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ワキヤクレイヴ -wakiya crave-  作者: いちどめし
第二章『竜血の巫女編』 第一話 -新規加入-

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scene1-2 勇者の行進

 パーティーメンバーへの手土産兼、僕への餞別として持たされた白パンと干し葡萄をつまみながら、半日ほどを馬車に揺られて過ごした。

 僕にとっては滅多に食べられない高級品でも、ゲイトをはじめ王都から来た他のメンバーにはどうだろうか――そんな不安を跳ねのけるように、新しい仲間たちはそれぞれの喜び方をし、美味そうに食べてくれた。


 バルフさんは小さな口で黙々とパンを齧り続け、キビシマさんはあっさりと口布を外して精悍な顔を露わにすると、干し葡萄を二粒ずつ頬張っては表情を蕩けさせた。

 ゲイトはパンに干し葡萄を捻じ込んでそれにかぶりつき、大声で「おいしいですね!」とか「おいしいですよ!」と叫びながら周りと顔を見合わせた。


 そうこうしているうちに馬車は目的地に近づいてきたようで、ゲイトの「そろそろですね」という声を合図にそれぞれが自分の近くの窓に布をかける。

 僕があまりにも分かりやすく「どうして?」という顔をしたせいだろう、ゲイトは薄暗くなった客車の中で、含みのあるいたずらっぽい笑顔を僕に向けた。


 ややあって馬車が止まる。


「降りましょうか」


 扉の前に立ちにわかに事務的な顔を見せるゲイト。

 それに続いてレイヴたちも立ち上がったので、僕も慌てて席を立った。


「私に続いてレイヴさん、キビシマさん、バルフさんの順に出ますから、ワキヤさんはその後に出てください」


 ゲイトが馬車の扉に手を伸ばす。

 と、キビシマさんが「おっと」と気の抜けた声を出す。


「ワキヤ殿、忘れ物などないようにな。この馬車にはもう戻らぬ故」


 言われて、パンを包んでいた布を背嚢に詰め込んだ。


 扉が開く。

 傾き始めた日差しが、薄暗かった客車に流れ込んで視界をかすませる。

 それと同時に、全身を震わせる衝撃。


 何が起こったのか、一瞬は理解できなかった。

 しかしすぐに、それが怒号のような歓声による振動なのだと気づかされた。

 ゲイトが降りた際には大雨のようだった歓声は、レイヴが姿を見せると地響きに変わる。


 バルフさんが降りて外の景色が見えるようになると、そこには壁のように群がる人、人、人。

 立ち竦んでしまっていると、群衆に手を振っていたレイヴがちらりと目配せをして、僕の降車を促した。


 一歩、踏み出す。

 意を決して、というわけではなかった。

 置いて行かれるのが嫌で、押されるように踏み出した。


 圧力。

 湿気をはらんだ、強い向かい風。

 向けられる無数の目。

 絶叫にも近い歓声が、卑下や謙遜を許さないほど暴力的に、僕――アルトチューリ村のワキヤへと浴びせられる。


「驚きましたか?」


 歩を緩めていたらしいゲイトが、いつの間にかすぐ隣に並んでいた。

 いたずらっぽくにやついた案内役の言葉は馬車の中で聞いていたのと同じ遠慮のない声量で、しかし絶叫の渦中においては内緒話のようである。


「ワキヤさんが加入したことは王宮にも伝えています。そしてその報は、既に王宮から各地へ通信魔法で広がっているんです。皆さん、新しいパーティーメンバーに興味津々なんですよ」


「僕はどうしたら」


「どうしたら?」


 質問が言葉足らずだったのだろう。

 首をかしげるゲイト。


「レイヴみたいに手を振った方が良いんでしょうか」


「勇者の親友である平民らしく振る舞っていただければ大丈夫です」


 丸くした目を少しだけ泳がせた後、ゲイトはそう言い残して歩くペースを上げ、再びレイヴに追いついた。

 的を射ないアドバイスに頭を悩ませる余裕もなくて、僕は結局キビシマさんを真似、軽く手を上げて声援に応えることにした。


 これが、勇者パーティーか。


 僕らの行進に湧く群衆を見渡しているうちに、なんだか他人事のようにそう思う。

 今の状況はまるで、勇者伝説の最終盤、魔王を倒した英雄たちの凱旋の場面である。


 ああ、これは――


 ぞくぞくと、身体の中心から震えが漏れ出るような感覚。

 ゲイトが割り開いていく人だかりの一人一人に貼り付いた笑顔を向けながら、僕の内心には甘くて柔らかい、不気味な感情が芽生えていた。


 ――怖いのか。


 よく分からないまま、その感覚に名前を付ける。

 そしてそれが正しい命名なのかも分からないままに、その感情から目を背けた。


 ここは、アルトチューリから馬車で半日ぶん離れた隣町。

 護衛隊長の巡回に時おり付き合っていたレイヴや、顔見知りの行商の男から話を聞いたことがあったけれど、実際にこうして足を踏み入れると、想像していた世界がいかに曖昧だったのかがよく分かる。


 農村ではない世界というものは新鮮で、それでいて敷石や小ぶりな石造りの建物が並ぶ街並みには既視感もあった。

 アルトチューリの新居住区も、こんな感じだ。


「――あっ」


 つい、声が漏れる。

 老若男女の町民の中に、異質なものを見止めたからだった。

 それは十にも満たないであろう小さな少年で、声をあげたり手を振ったりする大勢の中、彼だけがどういうわけか、つまらなさそうな顔をしていた。


 そんな彼も、行進を続けるうちに人波に隠れてしまい、僕は再び他人事のように笑顔を振りまいた。

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