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都落ちした黒髪メガネは今日も下町娘に振り回されています  作者: 曲尾 仁庵


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荷受け場

 魔法使い、という言葉が比喩でなくそのままの意味で会話に出てきた、ということに、エルリックは驚いていた。王都では魔法も魔法使いも、妄想以上の意味を持たない。歴史を紐解けば確かに魔法使いは存在し、予言や未来視の力で政治に影響力を持ったこともあったというが、もはや魔法使いは完全に表舞台から姿を消している。今から二百年以上も前、オルディア全土を覆った『魔女狩り』によって魔法使いはことごとく殺されたからだ。少なくとも王都の人間はそう思っている。


「……生き延びた者がいたのか」


 迫害を逃れ、正体を隠して生き延びた魔法使いがいた。ヘレシアのような中央から離れた場所の人々が彼らを受け入れたのだ。そして土着の信仰や土地の人々の祈りに応え、彼らは『風売り』となった。時代を経て血が薄れ、魔法はかつての力を失ったが、魔法使いの末裔たちは人々の祈りに形を与える者として、生きている。


「逞しいな」


 小さくつぶやき、エルリックは表情を緩めた。




「あかん! 寄り道してもうた! はよこの子の親御さん捜さんと!」


 今思い出した、というようにアーシャが突然声を上げる。女の子がアーシャを見上げた。アーシャは再び女の子と手を繋ぐ。女の子は「うむ」とうなずいた。


「でも、どこ捜すか」

「……荷下ろし場に向かいましょう」


 迷うアーシャにエルリックは告げる。


「この子の両親がまだ港にいるなら、足止めをされている可能性が高い。ならばまず確認すべきは税関か荷下ろし場です。商売絡みで税関を通過できないか、船に乗せた自分の荷物を受け取れずにいるか。この年頃の女の子を連れていることを考えると、両親は商人ではなく旅客なのではないでしょうか? まずは荷下ろし場を確かめ、見つからなければ税関を確認すればよいかと」


 アーシャは目を丸くしてエルリックを見つめた。


「なんか、おにーさんが隊長ぽい」


 エルリックはどこか残念そうな表情を浮かべる。アーシャはエルリックの肩をバシバシと叩き、


「よっしゃ、それでいこっ!」


 あまり考えていない様子で荷下ろし場へと歩き始めた。即断に驚いて一瞬動きを止め、エルリックは慌ててアーシャたちの後を追った。




 女の子と手を繋いだまま、慣れた様子でアーシャは人波を縫うように進む。物怖じせずに堂々と歩く女の子に感心しながらエルリックはアーシャについていった。入り江を利用して造られたヘレシアの港には、一本の長い主桟橋と、小船や漁船用の副桟橋が二本存在する。大型船が接岸できる岸壁はなく、港内に停泊した本船から平底船を往復させて荷を運ぶのだ。主桟橋の脇には大型の貨物を陸揚げするための荷揚げ機があった。滑車から垂れた縄が海風に揺れ、次の荷を待つ。

 アーシャは迷う様子もなくまっすぐに主桟橋の脇にある荷揚げ場に向かった。港内には荷揚げを待つ船が待機し、平底船が運ぶ荷が続々と陸揚げされている。視界を遮る高さに積まれた木箱が壁を成し、荷揚げ場はちょっとした迷路のようだ。荷運び人が迷惑そうな顔ですれ違うのを横目に、アーシャはどんどん奥へと進んだ。大型の木箱や樽が徐々に減り、視界が少し余裕を取り戻す。この先には旅客の荷受け場がある。


「お願いです、返してください!」


 若い女性の切迫した声が聞こえ、アーシャとエルリックは互いに顔を見合わせると、うなずいて足を速めた。




 荷受け場は受付に小さな机が置かれ、その後ろに木板で囲まれた荷置き場があるだけの簡素な造りの場所だ。貨物の荷下ろし場の奥にあるその場所は倉庫の影に覆われて薄暗く、どこか閉塞感が漂う。乗船時に荷物を預けると『預かり証』が交付され、それを荷受け場で示すことで荷物を受け取ることができる。だがその建前は往々にして順守されることがなかった。


「だから、さっきから言ってるでしょ? 荷受け場に荷物を置くと、『管理料』ってのが掛かるの。ほら、俺たち盗まれないようにちゃんと周りを見張ってるわけ」


 受付に座る若い男が、にやにやと笑いながら若い女性を見上げる。男の両脇には厳つい顔の男たちが腕を組み、無言で女性を威圧していた。周囲に他の旅客の姿はなく、この女性が最後の荷受けなのだろう。二十歳を少し超えたくらいの、腰まである銀の髪の、細すぎるほどに細く、白すぎるほどに蒼白い肌のその女性は、口惜しそうに拳を握っている。


「お金は先ほどお支払いしました!」


 女性はキッと受付の男をにらむ。「おお、怖い」と自らの肩を抱いて受付の男が大げさに震えてみせる。両脇にいる男たちが大声で笑った。


「残念ながら、この荷置き場は時間制でして。さっき受け取った料金はさっきの時間までの分。そっから時間が経っちゃってるから。その分が足りてないから」

「それは、あなた方がすぐに荷物を返してくれないから」

「ああ!?」


 両脇にいる男たちが不快そうな大声を上げ、怒りの形相で女性に顔を近づける。


「俺たちの仕事が遅いって言いてぇのか!?」


 明らかな威迫に女性が身を竦ませる。受付の男が軽く手を上げて制し、両脇にいる男たちは身を引いた。受付の男は何かに気付いたように「あっ」と声を上げる。


「時間になりました。管理料が加算されます」


 女性が大きく目を見開く。受付の男は楽しそうに笑った。


「ほらほら早くしないと、どんどん増えちゃうよ?」


 女性は唇を噛み、絞り出すように答える。


「……いくらですか?」

「銀貨一枚」

「そんな!? そんなお金――!」


 女性の白い顔がさらに青ざめる。銀貨一枚はおおよそ半月分の食費に相当する額だ。この町に着いたばかりの彼女に容易く払える金額ではないのだろう。受付の男は立ち上がり、にやけ顔のまま女性のあごに手を掛け、侮り、蔑む目で、ねめつけるように見下ろした。


「痩せすぎちゃいるが、あんたのナリなら客が取れるだろ。いい店紹介してやろうか? 金ができるまで荷物は預かっといてやるよ。もっとも、その間も『管理料』は増えていくけどな」


 女性は男の手を払い、憎悪の瞳でにらみつける。軽く肩をすくめ、受付の男は再び椅子に座って足を組んだ。


「荷物を返してほしけりゃ金を払え。そいつがここのルールだ。それができないなら諦めて帰るんだな」


 こっちはどちらでもいいんだぜ、と男の目が告げている。女性は小さく肩を震わせた。


「……そんな――」

「そないなルール、聞いたことないなぁ」


 薄暗い荷受け場に、確かな怒りを隠した朗らかな声が力強く響いた。


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