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私は性悪ミストレス  作者: 銀ねも
犬の章
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白い犬3

 

 ぼく、ミストレスの犬。ミストレスの傍にいられる。とても幸せ。


 だけどぼく、ミストレスの犬。ミストレスの命令に、絶対服従。ミストレスが望むならぼく、ミストレスに付いて行けない。


 ミストレス、ぼくを部屋に入れない。ぼくがついて回るのも、いや。ミストレス、イライラした。大声で、待て! って叫んだ。


 だからぼく、ここで待つ。ミストレス、迎えに来てくれるの、待ってる。


 ぼく、ミストレスのこと、ずっと待ってた。調教がはじまってから、違う。生れてからずっと、待ってた。ミストレス、ぼくを、ミストレスのものにしてくれるのを。


 ミストレス、ぼくの前、通るとき、ぼくのこと、ちらっと見る。それが、幸せ。


 でも、ミストレス、不機嫌そうな顔。ミストレスに、笑って欲しい。でも、どうしたら良いのか、わからない。


 だから、ぼく、ミストレスの命令に絶対服従する。待て、言われたら、待つ。いつまでも。


「お腹が空いたでしょう」って言って、餌をもってくる女がいる。無視する。ミストレス、待て、言った。だから食べない。


「掃除の邪魔よ、ちょっと退いてちょうだい」って言って、ぼくを退かそうとする女がいる。噛みついた。ミストレス、待てって、言った。だから、ここから一歩も動かない。


 待ってた。お腹空いて、朦朧とするけど、我慢。我慢は得意。それにミストレス、一日に二回も、ぼくの前、通る。ぼくのこと、ちらっと見てくれる。腹はぺこぺこ。でも、胸はいっぱい。


 待てをして、四日目。ミストレス、餌、持ってきてくれた。ミストレス、難しい顔でぼくを見つめる。

 嬉しいけど、緊張する。動けないから、毛づくろい、出来てない。ミストレス、ぼくのこと、どう思う? 見苦しいと思った?


 でも、ぼくだけ見つめるミストレス。二人だけの時間。幸せ。


 そこにガマガエル、やって来た。ガマガエル、醜く笑って、ミストレスに触る。

 

 ぼく、見逃さなかった。ミストレス、嫌そうな顔をする前に一瞬、怯えた。ガマガエル、怯えるミストレスを、いやらしい目で舐めるみたく、見た。


 ぼく、わかる。父さんに売られたぼく、その目で見られた。ぼくを買った奴、その目でぼくを見て、ぼくに嫌なことした。


 同じだ。このガマガエルも同じ。ミストレスに嫌な事をしてる。


 ぼくのミストレス、いつも不機嫌な理由、わかった。こいつだ。


 ガマガエル、ミストレスのボス。でも、そんなの関係ない。ミストレスに嫌なことする奴、誰だって許さない。


 ミストレスが笑わないの、こいつのせいだ。こいつを殺さなくちゃいけない。なるべく惨いやり方で殺さなくちゃいけない。そうしたら、ミストレス、きっと笑って、誉めてくれる。


 ぼくは鋭く吠えて、ガマガエルの足に噛みつこうとした。引き倒して、喉笛を噛み切ってやる。


 でも、うまくいかなかった。ガマガエル、すばしっこい。でも、ぼくの連撃は避けられない。続けざまに食らいつこうとした。


 けど、ぼくはやめた。ミストレスが小さな声で、悲鳴、あげた。言葉にならない、でも、「やめろ」言ったと思った。


 ぼく、やめるのは嫌だった。でも、やめる。ぼくはミストレスの犬。ミストレスに絶対服従する犬だ。


 ガマガエル、げらげら笑った。ぼくのこと、良い犬だと誉めて、去って行った。嬉しくない。悔しい。


 でも、嬉しいこと、あった。ミストレス、ぼくの前に屈みこんで、恐る恐る、手を差し出す。一本立てた人差指が、ぼくの髪にちょっと触れる。


 ぼく、信じられない気持ちだ。袖からのぞく、ミストレスの手首、うっすらと青い静脈が透けて見える。透き通る肌。なんてきれい。


 ミストレス、小首を傾げる。耳朶が照明を受けて桜色に染まっている。小さなきれいな顔の上で、奇跡が起こった。

 ぼくのミストレス、ぼくに初めて微笑んだ。


「お前は賢いね。お前のこと、飼ってやってもいいよ」


 嬉しすぎると、すぐには気付かない。嬉し過ぎると、ぽかんとしてしまう。嬉し過ぎると、涙が出る。


 ぼく、ミストレスに飛び付いた。ミストレスの顔をぺろぺろ舐める。ミストレスの頬、ちょっとしょっぱい。これは、涙の味。ぼくの? それとも、あなたの?


