主人のもとへ帰る犬2
「やっべ、もうこんな時間だ! 急ぐぞ、送れちまう」
「おい、はやくしろよ。急がないと、ハリーのパーティーに間に合わないぜ」
「楽しみだなァ。なんたって、ゲストはあのミケイラだぜ!」
スノーウィは、目を剥いた。ミケイラ? まさか、ミストレスのことか? だとしたら、呼び捨てにするな、屑どもが。
腹を立てている場合では、ないかもしれない。スノーウィはとりあえず、気持ちを落ちつけた。聞き耳を立てる。
男子生徒たちは、頭にヘリウムガスを詰めているのか? と疑いたくなる、軽そうな頭を揺らして、動きだす。他の二人に急き立てられた、痩せぎすの男子生徒だけが、気乗りのしない様子で、ぐずぐずしていた。他の二人に急かされても、なんとなく、煮え切らない態度だ。
「ハリーの奴、マジでヤるのかよ」
「いつもやってんだろ」
「いや、いつもは、ホイホイついてきた女をヤるだろ。拉致ってヤるなんて、流石にヤバくねぇ?」
「ターゲットは嫌われ者のミケイラだ。誰も邪魔しねぇさ」
そう言ったのは、メタルフレームの眼鏡をかけた男子生徒だ。にやけ顔で舌なめずりをする。
「興奮するぜ。あの雪の女王様をヤれるなんてなぁ」
腹の立つ顔だ。用務員の使っていた芝刈り機を拝借して、刈ってやりたい。
その隣で、四角い顔の男子生徒が、にやりとする。三人の中で、一番、良い体格をしている。鳩胸で、腰もがっしりしている。ウェイトは、スノーウィよりあるだろう。でも、見るからに見かけ倒しだ。
四角い顔の男子生徒は、眼鏡をかけた男子生徒の肩を小突いた。
「ああ、お前も難攻不落の要塞攻略に乗り出して、玉砕したクチだっけか? ひでぇ振られ方、したんだよな」
眼鏡をかけた男子生徒はむっとして、仲間の重そうな腕を振り払う。
「うるせぇなぁ。んなの、忘れたよ」
「お前、夢中だったろ。心が痛まねぇの?」
痩せぎすの男子生徒が訊く。すると、仲間の二人はたがいに顔を見合わせて、湧き立つように笑った。
「バカ言うなっつーの。俺はお高くとまったあの女を這いつくばらせて、ヒィヒィ泣かせてやりてぇだけだ」
「そうそう。男の「好き」は、ヤリたいって意味だ。お前だって、そうだろ?」
痩せぎすの男子生徒が、苦笑する。まぁ、そうだけどさ。と言った次の瞬間、その体は校舎の壁に激突した。飛びだしたスノーウィが、殴り飛ばしたのだ。
返す一撃で、手前にいた男子生徒の、四角い顎を殴りあげる。体は重いが、スノーウィのアッパーカットの方が重い。立派な体は、綿が詰まったみたいに、軽々と宙を舞う。
スノーウィはだらんと、体の脇に両腕を下げる。意識の統制を失った二つの体が、ぐしゃりと地面に落ちた。
眼鏡をかけた男子生徒は、何が起こったのかわかっていない。ぽかんとして、阿呆面を晒している。恥ずかしくないのか? そんな阿呆面で、生きていて、恥ずかしくないのか?
首を掴まれるまで、怯えることすらしなかった。いまさらになって青ざめる男の喉仏を扼して、悲鳴は押しつぶす。
スノーウィは周囲に素早く目をはしらせた。先に倒した二人は、ぬかりなく昏倒させた。騒ぎを起こさなかったので、誰も駆けつけて来ない。
この頭にくる男を、しっかりと尋問することが出来る。
スノーウィは男の首を右手で締めあげつつ、体を吊るしあげた。眼鏡が斜めにずれて、細面が恐怖に歪む。男はじたばたしたが、少し手に力を入れてやれば、足の間に尻尾を挟む犬みたいに、大人しくなる。
良い気味だが、見ていても、それほど楽しくはない。長引かせても良い事は無い。スノーウィは切り口上で、訊いた。
「ミストレスに、何をするつもりだ」
「ひっ……た、たすけて……!」
スノーウィは、無様にうろたえる男の頬を左手で軽く張った。太い首をしている癖に、がくんと頭が揺れる。目の焦点が怪しくなったので、校舎の壁に後頭部を叩きつけて、目を覚まさせてやる。血走った目玉を剥く男に、額を寄せる。バカでもわかるように、噛み砕いて、問いただした。
「ミケイラ様は俺のミストレスだ。彼女に何をするつもりだ」
壁とスノーウィの体で挟んで、男の体を支えてやっているので、首はそんなにしまっていない。それなのに、この男は泡を吹いて、奥歯をがちがち鳴らしている。だらしない。
調教を始めたばかりの仔犬のほうが、よほど根性がある。こんな軟弱者が、ミストレスに悪さをしようとしていたのか? この程度の暴力への耐性もないのに、ミストレスを暴力で屈服させようと目論んだのか?
おかしい。とても、滑稽だ。……笑えないが。
スノーウィは、声を低くして凄んだ。
「答える気がないなら、お前を生かしておく、意味がない」
男は雷にうたれたみたいにびくっとして、甲高く喚いた。
「な、なにもしねぇよ! 俺は何もしない、俺じゃない! ハリーだ、ハリー・オークウッドが、ミケイラを拉致しようとしてんだよ! 校舎前で、待ち伏せしてる筈だ!」
「拉致だと? 何のために?」
「そ、そりゃあ……ふられた、腹いせに……その、酷い目に、あわせる為さ」
男は、息を呑んで口ごもる。スノーウィは、首を傾げた。男が濁した真意くらい、察しがつく。スノーウィは表情を変えなかった。でも腹の底では、怒りのマグマが煮えたぎっている。
スノーウィは抑揚をつけずに、ひぃひぃ泣いている情けない男に訊いた。感情はおくびにも出さない。狩りの時に、感情を見せてはいけない。
「俺がまだ、お前を放さない理由は、わかるか?」
スノーウィの話し方は、豚の癖がうつってしまった。乱暴な口調だ。ミストレスの前では、この悪い癖が出ないように、気をつけなければいけない。
男が口を開いたが、スノーウィはこれ以上、こいつの言葉を訊くつもりがなかった。スノーウィの膝が跳ねあがり、男の股間を強襲する。膝に湿ったものがあたる。気色の悪い蟠りが、硬い骨とスノーウィの膝に挟まれて、果実みたいに潰れた。
男の口を押えたので、悲鳴は上がらなかった。
悪い腫瘍を潰してやった。これで、ミストレスを卑猥な目で見ることは、二度と出来ないだろう。
スノーウィは、白眼を剥いて痙攣する男を、地面に投げ捨てる。白い目で睨んで、唾を吐きかけた。
「お前を、酷い目に会わせる為さ」
スノーウィは言い捨てて、だっと駆けだした。急いで、校舎前に行かなければいけない。何としてでも、間に合わせる。ミストレスを危機から救う。




