第70話:前哨戦、終了
作戦開始は午前3時。
地下水路の分岐点へ先行したのは俺とアーサーの2人だ。
セナは地上の解析室で待機している。候補生たちはレオが引き連れて学園外周の警戒に就かせた。
水位は膝上まであり、防護服越しにも泥の冷たさが骨まで届く。以前の調査より魔素濃度が2割増しだ。呼吸を浅くして進む。
『外部に変化なし。今のところ敵の動きは見えていない』
セナの声が規則的に入る。俺は無言で進路を維持した。
分岐点の手前30メートル。天井のパイプに、細い光点が一つ流れた。
監視ドローンだ。小型で低速。照射パターンから、決まったルートを巡回している。
(……8秒で死角に入る)
アーサーへ手信号を出す。壁際で止まり、光点が通り過ぎるのを待つ。8秒、ちょうど8秒で、頭上の光が消えた。
「行くぞ」
アーサーが頷いた。
俺は壁面を指で辿り、配管の接続点を3カ所確認した。うち2本は東幹線に直結して第零共鳴炉へ電力と魔素を送っている。残る1本は独立した予備回路だ。
セナが事前に座標まで洗い出していた。それがなければ今夜は動けなかった。
起爆装置を仕込む。結線部分に指を添えて、ショートしていないかを一点ずつ確かめていく。3カ所の処理を終えると、水路の振動が少しだけ重くなった気がした。魔素の密度が上がっている。早く出た方がいい。
「3時15分に同時起爆する。退避は2分で終わらせろ」
「承知」
起爆した。
振動が先に来た。音より壁の震えが早い。頭上のコンクリートから砂が落ちる。
セナからの確認まで3秒あった。
『東幹線の魔素伝送、停止。予備回路も同時に沈黙。バックアップライン3本の全消滅を確認』
アーサーが短く息を吐く。「……成功か」
「センサーを見てから言え」
手元の小型計測器を確認した。
第零共鳴炉の出力値が、起爆前後で一ミリも動いていない。
『師匠。メインラインの出力に変化なし。バックアップを全部落としたのに、炉が止まっていない』
「別の系統が生きているのか」
『……地下水路より深い位置に独立系統が存在する。旧政府施設の最深部と座標が一致する。以前の調査で到達した深度より下に、本命のラインが通っている』
アーサーが剣の柄に手をかけた。すぐに離した。水の中には、斬れる相手も壊せる機械も何もない。
「どれくらい前から稼働していた」
『少なくとも、Phase Bellの起動より前』
答えを聞いた後で、俺は一度目を閉じた。
俺たちが湾岸で動いていた頃から、本命のラインはとっくに稼働していた。バックアップの3本は、こちらが動くための餌だった。
セナの端末が音を上げた。続けてシステム警告が重なる。
『大扉の予備解放率、60パーセントに到達。このまま推移すると、本解放まで7日以内』
「……退くぞ」
水路を引き返す間、アーサーはひと言も喋らなかった。
俺も同じだ。言葉にする前に動かないといけないことが積み上がっていく。
◇
地上に戻ると夜明けが近かった。空の端が白みかけているが、紫色の魔素が混ざった朝焼けだ。澄んでいない。
防護服の袖をまくり、手首を確認した。
右手が少し細くなっている。昨日より、制服の袖が余る気がした。
気のせいなら構わない。気のせいでなくても、やるべきことは変わらない。袖をもとに戻した。
学園の対策本部へ向かう途中、セナの通知が飛んだ。
『D-Tubeと全国の魔素感知端末に、正体不明のブロードキャストが入った。音声のみ。送信元は特定不能』
端末を取り出した。
スピーカーから流れたのは、感情のない、機能だけの声だった。
『最終鐘は七日後に鳴る』
それだけだった。
60パーセント。
本解放まで7日。
俺はタクティカルポーチに触れ、小瓶の輪郭を指先で確かめた。
まだ使わない。
「田中に繋げ。封鎖結果と独立ラインの詳細を共有する。7日のカウントは今日から始まっている」
「承知しました」
対策本部の窓から、候補生たちが見えた。
夜通し警戒に就いていた連中が、まだ明けない空の下で装備の点検をしている。
レオが何かを指示している。声は聞こえないが、動きに迷いがない。
机の上に昨夜の地図が広げたままだ。
俺は防護服を脱いで椅子を引き、地図に手を伸ばした。
まだ引けていない線が、2本ある。




