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ワキヤクレイヴ -wakiya crave-  作者: いちどめし
第二章『竜血の巫女編』 第一話 -新規加入-

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scene1-1 ようこそ勇者パーティーへ

「ようこそ、勇者パーティーへ」


 村の見送りの姿が遠ざかり見えなくなると、向かいに座っていた遣いの少女はそう言って居住まいを正した。

 声色こそいかにも役人といった風情の事務的なものだけれど、あどけなさの残る口元は緩くにやついたように歪んでいて、その表情はどこか浮ついたものに見える。


「ありがとうございます。ええと、レイヴ――勇者の友人で、ワキヤといいます。よろしくお願いします」


「家名なしの、ワキヤさん?」


「はい。ただの農民ですから……あえて言うなら、アルトチューリ村のワキヤ、というところでしょうか」


 僕の返答に、金髪の少女は驚いたように「おお」と声を裏返した。

 その反応の理由を尋ねられるまでもなく、僕の表情から察したのだろう、彼女は馬車の歩みに合わせるように肩を揺らしながら、楽しそうに言葉を続ける。


「仲間に誘いたいっていうお友達の話はレイヴさんから聞いていたんですけど、それが家名も持たない平民の方で、それなのにこんなに礼儀正しいだなんて――」


「おい、ゲイト」


 弾んだ声を遮って、隣に座っていたレイヴが不機嫌そうに声をあげる。


「家名だとか身分だとかは関係ないだろう」


「関係大ありですよ! 平民の中に信頼できるお友達がいるっていうのは勇者の評判を上げる要因になりますし、平民出身のワキヤさんが私たちの仲間として活躍することは、平民の皆さんの希望になるんですよ」


 ゲイトと呼ばれた遣いの少女は、しかし全く臆することもなく楽しげなトーンで続けた。

 そのせいでレイヴは気勢を削がれてしまい、小さく舌打ちをして押し黙った。


「しかしゲイト殿、物事には伝え方というものがある。悪気がなくとも礼を欠いた物言いにならぬよう、気をつけませんと――勇者殿はそう言いたかったのでござろう?」


 穏やかな口調でそう言ったのは、ゲイトの隣に座る、口元を黒い布で隠したがたいの良い男。

 昨日のゾンビとの戦いでは、レイヴと同じか、それ以上に良い動きをしていた記憶がある。


「おっと、申し遅れましたな。拙者は忍者……と呼ばれる戦士で、名はキビシマという。本当の名は捨ててしまってな、氏も家名も持たぬ故、事情は違うがワキヤ殿と似たようなものでござるな」


 わははと笑って、キビシマさんは身を乗り出して右手を差し出した。

 握手を返すと、彼はそのごつごつとした手にぐっと力を込めて「よろしく頼む」と短く言った。

 友好的に細められた目元しか見えないものの、その顔つきや口を覆っているのと同じ黒を基調とした装束からは、明らかな異国らしさを感じられた。

 忍者という、その聞き慣れない名称も彼の国のものなのだろう。


「キビシマさんも、レイヴも、気を遣ってくれてありがとう。でも、僕が平民なのは事実だし、気にしてないから――」


「甘やかさなくて良いぜ、ワキヤ。この案内役様はデリカシーに欠けてんだ。いちいち指摘しないと、自分自身に礼儀がないってことにすら気づかねぇんだ」


 吐き捨てるようなレイヴの言葉に、ゲイトは不服そうに頬を膨らませた。

 やはり幼さが漏れだすような反応である。


「案内役?」


 年齢について尋ねたいのを抑えつつ、それとなくゲイトに問いかける。

 すると彼女の円らな目は分かりやすく輝いた。


「そう! 私は王宮から直々に依頼を受けて派遣された、勇者パーティーの案内役なんです。勇者の旅には迷うことも、成すべきことも多いですからね。皆さんを正しく導く私のような役割が、必要不可欠なんですよ」


