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私は性悪ミストレス  作者: 銀ねも
犬の章
30/44

主人のもとへ帰る犬1

 ***


 ミストレスは、十五歳になって、独り暮らしを始めていた。スノーウィは、ガマガエルに教わった住所を頼りに、豚の家を出た。


 スノーウィはこの五年間で、豚にあちこち、連れ回された。だから、ある程度の土地勘が、ある。道の尋ね方も、地図の見方も、わかる。豚との生活も、まんざらの無駄じゃないと、思いたい。


 スノーウィは、歩いたり、走ったり、頼んだり、脅したりして、ミストレスの住む町を、目指す。長い長い、旅路だ。途中で、悪い連中に絡まれた。スノーウィを路地裏に引きずり込んで、身ぐるみを、はごうとした。スノーウィみたいな田舎者は、格好の餌食になる、そうだ。

 スノーウィは、ゴロツキどもを、かえりうちにした。こういうのは、正当防衛って言うらしい。


 迷惑料として、ゴロツキの金を全部、奪った。スノーウィは、バスや電車に乗れるようになった。


 目から鱗が落ちる。金があると、旅がとても楽で、快適になる。金が必要なら、奪えば良い。スノーウィは、金を使って旅をする。金が足りなくなったら、その場で調達した。スノーウィはミストレスを求めて、順調に進行する。


 やっと、辿り着いたのは、大きな街だった。ひとが蟻みたく、どこからかたくさん湧いて出てくる。ミストレスは、空を突く高い建物の、最上階に住んでいた。ミストレスにふさわしい。女神は空の上にいるものだ。


 スノーウィは、女神に会いに行こうとした。ふと、不安になって、足をとめる。


 ミストレスは、スノーウィを迎えてくれるだろうか。スノーウィは長い間、ミストレスから離れていた。豚の口車にのせられていた、スノーウィが悪い。ミストレスは、バカなスノーウィのこと、怒っているかもしれない。


 スノーウィは、ミストレスのご機嫌をとろうと、考えた。入口の前で、行ったり来たり、うろうろしながら、考える。立派なエントランス・ホールには、ぴしっとダークスーツを着こなした男がいて、ファザードでうろうろするスノーウィを、不審がっていた。


 これ以上、ここにいたら、騒ぎになる。スノーウィは尻に帆をかけて、逃げ出した。幸いなことに、この街には身を潜ませられる物影が、いくらでもある。スノーウィは、ミストレスが住む高い建物の入り口を見張った。まずは、確かめよう。本当に、ミストレスが、ここにいるのかを。ガマガエルが嘘をついた可能性も、捨てきれない。


 太陽が空の天辺に昇って、地平線まで降りて来る。鋼色の街並みを、夕焼けがじりじりと焼いた頃、ミストレスが出て来た。


 スノーウィには、一目でわかった。五年間の空白なんて、なんでもない。ミストレスだけが、輝いて見える。目が眩んだ。


 輝く白い姿を、スノーウィは食い入るように見つめた。潤んだ黒真珠の瞳は、憂いているみたい。固く引き結ばれた赤い口唇は、耐え難いものに耐えている。どうしたの? 気にかかる。


 何か心配事があるのだろうか? あのガマガエルから離れられて、楽しく暮らしていると、思っていたのに。


 心を痛めたのは、本当だ。でも、心の奥底に秘められた部分で、喜んでもいた。


 ミストレスが笑っていないのは、スノーウィが傍にいないから、かもしれない。スノーウィが傍に戻れば、ミストレスはまた、笑うかもしれない。もしも、そうだったら、ミストレスには、スノーウィが必要なのだ。


 いいことを、考えた。スノーウィは、ミストレスの番犬。ミストレスの番犬として、素晴らしい働きをすれば、きっと、すんなり受け入れて貰える。


 スノーウィは、ミストレスを遠くから見守った。ミストレスがピンチに陥ったら、颯爽と助けに入ろう。劇的な再会は、怒りを鎮めて、感動にかえてくれるはず。


 それまで、ミストレスの家の周りを、哨戒した。ミストレスが嫌いなネズミを見つけたら、悉く殺した。バルコニーを伝って壁をよじ登って、ミストレスの部屋のバルコニーに、獲物をそっと置いておく。

