第73話:深層ゲートの門番
鉄扉を閉めてから、十分が経つ。
地下の通路は湿っていた。天井の染み、コンクリートの継ぎ目からしみ出す水。それより先に変わったのは空気の重さで、魔素の濃度が地上の二倍以上はある。防護服越しでも皮膚の奥がじんじんと痺れた。
「通信、入ります」
背後のセナが有線のインカムを押さえる。
『地上側は今のところ静かです。ドローンは偽ルートへ固定されたまま。でも三十分経ったら必ず再調整が来ます』
「了解。こちらは今、第三分岐を通過した。あと十分で目標地点に着く」
セナが端末の画面に視線を落とし、少しだけ呼吸を止めた。
「師匠、魔素がさらに上がってる。計測上限の四倍」
「分かった」
――強がりだ。右腕の奥に鈍い灼熱がある。呪いの反応だ。この密度の魔素の中では、前へ進むたびに体が削られていく。それでも足は止めない。
「来た」
アーサーが低く言うのと、通路の前方から複数の足音が鳴るのが重なった。
現れたのは五体。人間の骨格に魔石の鎧を埋め込んだ、半人工の番人だ。関節の隙間から青い光が細く漏れ、足音のたびにコンクリートが鳴る。
『師匠、あれは通信ジャマーを内蔵してます。近づくと外部との有線が途切れる』
「距離三十メートル以内はアーサーと俺だけで動く。お前はここで繋ぎを持て」
「了解」
アーサーへ手信号を出す。左手前の二体を俺が取り、右側の三体をアーサーが削る。
踏み込む。
先頭の一体が腕を振り上げ、青い魔力を放った。アーサーはその直前で剣の腹を立て、刃を引いた。魔力が刃に吸い込まれる前に、鋼の塊で叩きつける。刃を使わなければ魔力吸収が発動しない。右目の向こうで、アーサーが一体を壁へ叩きつけた。
俺は左手前の二体に向かった。
手前の鎧の隙間を探しながら動く。肩関節の外側、魔石の境界線。そこへナイフを差し込むと機構が止まった。
問題は再生だ。
奥の一体が体の中から光を増幅させ、一秒で傷口を塞ぐ。
(コアを直接壊す以外に止める手がない)
体勢を変えて距離を取る。手前の番人も復活しかけている。
「アーサー、右のどれか一体、胸の中央を割れ。刃なしで」
「承知!」
アーサーが全体重を乗せた突きを右側の先頭番人の胸板に叩き込んだ。魔力なしの純粋な重量。鎧が内側から裂け、青白い結晶が砕けて飛び散る。それが中枢コアだ。
その番人が静止した。
同じ要領で、残りを順番に潰す。俺は二体の急所を連続で処理し、アーサーが背後から残る二体を同じ手順で止めた。
最後の一体が床に沈んだ瞬間、視界が右から白く塗り潰された。
半秒。
白さが引いていく。左目は見えている。右だけが、端から霧がかかったように滲んでいた。光の輪郭が、にじむ。
アーサーが俺の顔を見て、一歩詰めた。
「隊長」
「戦闘は終わった。次へ行くぞ」
「目が」
「右が少し霞んでいる。左は生きている。指示は出せる」
本当かどうか、確認する術を俺は持っていなかった。だが、立ち止まれる状況でもない。
インカムを切り換え、セナに繋ぐ。
「こちら制圧完了。全五体。先に進む」
『コア部位の残骸に信号がない。接続が死んでる。つまり……』
「ここが番人の中枢だった。これで最短ルートが通った」
『レオ班から。地上の増援を抑えてます。落ちこぼれ小隊、補給線は現状維持中』
「分かった。引き続き頼む」
セナはしばらく黙っていた。目のことは気づいているはずだ。それでも何も言わないのは、止めても俺が動くと知っているからだろう。
俺は残った視界で前方を確かめ、通路の奥へ踏み出した。
壁の向こうから、低い振動が骨に伝わってくる。大扉の鼓動だ。
番人を失った通路に、もう守るものはなかった。




