私の悲惨な誕生日1
暴力、性的暴行の描写があります。ご注意ください
え?
強い腕が私に絡みつき、強引に部屋へ引き摺りこむ。声を上げる暇は無かった。頭の中は真っ白で、何の感情も発生しない。
私の手から、通話中の携帯電話が床に落ちた。
『ミケイラ。お前は忘れちゃいけなかった。お前が何者で、何をしたのかってことを』
シンクレアの声は、扉が閉ざされて聞こえなくなった。
私は不潔なカーペットの上に投げ出された。床に肘をついて上体を起こそうとすると、光沢を失った革靴を履いた足が視界に入って、私はぴたりと動きをとめる。見上げると、ラフな格好をして、無精ひげを生やした若い男がいた。咥え煙草をして私を見下ろしている。
「どぉも、ミケイラちゃん。写真で見るよりカワイイじゃーん」
妙に間延びした声でねっとりと言う。歪んだ笑みに、私は本能的な危険を察知した。慌てて立ち上がろうとすると、視界の外から別の誰かが邪魔をする。
「おっとっと。ダメダメ、そのままね」
汚れたスニーカーが目の前に飛び出したかと思うと、後頭部に衝撃が与えられる。身構えていなかったので、私はしたたかに顔面を床に打ちつけた。
何が起こったのか分からずに、頭を擡げようとすると、頭上から嘲笑が降って来る。ぐりぐりと頭を踏みにじられていた。
ざりざりと音をたてて、スプレーで固めたヘアスタイルが崩れていく。
だんだんと状況が把握できてきた。とは言っても、そんなに難しい状況じゃない。いきなり部屋に引きずり込まれて、床に突き飛ばされて、頭を踏まれている。
驚愕から立ち直ると、たちまち怒りが沸騰した。私は考えるより先に耳の上の髪を留めているピンを引きぬく。普通のピンのように先端が丸くなっていない。鑢で削って、針のように尖らせた、特別製だ。それで、男の踝の当たりを突き刺した。
以前にもこうやって使用したことがある。危ない男に絡まれた時には、これで怯ませて、隙をついて逃げ出すのだ。
私を踏みつけていた男、は悲鳴を上げて飛び退いた。その隙に、跳びはねるように立ち上がる。振り向きざまに扉に突進しようとして、私は立ち竦んだ。
扉の前に、ゴーレムのような男が立ちはだかっている。退路は絶たれていた。
でも、それだけじゃない。ゴーレム男の隣で、添えもののように気配を殺して立っている男が原因で、私は呼吸が出来なくなっていた。心臓も止まっていたのではないだろうか。
その男はダークブラウンのもじゃもじゃの髪をしていて、しわしわのネルシャツを着て、膝の出たジーンズを履いている。分厚いレンズの向こう側には、グリーンの瞳。
「フィリップ……?」
フィリップは反応しない。でも、まぎれもなくフィリップだ。なぜここに?
いや、フィリップがここにいること自体はおかしくない。むしろ、いて当然だ。だってほら、ここは514号室だろう?
おかしいのは、フィリップの他に三人の見知らぬ男がいること。なんだ、この男たちは。フィリップの友人か? 出会い頭に友人の恋人を引き倒して頭を踏みつけるような暴漢が、友人? 男って奴には、おおむね礼儀正しさが不足していると知ってはいたが、このレベルのクズは滅多にお目にかかれない。
それに、フィリップの態度がおかしい。目の前で恋人が暴力をふるわれたのに、ぼうっと突っ立っている。暴漢と肩を並べて立っていたら、まるで……暴漢の仲間みたいではないか。
もう一度呼びかけても、フィリップは反応しない。フィリップに歩み寄ろうとした私の肩を、鉤爪のような五指が掴む。
「……こんの、クソアマァっ!」
力任せに振り向かされる。目を血走らせた見知らぬ男の拳で、右の頬を殴られた。痛みは頬骨を突き抜け、頭蓋骨を揺さぶり、脳みそがプリンのように震える。滑らかな頬の線は、無残に拉げたことだろう。
私の体は吹っ飛び、身体の左の側面から壁に激突した。パイ投げのパイのように、壁をつたいずるずるとずり下がっていく。
引力に落とされるより早く、ひとっ飛びで駆けつけた男のネリチャギで床に叩きつけられた。
男が喚いている。汚い言葉で私を罵っているのだろうが、生憎と、私には何も聞こえない。耳鳴りがして、音が聞こえない。
