第96話:アーカイブ視聴、開始
翌朝、十時。
寮の机に、二台のモニターと、セナのタブレットが並んでいた。
俺は、机の脇の椅子に座っている。
セナはケーブルの最後の一本を差し込み、画面の電源を入れた。
「師匠、田中さんから連絡来てた。三拠点、全部押さえたって」
「早かったな」
「アリスさんの読みが当たった。本部級の幹部までは取れなかったけど、組織図の半分は崩せたって」
俺は短く頷いた。
昨夜の自分の身体が剪定で何をしていたかは、今もよく分からない。
ただ、結果として、こちらの側に三つの空き拠点が増えた。
悪くない、と思うことにした。
「で、今日の本題」
セナがモニターを起動した。
黒い画面の中央に、小さな映像が立ち上がった。
◇
「これ、最初の事件の記録?」
「うん。配信じゃない。事故調査の事後検証で集められた映像。ハルト自宅の偵察ドローンと、近隣の監視カメラの寄せ集め」
「俺、若返る前のあの戦闘を、見たことなかった」
「だよね。今日が初めて」
セナがタブレットを操作する。
画面の中で、家の屋根の上の空が紫色に歪み、ゲートが開く。
オーク、ゴブリン、コボルト。
そして、奥から黒い影が現れる。
リッチ。
「これが、最初に師匠を呪った相手」
「うん」
俺は黙って、画面を見ていた。
動いているのは、若返る前の自分だった。
白髪の混じった髭、たくましい肩。
画面の隅に、セナが付けたタグが小さく見える。『皇ハルト/五十二歳/引退当日』。
その人物が、対物ライフルを構え、リッチの詠唱の途中で引き金を引く。
弾はリッチの障壁を抜け、胸元の核を撃ち抜く。
リッチが崩れながら、最後に呪いの言葉を吐く。
『……呪われよ。貴様のその、積み重ねた時を……奪ってやる……』
画面が止まった。
◇
俺は、しばらく動かなかった。
「師匠」
「……」
「大丈夫?」
「分からん」
画面の中の男の動きを、俺はもう一度頭の中で再生した。
肩の落とし方、引き金を引く瞬間の呼吸、リッチの詠唱を読み切った視線。
すべてに、見覚えがあった。
ただし、それは「思い出した」種類の見覚えではない。
昨日もやっている、という意味の見覚えだった。
「セナ」
「うん」
「この男のやってること、俺の身体は、たぶん同じことをやれる」
「うん」
「でも、この男のやっていることが『俺』だ、とは思えない」
「……うん」
セナが、それ以上は何も言わなかった。
タブレットを膝に置き、俺の隣で同じ画面を見ていた。
◇
「数値を見せていい?」
「頼む」
セナがタブレットを操作した。
画面の中の男の動作に、赤い線と数字が重ねられていく。
肩関節の角度。引き金を引くタイミング。弾道の補正値。
「この時、向かい風が秒速三メートル。距離は、十二メートル弱。リッチの詠唱の節目が三秒。三秒以内に撃たないと、最初の障壁強化が完成して弾が通らなくなる」
「俺、それを計算したのか」
「計算じゃない。ロジックは身体に組み込まれてた。だから三秒以内に撃てた」
セナが、画面の中の男の肩を指差した。
「ここの落とし方が、いまの師匠と一致する。盆栽の鋏を握るときと、同じ筋肉の使い方」
「鋏」
「うん。SHOOTさんの分析動画と、同じ系統」
俺は自分の右肩を、軽く動かした。
筋肉の動きが、画面の中の男と、たぶん同じ系統で組まれている。
頭は知らない。身体だけは、覚えている。
◇
「セナ」
「うん」
「あの呪い、っていうのは」
「リッチが最後に吐いた言葉ね」
「俺、あれで若返ったのか」
「結果として。でも、あの呪文……ここしばらくの解析で見つけた触媒の系統と、同じ術式の癖がある」
「……同じ、というのは」
「リッチが自分で組んだ呪文じゃない可能性が、高い。誰かが組成した式が、リッチの呪文に混ざっていた」
俺は画面の中で停止しているリッチを見た。
黒い霧の中で、口だけが動いている形のまま、止まっていた。
「それ、いつ気づいた」
「最近。残党側の触媒を解析する中で、引っかかってた。今日、ようやく師匠の前で言葉にできた」
「……」
「ごめん、ショックなら、今は止める」
「いい。続けてくれ」
画面の中のリッチは、答えない。
ただ、口の動きの形だけが、誰かの設計図に従って動いていた、とセナは言っている。
◇
「セナ」
「うん」
「次は、初配信を見たい」
「最初のやつ?」
「そう。ジャイアントバットを撃ったやつ」
セナが、画面のリストを切り替えた。
次の項目に、配信開始日のサムネイルが並んでいた。
俺の指は、自分から再生ボタンを押そうとはしなかった。
ただ、画面の中の若い俺が、いつ動き出すかを待っていた。




