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私は性悪ミストレス  作者: 銀ねも
犬の章
25/44

白い犬と醜い豚1

 ***


 シンクレアって名前の醜い豚、本物の豚のようなさもしさで、スノーウィの幸せ、無茶苦茶に、食い荒らした。


 なぜだろう? ミストレス、一目で豚を気に入った。豚のこと、欲しがった。


 ガマガエル、ミストレスに、豚はいらないって、言った。犬がいるんだから、豚はいらないって。

 そうしたら、ミストレスの小さな掌、スノーウィの頬を張り飛ばした。羽根で撫でるみたい。柔らかい感触。でも、スタンロッドで殴られるより、ずっと効いた。スノーウィ、弾け飛んだ。ばらばらになりそう。体じゃない、心が。


「犬なんかいらない。プレゼントはこのひとがいい」


 ミストレスの言葉で、スノーウィの心臓、石になったみたい。重くて、辛い。鼓動が、弱っていって、止まりそう。


 どうして? スノーウィは犬。ミストレスの犬。あなただけの犬。いらないって、どうして? 何が悪かった? お願い、教えてください。悪いところ、なおすから。なんだってするから。この豚みたく、ぶくぶく太って、醜くなればいい? だったら、腹が張裂けても食べ続けるし、顔は潰してしまう。

 教えて、ミストレス。あなたの為なら、この体、八つ裂きにされたっていい!


 縋りつくスノーウィを、ミストレス、振り払う。ミストレス、冷たい鉄格子に縋りつく。檻の中には、醜い醜い豚がいる。スノーウィに穴があきそうなくらい、凝視してくる。ミストレス、必死になって、豚に呼び掛ける。でも豚、スノーウィを見てる。ミストレスの声が枯れる。泣いてしまいそう。


 今すぐ、愚かな豚の目玉を抉り出して、ミストレスにプレゼントしたい。でも、ミストレス、スノーウィが豚の檻に近づくの、許さない。スノーウィ、ただ、見ているしかない。


 ミストレス、鉄格子にきれいな顔、押しつけて、喉を切り裂くみたい、悲痛な声で叫んでる。


「はっきりわかったんだ。私にはあなたが必要なんだって。あなた、言ったじゃない。私は可哀そうなんでしょ? それなら、私のものになって。私を慰めなさいよ!」 


 かわいそうなミストレスの後ろ、スノーウィがいる。スノーウィ、考えてる。


 違う、ミストレス。スノーウィの方が、ミストレス、可哀そうだって、思ってる。ミストレスを慰めたいって、思ってる。

 スノーウィが一番、あなたのこと、想ってる。


 それなのに、どうして? ミストレスは、スノーウィのこと、必要じゃない? そんな豚より、スノーウィ、よっぽど役に立つ。ミストレス、もう一度、考えてみて。スノーウィに気付いて。スノーウィ、誰よりもあなたのこと、愛してる。


 ミストレスの顔に鉄格子の模様が、ついてる。おしつけて、白くなってる。手も、握り締めて、真っ白。かわいそう。見ていられない。

 スノーウィ、ミストレスと鉄格子の間に、割り込む。ミストレス、嫌がる。怒って、スノーウィを蹴ったり、殴ったりする。でも、スノーウィはやめない。スノーウィ、ミストレスのこと、傷つけさせない。

 そうしていたら、豚が、もそもそ言った。


「俺が君の犬になったら」


 豚の声、耳孔から潜り込む虫みたい。気持ち悪い。それなのに、ミストレス、ぱっと顔を輝かせる。福音、聞いたみたい。スノーウィの福音、ミストレスの声。ミストレスの福音、こんな醜い豚の鳴き声?