 ミストレスは、ネズミが嫌いだから、端っこの方に置いておいた。これを見たミストレス、ネズミに脅かされる心配がないと思って、喜んでくれるに違いない。


 ミストレスは、毎朝、スノーウィの贈り物を見つける。表情は見えないけど、ちゃんと気付いてくれている。死骸の後始末は、ダークスーツの男がやる。誰もやらなかったら、新しいのを置くときに、古いのを持ちかえろうと思っていた。手間が省けた。


 ある日、ダークスーツの男が、ミストレスのバルコニーに、監視カメラを、取り付けた。ミストレスも同席していた。ダークスーツの男が、不埒な気持ちで悪さを働いたわけじゃ、ないらしい。ミストレスが良いなら、良いだろう。噛み殺さなくても、大丈夫だ。


 その日の真夜中に、贈り物を届けようとして、気が付いた。監視カメラの角度。スノーウィの姿をとらえてしまう。


 贈り物は、塒に持ち帰った。贈り物を、届けることは、出来なかったけど、スノーウィの心はほくほく、気分が良い。


 ミストレスは、興味をもってくれた。贈り主の正体を知る為に、監視カメラを仕掛けたのだ。ひょっとすると、見当がついているかもしれない。


 スノーウィがやったのでは? スノーウィが戻ってきたのでは?

 だとしたら、なんて幸せ! 


 でも、まだだ。ネズミをとるだけなら、猫にだって出来る。ミストレスの犬のスノーウィは、もっと、凄いことをしなければいけない。よくやった、スノーウィ。ミストレスに誉めて貰えるの、夢見る。


 スノーウィは、ミストレスを尾行する。ミストレスに危険が迫ったら、すぐに駆けつけて、守れるように。


 ミストレスは、高校に通っている。ミストレスの高校生活は、あまり楽しそうじゃない。周りは皆、性根の腐ったクズばかり。ミストレスを敬わない。それどころか、ミストレスを不愉快にさせているらしい。ミストレスを影で、時には面と向かって、侮辱する。


 愚かな連中だ。ゴミクズだ。皆殺しにしたい。ああ、ミストレスが望んでくれれば、奴らの生首をバルコニーに並べるのに。ミストレスの許しを得ないと、殺しちゃいけない。


 スノーウィは毎日、ミストレスと一緒に、学校に通う。校舎には入れない。余所者だと、ばれてしまう。スノーウィはなぜか、とても目立つのだ。


 だからスノーウィは、植え込みに隠れて、ミストレスを待つ。とても心配だ。校舎の中は、外よりは安全だろうが、危険が一つもないとは、言い切れない。ゆくゆくは、校舎に入る方法を、考えないといけない。


 スノーウィはいつも、下校するミストレスが通る、校舎前に潜んでいる。でも、用務員が植え込みの手入れを始めると、ここにはいられない。

 スノーウィはやむなく、場所を移動した。校舎裏の茂みで、用務員がいなくなるのを待つ。ネズミをとって、時間をつぶした。

 植え込みの手入れは、生徒が下校するまでに、終わらせなければならない。それなのに、用務員、もたもたぐずぐずして、作業がはかどらない。スノーウィは焦れていた。


 待ち切れずに、茂みから顔だけ出す。用務員の手際の悪さを睨んでいたら、知らない話し声が近づいて来た。スノーウィはさっと茂みに身を隠す。


 やって来たのは、三人の男子生徒だった。まだ、授業中の筈なのに、さぼっているらしい。


 三人とも、揃いも揃って、間抜け面。スノーウィは、下手に身動きできない。三人が、下品なジョークを飛ばし合って、げらげら笑うのを、我慢して聞いていた。こいつら、恥を知った方が良い。


 用務員がやっと去っていったのに、男子生徒たちは立ち去らない。授業を終えた学生が、帰路につき始める。

 スノーウィは焦った。ミストレスは、授業が終わったらいつも、真っ先に帰ってしまうのだ。


 こうなったら、仕方がない。見つかっても良いから、移動しよう。見咎められたら、昏倒させていけばいい。


 スノーウィが行動を起こそうとした矢先に、三人の男子生徒が、俄かに慌てだした。

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