第9話:中層階の死闘(に見える虐殺)
ギルドとの面談から数日後。
俺は第十層、通称『中層階』の入り口に来ていた。
ここから先は、モンスターの強さが跳ね上がる。
生半可な装備では即死する危険地帯だ。
「……空気が重いな」
肌にピリピリとした魔力を感じる。
俺は愛銃のHK416(カスタム)のボルトを引き、初弾を装填した。
今日の配信タイトルは『中層階へピクニック』。
相変わらず舐めたタイトルだが、同接は開始早々5万人を超えている。
『ピクニック(重武装)』
『中層階はピクニックする場所じゃねえよ!』
『今日はどんな無双が見れるんだ』
期待されているな。
まあ、適当に流して帰るつもりだった。
……あんなものに遭遇しなければ。
第十層の広場に出た瞬間、異様な気配を感じた。
そこにいたのは、通常のモンスターではない。
全身が漆黒の鱗に覆われた、巨大な蛇。
『バジリスク』。
中層階のエリアボスだが、こいつは少し違う。
目が赤い。暴走状態だ。
「……厄介だな」
バジリスクの周囲には、すでに数組の冒険者パーティが倒れていた。
石化の邪眼にやられたのか、体が灰色に変色して動かない。
生き残っているのは、盾を持ったタンク職の男ひとりだけ。
彼も限界が近いようだ。
『おい、あれバジリスクだぞ!』
『しかも変異種じゃねえか!』
『逃げろ! ソロで勝てる相手じゃない!』
『あの冒険者たち、全滅してる……』
コメント欄が悲鳴を上げる。
俺は舌打ちした。
逃げるのは簡単だ。俺の隠密スキルなら、気づかれずに撤退できる。
だが、あの生き残りの男は見捨てることになる。
「……寝覚めが悪いのは、嫌いなんだよ」
俺は走り出した。
逃げる方向ではない。
バジリスクの正面へと向かって。
「おい、死ぬ気か!?」
盾の男が叫ぶ。
俺は無視して、スライディングで男の前に滑り込んだ。
同時に、腰のポーチから発煙筒を取り出し、ピンを抜く。
プシューッ!
濃密な白煙が視界を遮る。
バジリスクの石化視線を遮断するためだ。
「……今のうちに下がれ。邪魔だ」
「だ、だけど……!」
「死にたいのか?」
俺は男を蹴り飛ばすようにして後退させた。
煙の中で、俺はゴーグルのサーマルモード(熱源探知)を起動する。
真っ白な視界の中に、バジリスクの熱源が赤く浮かび上がる。
(変異種とはいえ蛇の魔物だ。ピット器官で熱源探知をしてくる可能性はあるが、今は痛覚による混乱が勝っているはずだ)
「目は見えなくても、熱は消えないだろう?」
俺はHK416を構えた。
フルオート射撃。
ダダダダダダッ!
正確無比な射撃が、バジリスクの口内――鱗のない柔らかい部分へと吸い込まれていく。
「ギャアアアアッ!」
バジリスクがのたうち回る。
今だ。
俺は煙を突き破って跳躍した。
空中で、背負っていた対物ライフルに持ち替える。
(……くそっ、この体重で空中で撃てば、どうなるか)
分かっている。
支えのない空中で、12.7ミリ弾を撃つ。
反動は全て俺の体が受け止めることになる。
肩の脱臼どころか、鎖骨が砕けるかもしれない。着地の受け身も取れないだろう。
だが、ここで仕留めなければ、石化ブレスで全滅だ。
「……あばよ」
俺は覚悟を決めて、トリガーを引いた。
ドォォォォン!!
凄まじい衝撃が右肩を襲う。
骨がきしむ嫌な音。
俺の体は砲弾のように後ろへ吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられる。背中に激痛が走る。
だが、視線の先では――バジリスクの頭部が消し飛んでいた。
ズザァッ……。
ズルズルと壁から滑り落ちる。
右腕が上がらない。息もできない。
視界が明滅している。
「……ッ、はぁ、はぁ……」
煙が晴れていく。
そこには、首のない巨大な蛇と、壁にもたれかかって荒い息をつくJK(俺)の姿があった。
静寂。
そして、爆発的な歓声。
『うおおおおおおおお!』
『神! 神! 神!』
『吹っ飛んだけど大丈夫か!?』
『今の反動やばすぎだろ!』
『怪我が……JKちゃんが死んじゃう!』
同接は10万人を突破していた。
俺は痛みをこらえて、無理やり口角を上げてみせた。
心配されるのは、傭兵のプライドが許さない。
「……心配するな。かすり傷だ」
実際は、全治二週間の重症だった。
……いや、それだけではない気がしていた。
以前の体なら、もう少し軽く済んでいたはずの衝撃だ。
この体が脆いのか、それとも何か別の理由があるのか、俺にはまだわからなかった。
俺は震える足で立ち上がり、倒れていた冒険者たちに視線を向けた。
石化はボスを倒せば解けるはずだ。
全員、命に別状はないだろう。
「……帰るか。夕飯の支度がある」
俺はカメラに向かって短く告げ、配信を切った。
まるで、コンビニに行った帰り道のような気軽さで。
この日。
『新人JK』の名前は、伝説として完全に定着した。
そして、俺の周りはいよいよ騒がしくなっていく。