顔が火の玉のように燃えている。苦痛が這い虫のように蠢き、私は防衛本能で体を丸めて息を詰めていた。
男は私に馬乗りになった。私の手から抜け目なくピンを奪い取り、放り投げる。両手首を一まとめにして拘束した。
髪を掴んで私の頭を引き上げ、痛烈に殴打する。男は私の反撃を受けて、頭に血がのぼっているようだ。踝ではなく、目玉を刺されても文句を言えない暴挙を働いたのだが、自業自得という高尚な言葉は、この手の低能の辞書にはないだろう。こういう男の怒りのリミッターは、缶飲料のプルより簡単に外れる。
私は遮二無二抵抗した。男の顔を引っ掻いてやった。無茶苦茶に足掻いて、蹴りを繰り出した。狙いを定められない反撃だが、何発かヒットしたらしい。男がぎゃっとおめいて、のけ反る。
乱打がやむと、視界がクリアになる。痛みを上回る怒りが、私を突き動かした。私は叫びながら、男の急所を狙って膝で蹴りあげる。
男が絶叫する。脱力した男の体を、私の上から蹴り落とした。しかし、足が萎えて立ち上がれない。もたもたしている私より、男が立ち直る方がはやかった。男は汚いスニーカーを履いた足で、私の横面を蹴り飛ばす。威力も屈辱も、拳の比ではない。
「やめろ」
二撃目を食らう前に、制止がかけられる。頭の悪そうな、間延びした喋り方をする男の声だ。フィリップは止めてくれなかった。その事実が、物理的な暴力よりも強烈に、腸に食い込む。
間延びした声をさらに薄く引き伸ばして、男は言った。
「せっかくの顔が醜く腫れあがっちゃあ、お楽しみが半減するだろうがぁ」
「そうだ。誰かわからんような写真を撮っても意味がない」
私に殴る蹴るの暴力を働いていた男が、悪態をついて渋々引き下がる。交代するように、ゴーレムのような大男が近寄って来た。私を人形みたいに抱きあげる、ぽいっと放り出す。固いマットレスの上に私は落とされた。マットレスから臭う、湿っぽい黴の臭いは、覆いかぶさってきた男の体臭で掻き消された。
私に覆いかぶさったのは、ゴーレムのような男だった。私の両腕を押えているのは、頭の悪そうな間延びした喋り方をする男。私をたこ殴りにした男は、ベッドの傍らに突っ立って、デジタルカメラを操作している。
誰に説明されなくてもわかる。これから始まるのは、レイプだ。しかもこのゲス野郎どもは、撮影会まで同時開催しようとしている。
誕生日を迎えて、私のゲス男吸引フェロモンがパワーアップしたってことか。笑えない。
私は眦を決した。冗談ではない、やられて堪るか。闇雲に足をばたつかせるが、ゴーレムが重石になっていて、ほとんど動かせない。股間を蹴りあげてタマを潰してやりたいのに。
儘ならない苛立ちにかられて、私は叫んだ。
「……チクショウ、ふざけるな! このマザーファッカー! 退けよ、放せ!」
マザーファッカーなんて下品なスラング、生れて初めて口にした。普段は縁遠い言葉でも、咄嗟に口をついて出ることがあるらしい。ゴーレム男と間延び口調の男が顔を見合わせて、けたけたと笑った。
「おい、聞いたか? マザーファッカーだってよ」
「ミケイラちゃーん、そんな悪い言葉つかっちゃダメでしょぉ?」
間延び口調の男が顔をずいっと近づけて来たので、口腔に溜まった血と唾液の混じったものを吐きかけてやる。間延び口調の男のにやけ面が凍りついた。
「ダメだろ、ブランド品しか着ないようなお嬢様が、こんなお下品なことをしちゃあ」
間延び口調の男が、ゴーレム男に目で合図を送る。ゴーレム男はおもむろに、私の着用しているジャケットのジッパーを下げた。その下の、ブラウスのあわせに手をかけ、引き裂く。引きちぎられたボタンが飛び散る。私はゴーレム男を睨み上げた。
「呆れた。ボタンの外し方も知らないわけ?」
私の挑発を、ゴーレム男は一笑にふした。その振動が、重なった体を通じて伝わって来る。私は嫌悪感に身震いした。
間延び口調の男は、私の両腕を汚い尻に敷いて押えこむと、ぐっと上体を倒す。シガレットの先端に灰が溜まっている。シガレットを唇から放し、男はにやりとした。
「お仕置きけってーい」




