅子に腰かけた。

 それに続いてレイヴの転がる脇にぼすんと腰を落とすと、ゲイトは「本当だ柔らかい!」と笑ってから、またすぐに事務的な目に戻った。


「あなたたち勇者パーティーの目的は、この国をはじめとする世界中の皆さんを笑顔にすることです」


 何を言い出すかと思えば、子供向けの英雄譚に書いてありそうなこと。

 なんだか拍子抜けしてしまって、バルフさんの隣のもう一脚だけある椅子に腰かける。

 キビシマさんは立ったまま壁にもたれかかって、なにやら目を閉じている。


「もちろんそのための最大の課題は、世界の脅威である魔王軍を打ち倒して平和を取り戻すこと。だけど英雄譚を読んだことのあるワキヤさんなら、それだけで良いわけじゃないことはお分かりですよね」


 思わぬ問いかけに、考えのまとまらないまま僕が「はい」とだけ答えると、ゲイトは満足げに目を細めた。


「魔物退治や悪人の成敗、市井の抱える問題の解決や小さな善行などの人助け。これがあってこそ古の勇者たちは英雄として語り継がれましたし、それでこそ魔王討伐の英雄たちは勇者と呼ばれたのです。だからこそ、今回勇者パーティーを名乗るあなたたちにも、それが求められる」


 回りくどい言い方。

 それをすらすらと読み上げるように語るゲイトは、きっと前にも――レイヴや他のメンバーにも同じ話をしたことがあるのだろう。


「これを言ったらレイヴさんが不機嫌になるので、こんな近くで言いたくないのですが――」


「だったら俺のベッドに座りながら話すなよ」


 軽口を返すレイヴの声には、明らかな疲れが見える。

 それを元気づけるかのように、ゲイトが「へへへ」と幼い声で笑った。


「勇者の旅は、興業なんですよね」


 馬車の中でやったのと同じように、バルフさんが静かな声で話に割り込んでくる。

 だけど今回は、ゲイトの笑顔が崩れることはなかった。


「惜しい! 興業の側面を持つ、ですよバルフさん。私と同じ王宮から遣わされた立場なんですから、そこはしっかりしてください」


「むかつくなー」


 バルフさんの軽い口調。それがなんだか意外で、灰色の横顔をまじまじと見つめてしまう。

 視線に気づいたバルフさんは僕と目を合わせると、無表情だった顔で小さくおどけてみせた。


「こうぎょう?」


 耳慣れない――というか、英雄伝説に似つかわしくない言葉に対して聞き返すと、優秀であるらしい案内役は更に調子づく。


「はい。つまり、行く先々の場所を盛り上げるってことです。その中にはもちろん、先ほど言いました人助けもあるんですが、経済効果も狙っているんですね。こうして勿体ぶらずに良い宿をとるのもその一環ですし、先ほどの大規模なお出迎えだってそうです。勇者一行がやって来るとなれば町中どころか、周辺の集落の人々だって集まります。そうなれば当然、経済も動くわけです」


「知りたくなかったよな、そういうの」


 仰向けのレイヴの、つまらなさそうな声。

 それはきっと僕に向けられたもので、だけどすかさず応えたのはゲイトだった。


「大義は変わりません。それに、私たちの行動によって皆が喜ぶのも事実です」

 一日目の僕にはまだよく分からないけれど、その言葉はきっと正論だった。

 返事どころか舌打ちすらないレイヴの心中は測りようもなくて、魔法による橙色の室内灯に照らされた室内は、重苦しく沈黙した。


 幼い頃から伝説の中の勇者に憧れている世界中の無垢な少年は、この説明を聞いてどんな顔をするのだろう。


「拙者もそろそろ、ふかふかの布団で眠るとするでござる」


 冗談めかすように声をあげたのはキビシマさんだった。

 それのわざとらしさには誰もが気づいていたはずで、だけど誰もそれを咎めるわけがなかった。


「ああ、言っておきますけど、勇者以外の部屋はワンランク落としていますからね」


「ケチでござるなぁ」


「何でもかんでもお金をかけるわけじゃあありません。ワキヤさんにも誤解の無いよう言っておきますけど、今日みたいな馬車移動なんて珍しいんですからね」


「え、そうなんですか」


 砕けはじめた雰囲気の中、僕も思わず声を裏返してしまう。


「はい。あれはアルトチューリの領主さんが、面子を立てるために手配してくださったものです。自治領から二人も勇者パーティーを輩出して、徒歩で送り出すなんて格好がつきませんからね。基本的には歩きか、自分で調達した移動手段による旅になると思ってください」


 それから、率先して部屋を出たキビシマさんに続き、僕やゲイト、バルフさんはレイヴ用の一人部屋を後にした。

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