第74話:司祭の告白
番人を抜けた先の通路は広かった。
旧政府施設の骨格が残り、天井が高く、補強材が等間隔に並んでいる。奥へ向かうほど魔素の濃度が上がり、右目の縁が再び白く滲む。視野の三割が霧の中にある。中央は生きているので、狙いは通る。
アーサーが前方で足を止めた。
俺も同時に察していた。
通路の突き当たり、分岐の手前。灰色の外套が暗がりに立っている。動いていない。
「久しいな、亡霊」
第三の塔で消えた声と同じだ。感情を削ぎ落とした、乾いた声だった。
「話がある。戦う前に聞け」
アーサーが剣の柄に手をかける。俺は視線だけ向けてアーサーを制し、構えたまま前方を見た。
「聞く。動いたら撃つ」
「構わない」
司祭の外套の裾が揺れた。一歩も踏み込まない。本当に話す気だ。
「首魁の目的を教えよう。大扉が開けば全土の魔素濃度が現在の数十倍になる。高濃度の魔素に適応できる個体だけが生き残り、それが次の人類の基準になる。首魁はそれを秩序の更新と呼んでいる」
「選別か」
「分類と言え。自然に任せれば時間がかかりすぎる。一度強制的にふるいにかけ、残ったものが世界を動かす。国も宗教も企業も、その構造を利用する者が管理者になる。首魁はその設計者だ」
俺はナイフを引く。言っている内容に整合性がある。精神的な錯乱ではない。だからこそ性質が悪い。
「お前自身は止める気がないのか」
「私は設計の外の歯車だ。止まれば別の歯車に替えられる。止めるなら、設計ごと壊すしかない」
「それを俺に頼んでいるわけか」
「そうだ。ただし、首魁はお前を知っている、グレイ・ゴースト。お前の全ての作戦記録を研究し尽くして、大扉の前で待っている。それだけ言えばもう用はない」
輪郭が揺れ始めた。灰の粒子が外套の縁から漏れ出す。
逃がす気はなかった。
「アーサー、右を抑えろ。刃は使うな」
「承知」
アーサーが大剣の腹で横一線に薙ぐ。司祭の輪郭が圧力を受けて一瞬だけ凝縮する。その瞬間を狙い、俺は踏み込んで対魔弾を二発撃ち込んだ。
司祭が後退する。足が床を踏む音がした。
足元から衝撃が来た。コンクリートが蜘蛛の巣状に割れ、体勢が崩れる。右目の霧が広がる。左目だけで床を見て、重心を引き戻す。
アーサーが真横から刃の腹で叩きつけ、輪郭が収縮した瞬間に俺が膝を潰す。接地。床に押し込む。粒子が本格的に散り始める前に、右腕で頸部を押さえた。
司祭の輪郭が急速に薄れていく。
「共鳴炉の点火が完了した後に中枢へ来い」
外套だけが床に残った。
◇
アーサーが外套を一瞥し、それ以上は触れない。
「隊長、首魁はお前を誘っている」
「分かっている。それともう一つ」
インカムを切り換え、セナに繋ぐ。
「聞こえていたか」
『全部。共鳴炉の点火が先で、その後に首魁が待つ』
「炉が動く前に止めなければ、俺たちは首魁の設計した土俵で戦うことになる。急ぐぞ」
通路の奥から、低い振動が強くなっていた。番人を失ったことで、何かが加速し始めている。
後退できる理由は、一つも残っていない。
俺は右目の霧を意識の外に置き、前へ踏み出した。