 豚、スノーウィを見る。血走った目。豚は、スノーウィ、見つめながら、言った。


「パパのようにならないと、誓うか。その子の尊厳を認めると、誓えるか。君がその子を友達として慈しむなら、俺は……犬にでもなんでもなってやる」


 ミストレスはいじらしく、豚のご機嫌を、とった。豚が、我儘言っても、腹立てない。豚に酷いこと言われても、ミストレス、にこにこしてる。スノーウィ、やっと引き出した、ミストレスの笑顔。こんなにあっさり、豚に見せる。こんなミストレス、知らない。


 スノーウィ、豚を睨んだ。豚もスノーウィ、見返す。


 ああ、殺してやりたい。今すぐ、この醜い生き物の息の根、とめてやりたい。


 スノーウィ、ミストレスの犬。尊厳? 慈しみ? そんなの、いらない。スノーウィは犬だから、ミストレスと一緒、いられる。いくら敬意、払われても、人間の男の子じゃ、一緒、いられない。


 この豚みたいな人間、スノーウィ、よく知ってる。スノーウィのこと、かわいそう、かわいそう、言って、哀れむだけの客と同じ。かわいそうなクソ以下のガキ、憐れんで、良い気持ちに、なりたいだけ。いいひとのふりして、やることはやる。乱暴な客の方が、まだマシ。正直だから。


 ひとりよがり、優しいふり。期待させるだけ。差し出した手、掴もうとしたら、引っ込める。スノーウィは、偽善者、大嫌い。


 ミストレス、騙されてる。ミストレス、知らない。この豚の正体。スノーウィ、引きとめても、ミストレスを、とめられない。


 ミストレス、本当は、寂しい女の子。みんな、ミストレスのこと、怖がる。ミストレスの母親も、ミストレスの顔色窺って、びくびくしてる。ガマガエル、ミストレス怖がらないけど、ミストレスはガマガエルが、怖い。

 ミストレス、いつもひとりぼっち。ミストレス、いつも檻の中、いる。檻の中の猛獣。みんな、怖がって、入って来ない。かわいそうな、ミストレス。


 だから、ミストレス、勘違い。格子の隙間から差し出された豚の手が、きれいだと錯覚してる。昔、騙されてたスノーウィと、同じ。


 スノーウィは犬。ミストレスの犬。スノーウィはミストレス、守りたい。傷ついて欲しくない。でも、どうしたら伝わる? スノーウィは、ただの犬。


 ミストレス、豚と定期的に、会うようになった。ミストレス、楽しそうだった。スノーウィを置いて、豚に会いに行った。


 寂しい。でも、我慢する。スノーウィはミストレスの犬。ミストレスが嬉しい、スノーウィ、もっと嬉しい。


 ミストレス、豚と会う前の日、たくさん洋服、買って来る。ベッドに並べる。姿見の前で、かわるがわる、体にあてる。スノーウィ、それを伏せして眺めた。


 ミストレス、うきうきして、小躍りする。笑顔がかわいい、ミストレス。スノーウィ、寂しいけど、幸せ。ミストレス、思い出したみたく、振り返ってくれる。黒髪が靡いて、良い匂い、する。


「見なさい、スノーウィ。こっちのワンピースと、こっちのツーピース。どっちがいいと思う? ……んー、あんたにはわかんないか。聞いた私がバカだった」


 わからない。ミストレスは何を着ても、綺麗。可愛い。にあうとか、にあわないとか、わからない。


 ミストレス、つまらなそう。でも、ミストレスの相手、スノーウィだけ。みんな、ミストレスが怖いから、長い時間、一緒にいようとしない。ミストレス、たぶん、わかってる。命令すれば、引きとめられるけど、引きとめない。本当は、寂しいのに。


 スノーウィはずっと傍にいる。犬のスノーウィじゃ、ミストレスの期待にこたえられないこと、結構たくさんあるけど、でも、傍にいる。そうすれば、ミストレス、ひとりぼっちじゃない。お喋りしても、独り言じゃない。


 犬だけじゃ、ミストレス、寂しい。心の隙間、豚が埋めるなら、それでも、いいかもしれない。楽しそうなミストレス見て、スノーウィ、考え直した。


 でも、やっぱり、あの豚、ダメな豚だった。

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