 声高にそう言い終わった後、得意げな案内役は息つく間もなく「あっ!」と声を張り上げ、なぜだか僕の目を覗き込むようにして顔を近づけた。


「今、思いましたよね。こんな子供に、そんな重役が務まるのか、って」


 あまりにも強引な話運び。

 彼女の一呼吸の間にレイヴとキビシマさんに目をやると、やれやれという空気が客車の中に満ちているのを知ることができた。


「でもね、安心してください。こう見えて私――」


「王立学校主席。しかも飛び級」


 ぼそりと言ってゲイトの言葉を遮ったのは、端に座った紫色のフードの女だった。

 窓の外を眺めていた彼女は、ゲイトがしかめっ面になるのを横目に見て、薄い唇でにやりと笑った。


 キビシマさんと同じく、昨日のアルトチューリ防衛戦でレイヴと一緒に戦っていた、勇者パーティーの三人目である。


「他に、何かありましたっけ」


「あるよ! なんで邪魔するんですか」


「邪魔だなんて。ゲイトさんがどれだけ優秀なのか、私の方からもワキヤさんにお伝えしたくなっただけです。ほら、いろいろな学問をお修めになって、ゆくゆくは――なんでしたっけ?」


 フードの女に促されると、ゲイトは釈然としないといった風に眉を歪めた後、いかにも「気を取り直します」とでも言うようなわざとらしい咳払いをしてから、再び得意げなぎらぎらとした笑顔を取り戻した。


「いまバルフさんが言った通り、私は優秀なので、将来は賢者として王政の手助けをすることを期待されているんです」


「では次は私の自己紹介ですね」


 ゲイトが言い終わるや否や、半ば割り込むようにしてフードの女が抑揚のない声をあげる。

 三人の視線が集まる中で、少しだけ身を乗り出していた彼女はゆっくりとフードを脱いだ。


 彼女の貌を見て、思わず息を飲んだ――そんな僕の戸惑いが悟られてしまったのだろう。

 陰気さを感じさせるじとりとした三白眼は、僕と目が合うと薄っすらと怪しげな笑みを浮かべた。


「勇者さんから聞いていますよ。アルトチューリにはニンゲンしかいないって」


「ああ、いや、その……」


 こちらの内心を見透かすような優しげな声に、僕は息を詰まらせることしかできない。


 フードをかぶっている時から、随分と色白な人だとは思っていた。

 だけど、それはフードの影になっていたせいでそう見えていただけだったらしい。

 日の光に照らされた彼女の肌は、ただの色白と言い表すのには彩度の低い、まるで灰のような異質な白さをしている。


「良いんですよ。見慣れない種族を見て、驚いてしまうのは自然なことです。なにしろ、私たち沼エルフの人口は少ないですから」


 沼エルフ。

 昔、レイヴと読んだ勇者伝説の中に見たことがある。

 代表的な亜人種とされるエルフ族の中でも、特に魔法に優れ、暗がりに住んでいるという種族。

 ゴブリンやドラゴンと同じで、昨日までの僕にとっては、世界のどこかに実在しているということしか知らなかった存在。


 思わず逸らしてしまっていた視線を、上目遣いで彼女の方へ持ち上げる。

 肩口まである、色素の薄い紫がかった癖毛。

 わずかに尖った耳は、本の中に見たエルフそのものだ。

 顔立ちからすれば、年の頃は僕やレイヴと同じくらいだろうか。


「この小隊では後衛を任されている、バルフ・デバルフです。勇者さん、キビシマさんに続いて、ワキヤさんも前衛ということになると思いますので……精一杯、サポートさせていただきますね」


 にこりと微笑み、「よろしく」と右手を差し出してくる。

 細くしなやかな指は、やはり灰のように白い。

 反射的に握手に応じた後、その冷たさと柔らかさにどきりとする。

 異人種とはいえ、歳の近い異性と話すのは――ジーナを除けばあまり無いことだった。


「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 緊張を隠せない僕の声をどう捉えたものか、バルフさんは少し首を傾けて、静かに手を離した。

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