「……顔を舐めるな!」


 ぼくを打つ手、躊躇わない。躊躇いがち、そっと触れる手も、躊躇いなく、したたかに打つ手も、大好き。


 ミストレス、ぼくにご飯、食べさせる。ぼく、食べると、ミストレスの口元、緩む。ぼくは嬉しくなって、餌皿に鼻先を突っ込んで、がつがつ食べる。


 汚く食べ散らかすと、ミストレス、嫌そうだ。ぼくは反省する。行儀よく、食べなくちゃ。


 お腹空いたの、もう感じない。ミストレスがいれば、ぼくは満たされてる。


 食べ終わると、ミストレス、ハンカチでぼくの顔、拭いてくれた。ぼく、とても嬉しい。ミストレス、ぼくに名前をつけた。


「お前の名前はスノーウィだ。白雪姫スノーホワイトの白い犬だから、スノーウィ。……なに、その顔。文句ある? お前も私を悪人面だって言いたいわけ?」


 ぼく、変な顔してる? してる、かもしれない。だってこんなに嬉しい時に、どういう顔したらいいか、わからない。

 犬に表情、いらない。言葉もいらない。感情も、いらない。主人への忠誠だけ、あればいい。


 でも、全部、隠して見せないだけ。心は捨てきれていない。ミストレスといると、幸せ。感じる心、とても大切。


 文句なんてない。ぼくは、スノーウィ。あなたの犬。そう伝えたいけど、スノーウィには、伝えられる言葉がない。


 だからスノーウィ、伸びあがって、ミストレスの顔を舐める。犬の気持ち、伝える方法。大好き、伝える方法。 


 調教師、愛玩犬じゃないスノーウィにその仕草、あまり大事じゃないって、言った。でも、スノーウィ、ミストレスのこと大好きだって、伝えたい。伝えきれやしないけど。


「……顔は舐めるなって言ってるでしょ!」


 ミストレス、スノーウィを蹴り飛ばす。柔らかい足、弱い力。スノーウィ、本当は平気。でも、大袈裟に飛びあがって、ひっくりかえる。


 ミストレス、笑った。ざまぁみろ、って。スノーウィ、嬉しい。


 スノーウィの幸せな生活、始まった。目が覚めても、夢見てるみたい。スノーウィ、ミストレスの言う事、よく聞いた。ミストレス、喜ばせる為に、色々した。


 ミストレス、虫やネズミが大嫌い。見たら、大きな悲鳴を上げて、泣いてしまう。スノーウィ、ミストレスの敵、絶対に許さない。虫もネズミも、一匹だって、ミストレスに近づけさせない。


 スノーウィ、虫やネズミ、とってくる。スノーウィ、狩りは得意。


 でもミストレス、ネズミの死骸見たら、悲鳴をあげて、逃げてしまった。スノーウィ、悲しかった。それでも、虫やネズミ、とり続けた。


 ミストレスが誉めてくれなくても、ミストレスの敵、殲滅する。ミストレス、きっと喜ぶ。嬉しい。スノーウィ、もっと嬉しい。


 地道に駆除、続けてたら、ミストレス、誉めてくれた。


「お前が上手に捕ってくるから、ネズミも虫も見なくなったよ。よくやった、スノーウィ」


 スノーウィ、喜びをを噛みしめる。胸が震える。幸せの塊がとけて、体中に染みわたる。


 よくやった、スノーウィ。よくやった、スノーウィ。


 良かった。生れてきて、良かった。ミストレスの役に立てた。生きてて、良かった。おめでとう、スノーウィ。


 スノーウィ、なんでもやろう。ミストレスの為なら、禁忌なんて軽く飛び越えてしまおう。


 ガマカエル、夜になると時々、ミストレスの部屋を訪ねて来る。スノーウィ、扉の前で、追い返す。


 本当は、やっちゃいけないこと。ボスに逆らうの、絶対にだめ。


 でも、スノーウィ、譲らなかった。ガマカエル、いつも笑ってた。そのうち、来なくなった。 

 

 父親って、どいつもこいつも、ろくでなし。みんな、こども、苛める。


 ガマカエル、ミストレスの父親。信じられない。あんなにきれいなミストレス、父親は、あんなに醜いガマカエル。


 ミストレス、母親もいる。ミストレスのこと、守れない。弱い母親。スノーウィの母さんと同じ。 

 ミストレスの母親、ミストレスのこと守れないけど、心配してるみたい。そこが、スノーウィの母親と違うところ。  


 スノーウィ、ガマガエル追い返すと、ミストレスの母親、足音忍ばせて近づいて来て、お礼言う。


「ありがとう、スノーウィ。あなたは優しい子ね」


 ミストレスの母親、スノーウィに触れない。スノーウィをじっと見つめる。


 ミストレスに、ちょっとだけ、似てる。似てる顔で、悲しそうな顔する。だからスノーウィ、あまり見ないようにする。違うのに、ミストレスと違うのに、悲しくなる。


 ミストレスは、よく笑うようになった。スノーウィ、よくやった。スノーウィ、ミストレスの為にこれからも、頑張る。


 ミストレスの嫌いな人間、スノーウィ、噛みつく。殺そうとしたら、ミストレス、怖がるから、殺さない。追い払うだけ。嫌いな人間、来なくなる。そうしたら、ミストレス、喜ぶ。


 ガマガエルだけ、追い払えない。それでも、ミストレスには近寄らせない。スノーウィがミストレス、守る。


 スノーウィの幸せな生活、ずっと続くと信じてた。


 ……あの呪わしい、醜い豚が、現われるまで。



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