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私は性悪ミストレス  作者: 銀ねも
犬の章
21/44

捨て犬

***


 ここ、どこ? 父さん、母さん? 兄さん、姉さん? いない、誰も? どうして? ……知らないひと。おじさん、だれ?


『お前の調教師だ』


 ちょうきょうし? 馬とか、犬とか、躾けるひとのこと? ……ぼく、馬じゃ、ない。犬でも、ない。


『いいや、お前は犬だ。俺がお前を良い犬に仕立て、ご主人様のもとへ送り出す』


 へんなおじさん。お願い。お家、帰して。


 がつん。目の前、真っ赤。苦い、錆の味。痛い、苦しい、痛い? どうして?


『お前は人間じゃない。人間だったことはあったかもしれないが、忘れろ。お前は親に捨てられた、要らないガキだ』


 捨てられた? ……そうか。父さん、口癖。お前なんか、いらない。役立たず。穀つぶし。消えろ。いなくなれ。金。金。金。何も出来ないお前、金作れ。顔だけ、取り柄。お前、母親と同じ。売女。売れ、体。金、金、金。


 ……また、売られた。でも、一晩だけ、我慢。いつも、一晩だけ。朝、お家、帰れる。


『お前は人間でいたいか? なぜ人間でいることに固執する。お前は家畜より役に立ったか? 大事にされたか? 違うだろうが。人間にはな、それぞれの価値がある。お前は下等な人間だった。犬畜生どころか、路上のクソにも劣る。俺に任せろ。お前を作り変えてやる。誰もが欲しがる、最上級の犬に』


 欲しがる? 僕を? そんなの、無理。一晩、売られた。殴られる。蹴られる。嫌なこと、される。……いらないから。


 お腹空いた。ごはん、まずい。吐く。

鞭。ひゅん、ひゅん。皮、剥がれる。血が出る。痛い。鞭、怖い。


 ここ、怖いところ。こっそり、逃げる。ここ、死ぬ。子ども、たくさん。逃げないと、死ぬ。殺される。


『……ここで、何をしている?』


 失敗。つかまる。殴られる。蹴られる。鞭、ひゅん、ひゅん。ぴかぴかきらきら光る、綺麗な鞭。痛い。皮、裂ける。肉、削がれる。骨まで、届く。痛い、痛い、痛い!


『お前は、わかっていない』


 わからない。わからない。なにもわからない。バカだから。わからないから、いらない。バカだから、捨てられる。


『ここから逃げたところで、どうなる? クソ以下のガキのままじゃ、何処へ行っても同じことだぞ』


 同じ。繰り返し。螺旋。このままずっと、要らない、ぼく。

 縛る、吊るす。落とす、落とす、落とす。骨、ばらばら。体、気持ち悪い。

 針、体中、刺す。穴だらけ、血が出る。ぽたぽた、狂いそう。

 電極、弱いところ、挟む。電流、かけめぐる。痛み、かけめぐる。体、内側から、破裂する。


 痛い、痛い、痛い!


 調教師の目、硝子玉。何も思わない。感じない。ちっとも、楽しくない。これまでの客と違う。ぼく、血、流しても、悲鳴上げても、のたうちまわっても、楽しくない。


 意味、ある? ぼくの苦痛、意味、ある? こんなこと、繰り返して、意味、ある?


『お前は買われる。この写真のミケイラお嬢様が、お前のミストレスだ』


 写真。女の子。ぼく、驚く。うまれて、初めて。可愛い女の子。天使? 女神? 不機嫌そう。どうして? 


『お前は幸運だ。お前が頑張って、良い犬になれば、お前は路上のクソじゃなくなる。ミケイラ嬢は、お前を必要としてくださるだろう。お前が良い犬になればな』 


 調教師、写真、くれた。調教、終わったら、写真、ずっと、見ていた。


 辛い、毎日。毎日、灰色。ここ来てからじゃ、ない。気が付いたら、ずっと、こんなもの。生きる意味、ない。誰も、ぼくのこと、いらない。


 でも、かわる? 綺麗な女の子。ぼくみたいなゴミ、あの娘、必要?

 

 写真、女の子。きれいな女の子。でも、不機嫌な顔。どうして? 


 毎日、毎日、ずっと眺めている。辛い、痛い、怖い、毎日。女の子と、会う。それだけ、したいこと。


……したい、こと? 


 女の子の写真、いつも同じ顔。想像する。笑った顔。きっと、もっと、綺麗。眩しい、くらい。


『お前は幸運だ。お前が頑張って、良い犬になれば、お前は路上のクソじゃなくなる。ミケイラ嬢は、お前を必要としてくださるだろう。お前が良い犬になればな』


 ぼく、良い犬、なったら。あの娘、笑う? 


 想像する。ぼく、犬になる。あの娘、ぼくを見る、笑う。


……なんだろう、この気持ち。胸の内側、小鳥が、羽ばたいた。そんな、感じ。くすぐったい、そわそわ。でもこの感じ、嫌じゃない。ずっと、続けばいいのに。


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